東京大学先端科学技術研究センターに2020年に 創設された学内シンクタンク ROLES では、成果物を発信する主要な媒体として、ROLES Reportおよび ROLES Commentaryのシリーズを創刊した。すでに 前年度末の3月から、ROLES Reportの刊行を順次進 めており、2021年4月中に最初の10本が出揃った。さ らに10本程度の原稿がすでに集まっており、ROLES ReportあるいはROLES Commentaryとして、次々 に刊行していく予定である。 遅ればせながら、これらの新設の媒体の趣旨と方向 性、目指すものを記すことで、ROLES Commentary の第1号としたい。
1. ROLESとその成果物 ROLESとは、東京大学先端科学技術研究センター(英語名称はResearch Center for Advanced Science and Technology; 英語略称はRCAST)内に、2020年度に設立されたプロジェクト組織「先端研創発戦略研究オープン ラボ(RCAST Open Laboratory for Emergence Strategies)」の略称である。このROLESが、そのウェブサイト 上に、およそ2万字前後を目処とするROLES Reportと、2000字程度のROLES Commentaryを、電子版で随時刊 行していく。字数はあくまで目処であり、場合によっては詳細にわたる経緯やデータを示した Commentary が掲載 されることもありうるし、より簡潔なREPORT、あるいは逆に完備した一冊の報告書に近いROLES Reportが発行 されることもあるだろう。
ROLES ReportとROLES Commentaryは、ROLESの活動の成果を、研究者と実務家を含む専門家に向けて、 あるいはさらに広く一般社会に向けて、発信していく。ROLES では、これらの媒体以外にも、対面形式とオンラインを併用したシンポジウムやセミナーの開催や、その録画のインターネット上での公開、それらを広く一般社会に広 報するための SNSアカウントなど、成果の発信の形式を複数用意しているが、しかしやはり大学における研究の成 果としては、依然として文字情報で媒介されるものが主であり続けるだろう。ROLESにとっては、ROLES Reportと ROLES Commentaryで文字情報として示された成果物こそが、活動の成否およびその評価を左右するだろう。
そもそも ROLES とは何か。
これは東大先端研内に「オープンラボ」の方式で設立されたプロジェクト組織である。 その発案者であり代表が 、本稿を執筆する
池内恵( 東大先端研グローバルセキュリティ・ 宗教分野教授)である 。
ROLES は大学内に、言葉の真の意味での「シンクタンク」を設立しようとする試みであるが、そのために、垣根なく さまざまな所属の研究者や実務家が知見を寄せ合うことのできる場を作ることが何よりも必要と考え、そこから「オー プンラボ」という方式を採用している。つまり、ROLES が何らかの形で受け入れ、実施する、専門と所属・立場の人々 が行う数多くのプロジェクト同士が、臨機応変にコラボレーションの機会を見つけ、極力垣根なく交流し、相互に触発していく場を作ることこそが、ROLES というプロジェクトとそのための組織の目的である。
立場を異にし、専門も所属も様々な研究者とプロジェクトが接近遭遇し、時に火花を散らす、ROLES の活動の 多様な局面で浮かび上がってくる、研究の最前線、および研究の対象となる国際社会の現場の最新の動きを、敏 感に感じ取り、即座に掬い取って、ROLES ReportあるいはROLES Commentaryの形で刊行し続けていくには、 ROLES に常勤かそれに近い立場で所属する、東大先端研グローバルセキュリティ・宗教分野のメンバーが、日々に 感覚を研ぎ澄ませ、ROLES の諸プロジェクトに関与する専門家たちに伴奏し、時に正面から向き合って、他に代え 難い貴重な知見を成果物として提供していただく水面下での作業が必要となる。これは通常は「編集」という作業 だが、自身も研究者であるROLES の常勤メンバーたちが、学術分野での優れた編集者たりうるか、これは実験であり、 挑戦でもあるだろう。成否は今後刊行されていくROLES ReportとROLES Commentaryの質と量および社会的イ ンパクトをもって判断されることになる。
編集方針と予定される論稿 ROLES ReportとROLES Commentaryの、発刊直後の当面の刊行方針と内容構成は、概ね、次のようになる。
(1)ROLES が実施する各プロジェクトの研究成果の発信
(2)ROLES に常勤およびそれに近い立場で関与する研究者の日々の研究成果の発信
(3)ROLES が適宜、内外の書き手に依頼する、最新の重要課題に関する研究成果の発信
(1)では、ROLES が多様な予算元によるプロジェクトを受け入れて実施する過程で生み出される成果を、主に ROLES Reportの分量で、発表していく。
ROLES 設立時に導入された外部資金によるプロジェクトとしては、外務省の
外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業)による採択課題「体制間競争の時代における日本の選択肢:国際秩序創発に積極的関与を行うための政策提言・情報発信とそれを支える長期シナリオプランニング」(令和2-4年度、略称「体制間競争プロジェクト」)と、 株式会社 INPEXソリューションズと共同で設立・開催する
「中東地域情勢研究会」が大きな二つの柱となる。
これ以外にも、事業総括である池内恵が研究代表者として実施する科研費によるプロジェクトや、東大先端研の RCAST 助成を一部受けて実施するRCAST Security、RCAST Security Webinar等の数多くのプロジェクトと予算枠組みがある。これらのプロジェクトの成果を、適切な段階で、ROLES ReportやROLES Commentaryとして、即応性 の高い形で社会に還元していく。
ROLES Report/Commentaryの枠で優先的に刊行されていくのは、上記の略称「体制間競争プロジェクト」から の成果である。このプロジェクトは令和2年度から4年度の3カ年にわたって開催される見通しであり、
「中国・権威主義体制に関する分科会」(川島真座長)、
「中東・イスラーム世界のオルターナティブに関する分科会」(池内恵座長)、
「米国・既存秩序の動揺に関する分科会」(坂元一哉座長・村田晃嗣座長代理)、
「新領域セキュリティの諸課題 に関する分科会」(小泉悠座長)の4つの分科会が組織され、それぞれに自律的に研究会会合を行っている。また、 複数の分科会が相互乗り入れあるいは部分的に融合しながら、シナリオプランニング等の調査研究活動を進め、一 般に開かれたシンポジウムやセミナーも開催して、外交・安全保障に関する知見を深め、広めていく予定である。 ROLES ReportやROLES Commentaryは、これらの活動の中で提出される報告論文やアイデアの覚書を、編集を加えて、早期に一般の目に届く形で提供する媒体となるだろう。 2021年4月の段階で、各分科会での報告を踏まえたROLES Reportがすでに10本、ROLESのウェブサイトで 公開されている。また、米国分科会の委員である
鶴岡路人氏(慶應義塾大学准教授)からは、Carnegie Moscow Center のウェブサイトに英語で掲載されたコメンタリーの日本語版をお寄せいただいている。この日本語版論稿は、 英語版の趣旨を踏まえつつ詳細に議論を補足し、注を完備したものであり、英語版とはまた別の価値を持つもので あると考えられる。近くROLES Commentaryとして
「日露関係の教訓と課題― 安倍政権から菅政権へ」と題して刊行する予定である。
(2)では、東大先端研に所属する研究者を中心に、ROLES の事業に関わる研究者が、日々の研究の過程で得た 知見や、研究事業の遂行に関わる問題提起などを、逐次ROLES Reportとして発表すると共に、日々に察知した国際社会の新たな問題群や潮流を、未だ未分化な段階のうちであっても、ROLES Commentaryの形で提起し発信していく。
例えば、本稿に続いて、各分科会の設立の趣旨や開催状況、当面の成果については、各研究会の座長や幹 事が、ROLES Commentaryとしてその概要を示していく予定である。
(3)では、日々に「創発」されていく国際社会の問題や「危機」を、早期に察知し、その専門分野の専門家、特に若 い書き手に依頼し、最新の知見を反映した分析を刊行していく。外交・安全保障をめぐる通常の専門分野からだけ でなく、社会学・情報学・思想史など、幅広い分野から、これまでにさほど注目されていない視点から外交・安全保 障にアプローチする論考も随時掲載していきたい。すでに、新領域セキュリティ分科会の委員である
中井治郎氏(龍谷大学講師)に依頼し、「ポストインバウンドの京都の国際観光戦略」をめぐる定時・定点観察の論考を、定期的に寄せていただいており、ある程度まとまった段階で、RCAST ROLES Commentaryの連載として、順次刊行していく 予定である。コロナ禍というグローバルな未曾有の事象の到来と、ROLES とその研究プロジェクトは奇しくも時を 同じくして発足した。コロナ禍によって最も深刻な打撃を受けた国際観光産業の動向を、ローカルな社会の文脈か らミクロの定点・定時観察し記録していくことで、「ポストコロナ」かつ「ポストインバウンド」の国際観光戦略をいかにして打ち出していくか、政策提言につながる基礎作業をROLES Commentaryを舞台に展開していただくことを 期待している。
なお、ROLES ReportとROLES Commentaryが多く出揃った段階で、それらからテーマが近いものを選んで再編集し、学術誌の特集あるいはその単行本の形式で、電子媒体だけでなく、印刷・製本して刊行することも、念頭に置いている。
これらの方針でROLES ReportとROLES Commentaryを軌道に乗せた上で、次なる課題は、第一は英語での 発信であり、第二は印刷物としての紙媒体での刊行である。まず、ROLES ReportとROLES Commentaryは当面 は日本語で刊行していくが、適宜英訳、あるいは最初から英語原稿を依頼することで、英語による発信の媒体として も育てていく。また、ROLES ReportとRoles Commentaryで刊行された論考は、テーマごとに再編集してROLES Papers として紙媒体で雑誌として刊行する予定である。
上記の編集方針でひとまず発足に漕ぎ着けたROLES ReportとROLES Commentaryの将来に、ご期待いただきたい。