コメンタリー

2025 / 07 / 11 (金)

「シンクタンクの基本は『独立』」 船橋洋一氏インタビュー

東大先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は、今年で発足5周年を迎えました。この間、日本ではシンクタンクが他にもいくつか立ち上がり、外交安全保障に関する議論が活発化しています。折しも迎えた世界激動の時代に、シンクタンクが果たすべき役割は何か。日本のシンクタンクに何が欠けているのか。『シンクタンクとは何か』(中公新書)の著者で、日本のシンクタンクのモデルとなる「日本再建イニシアティブ」を自ら立ち上げた経験も持つ国際文化会館グローバル・カウンシル チェアマンの船橋洋一氏に聞きました。
(聞き手:国末憲人・東京大学先端科学技術研究センター特任教授)

船橋洋一氏



――船橋さんは2010年に朝日新聞主筆を退任され、翌年にシンクタンク『日本再建イニシアティブ』を立ち上げました。ジャーナリズムからシンクタンクへと新分野への挑戦で、周囲からは驚きを持って受け止められましたが、どのような見通しがあったのでしょうか。
「見通しは全然なかったですね。最初は苦労して、知り合いの企業の協力を得てプロジェクトを立ち上げました」
「私はかつて、アメリカのシンクタンクに2回所属していたことがあって、シンクタンクに関心自体は持っていました。『いずれはつくりたいね』という話をしたこともあります。ただ、ゲームプランをつくっていたわけではありません。なのに急に立ち上げることになったのは、3.11(福島第一原発事故)が起きて、これに取り組むべきだと考えたからです。この時はシンクタンクを設立する前にプロジェクトを立ち上げてしまいました」
――プロジェクトを組み立てるところから始まったわけですね。
「シンクタンクは立ち上げが一番大変なのです。そこからプロダクツを出して、インパクトを与えられれば、続けることができる。こうしてつくった『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』は13万部売れました。だからといってすぐ楽になったわけではないですが、この報告書に感動して寄付をしてくれた人がいました。ありがたかったです」
――「日本再建イニシアティブ」は2017年、「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(API)に発展し、その中から生まれた地経学研究所も活発な活動を展開しています。これらのシンクタンクを準備運営した経験から、シンクタンクにとって最も重要な要素は何だと考えますか。
「一番の基本は『独立』だと思います」

■ シンクタンクの基本は「独立」
「独立を確保するためには、やはり資金が必要です。私たちは基本的に、政府からお金をもらわない、人ももらわない。そう考えてシンクタンクを始めました。ただ、東大(ROLES)の場合は国立大学が母体ですから、建て付けが少し違うかも知れませんが」
「なぜ独立が重要なのか。いくつか理由はありますが、一つにはやはり、権力との距離を保たないといけないからです。公共政策について調査、研究し、評価し、その是非を問い、代案を出すのがシンクタンクの仕事ですから、独立の立場はとても重要なのです。さらに言うと、シンクタンクは研究をするところなのだけど、研究する前に調査検証が必要なのです。日本のシンクタンクはここが弱いのだけれども、検証を進める時に『独立した主体かどうか』は重要です。それはジャーナリズムにとっても同様ですが。そういう意味でも、独立性は『命』だと思っています」
「もう一つは、英語で言う『コンヴィーニング・パワー』(Convening Power)がシンクタンクに必要だからです。つまり、何かを主催する、コンヴィーンConveneする。その場合、コンヴィーンする主体、その背景は何なのかが問われます。そのシンクタンクがどこかの企業や役所のフロントならば、『どうぞ勝手におやりください。うちは何々省と関係ないですから』『どうしてその企業と一緒にやらなければならないのですか』と言われるでしょう。そうなると、マルチステークホルダーを糾合したり、利害や関心が様々に異なる人々を呼び集めたりすることが、難しくなりますよね」
「もっとも、シンクタンクと一言表現しても幅が広く、多様なものがありますので、どのモデルが正しいというわけではありません。目的次第ですから、市民社会あるいは個人や企業がどのシンクタンクをどう使うかは自由です。あまり教条的に考えるべきではないでしょう。ただ、私たちはそういうポリシーでやってきました」
――「日本再建イニシアディブ」や「アジア・パシフィック・イニシアティブ」の場合ですね。
「これらは『検証シンクタンク』を名乗っていました。民主党政権や安倍政権、福島原発事故や新型コロナなど、ずっと検証をやってきました。その場合、『独立の立場』が非常に重要になるのです」
――ROLESの場合、現在は資金の多くを外務省の補助金に頼っていますので、多様化が課題だと思います。
「私たちも試行錯誤でやったので、黄金律があるわけではないですよね」
「地経学研究所の場合は、最初はサイバーセキュリティーをテーマの中核において、ビジネス関係の人を集めて朝食会を開き、そこに政府の人を招きました。いまはこの研究所が国際文化会館のシンクタンク部門のフラグシップとなっています。このようなフラッグシップを1つ持つといいですね。そのほかには、インフォーマルな場を設けた方がいい。私たちの場合、具体的には朝食会や昼食会を催しました。ここに、政治家、官僚、ビジネス、ジャーナリストの方々を招いたのです」

■ 日本政府は「グローバル人材」を欠いた
――船橋さんが『シンクタンクとは何か』を出されたのは2019年で、それから6年が経ちました。外交安全保障にかかわるシンクタンクはその後、2020年に私たちのROLESが発足し、2023年には慶應義塾大学に戦略構想センターが生まれました。日本のシンクタンクも少しずつ動き始めているように見えます。
「経済安全保障推進法が2022年に成立して、政策としてのニーズが認識されてからは、政府と企業、大学という産官学の協力が非常に重要になりました。伝統的な国家安全保障は『2プラス2』(外務防衛閣僚会議の枠組み)の世界ですが、経済安全保障の場合は政府と企業、大学がどれほど深い情報を共有するか、リスク認識やリスク評価で協力できるか、共通の目的意識を持てるか、が鍵になります。このような動きは、あの本を出した時にはなかったですね。これはとても大きな変化だと思います」
――『シンクタンクとは何か』では、髙見澤將林さん(元防衛省防衛政策局長、元ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使)がかつての日本のシンクタンクについて「ユーザーがいない」と語り、需要がないことを指摘しています。
「あれは至言でしたね」
――そのような状況が変わってきているということでしょうか。
「変わってきていますね。民間の情報と民間のグローバル人材を政府が求めるようになりましたから」
「政府に弱かったのは、グローバル人材です。特に、『ルールづくり』とか『標準化戦略』とか『プロトコール』とかに関しては、このような分野を得意とするEUがリードしてきました。トランプの米国は一国主義なので関心を持たない。日本はいつも乗り遅れて、外から押しつけられてばかりでした。物事のルールづくりから加わるのではなくて、後から参画するのが、明治以降の日本の国際化の実態なのです。このような分野で活躍できる弁護士や学者、研究者といった人材を使い切れていない」
「もう一つの政府の問題は、半導体産業に見られるように台湾や韓国では産業戦略を政府が担っているのに、日本は全く逆だったことです。以前は「Japan, Inc.」とまで言われるように政府と企業がよく協業してきたのに、アメリカにたたかれておびえてしまった。アメリカはずっとペンタゴンを中心に産業政策を進めてきたにもかかわらずです。アメリカから『日本異質論』だと脅され、政府と企業のコラボを何か悪いことのように考える風潮が広がった。『政府は民間に手を出しちゃいけない』という話ばかりになって、戦略的な需要をつくるのを控えてしまった。ロジック半導体の敗北の一因でもあります」
――シンクタンクの側から変える場合には、どこから手をつけたらいいでしょうか。
「一つは、外国人を雇うことですね。『日本でやってみたい』というインセンティブを持った外国人をどんどん入れて、一緒に論文を書いたり、英語で発信したりする」

■ 「いじりますよ、市販するのですから」
――シンクタンクを立ち上げる際に、資金面以外の見通しはどうだったでしょうか。
「研究シンクタンクを立ち上げる場合、学者、ジャーナリスト、弁護士、官僚OBといった人たちが実際の原稿の書き手になるわけです。私たちは最初から、『すべて市販する』『すべて英語でも出す』という2つの方針を決めました。もちろん全部計画通りに実現できたわけではないのですが。ただ、彼らが書いたものをホッチキスで束ねても、市販はできません」
「市販するには、文章が鍵です。だから、エディター、編集者が必要です。例えば、民主党政権の失敗を検証した時には、朝日新聞から来た大軒さん(大軒由敬・朝日新聞元論説主幹)が編集してくれました。『民間事故調』の場合は、私が朝日新聞でアメリカ総局長をしていた時に総局員だった大塚さん(大塚隆・朝日新聞元科学医療部長)が担ってくれた、10年後、コロナの民間臨調もまた彼に頼みました。できあがった原稿を出版社の人が読んで『いやあ、文章がそろっていますねえ』と感心していました。文章がそろっていないと、出版社もなかなか出してくれません」
「ただ、みんな文章をいじられるのはいやがります。だから、『いじりますよ。編集します。これは市販するのですから』と伝えます」
――人捜しはどうしているのですか。
「私自身がします。そこが一番楽しいですから。このテーマだと誰かな、とスタッフに調べてもらって、本や論文をぱっぱと読んで、『知らないけど何となく面白そうだ』という人にメールを書いて、話を聴いたらやはり面白かった、という例がいくつかありました。それは、シンクタンクを運営していての楽しみです。編集者と同じ楽しさでしょう。未知のものを自分が目利きして見いだした、となるのですから」

■ ジャーナリズムは同人誌になるか
――世界のシンクタンクを見渡した場合に最近顕著な傾向は何でしょうか。

「ほとんどのシンクタンクがメディアになっていますね。例えば、『フォーリン・アフェアーズ』は、もともと季刊誌だったのが隔月誌になって、今や日刊じゃないですか。私も毎朝必ず、『ワシントン・ポスト』と『フォーリン・アフェアーズ』を読みます。1時間以上かかることもありますが。朝の楽しみです。
――大手シンクタンクはどこでもそのような傾向なのでしょうか。
「どんどんそうなっていますし、メディア人材を雇っていますね。カウンシル(Council on Foreign Relations=米外交問題評議会)が発行する『フォーリン・アフェアーズ』の場合、国連に来る世界の首脳や外務大臣に対し、コンヴィーニング・パワーを使ってあらゆる仕掛けを施しています」
――シンクタンクはますます発展していますね。
「進化しているといえます」
――一方で、米国ではトランプ政権下でシンクタンクが攻撃されてもいます。
「アメリカの場合には共和党と民主党があるし、トランプがいくら独裁的だといっても、中国とは違って選挙があります。中間選挙で負けたらそこでレームダックになりますし、共和党も『トランプのやり方だけではだめだ』と考えざるを得ない。そうなると、『新しいアイデアでアウトプットを出せ』と政府から共和党系のシンクタンクに発注もあるでしょう。アメリカのシンクタンクはしぶとくやっていくと思います」
――アメリカ社会について悲観的になる必要はないですか。
「ただ、失っているものも大きいですね。また、トランプの存在や彼の政治によって、民主党も共和党も変質してしまった面もあります。『恐怖政治』ほどではないものの、『恐怖感を与える政治』ではないでしょうか。「法の支配」と機構(institutions)に対する攻撃も由々しきことですね。アメリカの一番の強味であり、魅力であった楽観主義が消えていく感じがします」
――トランプ大統領は選挙に介入するかもしれませんし、ロシアと変な関係をつくるかも知れません。日米関係への影響も無視できないのではないでしょうか。
「大きな影響が出ると思います。特に、今後の日米同盟に関しては、総力を挙げて『同盟論』に取り組まないといけないでしょう。今までの延長上で考えるのではなく、いくつかのシナリオを描き、それぞれにどう対処するかを想定しなければなりません。それは、シンクタンクだけでなく、ジャーナリズムの課題でもありますね」
――日本のジャーナリズムの今後にも不安が残ります。
「誰もが『アメリカの世紀』の中でこれまで動いていたわけですから、『アメリカの世紀』のあとの『アメリカ・ファーストの世紀』の幕明けとなると、リアリズムをよりとぎすまして世界に臨まなければならないし、より独立、自立し、自らの責任で開き直り、国際秩序をつくり、抑止力を構築しないといけない。ジャーナリズムはその新しい世界の動きと日本の立ち位置を適確に報道する必要があります。下手するとかえって守旧的なものにしがみついて、同人誌みたいになってしまうかもしれませんね」
――すでにその傾向が見えるような気がします。
「しますね、はっきり言って。みんな不安でしょうがないのでしょう。しかし、将来の世代のために何を書くか、書かなければいけないか、と言うことですよね」

■ シンクタンクは危機に生まれる
――私たちの組織には今、米国現代政治の専門家がいないのですが。

「シンクタンクが全ての専門家を揃える必要はありません。1回1回がコンヴィーニング・パワーなのですから、これはという一番可能性を秘めた人たちを集めて、彼らに何を書かせるか、書いてもらうかという勝負です。つまり編集が鍵なのです」
「アメリカのブルッキングス研究所とかカウンシルのように『全部のカードを持っています』というシンクタンクになればいいのですが。そんなシンクタンクは日本にないわけですから、いろんなところにいる才能をいかに素早く糾合して、『このテーマでやろう』という合わせ技を考えて、協力してやるしかない。これはまた、楽しいですよ」
――ただ、米国の政治全体を大きく眺めている人自体が、あまり多くないように思えます。個別のテーマでは様々な専門家が活躍しているのですが。
「日本でのアメリカ研究は、ここ何十年か、マルチカルチュアリズムが浸透して、非常に細かいところに入り込んでしまっている。統計や数理のモデルにも頼りすぎです。これでは、巨大なアメリカの変化はたぶん説明できない。もっと歴史とか、文学とか、哲学とか、科学技術とかをしっかり学んで、地政学と政治文化の面からアメリカを見つめ直さなければなりません」
「今日読んだワシントン・ポストに作家ニコール・クラウスの講演内容が掲載されていました(Nicole Krauss, “The end of writing and reading will be the end of freedom: Why graduation season is so heartening to me.”, washingtonpost.com, May 22, 2025)。バビロン幽囚から解放されたユダヤ人がトーラー(ユダヤ教の律法「モーゼ五書」)を読んで、書いて、それ以来受け継がれてきた文明の基本が、今アメリカで壊れつつある。書くということをしなくなっている。読むということをしなくなっている。みんな切れ切れの言葉ばかりに頼っている。そんなことに対する危機感を表明していて、本当にそうだと思いました」
「一方で、シンクタンクというものは世界が危機を迎える時にできるのです。特に戦争や大恐慌の後です。チャタムハウス(英王立国際問題研究所)とカウンシルができたのは、ともに第1次世界大戦の後でした。ブルッキングス研究所を大きく成長させたのは大恐慌です。
――今はやはり、ロシア・ウクライナ戦争ですね。
「これは圧倒的に大きいですよ。第一次世界大戦の時の『総力戦』のようなトランスフォーメーションがドローンやサイバーで起こっている。『シン総力戦』が世界中で始まっている。本当だったら3つでも4つでもシンクタンクができてもいいですよね」
――つまり、今はそういう時代なのだと。
「シンクタンクをつくらなければいけない時ですね。もう1回、戦後計画をつくらなければいけません。基本的に国際秩序の大転換期にあるのですから、どういう考え方で次の時代をつくっていくのか。アメリカなき国際秩序、アメリカなき東アジアの平和と安定といったシナリオもつくりつつ、いかにアメリカをそこに巻き込んでいくかという試みも必要ですよね」
――アメリカが国際社会からどんどん引いていくということですか。
「少しずつ長期にわたって引いていくと思います。だから、メルツ(ドイツ首相)にせよ、カーニー(カナダ首相)にせよ、『独立』『自立』をしきりに口にするのです」
――そのあたり、日本の受け止め方はまだまだ鈍いように思えます。
「安倍政権はそこについては鋭敏だったと思います。第1次トランプ政権の際にすでに『このままでは持たない』との意識を持っていた。日米の二国間主義を超えて、多角的な国際秩序の枠組みをつくろうと試みた。FOIPもQuadもCPTTPも。ただ、それが日本の中で十分には評価されなかったし、いまもまだされていないと感じます」
――今日のお話で、私たちがROLESというシンクタンクを運営し発展させていくには多くの課題があるのだとわかりました。この流れを確かなものにして、少しずつ形にしていきたいと思います。

船橋洋一(ふなばし よういち)
国際文化会館グローバル・カウンシル チェアマン、アジア・パシフィック・イニシアティブ創設者、特別招請ジャーナリスト
1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒。 1968年朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、 アメリカ総局長、コラムニストを経て、 2007-2010年に朝日新聞社主筆を務めた。2011年9月に独立系シンクタンク「日本再建イニシアティブ」(2017年7月から 「アジア・パシフィック・イニシアティブ」 )を設立し理事長に。同年に福島第一原発事故を独自に検証する「民間事故調」を設立し、翌2012年に 『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書 』を世に問うた。2013年に『民主党政権 失敗の検証 日本政治は何を活かすか 』(中央公論新書)、2020年に新型コロナウィルス・民間臨時調査会を設立し『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』、2021年に『福島原発事故 10年検証委員会 民間事故調最終報告書』を、2022年には『検証 安倍政権 保守とリアリズムの政治』を刊行。著書に『内部―ある中国報告』(サントリー学芸賞)、『通貨烈烈』(吉野作造賞)、『アジア太平洋フュージョン』(アジア太平洋賞大賞)、『同盟漂流』(新潮学芸賞)、『カウントダウン・メルトダウン』(上・下、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『湛山読本 いまこそ、自由主義、再興せよ。』など多数。近著に『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル』(上・下、文藝春秋)。