中井 遼 (東京大学先端科学技術研究センター国際比較政治変動分野教授)
2026年10月3日、バルト諸国の一つであるラトビアで総選挙が行われた。与党第一党が記録的な勝利を収めた一方で、新興のロシア語系政党やオリガーキー政党も大きく議席を伸ばした。この結果が示すものは単純ではない。
ラトビアは、EU/NATOの東端に位置し、ロシアとの安全保障上の緊張の最前線にある。熱心なウクライナ支援と親EU・親NATO路線でも知られ、今回の勝利も「親EU派の勝利」として報じられる面が多い。権威主義的な大国と向き合う小国という点では、東アジアの読者にとっても他人事ではない。しかし、現地の選挙で争われるのは外交・安全保障だけではなく、国内の様々な論点も含めた結果である。どのような勢力がラトビアで争い、今回の結果は何を含意するのか。以下、主要政党の概説、選挙戦の事前状況、選挙結果とその含意について論じる。
1.主要勢力
ラトビアの選挙政治はヨーロッパでもっとも流動的かつ分極的であることでも知られてきた。前回2022年の総選挙では議会第一党から第四党まですべてが姿を消すといった大波乱も経験した。今回の選挙でも14の会派が出馬しているが、
重要な政治勢力は大きく言って3つもしくは4つに分かれる 。①中道右派から保守のラトビア系諸勢力、②ロシア語話者を支持基盤とする勢力、③そしてオリガーキー系政党である。
中道右派保守ラトビア系勢力
中道右派から保守のラトビア系政党にあって、ながらく重要な位置にあったのが親EU親NATOの「新統一(JV)」である。激しいラトビア政党政治の変動の中にあって、2010年から2026年の16年間のうち、12年間弱は「新統一」が政府首班を務めてきた。ところが今年の5月に起きたラトビア東部へのドローン墜落問題の責任をめぐり、当時のシリニャ政権が連立パートナーと対立、調整に失敗して
政権は崩壊する 。
その後を継いだのが、「連合リスト(統一リスト)(AS)」が推すクルベルクスだ。政治経験は必ずしも長くない人物で、厳密に言えば「連合リスト」の党員でもない人物だが、その率直な物言いなどが人気を博しており、同党の支持率はクルベルクスの首相就任以降むしろ高まっている。連合リスト自体は2022年に形成されたが、1990年結党の「緑の党」や10年以上続く地域政党「リエパーヤ党」や「地域連合」などによる政党連合なので,経験ある政治家も多く,安直にポピュリスト政党とは言えない組織性も有している。
なお,「連合リスト」は主に「緑農民連合(ZZS)」から離脱した勢力によって形成された。緑農民連合もまた,その名前が示唆するように地方部での支持があつい(なお、一般にバルト圏および一部東欧圏では、「緑の党」は左やリベラルではなく、保守やナショナリストである)。経済政策ではやや中道左派、また、やや欧州懐疑的な傾向もある。
もっとも保守的なのが「国民連合(NA)」で、この政党も歴代政権の多くに参加してきた。家族観・性規範や移民政策において特に保守的であり、今年の7月前後ごろには選挙戦を意識して移民問題で強い意見を表明していた。政党スペクトラムの中では最も右にあたるが、西欧の極右政党とは異なり、親ロシア的な傾向は全くない。歴代の多くの政権は、これら中道右派保守勢力によって運営されていた。
ロシア語話者系勢力
ラトビア人口の4分の1から3分の1程度はロシア語を母語とする。そしてラトビアの選挙では長らく、これらのロシア語話者を支持基盤とする「調和(SC)」という勢力が第一党を担ってきた。ところがその人気は、リーダーのスキャンダル、コロナ対策の失調、ロシアによるウクライナ侵攻もあって2022年総選挙までに壊滅する。前回2022年10月の総選挙ではこの分散したロシア語系住民の票をめぐって複数の新興勢力が争う構図にあった。
留意すべきこととしてロシア語系住民は、ソ連時代の技術移民などロシア語を共通語としてやってきた人々の子弟である。ウクライナやカザフにルーツをもつロシア語系住民も一定数含まれるように、必ずしも現在のロシア連邦やクレムリンとの間に強いつながりを持つわけではなく,ラトビアに対する一定の帰属意識を有しているが、一方でロシア語話者としての独特のアイデンティティや大切にしたい歴史観も有してもいる。
2026年選挙に際して,この層の支持を集約するのに成功しつつあるのが、「主権(SV)」である。率いるステパネンコは、もともと「調和」のメンバーであったが、2018年の総選挙直後に同党を離脱し、2022年に「主権」を立ち上げた。当初は、反ワクチンや陰謀論などを掲げて独自の戦いを展開する泡沫勢力であり,前回2022年選挙では1議席も得られていなかったが、主張を戦略的に調整し、かつての「調和」所属議員などを取り込むことで組織力を高めてきた。ただし、ウクライナ支援などについては消極的な態度を取り、ロシアのクリミア併合などに対しても曖昧な態度をとっており、この点は前出したラトビア系中道右派保守政党とは相いれない態度を有している。
陰謀論系Youtuber/TikToker政党ともいえる勢力である「安定のために!(ST!)」党は,一部のロシア語系有権者の支持を得て前回選挙で議席を取得したが,所属議員の反社会的な言動や、リーダーたるロスリコフによる国家反逆罪/扇動罪の嫌疑、そしてベラルーシへの逃亡などを経験している。創始者ロスリコフは逃亡先のベラルーシからTikTokやInstagramを通じてアピールを行い選挙戦に挑んでいた。
オリガーキー勢力
今回の選挙の台風の目となっていたのが、シュレセルス率いる「ラトビア・ファースト」である。シュレセルスはラトビアに君臨してきた
三大オリガーキー 最後の生き残りともいえる人物で、毀誉褒貶の激しい(どちらかと言えば毀の方が多い)人物である。現代ラトビアの経済発展を支え,90年代から複数の要職を務めた一方,2011年に当時の大統領がその職を賭した国民投票を発議して議会を解散してでも、その影響力を除去しようとした人物である(俗にいう通達2号(Rikojums nr.2)である)。その後しばらくは政界を退いていたが、前回選挙から「ラトビア・ファースト」を立ち上げ、意図的にドナルド・トランプのスタイルをまねして政界に復帰した。2010年以前のラトビアを懐かしむ層や、当時のシュレセルスの立ち位置をあまり知らない(あるいは気にしない)層には一定程度人気を博しており、また反既存勢力を旗印に掲げている都合で,EUやNATOに対しても一定の距離を取る態度を示している。
最後に、前述3つのいずれのカテゴリにもはまらない政党として、左派政党の「革新」がある。ながらくラトビアには存在しなかった非露語系の左派政党であり、同性婚や少数派権利などの社会的争点で強くリベラルな態度をとってきた。シリニャ政権では連立入りしていたが、同党が有していた防衛大臣の責任をめぐって「新統一」と衝突し下野し,これが前述したシリニャ政権崩壊の引き金となっている。
2.事前の選挙活動・支持状況
選挙戦の様相
選挙前の支持動向で最も注目されたのは、露語系住民を主な基盤とする反システム政党「主権」と、汚職王の異名をとるシュレセルス率いる「ラトビア・ファースト」の伸長である。どちらも野党の伸長ではあるが,同時に「連合リスト」も高い支持率を維持しており、単なる既存政府への不信の表れとして片づけることはできない。
主権とラトビア・ファーストはしばしば同列に語られる。しかし両党の選挙運動のスタイルはやや対照的である。ラトビア・ファーストは党首シュレセルスのカリスマ性とSNSを軸とした「空中戦」が中心であったのに対し,「主権」はSNSも活用しつつも、郊外の団地などでの執拗かつ熱烈なキャンバッシングや街宣といった、いわゆる「どぶ板選挙」「地上戦」を展開していた。「主権」の支持拡大を、ステパネンコ個人の人気や陰謀論的な訴えだけで説明するのは適切でなく、そう捉えると本質を見誤るおそれがある。より過激で明らかに危険な「安定のために!」が存在するため、相対的にラトビア・ファーストや主権が,やや親露的な傾向をもちつつも,相対的に「まし」に見えている側面も大きいと考えられよう。
資金力に物を言わせた選挙戦を戦ったのは,
その選挙資金の支出額の多い順に,「連合リスト」「緑農民連合」「ラトビア・ファースト」である 。基本的にその半分以上は屋外広告に用いられており,実際筆者が選挙期間中のラトビアを訪問して抱いた印象としても,屋外広告が最も多かったのは連合リスト(とクルベルクス)の巨大広告群であった(図1)。
図1:連合リストのポスターはクルベルクスを前面に出していた。下には「クルベルクスが解決策」とある(筆者撮影)
SNSを通じた選挙宣伝についても当然各政党は力を入れていた。前回2022年選挙ではTikTokでの過激なアテンション動画を組み合わせた、陰謀論系Youtuberなどの政治勢力の台頭が見られ,またその背景にロシアの影響力も示唆され大いに懸念されていた。今回の選挙についても,ロシアやベラルーシからの介入があるものとして警戒されていたが,
目立った影響力工作は見られていないと報じられている 。ただし,LLMで各種の政党や政治家への評価を聞くとき,ラトビア語で聞くかロシア語で聞くかによって大きく得られる回答は異なるとの
研究結果が出ており ,AI回答のロシア語学習データにどの程度にロシア政府寄りのナラティブが意図的に学習させられているのかは判然としていない。
選挙戦が激しくなる中で,
主たる争点となった事項は複数に及ぶ 。外交・安全保障に関する争点はその一つであり続けたが,そのほかにも移民や第三国留学生の受け入れ,東部国境管理の強化と難民爆弾対策,20年近く続くRailBalticaプロジェクトをめぐる遅延・資金繰り・汚職問題,AirBalticの破綻と補填の責任,昨年大規模デモを見るに至ったイスタンブール条約からの離脱問題と同性婚,大規模ウィンドファーム計画への反発と調整…などなどである。投票日の直前には、「主権」リーダーのステパネンコがロシア在住の父から多額の支援を受けていることが問題視され、またさらにその父の事業がロシア軍を支援していたことも判明し、大きな話題となった(支持率の下がっていた「新統一」のブラジェ外相はステパネンコの父を投票日直前にペルソナ・ノングラータ指定した)。
世論調査にみる支持の実態
どういった層が各政党を支持しているのだろうか。ここでは、支持の実態を示す材料として、筆者が現地世論調査会社のSKDS社と共同実施した調査データをしめす。
使用言語の差は支持政党の差に大きく表れる(図2)。露語系住民からの支持が厚いのは、想定どおり「主権」「ラトビア・ファースト」「安定のために」である。注目されるのは、露語系住民に最も支持されているのが、民族政党色を前面に出していない「ラトビア・ファースト」である点だ。これはこれまでのラトビアではあまり見られなかった現象であり、その評価は容易でない。ただし、この調査は全国を対象に対面調査で行われているため,新興の反システム政党である「主権」の支持者はそう答えづらい社会的圧力がかかる(いわゆる「社会的望ましさバイアス」)。実際にはこの時点でもう少し多くの「主権」支持者がいたはずである。
世代別にみると,若年層では「革新」への支持が定着している。新統一や,国民連合,緑農民連合といった既存中道右派政党の支持率は高齢層ほど高くなる。他方,連合リストやラトビア・ファーストの支持は世代間であまり大きく開いていない。この点がこの2党の支持率が高いことの一因であることが推察される。
図2:母語と世代別の政党支持(出展:筆者とSKDSによる調査)
年齢層とも関係するが,メディア接触との関係も見ておこう。TikTokの利用頻度は、意外にも「主権」支持や「安定のために!」支持とはあまり関係しておらず、ラトビア・ファースト支持との間でのみ関連がみられる(図3)。InstagramやYouTubeの利用時間についても同様で、特にInstagramは利用時間が長いほど反既存政党(主にラトビア・ファースト)への支持が高まり、既存の伝統政党への支持は減る傾向にある。「革新」への支持も、この点ではほぼ同様の傾向を示す。一方、Facebookについては、はっきりした効果は見られない。一口にSNSといっても,その媒体の違いの性質は考慮する必要がある(Facebook利用者は他のSNS利用者よりも中高年に寄っているであろうことも当然関係しているだろう)。伝統メディアであるTV視聴時間の長い層は基本的に既存政党を支持している。なお、新聞購読についても調査では質問したが、まったく読んでいないとする回答者がほとんどであったため,ここでは割愛する。
図3:メディア接触時間と政党支持(筆者とSKDSによる調査)
最後に,2022年選挙での投票先と今回の支持政党の関係を見てみよう(図4)。はっきりしているのが「新統一」の苦境である。他の主要政党が2022年の支持者の半数以上を引き継ぎ、さらに他党投票者からの流入も得ているのに対し、新統一は前回投票者の過半を失ったうえ、他党からの流入もほとんどない。かつての「新統一」支持者の多くは連合リストを支持するようになっており,緑農民連合や国民連合という他の中道右派政党支持者の人気も獲得している。新統一はいわゆるネオリベ的な経済政策を志向していたが,今回選挙に際して経済的な「勝ち組」層の支持も固められていない。ここではデータを割愛するが,高学歴・中高所得層は、連合リスト支持へ流れていた。ビジネスでの成功者としてのクルベルクスに対する期待や共感は、エスタブリッシュメント層にも広がっているようである。
図4:前回2022年の投票先と現在の政党支持(筆者とSKDSによる調査)
3.選挙結果
当落の変化
ラトビアの選挙は全100議席をめぐって比例代表制によって行われる。5%以上の得票を得た政党を対象に、各選挙区ごとに修正サンラゲ式で議席が割り振られる。選挙区は、ラトビアの伝統的な4地方+首都リーガの5区に分かれている。
選挙結果自体はすでに各所で報じられており,本コメンタリーではその概要を示すにとどめる。結果として
10月3日の選挙 では、連合リストが大いに議席を伸ばし、前回選挙時の15議席から41議席へと伸ばした。得票率35.3%という数値は,ラトビア憲政史上(1922年の第1回選挙以降)もっとも高い第一党の支持率である。
ただしこれは,与党全体の勝利ではない。連立与党であった新統一と国民連合はそれぞれ大きく議席を減らし,新統一は前回26議席から7議席,国民連合は前回13議席から10議席と議席を減らした。特に国民連合にとって10議席は過去最低の記録である。さらに,もう一つの中道右派政党「緑農民連合」は5%の阻止条項を超えることができず,議席を獲得できなかった。今回の選挙に出馬している諸政党の中ではもっとも古い伝統と歴史的背景を有する緑農民連合の議席喪失は,ラトビア社会の一部では衝撃をもって受け止められている(筆者の私見では,国際メディアと国内メディアの報じ方でもっともギャップがあったのがこの点である)。その遠因の一つは,昨年のイスタンブール条約脱退をめぐる政権内での裏切り(緑農民連合は与党でありながら,野党の発議した脱退案に賛成した)にあるとされるが,投票日ひと月ほど前の閣僚の飲酒運転スキャンダルが響いた面も否定しがたい。
反対に,本コメンタリーでも何度も触れた,ラトビア・ファーストと主権はその議席を大いに伸ばした。ラトビア・ファーストは前回9議席から17議席,主権は前回選挙で得票率3.3%だったところを11.7%まで伸ばし,0議席から15議席の勝利となった。ロシア語系住民政党としては,前回11議席をとった「安定のために」は得票率1.99%で0議席,かつ政党助成金受給条件である2%にもわずかに届かなかった。かつて覇権を誇った「調和」の得票率は1%を下回っており,完全に「主権」がその地位を確かなものにしたといえるだろう。
なお,価値リベラル勢力の「革新」は前回10議席とおなじ10議席を今回選挙で確保した(得票率は微増)。シリニャ政権までは連立与党の一環であったが,2026年5月に連立内で対立したことから政権を脱出しており,責任回避に成功したといえるだろう。
在任期間の短いクルベルクスと連合リストに対しては,過去の政権の責任の懲罰投票が向かわなかった一方で,その回顧的な政権を罰する投票は完全に「新統一」「緑農民連合」が追う事になった。既述の通り,緑農民連合はすべての議席を失うという前例のない敗北を喫し,新統一も閣僚経験者が軒並み落選した。前首相であったシリニャはかろうじて選出される見込みだが,同時に新統一への投票した者からのマイナス投票数でも突出している。長らく党首であったアシェラデンスや,会派トップのアブ=メリといった重鎮層が,多くのマイナス投票により議席割り当ての対象外となって落選していることも含めて,新統一支持層からも現在の執行部はNoを突き付けられた形となっている。両党はしばらく苦境が続くだろうが,新統一は過去にもこのような苦境から復活した経緯があるし,緑農民連合も地方議会では強い基盤を維持している。今回の選挙結果は両党の影響力の消滅を意味するものではない。
各種統計情報から見る特色
重要なのは選挙結果に付随する各種の統計情報である。既に報じられているように,今回の総選挙の投票率51.8%は過去最低の記録であった。実際にはあまり盛り上がらなかった選挙なのである。特にロシア語系住民が多く住まう,南東部ラトガレ地方と首都リーガの投票率が低く,この二つの選挙区では投票率50%を下回った。歴代のラトビアの政権・政策に全面的に支持を寄せられないロシア語系住民が,
政治不信ゆえに選挙の過程から離脱してしまう傾向は以前より見られているが ,今回は穏当なロシア語系政党の不在もあってその傾向が加速したといえるだろう。
各自治体別に1位となった政党を見ると,ほぼすべての地域を連合リストが得票率で1位になっている(図5)。このような地域間の差の消滅もまた極めて異例の事で,ロシア語系住民の居住が多い南東部を除き,全ての自治体で単一の政党が第一党になったのはラトビア選挙史上初めての事ではないかと思われる(権威主義時代やソ連時代を除く)。過去のラトビアの選挙では,ロシア語系住民の多い南東部ラトガレ地方とリーガをロシア語系政党が抑え,その他の地方をラトビア系政党の様々な異なる政党が1位となることが通例であった。今回は,そのような地方差がなく,ラトガレ地方を除く全ての自治体で連合リストが1位となっている。それだけ連合リストが各地域の個性を通貫して全国的な支持獲得に成功した証左と言えるだろう。
図5:自治体別得票1位の政党(出典: LSM) オレンジ:連合リストが1位の自治体,赤:ラトビア・ファーストが1位の自治体
また、ラトガレ地方で得票率1位となったのは、ロシア語系政党の「主権」ではなく、主張の上では民族横断的な要素を持つラトビア・ファーストであった。詳細に見ると,単に言語アイデンティティだけではなく地域の利益保護も重要そうである。例えば,ラトガレで最も票を集めたのはラトビア・ファーストのPetkeviča氏だが,彼女は地元政党Daugavpils - mana pilsの党首でもある。その党員の多くは同地の鉄道会社DLRR社の従業員であるところ,多くのインフラプロジェクトを担ってきたシュレセルスは同社の利益保護を熱心に説いていた。ロシア語話者の多い地域だから多少親ロシア的な傾向の政党を支持しているという表層的な話だけではない要素がここにはある。
一方の「主権」は、ソ連型団地の多いリーガを中心に街宣を行い、支持を伸ばした。実際、リーガでは連合リストに次ぐ2位の得票率を獲得しているのはラトビア・ファーストではなく「主権」である。「主権」が特に高い支持を得たのは、Purvciems、Ķengarags、Imanta、Pļavnieki、Zolitūdeといったソ連型団地の街区である(図6)。これら5つの街区だけでラトビア総人口の約10人に1人、リーガ人口の約3人に1人が暮らしており,そこを抑えることはラトビア全体から見ても極めて重要な意味を持つ。こちらも,単にロシア語話者だからロシア系を支持しているという安直な話だけではなく,郊外の経済的に豊かとはいえない団地地域の生活に密着することに基づく支持という側面がありそうである。
図6:Purvciems地区で街宣する「主権」(筆者撮影)
学術的な指標として,前回選挙からどの程度の議席変動率があったか算出する選挙変易性(ボラティリティ)指数についていえば,変動率は0.49であり,ざっくり言えば議会の構成のおよそ半数が入れ替わったことを意味する。これもまた独立回復後のラトビアの指標として最も高い値である。他方,この変動は基本的に既存政党内の支持の揺れ動きで発生した。ラトビアの国会選挙では「前回選挙時には存在しなかった政党」が議席を取る現象が毎回見られていたが(唯一の例外は2010年総選挙),今回はそのような事態が発生しなかったのである。この点は政党システムの安定性という意味では良い意味で異例であった。連合リストとクルベルクスという,組織としては内実と継続性があるが,その顔となる人物は新人に近い,という組み合わせがこの状況をもたらしたといえよう。
4.選挙結果の含意とこれから
今回の選挙結果に係る指標を総合的に見ると,次のような総括が可能である。過去最高の議席変動,最高得票率による勝利,全国的横断的な支持,これらの点でまさしく選挙結果は連合リストの圧勝であった。しかしそれは何か国民的熱狂の中でもたらされた勝利ではなく,過去最低の投票率という,盛り上がりの欠如によって生み出された。その他の連立与党は軒並み手痛い敗北を被っている。国際メディア等でみられる「ラトビアのこれまでの親NATO親ウクライナ・反露路線が強く支持され与党が大いに勝利した」という表層的で浅い説明とは少し異なる社会的現実がここにはある。より実態に近いのは,多様な要素・失策・批判・文脈によって,既存勢力がその勢力を退潮させ,その隙を縫うように,相対的に新しい勢力が議席を伸ばしたという事である。その際に第一に支持されたのは,確かに既存与党とさして主張の変わらない連合リストであったが,同時にこれまでのラトビア政治に大いに異を唱えるラトビア・ファーストや主権も同時に大いに支持を伸ばしている。ならば,この選挙は「連合リスト」が勝利した選挙としてではなく,新統一・緑農民連合・国民連合(そして調和)という,現在のラトビア政党政治の2000年代を担ってきた既存勢力が大いに否定された選挙として記録されるべきであろう。
しかしいずれにせよ,連合リストは大勝した。しかもかつてないほどの大勝である。この結果は他国との外交にどのような影響を持つだろうか。国際関係に係る政策に関して,連合リストの支持者はよくも悪くもラトビア社会の中で突出しておらず,また既存与党の新統一とよく似ている。エネルギー価格か対露制裁の貫徹か(大砲かバターか),移民を受容するか忌避するか,といった争点に関し,連合リストの支持者の回答は他党の支持者と比べて特徴の薄いものとなっている(図7)。欧州グリーンディールとイスタンブール条約脱退に関しては,過去の政権とはやや異なる意見を持っている面もあり,これらの争点(特に後者)が
再び紛糾し前面化する可能性もあるが ,連合リストが政府首班の地位にある限り,これまでのラトビアの外交路線から大きく変わった政策は提示されないだろう。
図7:支持政党と国際問題に関する態度(筆者とSKDSによる調査)
重要なのは,連立パートナーがどの政党になるかという事にも依存する。連立パートナーの政策志向によって,連合リストを中心とする政権の方向性は今後影響を受けよう。政策志向が近くかつ最少勝利連合となるのは,10議席をもつ国民連合との51議席による連立であるが,1人でも議員が抜けると過半数を失うため,安定性に欠く。そこに新統一の7議席を足して,3党58議席による連立という話も出ているが,このプランは選挙結果翌日にクルベルクス本人が否定している(すでに大統領はクルベルクスに組閣を命じている)。
もし,ラトビア・ファーストが連立パートナーとなれば,これもやはり58議席の安定した議席を確保できる。この案についても,クルベルクスは選挙後の記者会見で否定していたが,否定された側のシュレセルスは,たとえ連立パートナーになれず,連合リスト単独の少数派政権になるとしても,ラトビア・ファーストは閣外協力として
当該政権を議会で支持する用意がある と秋波を送り続けている。ラトビア・ファーストが連立入りにこだわらないのであれば,議会内第二党としての17議席の影響力は今後4年間強い影響力を持つだろう。このほか,保守側にシフトさせず,連合リスト+革新+新統一の3党58議席連立など,連合リストはその大勝ゆえに,多くの連立可能性を持っている。
そのため逆説的だが,その大勝ゆえに連合リストは次の政権でその政権責任を大いに問われることになるとも
指摘されている 。過去のラトビアの連立政権は,ロシア語系政党を排除したうえで,相互に拒否感のある政党を含まないようにすると,事実上これしか連立の選択肢がない,という形で形成されることが多かった。政府首班といえども,連立パートナーの意向を尊重せねば政権を維持できないし,連立パートナーを切り捨てて別のパートナーに乗り換えるという事が事実上難しいことが多かった。その時,政府首班は自らの実行力の欠如や公約未達成の責任から容易に逃れられた。しかし,今回の連合リストは,非常に多くの連立オプションを持っている。連合リストが掲げる公約を政策を貫徹できないことを,連立パートナーの責任とすることが難しいほどの大勝を収めた。
今回の選挙によって連合リストが手にしたものは、単なる議会内での圧倒的な優位ではなく、政策遂行に対する大きな責任でもある。既存政治勢力への失望と低投票率を背景として獲得した大勝のもと,連合リストが今後どのような連立政権を形成し、いかなる政策的成果を示すことができるのか。今回の選挙で示された既存勢力への不満を吸収し、ラトビア政党政治に新たな安定をもたらすことができるか。その期待に応えなければ,その失望は今度こそ連合リスト自身に向けられることになる。
連合リストのリーガ市中でのキャンバッシング(筆者撮影)