*本対談での発言内容は個人的な見解であり、所属組織の公式見解・決定を反映するものではありません。
<はじめに>
2026年2月に開始されたイラン戦争とそれに伴う史上初のホルムズ海峡封鎖は、3か月以上が経過した現在もなお継続している。事態の長期化を受けて、中東・北アフリカ諸国とアジア消費国の双方で「ポスト・ホルムズ」のエネルギー供給体制に対する議論が進み始めた。長期化を見据えた各国の動きをどのように捉え、戦後エネルギー秩序の在り方をいかに検討していくべきか。中東地域の安全保障・エネルギー政策を専門とし、
ROLES研究会「エネルギー国際秩序における日本の立場」のメンバーを務めた
小林周 武蔵野大学准教授/笹川平和財団和平調停センター主任研究員、
高橋雅英 (公財)中東調査会協力研究員、
豊田耕平 東京大学先端科学技術研究センター連携研究員の3名が、この問題について第2回緊急対談を実施した(2026年5月21日実施)。
<米・イスラエル・イラン戦争とホルムズ海峡封鎖の現状>
小林 前回は、ホルムズ海峡封鎖から2週間が経たないタイミングで意見交換を行いましたが、手前味噌ながら議論の内容はかなり的を射ていたように思います。そこから3ヶ月弱が経過した現在、中東・エネルギー情勢はどう変化したでしょうか。
高橋 ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続く中、イランとの交渉によって一部の船舶が通航できていることが挙げられます。ただ、基本的には湾内にいる船舶が外に出るケースが多く、新たに湾内へ入ることは、海上保険会社との関係でまだ難しいのが現状です。もう1つの変化は、アメリカの海上封鎖により、イランの船舶も通航できなくなったことです。4月からのアメリカの封鎖によってイランの石油輸出が止まり、イラン側は財政的な圧力を受けています。今後この状況が長期化すれば、イランが財政収入をどう多角化するのか、また中国への石油輸出の販路をどう確保するのかが、課題になってくるのではないかと見ています。
豊田 IEAやOPECのデータを見ると、湾岸諸国の石油生産への影響が国ごとに大きく異なっています。迂回パイプラインを持つサウジアラビアとUAEが原油輸出を一定維持できている一方で、特にカタールは石油ガス輸出を大きく減らし、LNG施設への攻撃や観光など非石油部門への影響も相まって、成長率予測が大きく下振れています。また、エネルギーやそれ以外の製品のホルムズ迂回ルート構築の動きが活発化しています。シリア・ヨルダンやサウジアラビア西海岸、オマーンを通じた物資の輸入が模索されていますが、GCCが一体的にというよりも、個別にバラバラに打開策を模索しているように見えています。
小林 前回も、この一連の戦争が短期で収束するとは考えられないと指摘しましたが、問題が長期化する兆しが濃厚になっています。①軍事、②政治、③エネルギー(・経済)という3~4つの要素が分離している、場合によっては相互対立しているためです。例えば、今この瞬間にアメリカが対イラン軍事攻撃を停止、または停戦合意を結んだとしても、それによってホルムズ海峡通航への圧力が下がることはないですし、海運・船舶企業や保険企業が、同海峡を自由・安全に通れるという前提のもとで事業を再開するとは思えません。つまり、軍事攻撃の停止だけでは海運やエネルギーの問題は解決しないということです。アメリカとイランの政治的な安定化に向けた協議には、より多くの時間がかかります。また、すでにエネルギー・インフラやサプライチェーンがかなり損傷しており、その復旧や企業のビジネス再開には相当時間がかかると見込まれます。軍事攻撃の停止にもかかわらずエネルギー資源やコモディティの値段が高止まりすれば、トランプ政権としては我慢できなくなって、イラン攻撃を再開する誘因が高まります。だからこそ、各要素の相互対立が起きており、包括的な安定化には時間がかかるという状況が、さらに明確になってきているように思います。
<ホルムズ海峡迂回ルートの限界>
小林 前回も、ホルムズ海峡を迂回して紅海側から石油を輸出する、サウジの東西パイプラインやUAEのフジャイラ、オマーンの可能性について議論しました。改めて見えてきた代替ルートの可能性と限界はあるでしょうか。
高橋 輸出量の面で見ると、サウジアラビアのヤンブー港からは日量約400万バレルが出荷できており、UAEのフジャイラ港の方も日量約170万バレルの輸出量があると言われています。一方で、UAEはイラン攻撃前、原油と石油製品を合わせて日量300万バレル以上輸出していたことを考えると、迂回パイプラインを使っても、輸送能力の制約によって、以前のようなフル輸出はできていない状況です。そのため、UAEは来年に向けて、フジャイラ向けのパイプラインを増設する形で、輸出能力を日量350万バレル程度まで引き上げようとしているのだと思います。
豊田 セキュリティ面の限界も考える必要があります。前回対談を出した直後(3月16日)にフジャイラ港が大規模な攻撃を受け、一時的に積出が止まってしまいました。現時点でホルムズ海峡の迂回ルートとして機能しているとはいえ、イランは対岸にあるフジャイラを攻撃対象にすることができる。ヤンブー港も停戦後に東西パイプラインなどが攻撃を受けており、迂回ルートでも攻撃リスクはゼロになりえないことは認識すべきです。
小林 ホルムズ海峡を迂回して紅海に抜けたとしても、イエメンではフーシー派が活動しているわけです。同組織は現在まで具体的な軍事攻撃やバーブルマンデル海峡の封鎖を実行していません。その理由について、専門家の間でも見方は分かれており、一つはイエメン内政やイエメンとサウジの関係の文脈で、現状の一定程度の安定を損ねるようなバーブルマンデブ海峡の封鎖は現状行わないという指摘。また、イランが今後、より一層弱体化していくシナリオを見越して、フーシー派としてイランと共倒れはしないという意思の表れだとの見方もあります。他方で、「まだ大事なカードを切っていないだけだ」という見方もあり、今後さらに状況がエスカレートしていった場合、軍事行動やバーブルマンデブ海峡封鎖というオプションが排除できません。だからこそ、国際的な船舶会社の多くは、現時点でも依然として紅海〜スエズ運河のルートをほとんど通航していないわけです。
紅海を北上してスエズ運河を抜けるルートについても、軍事的なリスクは相対的に低い一方で、「スエズマックス(Suezmax)」と呼ばれる物量的な限界があり、中東からアジアへ原油を運ぶ30万トン級の超大型タンカー(VLCC)は通航が不可能です。代替ルートの限界やリスクを認識する必要があるのだと思います。
<UAEのOPEC脱退の背景>
小林 3月から現在までの重要な動きとしては、UAEのOPEC・OPECプラスからの脱退(5月1日)がありますが、この動きをどう捉えればいいでしょうか。
高橋 これまで生産調整をめぐってサウジとの間にある程度軋轢があった中で、今回、思い切って脱退したということだと思います。UAEとしては、2027年までに日量500万バレルの生産量を達成するという目標を掲げているため、OPECプラスの生産割当を、その目標達成に向けた制約として捉えてきたのだと思います。
また、OPEC脱退の背景にあるUAEとサウジとの軋轢は、単なる生産調整の問題だけではないと思います。スーダン情勢をめぐって、スーダン国軍と準軍事組織が対立する中、2025年秋頃からサウジ側もUAEによる準軍事組織への支援にかなり苛立ちを見せていました。さらに12月末には、イエメンをめぐっても両国が対立し、サウジが軍事介入する事態にもなりました。その他にも、イランとの向き合い方や、イスラエルとの関係における立場の違いも含めて考えると、UAE外交全体の大きな動きの中で、OPECプラスからの脱退が決められたのではないかと見ています。
豊田 生産割当に関する軋轢は2020年頃にはもう表面化していたわけですよね。UAEとサウジの立場の差は財政均衡油価がUAEは40ドル/バレル台、サウジは90ドル/バレル程度であることに顕著に表れています。つまり、UAEはすでに一定の財政多角化を実現していて、これ以上石油需要が停滞する前にAIやエネルギー転換を加速させていくため、短期で石油収入を最大化させたい。他方でサウジは経済多角化などに充てる政府支出を増やしている最中で、今後も中長期的に石油収入に頼る必要があるため、原油価格を長く安定させたいという違いがあります。
加えて、高橋さんが指摘された地域情勢にも、中長期的な戦略の違いがあるように思います。UAEは各国で非国家主体の側を支援していると指摘され、サウジアラビアは正統政府・国軍を支援していますが、この点はエネルギー市場の動向とパラレルにみることができると思っています。つまり、UAEは小国として自国の利益を機動的に確保し、多角的に影響力を行使していきたい一方で、サウジの方がより地域大国・エネルギー大国として、既存の市場や地域秩序を安定化させていくことに目を向けています。そのようなビジョンの差が無視できなくなってしまったので、イラン戦争を機にOPEC離脱に至ったと考えています。
小林 2019年1月にはカタールがOPECから脱退しましたが、今回のUAEの脱退と比較して同じ動きと見ていいのか、それとも違いがあるでしょうか。
高橋 UAEとカタールのOPEC脱退に関する動きは違うものだと思います。2000年代、OPECは原油価格の引き上げを目指し、サウジとUAEが中心となって、非加盟国であるロシアをOPECの枠組みに引き入れようとしていました。ただ、ロシアは協力要請を一貫して拒否してきました。その姿勢が変わったのが、2014年のクリミア危機以降だったと思います。ロシアは欧米側の経済制裁を受け、自国経済を立て直すために、原油価格の上昇を目指すようになりました。その結果として、2016年にOPECプラスが結成されたという流れです。UAEはOPECプラスの成立に関わり、その枠組みを利用しながら経済的な利益を得てきたはずです。それにもかかわらず、今回あえて脱退したというのは、サウジやロシアとは少し一線を画し、自国のエネルギー政策の自主性をより重視する判断だったのではないかと思います。一方で、カタールの脱退は、資源政策の軸足を石油から天然ガスへ移していったことが背景にあると見ています。
豊田 脱退に至るコンテクストももちろんですが、やはり石油市場における規模が全く異なります。UAEはOPEC生産量の10%以上を占める主要国で、石油生産がわずかなカタールとは比べ物になりません。さらに市場の調整弁となるスペア・キャパシティ(今後90日間で追加生産可能な能力)を有する国は実質的にサウジとUAEしかいませんでした。脱退後の減産で主にUAEのツケを払うのはサウジになるであろうことは、UAE自身も認識していたはずです。それでも脱退を決断するというのは、先ほど述べた両国のギャップが相当大きくなってしまった結果なのだと思います。
<アフリカからのエネルギー供給の潜在的可能性>
小林 視野を広げて、中東・アフリカ地域におけるエネルギー面で着目すべき動向はあるでしょうか。例えば北アフリカについては、一部の専門家から「北アフリカは新たな湾岸(New Gulf)になれるか」といった議論も出てきています。原油・天然ガスの産出量では湾岸におよびませんが、「ホルムズ・リスク」を全く受けず、巨大な市場である欧州に近く、未開発の油ガス田もあり、今回の戦争を受けて一気に注目度が高まるかもしれません。欧州の首脳や政府高官による北アフリカ諸国歴訪も増えています。リビアやアルジェリアの政治リスクは無視できませんが、今後、湾岸から逃げたエネルギー投資が実際に北アフリカに向けられるかどうかが注目されます。再生可能エネルギーについても、エジプトやモロッコを筆頭にさらなる成長可能性があるでしょう。
高橋 モザンビークでは、2025年10月に、4年間停止していたモザンビークLNGプロジェクトのフォースマジュールが解除され、ようやく再始動する流れになりました。カタールやUAEがホルムズ海峡の封鎖によってLNG輸出を十分に行えていない中、ホルムズ海峡を迂回できるモザンビークは、将来的にアジアや欧州にとって新たなガス調達先になり得ます。北部カーボデルガード州沖合では、1つ目の浮体式LNG生産事業がすでに稼働しています。さらに昨年、2つ目の浮体式LNG事業も最終投資決定(FID)の承認を得ており、最近ではイタリアの炭化水素公社ENIが、3つ目の浮体式LNG事業も検討していると報じられています。3つの浮体式LNG事業だけでも、合計で約1,200万トンのLNG生産が期待できます。
豊田 北アフリカが「New Gulf」として注目を集めるのは、欧州の視点では自然なことだと思います。リビアやアルジェリアは欧州と地理的に近くパイプラインで接続されているので、湾岸諸国以外の石油ガス投資が向かう先、欧州への石油ガス供給源として想定しやすいです。しかし、湾岸諸国の最大の供給先であるアジアに対して北アフリカから十分な供給がなされるのか。これまでアジア企業はそれほど北アフリカには参入しておらず、製油所にどれほど投入できるかも不確実です。
<新たな迂回ルートと消費国の関与>
小林 足元の動きにとどまらず、中長期的な観点から、中東・エネルギー情勢を展望する上で重要な動きはあるでしょうか。
高橋 私は、今後イラクの石油産業の動向が重要になってくると思います。イラクにはホルムズ海峡を迂回できるルートとして、北部のキルクークからトルコのジェイハンを通じるパイプラインがあります。ただ、イラクはイラン戦争前に生産していた日量約400万バレルがほとんど輸出できない状況が続けば、国家財政が行き詰まると思います。過去には、イラク・シリア間やイラク・ヨルダン間の石油パイプラインが稼働していた時期もありました。イラク産原油が市場に出てこないというのは石油市場にとって非常に大きな痛手になるため、イラクの石油パイプライン構築に向けて、国際社会がある程度支援していくことも、一つの選択肢になるのではないかと思います。
豊田 ホルムズ海峡へのイランの影響力行使が長期化することを前提とした、「イラン・リスクを伴う中東のエネルギー供給体制」を目指す動きが生じ始めています。一つが新たな迂回ルートの構築です。日本などの消費国は中東以外からの石油・ガス代替調達を精力的に進めていますが、やはり完全かつ長期的に中東依存から脱することは極めて難しい。その中で各消費国は中東からの供給強靭化に動き始めています。特に中国企業はすでにUAEのフジャイラ向け迂回パイプラインの拡張や、高橋さんの指摘されたイラクの国内パイプラインの建設を受注しています。
パイプライン建設に単に関与するだけで石油の引取量を増やしてもらえるわけではないでしょう。また、中国企業が建設しているのは政治的思惑でなく商業的条件、つまり安く受注したことによるものです。しかしながら、「産油国が供給セキュリティの確保に苦しんでいるときに中国企業は貢献してくれた」という信頼醸成の側面は極めて重要です。軍事的には関与できないまでも、供給セキュリティ確保のために経済的に関与してくれたという実績は、中長期的に産油国側から非常に重く見られるでしょう。
小林 リスクは当然あるわけですけが、だからといって供給セキュリティ向上に消費国としての日本が貢献しないままだと、本当に必要になった時に安定供給を維持できないという状況が、将来的に再び起き得るということです。民間企業はあるエネルギー案件への参入可否を商業的な観点から判断するわけですが、政府としてはより戦略的に、中東湾岸にエネルギー供給を大きく依存していない欧米とは別のアプローチを取っていくべきだと思います。
日本は、中東とアジアを結ぶエネルギー・資源のコネクティビティ(連結性)やサプライチェーンに組み込まれているわけですから、消費国として主体的に関与していかなければ、供給セキュリティが脅かされることになります。また、前回も議論しましたが、東南アジア・南アジア諸国は供給セキュリティ上のリスクに脆弱であり、各国の製造業が打撃を受ければ、日本経済も大きく巻き込まれていきます。特に石油製品や肥料、各種素材は、価格高騰だけでなく、そもそも市場に供給されないという状況が現実に起きています。ペルシャ湾周辺における軍事的・政治的な動きから独立した事象として、エネルギー・資源のサプライチェーン・リスクが悪化してしまっているし、中長期的にはグローバルなコモディティ供給や経済に、戦争のインパクトがさらに出てくると懸念されます。
<湾岸諸国の資金フロー・経済開発の行方>
小林 今後の中東・エネルギー情勢を考えるにあたって、具体的に注視すべき動きは何でしょうか。
高橋 エネルギー収入が減少していく中で、湾岸マネーが今後どこに向かうのかが重要です。これまでは、石油決済で得た余剰ドルをアメリカ国債・金融市場に還流させ、その見返りとしてアメリカが湾岸諸国に安全保障を提供する構図がありました。しかし現在は、脱ドル化や決済通貨の多角化が進み、湾岸からアメリカへの資金還流が細っていく可能性があります。また、湾岸諸国にとってはドルペッグ制の維持も課題です。資源収入が低下する中でドル供給体制が不十分になれば、変動相場制への移行や通貨下落のリスクが高まります。そのため、アメリカとの通貨スワップなどを通じ、緊急時にドルを確保できる仕組みを整えることが、今後さらに重要になると思います。
豊田 先ほどもお話ししたサウジとUAEのビジョンの違いという観点から、両国経済に対するイラン戦争の影響のギャップに注目しています。UAEは「湾岸安全神話」のもとでグローバルなヒト・モノ・カネに依存し、かなりの成功を収めてきました。一方でサウジは石油収入を原資としたメガプロジェクトを通じて、石油以外で稼げる国を目指している途上にあります。両国は経済多角化のフェーズが異なります。
イラン戦争によってGCCが目指してきた非石油経済の土台である「安全神話」が動揺する一方で、これまで財政不安定化の源とされてきた石油収入が比較的保たれているという、ある意味で逆説的なインパクトが生じています。ポスト石油経済を最も進展させてきたUAEが最も割を食うという逆説的な状況は、OPEC離脱など湾岸諸国のダイナミックな地経学的戦略の転換につながり得る。サウジとUAEの違いは必然的に対立を生むものではないと思いますが、地域秩序の再構築や周辺国への資金フローをめぐって、様々な局面で摩擦を生みかねません。
昨年サウジが戦略的相互安全保障協定を結んだパキスタンでは、開戦後にUAEが35億ドルの融資返済を迫り、サウジの支援を利用して返済するということが起きています。湾岸資金を受け取る国が対イラン関係など外交・安全保障領域で個別の湾岸諸国と異なるスタンスを取るとき、資金フローの在り方が政治的思惑に左右されるリスクも存在することには留意しておくべきです。
小林 多くの湾岸諸国が掲げている「ビジョン」のゴールは一応2030年ということになっていて、期限が迫ってきています。もともと実現性を疑問視する向きもあったとはいえ、今回の戦争を受けて、掲げられていた目標がほとんど実現できないとか、むしろ後退しているという状況が浮き彫りになった時に、各国の内政にどのようなインパクトが出てくるか。ホルムズ海峡封鎖によって産油国・非産油国の経済開発が進まなければ、体制による資源の再配分も難しくなります。これらの動きが長期的には正統性を脅かし、体勢の動揺に繋がってくるかもしれません。
<ホルムズ海峡はいつ開くのか?>
小林 少なくとも現状の見立てとして、「ホルムズ海峡はいつ開くのか」と質問された場合、お二人ならどう答えるでしょうか。この問題を考える上で、どのようなタイムフレームを設定したらいいのでしょうか。
高橋 今の状況が長引く中で、流れを変える要因になるとすれば、やはりアメリカ国内の事情、とくに中間選挙の結果だと思います。その結果次第では、これまで強気に臨んできたアメリカが停戦交渉で一定の譲歩を見せる可能性があります。一方で、イスラエルとともに、イランを屈服させるまで圧力をかけ続ける可能性もあります。ただし、少なくとも今年中に状況が大きく動く可能性は高くないと思います。仮に動くとしても、来年以降、イラン側がどこまで譲歩を見せるかが焦点になります。イランは石油備蓄が満杯に近づく一方、輸出収入も細っているため、現在はアメリカとの我慢比べの局面にあります。したがって、今年中に大きな進展を期待するのは難しいと見ています。
小林 トランプ政権としては中間選挙に勝つために、イランと停戦・ディールして、戦争から手を引きたいと思っているという見立てが出てきます。しかし、トランプ大統領や政権幹部が、より多くの国民の支持を得るために「強いアメリカ」を演出する必要があると考えれば、さらに攻撃を強めるインセンティブが生まれます。「チキンゲームに負けた」というレッテルを貼られるよりは、少なくとも軍事面において優勢であるという姿勢を、中間選挙が近づいてきた段階で見せようとするシナリオは十分あるのではないかと思います。そうなれば、政治交渉も進まず、ホルムズ海峡封鎖も、軍事的・強制的にこじ開けられない限りは続いてしまうのではないかと懸念しています。
豊田 アメリカもイランも、戦争終結はともかくホルムズ海峡封鎖を打開するモチベーションは高いように見えません。その中で最もモチベーションを持ち得るのがGCC諸国とアジア・欧州の消費国です。現時点ではアジア諸国は原油を代替調達で何とか賄っていますが、これがあと半年近く続くとなると状況は深刻です。欧州諸国も夏ごろには、冬季に向けたガス貯蔵の積み上げ状況を本格的に懸念していくでしょう。そのプレッシャーが夏から秋に高まり、一部の国がイランとの間で通航に関する条件に合意したとしても、あくまで個別国単位でのディールにとどまり、戦前水準で通航が回復する見通しは現時点では見えません。
<日本とアジアのエネルギー安全保障政策に向けて>
小林 最後に、日本のエネルギー政策上の課題や、エネルギー安全保障政策への示唆についてお聞かせください。
中東諸国との対話という点について、高市政権の初動は、残念ながら他国と比べてかなり遅かったと評価せざるを得ません。高市首相が中東の首脳と電話会談したのは、報道ベースでは4月に入ってから(4月7日UAE、8日イラン、14日オマーン、23日サウジアラビア)で、ホルムズ海峡が封鎖されてから1ヶ月以上経っているわけです。3月に訪米・日米首脳会談があったとはいえ、あまりにも遅いと思います。韓国や中国、他のアジア・欧州諸国の首脳はもっと早い段階で、少なくとも電話会談はしているわけで、トップレベルでの供給国との関係維持・構築に関して日本は出遅れてしまったという面があると思います。他方で、茂木外相はより早くから、中東のカウンターパートとも会話していますし、赤澤経産相も中東に行き、サウジとは原油の安定供給に向けた合意も結んでいるので、実質的な動きは進められたと言えるかもしれません。
高橋 今後の課題として、石油製品の供給体制があります。製油所の統廃合が進めば、国内の精製能力はさらに低下していくと考えられます。そのため、緊急時にも自前で石油製品を供給できる体制を、川上から川下までどう維持するかが重要です。コストとの兼ね合いはありますが、脱炭素化の中でも、供給体制には一定の投資を続けるべきだと思います。同時に、脱石油の視点も必要です。ナフサの供給不足だけで製品不足が起きることは、日本社会が石油由来の製品に大きく依存していることを示しています。石油危機へのレジリエンスを高めるには、供給体制の維持に加え、石油製品への依存を段階的に減らしていくことも重要だと思います。
豊田 中東からアジアへのエネルギー・サプライチェーン全体において、日本の政策措置・産業界の取り組みは過去から相当蓄積されてきました。今般注目されるアジアへの資金支援や供給セキュリティ向上だけでなく、湾岸諸国においても発電・淡水化事業や石油ガス施設の技術的要素への貢献は現在に至るまで大きい。その中で、「日本は中東の経済開発にも、また中東からの供給を受けるアジア諸国を含めたエネルギー・サプライチェーン全体の強靭化にもしっかり貢献している」ということを産油国に対して示すアピール手法が求められると思います。日本の貢献は中国のパイプライン建設のように大規模・明快でないことも多いので、相手国へどのようにアピールすべきかを考える必要があります。
小林 4月に日本政府がPOWERR Asia(アジア・エネルギー・資源供給力強靱化パートナーシップ)を立ち上げましたが、まさに豊田さんが言ったアジア広域のエネルギー安全保障やエネルギー転換、供給セキュリティへの貢献、供給国との関係構築などを日本がリードしていくための重要な仕組みになると思います。
前回、豊田さんは「エネルギー転換に必ずしも直結しないエネルギー安全保障も考えるべきだ」とおっしゃっていました。脱炭素や再エネを重視しすぎると、化石燃料セキュリティが軽視されてしまうというリスクを指摘されていたかと思いますが、改めてお考えをお聞かせください。
豊田 「ナフサ不足」の議論も含め、エネルギー転換に必ずしも直結しない化石燃料セキュリティは改めてクローズアップされています。この点に関する国民的な議論が進むことは非常に重要です。他方で、化石燃料の重要性が強調されるあまりに脱炭素の議論が後退してしまうのは望ましくありません。日本が石油ガスを輸入している東南アジア諸国では、経済成長に伴い化石燃料の消費量が当然拡大していきます。その中で脱石油・脱炭素を推進することは、化石燃料の国内消費を減らして東南アジアから日本への供給量を増やすことにもつながります。中東諸国でも同様です。したがって、化石燃料セキュリティも脱炭素もともにエネルギー安全保障の要素だという前提をしっかり認識し、二者択一の誤った議論に導かれないことが重要だと考えています。
高橋 私は、石炭の役割に注目しています。脱炭素の流れの中で、石炭は問題視されてきましたが、日本は石炭を使い続けてきたことで、現在も電力供給を支えられている面があります。石炭はオーストラリアやインドネシアから安定的に調達でき、発電コストも比較的安いため、今後も主要電源の一つとして一定程度は確保すべきだと思います。また、東南アジアでは石炭火力を使う国も多くあります。そうした国々に対して、日本がCCS技術の導入支援や、高効率な発電設備を提供することも、エネルギー協力の一つの手段になると思います。
小林 前回も、日本では欧州の「REPowerEU」のような再エネ戦略は難しいと提起しましたが、アジアが欧州と決定的に異なるのは、そもそも既存のエネルギー・コネクティビティが限定的であるという点です。そこには政策や経済システムだけでなく、物理的・地理的な限界も多くあります。他方で、「ポスト・ホルムズ」、つまり戦争以前の状況には戻らないという視点での、再エネ・脱炭素一辺倒とは異なるアジア広域のエネルギー・システムやエネルギー・ミックスの転換・拡大が求められます。安定供給のために追加されるのが石炭火力かもしれないし、柔軟な発想が必要なのだと思います。
豊田 今回のイラン戦争は、日本がアジア型のエネルギーセキュリティ・脱炭素をリードするということを、産油国や欧州諸国に改めて効果的にアピールする機会になっていると思います。これまでの脱炭素に関する議論では、欧州の急速な脱炭素にアジア諸国はついていけない、だから現実路線を考えるべきだと主張している、という形で捉えられる傾向があった。しかし今まさに小林さんが指摘されたように、欧州とアジアではそもそも地理的な特性が大きく異なるわけです。サプライチェーンの地理的制約に関する議論が高まる現在、「アジアにはアジアの地理に合わせた脱炭素化がある」ことを主張し、海上輸送が可能なクリーン水素・アンモニアの役割などを含む「アジア型の脱炭素化」の在り方を議論していくことが、多様な脱炭素の道程に対するグローバルな理解を促進するために重要だと思います。
小林 本日はありがとうございました。まだまだ今後の展望や影響は不透明ですが、引き続き、議論を深めていければと思います。