コメンタリー

「イスラエルのカタール攻撃が全てを変えた」/元外交官アロン・ピンカス氏インタビュー

イスラエルはこれからどこに行くのだろうか。外相や首相を補佐役として支え、現在はコメンテーターとしてメディアに登場する元イスラエル外交官アロン・ピンカス氏に聞いた。彼が自国に抱く懸念は、先にインタビューで紹介したイスラエルのジャーナリスト、アラード・ニール氏の問題意識と共通する面が多い。トランプ主導の和平計画に一定の評価を与える一方で、自国のネタニヤフ政権には大きな懸念を抱いている。
(テルアビブで2025年11月25日、聞き手は東京大学先端科学技術研究センター特任教授・国末憲人。情勢はその後変化している)
アロン・ピンカス氏


――トランプの和平計画をどう評価しますか。
「本来なら、トランプが和平計画を9月に発表するずっと以前に、停戦が成立してもおかしくありませんでした。しかし、ネタニヤフが望まなかった。結果的に彼は、望まざる停戦を押しつけられることになりました。1つは、地政学的な理由からです。2025年6月、イスラエルのイラン攻撃をトランプが支援した際、トランプはネタニヤフに条件を出しました。『この攻撃が終わったら、ガザでの戦争を終わらせろ』と。しかし、ネタニヤフはこれに応じず、『軍事目標はまだ達成されていない』などと言い続け、ずるずると時間を引き延ばしました。これを見たサウジアラビアやカタール、アラブ首長国連邦(UAE)は、トランプに対して、停戦を実現するよう圧力をかけたのです。サウジがフランスとともに国際会議を開催するイニシアチブを打ち出したのも、その一環でした、」
「サウジは米国に文句を言い、トランプはイスラエルに腹を立てました。ところがその後、状況を一変させる出来事が起きた。9月9日のイスラエルによるカタール攻撃です。これでトランプはかんかんになった。これが第2の理由です」
 ――この攻撃が結局、岐路となったわけですね。
「ドーハには巨大な米空軍基地があり、米国はカタールを同盟国と見なしています。『北大西洋条約機構外主要同盟国』(MNNA)という法的地位も持っています。ちなみにイスラエルも日本も同じです。問題なのは、イスラエルという同盟国が、アメリカに知らせずに別の同盟国を攻撃し、空軍基地を危機にさらしたことでした。実際には危機にさらすほどでもありませんでしたが、イスラエルのやり方は極めて傲慢でした。だからトランプは怒り、和平計画を決断したのです」
「この計画を起草したのは、トニー・ブレア(英元首相)を含むグループです。その内容をトランプは気に入り、ネタニヤフをホワイトハウスに呼んで交渉も議論もせず、計画を提示して『ここに署名しろ。今から記者会見に出て表明する』と言ったのです。ネタニヤフは従わざるを得ませんでした」
「この出来事が特筆すべきなのは、1960年代以降で、米国が実際にイスラエルに圧力をかけた初めての例となったからです。クリントンもブッシュもオバマもバイデンも、そんなことはしませんでした。1956年にシナイ半島に侵攻したイスラエル(第2次中東戦争)に対し、アイゼンハワーが怒って圧力をかけて以来です。また、この和平計画は(この計画を支持する)国連安保理決議2803号に結びつきました。
――和平計画の内容自体はどうでしょうか。
「これによって停戦は可能になりますが、実行不可能な要素もいくつか混じっています。第1にハマスの武装解除です。これはできないでしょう。ハマスは応じませんから。今もガザには2万人のハマスの戦闘員がいると、イスラエル当局自身が言っています。これは。ネタニヤフが言う『完全勝利』『殲滅』が事実ではないことも意味しています」
「第2に、国際安定化部隊(ISF)です。アラブ諸国の多くは参加しないと言っている。米国はトルコやインドネシア、マレーシアに打診し、インドネシアとマレーシアは将来考えると言いました。トルコは参加すると言ったものの、イスラエルが拒否しています。また、ガザに人道支援は入っていますが、十分ではありません。国連は追い出され、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)も排除されました。加えて、米国は今や、ベネズエラやウクライナ、国内問題で忙しい」
テルアビブ美術館前の通称「人質広場」に設けられたハマス攻撃の告発パネル


 ――トランプの中東へのかかわりに持続性は期待できるでしょう。
「トランプは当初、ウクライナ問題に関心を集中させていました。しかし、ウクライナは彼が考えていた以上に難しい問題です。だから、関心の対象を中東に変えたのです。彼は依然として、中東に関心が高いとは言えませんが、1つだけ例外があります。湾岸諸国です。そこには、彼が大好きな金と資金があります。サウジはガザに投資すると言っている。実際はしないでしょうが、武器は大量に買うでしょう。カタールやUAEは、トランプやウィトコフの家族と暗号資産やAIの面で取引をしています。カタールはトランプに、新しいエアフォースワンとしてボーイング747を贈りました。これらを腐敗だと言う人もいますが、それが米国の外交なのです。地政学的にも、米国の焦点がイスラエルから湾岸へ移っています」
「ただ、湾岸諸国が望んでいるのは静寂さ(事態の沈静化)だけです。ガザでこれ以上何かせよとは要求しません。だから、イスラエルはレバノンでの攻撃をエスカレートさせ、次のイラン攻撃も狙っている。これでは、中東は安定化しません」
エルサレム旧市街のユダヤ人地区に掲げられた表示「ガザを再びユダヤ人の手に」


 ――この調子だと、ガザでの停戦も長続きしないですか。
「いつ壊れてもおかしくありません。小さな誤算や発砲、応戦で新たな展開となる恐れはあります。イスラエルはガザで、ハマスに対応し続けなければなりません。もしイスラエルが動くのをやめると、停戦は失われるでしょう。これは自転車のようなものです。速く走っても、ゆっくり走ってもいいが、ペダルを漕ぐのをやめれば左か右かに転ぶ。すなわち、現状維持なんてあり得ないのです。トランプはシャルムエルシェイク(中東和平会議)でアラブ諸国の首脳を前に『3000年の紛争を解決した』と大見得を切ったのですから、米国は少なくともガザに関して、しっかり関与するとは思いますが」
「忘れてならないのはヨルダン川西岸です。ここでは、パレスチナ人に対するイスラエル入植者の暴力が大きな問題になりつつあります。トランプが任命した福音派で右翼の駐イスラエル大使マイク・ハッカビーでさえ問題視し始めています」
――イスラエルの内政は現状どうなっているのでしょうか。
「ショックがまだ癒えていない状態ですね」
――10月7日のハマスによる攻撃のことですか。
「その通りです。今ではすっかり忘れられていますが、イスラエルでは2023年10月まで、ネタニヤフが試みた司法改革に反対するデモが毎日吹き荒れていたのです。ネタニヤフは後に『左翼やリベラルが私を攻撃するから、付け入る余地をハマスに与えたのだ』などと言っていましたが。つまり、私たちは司法改革を巡る騒動の末に10月7日を迎え、その後2年にわたる戦争状態にあるのです。10月7日の出来事は、誰も予想しなかった点で、1973年のヨム・キプール戦争(第4次中東戦争、イスラエルの不敗神話が崩壊)以来の、あるいは米国にとっての9.11テロもしくは真珠湾攻撃に匹敵するレベルの、ショックだったのです。それ以前も、分断と憎悪を煽るネタニヤフを嫌う人はたくさんいましたが、このようにイスラエル人の自信と安全保障を失わせる攻撃に結果的に無防備だったことから、あらゆる人がもはやネタニヤフを許せなくなりました。今や、政府とイスラエル国防軍(IDF)との間には、前例のないレベルの不信感が漂っています」
「街頭のデモはまだ続いています。最初は司法改革への抗議のため、続いて人質問題の解決や停戦を求めるため、ようやく停戦が実現した今もネタニヤフ退陣を求めるためです。3年もデモを続けて、人々は本当に疲れていると思います。空虚感と気力体力の枯渇を感じているでしょう」
「2026年にはイスラエルで総選挙があります。任期切れは後半ですが、何かの拍子で前倒しになるかもしれません。今すぐに投票をすると、ネタニヤフは間違いなく敗れます。人々はまだ彼を許していませんから。しかし、イスラエルは連立政権が基本ですから、彼が敗れても首相の座にとどまる可能性はあります。これまでの選挙もそうでした」
 ――もし首相が交代すると、状況も変わりますかね。
和平プロセスを積極的に推進する首相が登場することはありませんので、劇的には変わらないでしょう。ただ、もう少し穏やかでバランス感覚のある、融和的な人物となる可能性はあります。ネタニヤフみたいに誰とでも戦争し、ガザもレバノンもカタールもイランも攻撃するようなことのない人です」
「ネタニヤフは大きなミスを犯しました。トランプだけにすべてを賭けたことです。そして今、トランプから疎まれる。トランプの周囲でさえネタニヤフを忌み嫌う。日本や韓国や台湾に『対価を払え』という政権ですから、『なぜイスラエルばかり支援するのか』との声が出てもおかしくありません。かといって、ネタニヤフが今さら民主党に頼っても相手にされないでしょうし」
――中東地域の今後はどうなるでしょうか。
「米国が真剣に関与し続けるなら、安定する可能性があります。しかし、米国が気まぐれで、短期的視野にとらわれ、取引ばかり気に懸けるなら、この地域は自分たちの力でバランスを取ろうとするでしょう。そのバランスは、必ずしも安定を意味しません」
「不安定化の要因は2つあります。1つはイランですが、孤立させることができるでしょう。もう1つはパレスチナ問題で、こちらはイスラエル自身が不安定化の要因と化しています。イスラエルはこの一年だけでも、ガザ、西岸、レバノン、シリア、イラン、イエメンを攻撃しました。その1つ1つは正当化の理由があるとしても、では例えば日本企業がこのような地域に投資したいと思うでしょうか」
 ――難しいでしょうね。
「ただ、アラブ諸国と対立しない合理的な政府がイスラエルにできれば、2つの不安定要因は解消され、地域の安定も見えてきます。パレスチナでの和平プロセスを進められれば、イランを相手にする国はなくなるでしょう。アラブ諸国はイランを怖がっているし、トルコはライバルだと見なしているし、パキスタンも嫌がっています。これらはイスラム教の国々ですが、イランから革命を輸出してもらおうとは考えていません」
「一方で、問題の解決に本気で取り組むなら、ヨルダン川西岸に40億ドルから50億ドルレベルの投資が必要です。大きな額ですが、不可能ではない。大学を開き、組立ラインをつくる。現在のところ、彼らが生産するのはオリーブとレモンと建設用セメント程度ですから、そうしないとパレスチナ国家ができても経済的に立ちゆけません。サウジがAI開発の最前線に立ちたいと言い、資金もあり、パレスチナ問題を解決したいとも言うなら、2034年サッカーW杯の愚かな空中スタジアムに十億ドルもかける代わりに、なぜAIセンターを西岸に建てないのか」
「すべては、イスラエルで新しい政府が稼働したらの話です。すぐに成果は出ませんが、明確なロードマップと『善意』をもとに何年か努力すると、可能性は開けます。日独が第2次大戦から復帰するにも、ドイツとフランスが和解するにも、時間がかかりました。それでも実現できたことは、楽観的になれる源泉です。逆に悲観的になる源泉は、『善意』が欠けていることです。10月7日以降、イスラエルとパレスチナとの間には、憎悪と不信しかないの。状況を打開するには、イスラエルに真剣な指導者が必要であるとともに、パレスチナ側にも取引可能な指導者が求められます」
エルサレム新市街の夜。ごく普通の賑わいぶり


 ――世界に目を向けると、これからどうなるでしょうか。2022年のロシアによるウクライナ侵攻で、ルールに基づく国際秩序が変わったと言う人は少なくありません。
「問題は、ロシアの侵攻ではありませんね。トランプです」
「ロシア・ウクライナ戦争が重要でない、というわけではありません。欧州への脅威となる点では、極めて重要です。ただ、ソ連崩壊後に民主化を期待されたロシアは、そうならず、国家を犯罪組織のように運営するに至りました。それが軍に影響しないわけはありません。今回の戦争でも、ロシアはその腐敗と無能を露呈させており、破壊はできても勝利はできません。ロシアは領土が広く、多くの核弾頭も持っていますが、経済は三流です。石油とガス以外ほとんど何も輸出できない。ウォッカはあるかな。しかしウォッカはどこでもつくれますからね」
「1945年以降、国連、世界銀行、IMF、WTOなどが生まれ、パックス・アメリカーナの時代が訪れました。ソ連崩壊後は2015年ごろまで米国が唯一の超大国でしたが、中国が台頭して現状維持に対する力を持つようになりました。中国は『1945年の世界を反映した秩序は2025年に合わない』『我々は経済大国であり、軍事力も持つ。尊重されるべきだ』などと考えています。今後数十年は米国と中国の時代になるでしょう」
 ――それがルールに変わる国際秩序でしょうか。
「ルールに基づく国際秩序はまだ存在します。しかし、それは以前ほど明確でも、強固でもありません。私は、世界秩序が完全に崩壊したとは言いませんが、圧力の下にさらされているとはいえるでしょう。その圧力の一部はロシア、中国ですが、大きな部分は米国自身の内向き志向です。米国がNATO、日本、韓国、中東に対する責任を放棄しつつあるからです。国際秩序は移行期にあり、移行期は常に危険です」
「米国が同盟国に対して『自分のことは自分でやれ』と言い、関税を課し、国際機関を軽視し、同盟よりも取引を優先するなら、世界はより断片化し、ブロック化します。米国ブロック、中国ブロック、その間で揺れる国々になるでしょう。中東でも同じです。もし米国が一貫した政策を持たなければ、ロシアや中国が入り込む余地も生まれます」
「米国がまだ、軍事的、経済的、技術的にも圧倒的に強いのは確かですが、秩序というものは、力だけでは維持できません。信頼が必要です。予測可能性が必要なのです。もし同盟国が『米国が明日何をするのかわからない』と感じ始めたら、それは秩序の弱体化を意味するのです」
 
Alon Pinkas 1961年生まれ。米ジョージタウン大学に学び、外交官に。外相シュロモ・ベンアミや同ダヴィッド・レヴィの官房長、首相エフード・バラクや同シモン・ペレスの補佐官、ニューヨーク総領事などを歴任した。現在は米フォックス放送のコメンテーターなどを務める。