コメンタリー

緊急対談:ホルムズ海峡封鎖と日本・中東のエネルギー安全保障

*本対談での発言内容は個人的な見解であり、所属組織の公式見解・決定を反映するものではありません。
 
<はじめに>
2026年2月末に米国とイスラエルによるイラン攻撃によって開始された三か国の戦争は、イランが史上初めてホルムズ海峡を封鎖にまで至った。この影響は中東・北アフリカ地域はもちろん、日本を含む世界各国のエネルギー安全保障にも多大な影響を及ぼし始めている。
ホルムズ海峡封鎖はいかにして生じ、中東・北アフリカ地域にいかなる影響をもたらしているのか。そして中東依存度が90%を超える日本は今後、いかなるエネルギー安全保障体制を構築していくべきなのか。中東地域の安全保障・エネルギー政策を専門とし、ROLES研究会「エネルギー国際秩序における日本の立場」のメンバーである(一財)日本エネルギー経済研究所の小林周 主任研究員、(公財)中東調査会の高橋雅英 主任研究員、東京大学先端科学技術研究センターの豊田耕平 連携研究員の3名が、この問題について緊急対談を実施した。

<米・イスラエル・イラン戦争とホルムズ海峡封鎖の現状>
髙橋   私は特にエネルギー情勢を見ている中で、大きな懸念点の一つはホルムズの通航がほとんど止まっていることです。その背景には、イランによる船舶への威嚇や海上保険の引き受け停止があります。またホルムズ海峡が通航できないことで、各国の石油貯蔵タンクが満杯になった結果、各国が生産を減産せざるを得ない状況です。
もう1つの懸念は、カタールの天然ガス生産の停止です。原油の場合、サウジやUAEはパイプラインを活用することでホルムズ海峡を迂回して輸出することが可能ですが、LNGの場合は迂回手段がないのが現状です。そして、カタールの年間8,000万トン規模のLNG生産が止まったことで大きな影響を受けるのは、2,000万トンを購入している中国です。中国が不足分をLNGスポット市場でどんどん買い漁っていくと、スポット価格がどんどん上昇していくと思われます。その場合、日本のLNG輸入コストも増加する恐れがあると見ています。
一方、石油価格について、中東から日本までの航行日数は約20日間であるため、イラン攻撃前に出航したタンカーが今、到着し始めています。そうなると、石油不足が本格化するのは3月下旬になる見通しで、石油がいよいよ届かない事態となれば、石油価格がより一層上昇するのではないかと考えております。
 
小林   日本や東アジア諸国はまだ相当量の備蓄がある一方で、例えば東南アジアや南アジアの国々は備蓄量も少なく、値上がりした化石燃料を確保するだけの購買力も限られているため、インパクトが長期・広範囲に及ぶと考えられます。
私はイランの専門家ではありませんが、この一連の戦争が短期で収束するとは考えない方が良いと考えています。今この瞬間にトランプ大統領が戦争終結を宣言したり、米軍に攻撃停止を命じたとしても、中東・エネルギー情勢が2月28日以前に戻ることはありません。イスラエルはまだまだイランを叩きたいと思っているし、イランも抑止力を回復させる上で、この状況で手打ちをすることは、恐らくないだろうと思います。
 
豊田   加えてイランが湾岸諸国の米軍基地やエネルギーインフラ、キプロスの英軍基地への攻撃、またホルムズ海峡の「事実上の封鎖」を実施する思惑として、イランの体制を攻撃した場合に米国・イスラエルのみならず国際的に被害が及ぶことを示威することがあると思います。イランがそれを明確に示したいと考えているとすれば、あっさりとそれらの攻撃を止めるかどうかは不確かです。
 
髙橋   地域的な影響の拡大という観点から、イランの代理勢力の動向も注視しています。レバノンのヒズブッラーは、ハメネイ指導者の殺害を受け3月2日頃から攻撃を再開させました。これに対し、イスラエルも報復攻撃していることで、レバノン南部でも戦闘が激化する状況に至りました。またイラクにおいても、イランと連帯するシーア派民兵が武装活動を活発化させており、中東各地の米軍基地へのドローン攻撃を展開しています。イエメンのフーシー派は今のところ大人しい様子ですが、同組織が暴れ出すと、サウジが東西原油パイプラインを活用して紅海側から輸出するという計画が影響を受ける恐れがあります。
 
小林   フーシー派は、イランが攻撃された直後に、紅海での攻撃を再開するという宣言を出し、主要な船舶会社の多くが紅海〜スエズ運河ルートの通行再開を停止・延期しました。具体的な動きはまだありませんが、エネルギーやコモディティの輸送は喜望峰ルートを利用せざるを得ず、サプライチェーンが引き締められた状況が続くと見込まれます。
 
<中東・北アフリカ地域のエネルギー・経済情勢へのインパクト>
小林   ペルシャ湾岸だけではなく、中東・北アフリカ全域へのインパクトに関してはいかがでしょうか。
 
豊田   一つ目は、ホルムズ海峡を迂回する輸出ルートの活発化とその限界でしょう。サウジは紅海側のヤンブー、UAEはホルムズ海峡外のフジャイラから輸出するための迂回パイプラインを持ちますが、これらは4~6割程度が既に用いられているため、見かけよりも追加輸出の数量は増えてきません。さらにヤンブー港は大量の原油輸出の実績はなく、また2019年のようにパイプラインをフーシー派に攻撃されうるなどの潜在的なリスクもあります。これらのパイプラインで一部を迂回したとしても、クウェートなど迂回できない国も合わせた日量約1,400万バレルのホルムズ経由での輸出量には到底及びません。
もう一つが中東・北アフリカ諸国のガス・電力セキュリティの悪化です。産油国は貯蔵容量の制約から、ホルムズ海峡の封鎖が続けば石油生産を減少させる必要があり、そのとき石油と一緒に生産される随伴ガスの数量も減ります。となると発電部門をガスに依存しており、かつ電力不足がもともと課題であったイラクやクウェートでは、随伴ガス生産の減少によって産業や国民生活に甚大な悪影響が生じる可能性があります。特にイラクはイラン産ガスの輸入にも依存しています。
 
図1 ホルムズ海峡を迂回する輸出パイプライン(緑線)
(出所)JOGMEC Channel
 
髙橋   北アフリカの石油消費国の方への影響については、特にエジプトはこれまで補助金を通じて、国内の燃料価格を抑えようとしてきたため、今回の原油高がこのまま続けば、どこまで補助金を継続できるかが問われます。また、湾岸経済が今後落ち込んだ際、エジプトやモロッコはこれまで湾岸諸国からの巨額の投資や援助を受けてきたため、財政資金源が減少する可能性があります。こうした湾岸経済悪化の影響はサブサハラ・アフリカ諸国も含めて、世界中に広がっていくと見ております。
 
豊田   エジプトは湾岸の資金に依存しているうえ、イスラエル産ガスのパイプライン輸入にも大きく依存しています。国内ガス生産の減退を背景に、2025年からLNG輸入体制を整えてきたことで、イスラエル産ガスの輸入が急減した今でもエジプトのガス供給は問題ないと言われています。しかし現時点ではイスラエル産ガスを補完するために、その2倍以上の輸入コストがかかるLNGの輸入をさらに増やさなければならない。イスラエル産ガス輸入の減少と湾岸経済の落ち込みの両面から、エジプトは財政的圧力を受け始めていると言えるでしょう。
 
小林   湾岸の資金に依存している非産油国への影響は相当大きいでしょう。一方で、現時点で戦争に巻き込まれていない北アフリカ諸国には、ある種のチャンスが訪れるとも考えています。ガス不足が見込まれる中で、欧州がアルジェリアとリビアのガスへの注目を高める可能性があります。どちらの国も政治的な不安定性は抱えているわけですが、湾岸の混乱が成長の追い風になるシナリオがあり得るかもしれません。湾岸から逃げた資金がどこに移るのかを見ることも重要でしょう。
 
小林   東中海の天然ガス開発はどうなるでしょうか。エジプトでは、最近になって外貨準備高が回復し、外資企業に対する債務の支払いが進んだ結果、国内での石油ガス掘削が進むと期待されていました。そうなれば、ゾフル(Zohr)のような大規模ガス田の発見によって、再びガス生産能力が高まることを期待する向きもあります。
東地中海の天然ガスは、かねてからヨーロッパとの接続が期待される一方で、確認埋蔵量の限界やコストの問題から実現してきませんでした。ホルムズ海峡の封鎖によって、中東湾岸からのLNGがヨーロッパに届かない状況が、東地中海のガス開発の追い風になるのか、もしくは逆に、地政学リスクが嫌気されて停滞するのか、注目しています。
 
図2 東地中海諸国のガス田・エネルギーインフラ
(出所)JOGMEC Journal
 
髙橋   カタール産LNGがヨーロッパにしばらく届かないこととなった中で、EUが目標とする2027年中のロシア産LNGの輸入をゼロとする方針は実現できるかは不透明です。カタール産の代替調達先としてはアメリカが検討されると思います。
 
豊田   2025年6月の「12日間戦争」のときは、米国メジャー企業のシェブロンのCEOが、東地中海は引き続き魅力的なエリアであるということを明言していました。その発言を考慮すると、シェブロンは戦争リスクについてはある程度織り込んだうえで、この地域の探鉱開発の機会に賭けているのだろうという印象を持っています。既存ガス田の拡張開発や輸出は、遅れつつも進めていくと思います。
エジプトでは技術的な課題による生産減退をどこまで新規探鉱での大規模発見で補填していけるかが重要で、その見通しはまだまだ不透明です。しかしエジプトでは2027~2028年ごろ、新たに生産が始まるキプロスからのガス輸入が見込まれます。カタールの見通しも不確かな中、ポジティブな材料が複数ある東地中海は欧州への代替供給源として引き続き期待されていくように感じます。
 
<グローバルな政治・エネルギー市場への影響>
小林   政治面での懸念点やリスク、合わせてグローバルなエネルギー市場・供給体制への影響についてはいかがでしょうか。
 
髙橋   湾岸諸国を見ていると、イランからの攻撃に対して非常に自制的に対応していると思います。湾岸諸国にとって見れば、今回の戦闘は米国・イスラエルに巻き込まれるような形となってしまいました。しかし、湾岸諸国が報復としてイランを攻撃してしまえば、戦闘の当事者となり、イランから更に激しい攻撃を受ける恐れがあります。
エネルギー動向での追加の影響は、今は原油の行方が注目されていますが、石油製品の役割も無視できません。たとえば、日本は湾岸諸国からナフサなども大量に輸入しています。このため、サウジアラビア東部の製油所やUAEのルワイス製油所が攻撃対象となったことで、石油製品の供給停止が長期化することが懸念されます。
 
豊田  小林さんが最初にご指摘されたように、ホルムズ海峡の封鎖では東南アジア・南アジアなどの購買力が低く、備蓄・在庫の少ない国が短期的に最も脆弱になります。米国がロシアとイランという世界有数の石油ガス生産国との二正面対立を仕掛ける中で、一部のグローバル・サウス諸国に経済面・エネルギー面でのダメージが蓄積している今後、これらの地政学的対立の中で、国際社会全体としていかにグローバルに公平なエネルギー安全保障を確保していくかを改めて考えていく必要があります。
 
小林   現時点ではエネルギー価格の上昇に注目が集まっていますが、今後は資源の確保をめぐる競争が顕在化・熾烈化していくと懸念しています。高い値段を提示した国・企業が買えるのか、もしくは政治的・地政学的な駆け引きの中で勝者と敗者が出てくるのか。ホルムズ海峡の封鎖がどの程度続くかにかかってくると思いますが、リスクは高まっています。そうなれば、アジア広域やインド太平洋という、グローバルな製造やサプライチェーンの重要拠点におけるエネルギー供給が不安定化し、例えば台湾の半導体製造のような、より高度かつ戦略的な物資の供給にも影響が出てくる恐れがあります。
また、ロシアへの制裁がどこまで維持されるのかも注目点です。すでに米国によるロシア産原油に対する規制緩和が報じられており、中東からの石油・ガス輸出が長期に渡り止まった場合、G7や欧米として、どこまでロシア産の原油・ガスを拒絶できるのか。「我慢比べ」になってくるかもしれません。その状況を見越して、ロシアはヨーロッパへの天然ガス供給の即時停止を示唆しており、ゲームはもう始まっているように見えます。
アジア諸国が直面するより大きな挑戦として、今後エネルギーや資源のシーレーンや海洋サプライチェーンを誰が守っていくのかという問題があります。米国が直接的な紛争当事国になり、これまで米国が担ってきたペルシャ湾・紅海からアジア方面へのエネルギーや資源、物資の通航の安定・安全がさらに不透明化していく中で、どの国がどのようにコミットしていくのか。これは日本だけではなく、中東にエネルギーを依存しているあらゆる国が突きつけられる問題だと思います。
 
<今後注視すべき動向>
小林  報道や専門家の間でそこまで議論されていないものの、気をつけておくべきポイントはあるでしょうか。
 
髙橋   個人的に気になるのはフランスの動きです。フランスは情勢悪化を機に、東地中海側にシャルルドゴール空母を移動させました。今回、UAEのザーイド港にあるフランスの海軍基地がイランからのドローン攻撃を受けたり、またフランスのトタルエナジーズが関与する資源事業からの石油・ガス輸出がホルムズ海峡の封鎖によって止まるなど、国家権益が脅かされています。フランスはUAE、カタール、クウェートと防衛協定を結んでいることから、友好国の防衛という観点で、この先軍事協力を行っていく可能性も考えられます。
 
小林  これだけイランの核施設が米・イスラエルによる攻撃対象となる中で、中東における原子力開発の行方は気になります。UAEではバラカ原発が稼働していますが、さらに状況がエスカレートしてイランの核・ミサイル能力やエネルギー施設が破壊された時に、攻撃に巻き込まれないとは言い切れません。また、中東における原子力の安全性に対する危機感が高まると、エジプト西部でロシアが建設中のダバア原発(2028年稼働目標)への懸念が強まり、計画が停滞する恐れもあります。
 
豊田   私はサウジアラビアとUAEの対立・競争に関する波及効果が気になっています。年末年始にかけてイエメンやソマリアにおける両国の地政学的対立が特に注目を集めました。この対立は両国の地域秩序に関するビジョンの違いが直接の背景にありつつも、UAEとサウジアラビアの経済競争で劣後したサウジアラビアによる「嫉妬」の側面もあるとの論調もある。
しかし今回の戦争で共通の脅威が現れたことにより、少なくとも一時的にはサウジ・UAEを含むGCC諸国の団結が強まりました。しかし戦後を見据えると、この戦争はサウジとUAEの立ち位置を大きく変えてしまう可能性があります。
UAEが経済競争をリードしていると言われてきた背景には、サウジに比べて国際的な投資を集める点で大きく先行していたことがあります。特にドバイは中東地域の政治的リスクから隔絶され、安全でグローバルな投資ハブであるという認識が定着していたものの、今回の戦争では湾岸からの資金逃避で大きなダメージを受ける可能性が出てきました
他方でサウジはどうかというと、首都リヤドはイランからは距離があり、イランの対岸に位置する他の湾岸諸国の首都よりセキュリティ上の利点がある。かつサウジはグローバルなハブとしてはUAEに劣るものの、広大な国土に経済開発のポテンシャルがまだ残されています。これらを踏まえると、サウジは相対的にセキュリティに優れ、国際投資の逃避にもある程度のレジリエンスがあるかもしれません
その結果、戦前に生じていたサウジ・UAEの地政学的対立と経済競争、そしてそのパワーバランスはどのように形を変えて戻ってくるのか、その点には注目すべきだと思っています。
 
小林   非常に重要なポイントですね。中東地域の秩序が再編される中で、「戦略的縦深性」を持つサウジの重要性が高まるシナリオがあり得るかもしれません。その時のアブラハム合意の行方も、長期的には考えるべきポイントです。
 
小林  これまで中東で進められてきた、IMEC(インド・中東・欧州経済回廊)、I2U2(米国、イスラエル、インド、UAEの協力枠組み)などの連結性プロジェクトの行方はどうなるでしょうか。これらは2023年の「10.7」や2025年6月の「12日間戦争」の後も維持され、ある部分では強調されてきたわけですが。
 
髙橋   IMECについて、欧州側、特にフランスやイタリアはインドとの経済関係強化を望んでいるため、実現に向けた強い意欲を示してきました。ただ、中東情勢の安定化がIMEC構想を左右する要素であるため、湾岸諸国での情勢悪化は大きな障壁となりつつあります。また、イラク・トルコ開発道路構想もホルムズ海峡が封鎖されれば、海運ルートが確保できないことから、実現がますます困難となっています。
 
豊田   連結性プロジェクトの中での湾岸諸国の重要性はやはり資金力にあります。しかしこの戦争を踏まえて湾岸諸国は、域外諸国との連結性よりも、パイプラインネットワークや電力網の相互接続など、湾岸域内の地域統合を通じたホルムズ・リスク低減策により投資したいと考えるかもしれません。
 
<日本のエネルギー政策上の課題>
小林  2026年3月にROLESが発表した世論調査では、「日本の安全保障にとって差し迫った脅威だとあなたが思うものを3つ選んでください」という問いに対して、「エネルギー危機」が24.0%で第5位となっています。2024年8月からの4回の調査を通してみると、だいたい30%弱から微減してきたというトレンドです。日本国民の約4人に1人が、エネルギーの問題を安全保障上の脅威だと認識しているとも言えます。
エネルギー安全保障・エネルギー地政学の問題は、50年前のオイルショックの頃から、古くて新しい問題であり続けてきました。今回の中東における危機が日本に突きつけた課題、または政策面での示唆は何でしょうか。
 
図3 世論調査における「日本の安全保障にとっての脅威」
 
髙橋  日本のエネルギー政策に関する議論はやはり電力政策を中心したものが多い印象です。それは、これまで中東諸国から安定的に原油が輸入できてきた経緯から、石油政策に関する議論は進展しなかったのではないかと思います。今回のイラン戦争を踏まえ、石油政策の重要性を改めて検討する必要あると思います。日本の原油調達における中東依存が94%であることは、韓国や台湾の依存度7割に比べても明らかに高いことが、今回の石油危機の影響を大きくする要因となったでしょう。この先、石油調達先の多角化に関する議論が本格化すると思います。候補先として、アメリカやカナダなどからの原油輸入を増やしていく必要があると考えています。
 
豊田   中東からのエネルギー供給途絶にどう対応すべきかに注目が集まるだけでなく、議論の活発化を通じて岩瀬昇さんが度々指摘される国民全体の「エネルギー・リテラシー」が向上する機会になりますね。
また専門家間の議論についても、これまでは電源構成の在り方や水素の導入など、エネルギーやその周辺業界のみで完結する政策に注目が集まってきました。しかし今回のような地政学的なエネルギー安全保障の危機により、調達多角化に対する政府の外交的支援やシーレーン安全保障の確保といった、外交・安全保障と接合するような論点もエネルギー政策の一側面として考慮せざるを得ない状況となったと思っています。
 
小林   エネルギーが地政学的競争の従属変数であるという、2022年にヨーロッパが直面した問題が、改めて日本を含めたアジア諸国に突きつけられているのだと思います。
民間企業がコストや経済的合理性を重視することはある意味当然ですが、だからこそ政治的・政策的には、エネルギーの安全保障や安定供給を担保するために、今回のような危機に具体的に対応できる体制を構築する必要があります。エネルギー安全保障の観点から必須であった対策が、様々な理由により実現されていなかった部分はあるのだと思います。
 
<将来のエネルギー政策への示唆>
小林   今回の中東における危機を受けて、日本はエネルギー政策や将来的なエネルギー・ミックスを転換すべきでしょうか。もしそうであるなら、どの部分を変えていく必要があるでしょうか。
例えば、欧州が2022年2月のウクライナ侵攻の後に掲げた、「エネルギー安全保障としての脱炭素・再エネ」という議論が、今後さらに高まると思いますが、欧州の「REPowerEU」のような政策を日本やアジアがそのまま導入することは難しいでしょう。原発の位置付け、再エネ導入の物理的・地理的な限界、一定程度化石燃料に頼らざるを得ない中での調達先の戦略的な分散など、考えるべき要素は多岐に渡ります。中東依存のリスクは明らかだとはいえ、代替先が簡単に見つかるわけではない。
日本だけならともかく、インド太平洋のエネルギー安定供給や、アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)を推進する上でも、中東は切り離せません。その中で、中東とアジアを結ぶシーレーンの安定化や安全確保に対する米国のコミットメントが揺らげば、日本としても関与せざるを得なくなる。
 
髙橋   原子力発電の現状については、現在稼働可能な原子炉は33機あり、そのうち14機が稼働、残り19機が再稼働できずにいる状態であります。この原発資産があるにもかかわらず、活用しないことはエネルギーの自律性を確保する上でマイナス材料であると思います。もちろん、再稼働には原子力規制委員会と立地自治体の承認が前提条件となっていますが、政府による政治判断も重要であると思います。発電部門での国産エネルギーとして、再エネ発電も地産地消という観点から、活用できることは確かです。
問題は燃料部門で、今からガソリン車を電気自動車に転換していくことは非常に難しいと思います。そのため、ハイブリッド車のような燃費のいい製品であったり、海運分野で石油からLNGへの燃料転換も進めていくべきだと思います。こうした燃料のガス化は中長期的な視点で、石油需要自体を減少させる効果があると考えられます。
 
豊田   今回の危機は、エネルギー転換に必ずしも直結しないエネルギー安全保障の議論をアジア大で喚起する機会だと思っています。近年は「エネルギー安全保障としての脱炭素・再エネ」が重視されることで、例えば石油備蓄の議論などはどうしても横に置かれてしまいます。
具体的には、AZECのようなアジア規模での備蓄体制・エネルギー安全保障体制に関する議論が専門家間でもっとクローズアップされる機会であると感じます。今回の危機は石油備蓄が豊富で購買力もある日本にとっては短期的に耐えうるものだと思いますが、レジリエンスの乏しい新興国ではプラントの完全操業停止や周辺産業の縮小など、いわゆる需要破壊が生じてしまう可能性がある。日本企業が多く進出しているアジア地域での需要破壊は、長い目で見れば日本への直接的な石油ガス供給以上に日本経済へのダメージとなってしまうかもしれません。アジア全体のエネルギー安全保障における備蓄体制の有効性が、備蓄政策に関わっている関係者の皆様以外にもさらに重視されることで、日本経済のレジリエンスに資する議論が活発化するのではないでしょうか。
 
髙橋   アジア全体でのエネルギーセキュリティを考える際、日本は韓国から石油製品を輸入しており、たとえば韓国産ナフサの輸入量は全体の15%に達しています。こうした石油製品を軸としてアジア広域での石油サプライチェーン体制の発展は、日本の燃料調達にも寄与するものだと考えています。
 
小林   本日は鋭い分析をありがとうございました。今後の展望や影響は不透明ですが、引き続き、議論を深めていければと思います。