コメンタリー

「唯一の脅威はイスラエル内部にある」/ジャーナリスト、アラード・ニール氏インタビュー

2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザのイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃に端を発した紛争は、米大統領ドナルド・トランプが主導した和平計画を2025年10月、ハマスとイスラエルの双方が受け入れ、少なくとも形式上は転機を迎えた。ただ、一連の出来事の影響はガザにとどまらず、中東全体に及び、地域のパワーバランスを大きく変えつつある。この変化を、イスラエル自身はどう受け止めているのか。和平計画受け入れ後の2025年晩秋に現地を訪ね、ネタニヤフ政権と距離を置く知識人に話を聞く機会があった。以下はその1人、テレビジャーナリストとして長年イスラエルの国際関係を取材してきたアラード・ニール氏(64)へのインタビューである。
(テルアビブで2025年11月24日、聞き手は東京大学先端科学技術研究センター特任教授・国末憲人。情勢はその後変化が見られる)
 
アラード・ニール氏

 
――和平計画への合意が結ばれた後も、ガザではイスラエル軍の攻撃が続き、犠牲者も出ています。ただ、和平計画そのものは、曲がりなりにも維持されているように見えます。今後どうなるでしょうか。
「現在のところ、私は楽観的です。イスラエル側にも、パレスチナ側にも、また欧州にも、トランプの試みを支持し、実現させようとする人々がいると見込めますから。ロシア・ウクライナ戦争では、トランプの同意がなくてもプーチンは戦争を続けられるため、トランプの選択肢も限られていました。世界の他の多くの紛争でも、それは同じです。でも、ネタニヤフは、トランプの同意なしには戦闘を継続できません。米国の支援と武器供与が不可欠なのです。だからこそ、トランプはこの紛争に影響力を行使できたといえます」
「イスラエルに対する『戦略的兵器』とも言える人質を、ハマスが解放するなんて、以前はだれも予想しませんでした。それを可能にしたのはトランプです」
 ――ハマスがよく受け入れましたね。
「トランプはこの目的のために、いわば『暴君連合』と呼ぶべき枠組みを結成しました。『独裁者』と言ってもいいエジプト、カタール、トルコの指導者たちがハマスを包囲した結果、ハマスには逃げ場を失ったのです。ハマスはこの3カ国のうち、少なくとも2カ国の支援が必要で、3カ国が一致して指示するとそれに従わざるを得ません」
 
テルアビブ市内中印部のディゼンゴフ広場に設けられたハマス襲撃事件の犠牲者の追悼スペース
 
■ 穴だらけの計画だが…
「こうして、トランプの計画の少なくとも第一段階の目標は達成されました。今後はトランプの集中力と献身の度合い次第ですが、サウジ皇太子ムハンマド・ビン・サルマンと会談したり、カタールから投資計画を引き出したり、トルコのエルドアン大統領と親密な関係を結んだりしていますので、自らが打ち上げた計画を実現させようとするでしょう」
「トランプは、米国には例のない特異な指導者です。スティーブ・ウィトコフ(米中東担当特使)は最初にここを訪れた時に『大統領は目標を定めた。これを達成するために私たちは来た』と言いました。1つずつ作業を組み立てるでもなく、従来型の外交を展開するわけでもなく、目標達成に向けて基盤を固めるわけでもない。大統領がこう望んでいるからやるのだ、と。そういう時代なのです」
 ――やっつけ仕事のように思えます。
「和平計画に対する批判があるのは確かです。丁寧に準備されたわけでもない、穴だらけの構想です。ネタニヤフもハマスも歓迎はしていない。ただ、今のところはうまくいっているように思えます。シオニズムが台頭して以来、この地域で100年以上続いてきた問題――トランプに言わせると3000年続いた問題だそうですが――に対して解決策を示し、ユダヤ人とパレスチナ人の間で土地をどう分割するかという課題に答えようとしているのは、間違いありません」
「だから、問題の解決を望む人は、この計画を支援すべきです。トランプが米国や欧州ですることがどうなるかわかりませんが、少なくとも中東ではうまくいく可能性がある。この機会を逃すべきではありません。領土問題を解決したうえで、パレスチナの民主化や選挙の実施を進めたらいいのです」
 ――だから、楽観的でいられるわけですか。
「トランプはガザに強い関心を持っていますからね。彼は、カタールやサウジアラビアから投資を呼び込みたい。不動産業としての視点です。多くの資金が流れ込み、ビジネスチャンスが生まれると期待しているのです」
 ――和平計画は誰が描いたのでしょうか。
「きっかけとなったのは、カタールのハマス拠点に対してイスラルが2025年9月に実施した攻撃です。それまでトランプは、ネタニヤフがガザ問題を軍事的に解決するだろうと期待していましたが、この攻撃失敗を見てそれが無理だと理解しました。そこで、ネタニヤフの特使であるロン・ダーマー(前イスラエル戦略問題相)が持っていたいくつかの要素を統合し、トルコやカタールも加わって、この計画をつくりあげました。トルコ外相のハカン・フィダンが大きな影響を与えたでしょう」
 ――もしこの構想が実現すると、中東でのイスラエルの力はさらに強まり、国家安全保障上も安泰ですか。
「それは全然違います。イスラエルにとっての最大の脅威は、イランでも、ハマスでも、ヒズボラでもないのですから」
 
テルアビブの海岸。この数十キロ先にはガザが位置する


 ■ 敵は内にあり
「2023年10月7日のハマスによる攻撃は、イスラエルが経験した最大の危機でした。政府も軍もいないところで、市民が襲われたのです。ただ、私たちはその危機を克服し、形勢を逆転させました。レバノンでヒズボラの指導者ナスララを殺害し、組織を壊滅させました。イランに対してもやりたい放題ができました。もはや軍事的脅威はなく、核兵器も持っていますから国家存続への懸念もない。そんな中で唯一の脅威は、内部からのもの、イスラエルがどんな国になるかです。残念ながら、ネタニヤフは今後もイスラエルの指導者であり続けたいと考えている。彼はもはや民主主義のルールに従って行動しておらず、権力の座にとどまるためにあらゆる手段を講じている。それこそがイスラエルにとっての主要な脅威なのです」
「イスラエルでは現在、三権分立が機能していません。極めて権威主義的な統治者である首相が政府を支配し、政府が議会を支配しているのです。チェックアンドバランスの機能が唯一働くのは司法制度ですが、今では極めて弱体化しています。つまり、イスラエルはトルコやロシア、ハンガリーと同じ全体主義国家に向かっているのです。ハンガリーにはまだ、欧州連合(EU)というチェックアンドバランスの仕組みが残っていますが、私たちには何もありません」
 ――ただ、選挙による政権交代は可能ですよね。
「それはそうですが、ネタニヤフは法改正によって選挙そのものを支配しようとしています。私たちは2019年以来5回の選挙を経験していますが、彼はそのうち4回負けました。しかし、一度も敗北を認めず、だから何度も選挙が繰り返されたのです。今や彼らは、アラブ人の投票率を下げるため、最も穏健なアラブ人政党でさえ『ムスリム同胞団と連携している』との口実で非合法化しようとしている。中央選挙管理委員会を支配するために、最高裁判事が占めてきた委員長の座を、自分たちの側の人物にすげ替えようともしている。もしそうなると、選挙はもはや、自由ではあっても公平ではなくなるでしょう」
「仮に選挙が予定されても、戦争が起これば延期されます。ネタニヤフはそのために、イランなりレバノンなりで、敵をあえてつくろうとするかもしれません」
「彼らは、メディアを操作するための新法も用意しています。すでに、野党がほとんどメディアに登場しないのは、トルコやロシア、ハンガリーと同じです。このような状況で、公正な選挙が実施されるとはとても思えない。その点で私は非常に悲観的です」
「そのメディアも、ガザで何が起きているのか、私たちがガザで何をしているかを、十分には報じていません。現地の様子が伝えられていないため、イスラエルの指導者がなぜ、ハーグの国際刑事裁判所(ICC)から訴追されるのか、市民は理解できないのです。私は、訴追が必ずしも正当だとは考えませんが、少なくともなぜ訴追されたかはわかります。しかし、多くの人はわからない。私自身それをもっと伝えようとしていますが、なかなか伝わりません」
 ――イスラエルの内政は大変な状況にありますね。
「トランプはそのようなことにまったく関心を抱きません。実利主義の彼は、価値とかイデオロギーとかに興味がありませんからね」
 
 ■ 新型コロナを機に世界が変わった
 ――これまでの国際秩序は、曲がりなりにもルールに基づいていたと思います。利益だけでなく理念もそれなりに尊重されてきましたから。でも、トランプが登場して、理念よりも実利ばかりが重視されているように見えます。
「バイデンが大統領に当選した際、私はそのニュースを伝える記事で、彼の最大の目標が『第二次世界大戦後のアメリカの自由民主主義、パックス・アメリカーナへの信頼を取り戻すこと』にあると書きました。しかしその目標は、トランプによって失われてしまった。人々はもはや、パックス・アメリカーナなど信じなくなりました。米国自身、米大統領自身が信じていないのです」
 ――つまり、国際秩序が変わりつつある、ということですか。
「変わりつつありますね」
 ――でも、「国際秩序が変わる」とは、プーチンがウクライナを侵略した2022年にもしきりに言われました。しかし、大方の予想に反してウクライナは持ちこたえています。ロシアの振る舞いが世界で支持されたわけでもありません。変わる、変わるという割には、変わっていないようにも見えます。
「確かにプーチンは戦争で軍事的な成果を得ていません。ただ、得るものは得ています。自らの望む形での停戦方針をトランプに受け入れさせているのですから。ロシアは、ここで手に入れた時間的余裕を使い、力を回復させ、トランプが去る3年後以降に欧州に侵攻するかもしれません」
「世界が変わったといえるのは、むしろ2020年でしょう。新型コロナ禍が世界を劇的に変えたと思います。この出来事を機に、イデオロギーに基づいて行動していた政治家が去り、ポピュリスト体制の時代が到来しました。旧世代の最後の政治家はアンゲラ・メルケル(ドイツ元首相)でした」
「世界の変化の背景にあるのはソーシャルメディアです。政治指導者はメディアを通じず、市民に直接語りかけることができるようになりました。あなたや私のようなジャーナリストはもはや必要ない。メディアの価値判断が消滅した結果、すべての情報が同列で並ぶようになり、重要なことと重要でないこと、いいことと悪いことの区別が失われたのです」
 ――その点は私も大いに同感です。本日はありがとうございました。
(本文敬称略)
 
Arad Nir 1962年生まれ。イスラエル最大のテレビ局『チャンネル2』とその後継局『チェンネル12』の国際ニュース部長を30年以上にわたり務める。国際ニュースのキャスターとしても活動し、特にトルコ問題に詳しい。ライマン大学などでジャーナリズムの講座も持つ。