はじめに[1]
1951年9月に締結された日米安全保障条約を基盤とする日米同盟(日米安保体制)の歴史については、現在に至るまで多くの通史が刊行され、日米同盟の史的展開をめぐる包括的な見取り図を描いてきた。その一方で、とくに近年における史料公開の進展を受けて、安保改定や沖縄返還をはじめ、日米同盟の史的展開に関する重厚な歴史研究が蓄積されている。それでは、このような歴史研究の進展をふまえ、日米同盟に関する通史はどのように描くことができるのだろうか。本稿は、筆者が参加した通史プロジェクトにおける成果(藤田吾郎「第2章 中立化への不安と役割拡大への期待への狭間で――なぜ日米安全保障条約は改定されたのか」「第3章 高度経済成長下における同盟像の模索――なぜ沖縄返還は実現したのか」山口航編『日米同盟史』法律文化社、2025年)をふまえ、日米安全保障条約の改定(1960年)と沖縄返還合意(1969年)を中心に、1950~1960年代における日米同盟史の論点を素描することを試みるものである。なお、本稿では、執筆内容を詳細に紹介することに代えて、執筆の狙い、記述の力点、今後の課題を論じることを中心とする。
執筆の狙い
安保改定と沖縄返還を中心とする1950~1960年代の日米同盟史を通史的に描くにあたり、筆者が意識したのは、次の二つの背景であった。第一の背景は、日米同盟史(戦後日米安全保障関係史)の研究傾向である。周知のように、日米同盟史の研究は、ここ数十年で飛躍的に進展してきた。とりわけ、安保改定や沖縄返還をはじめとする1950~1960年代の日米同盟に関しては、先行して公開されていた米国務省文書を用いた諸研究が主として米国政府の構想を軸とした分析を行うなか、日本外務省文書の公開状況が2000年代以降に好転したことで、日米両国の文書を用いて、日米両政府の政策決定過程や日米間の外交交渉を詳細に検討する研究が数多く登場している[2]。しかし、これらの研究を通じて1950~1960年代の日米同盟をめぐる政策決定・外交交渉の過程が詳らかになる一方で、日米同盟史に関する包括的なストーリー(全体像)の提示は、今後の課題として残されているといえよう。したがって、筆者は、一次史料の詳細な分析に基づく近年の歴史実証研究をふまえつつ、日米同盟のマクロ的展開を描く通史を執筆する余地があると判断した[3]。
第二の背景は、戦後日米関係史の通史における1950~1960年代に関する記述の傾向である。管見の限り、近年の戦後日米関係史の通史には、大別して次の二つの傾向があるように思われる。第一の傾向としては、五百旗頭真編『日米関係史』(有斐閣、2008年)などのように、戦後日米関係における「ポジの側面」を重視する通史がある。この立場に基づけば、1950~1960年代は、アジア・太平洋戦争によって破綻した日米関係が再構築される時期、とりわけ日米パートナーシップの発展期として位置づけられる[4]。これに対し、第二の傾向としては、吉次公介『日米安保体制史』(岩波書店、2018年)などのように、戦後日米関係における「ネガの側面」を重視する通史がある。この立場に基づけば、1950~1960年代は、米軍基地問題やいわゆる「核密約」をはじめ、現代に続く日米同盟の構造的な問題の起点として位置づけられる[5]。ゆえに、これら二つの傾向をふまえ、「ポジの側面」と「ネガの側面」との相互連関に注目しながら、日米同盟の史的展開を総体的に描く余地があると筆者は判断した。
以上の背景をふまえ、筆者は『日米同盟史』第2,3章を執筆するにあたり、全般的な特色として、次の二点をとりわけ重視した。第一に、執筆にあたっては、日米双方における一次史料の公開をふまえて進展をみせている近年の歴史実証研究の成果を積極的に取り入れたうえで、日米同盟のマクロ的展開(構造史)を描くことを重視した。第二に、戦後日米関係(日米同盟)における「ポジの側面」と「ネガの側面」の両面に注目し、かつ両側面の相互連関を重視しながら描くことで、1950~1960年代における日米同盟の発展と、同盟が抱える構造的問題の蓄積とを、一貫した視座から把握することを試みた。
さらに、この全般的な特色を出しながら、1950~1960年代の日米同盟史を描くために、執筆者はとりわけ次の二つの視角に注目した。第一の視角は、日米安全保障協力の進展と、日本の政治社会の動向との連動を重視するというものである。この視角は、日本占領期から1950年代前半における戦後日米安全保障関係の形成を日本の政治社会の動向との連動の中で把握するという、執筆者のこれまでの研究関心の延長線上にあるものであり[6]、執筆者はこの関心をふまえ、1950年代後半から1960年代の日米同盟史を描くことを試みた。実際に、近年の研究では、たとえば1960年の日米安全保障条約の改定をめぐって、改定の合意に至る日米両政府の政策決定ならびに日米交渉の過程を詳細に検討する研究(安保改定史研究)と、改定をめぐって生じた60年安保闘争を詳細に検討する研究(安保闘争史研究)とが併存しているが、これら二つの研究領域を統一的な視座から把握する試みは、かならずしも十分に進展してはこなかった[7]。ゆえに筆者は、安保改定史研究と安保闘争研究という、これまで別個に研究が進んできた二つの研究領域を架橋し、安保改定を通じた日米の対等性の向上という議論と、安保闘争の発生を通じた日米同盟の不安定化という議論とを、統一的な視座から説明することを試みた[8]。
第二の視角は、日米同盟の展開における沖縄要因を重視するというものである。日米同盟における沖縄(とくに沖縄米軍基地)については、沖縄返還の過程、返還後の基地問題をはじめ、近年多くの歴史実証研究が蓄積されている[9]。また、日米同盟の史的展開における沖縄要因についても、たとえば米国が安保改定を通じて本土における米国の基地権利を一定程度制約することに合意した背景として、沖縄米軍基地の自由使用権の確保という一種の保険が存在していたことなどが、歴史実証研究のレベルで指摘されている[10]。ゆえに、今回の通史では、このような歴史実証研究の成果をふまえ、日米同盟の発展過程における沖縄要因を積極的に議論に組み込むことで、日本本土と沖縄をめぐる日米両政府の政策決定ならびに政府間合意が連動するプロセスを描き、日米同盟の史的展開をより重層的に把握しようと試みた[11]。
既述の力点
筆者は『日米同盟史』の第2章と第3章を執筆するにあたり、以上で述べた「背景」、「全般的な特色」、「視角」に基づいた上で、本書の鍵概念である「対称性」と「対等性」を重視しながら論じることを意識した。本書において、「対称性」は主として同盟の役割をめぐる論点として、「対等性」は主として同盟に関わる認識をめぐる論点として位置づけられる[12]。そのうえで、本書の編者である山口航は、「対称性」と「対等性」について次のように論じている。
日米同盟の歴史を対称性と対等性という概念を用いてたどることによって,そもそも非対称な役割自体が時代を追うにつれて変化してきたこと,対等な関係を実現するために試みられてきた手段が多様であることが浮き彫りになるだろう。つまり、役割には、対称か否かの二択で捉えきれない多様なかたちがある。同様に、認識である以上、対等か否かも二者択一ではなく、グラデーションがある。こうしたニュアンスをつかむことによって、日米同盟に関する単純化された理解を超える、より建設的な議論の一助になればと願っている[13]。
このように、執筆に際しては、日米同盟の発展過程を描くにあたり、「対称性」と「対等性」の概念を用いながら、同時代に存在した様々な選択肢の存在を浮き彫りにすることを目指した。すなわち、当時の政策決定者が日米同盟の行方についてどのような構想を抱いていたのか、構想を実現するためにどのような動きをみせたのか、そしてこれらの動きがいかなる帰結をもたらしたのか、といった点にとりわけ注目することで、単線的な説明を排して、日米同盟の発展過程をより等身大的かつ重層的に描くことを試みた。
この方針をふまえ、第2章と第3章では、次の文脈で「対称性」と「対等性」を位置づけた。すなわち、1950年代後半から1960年代にかけて、日米の役割の非対称性を前提としながら日米間の立場の対等性を模索する路線が次第に選択されたことが、「主として安全保障協力の領域における日米同盟の深化をもたらすと同時に、日米同盟の安定性を低下させる要因をも前景化させるという、二重の効果」[14]をもたらしたことを強調して論じようと試みた。その上で、第2章と第3章では、米国政府が安保改定と沖縄返還を決断するに至る過程を軸としながら、次のような概略のもと、日米同盟の発展ならびに同盟が抱える構造的問題の蓄積が、相互に連関いながら進展するプロセスを描くことに努めた。
まず、第2章の概略を紹介する。1950年代後半の米国政府は、自衛隊の海外派兵を中心とする日本の軍事的役割の拡大を期待し、これを安保改定の重要な条件に設定していた。しかし他方で、米国政府は、日本が米国から離反して中立化する可能性に不安を抱いていた。そして、この不安の高まりを受けて、米国政府は最終的に、日本の軍事的役割の拡大については棚上げし、沖縄米軍基地の確保と本土の米軍基地の運用を同盟の運用における基軸として位置づけながら、安保改定を通じて日米安全保障条約における各種の不備を是正することを決断した。すなわち、安保改定を通じて日米の対等性を向上させることで、日本国内における反米感情の高まりと、中立化の機運の盛り上がりを防ぐことを選択したのである。また、日本政府も、憲法改正と自衛隊の海外派兵という選択肢を最終的に先送りし、日本本土の米軍基地の運用に協力的な立場をとることで米国の冷戦戦略を支える路線を選択しながら、安保改定を決断した。しかし、この日米の決断に基づく安保改定は、米国の対日防衛義務の追加など、日米の安全保障協力をより強固にするかたちで、旧安保の不備を是正して日米の対等性を向上させる一方で、同時に日米同盟の安定性を長期的に揺るがす要因についても台頭させた。すなわち、安保改定を通じて日米の安全保障協力がより強固になったことで、日本社会では米国の戦争に日本が巻き込まれることに対する懸念が増大し、これが60年安保闘争の重要な背景要因となった。また、米国が沖縄米軍基地の自由使用を前提としながら安保改定を決断したことは、日本本土に対する米国の譲歩を意味する一方で、沖縄米軍基地問題をより前景化させることに繋がった[15]。
次に、第3章の概略を紹介する。安保改定後の日米両政府は、60年安保闘争によって打撃を受けた日本の国内政治と日米関係を再び安定させるため、日米関係の対等性を演出しつつ日本の経済成長を促進することを目指し、さらにアジアにおける日本の政治経済的役割を拡大させることを試みていた。しかし、米国政府は同時に、日本に対して期待と不安を織り交ぜた眼差しを注いでいた。すなわち、一方においては経済成長を続ける日本がアジアにおける政治経済的役割を拡大させ、米国の冷戦戦略を補完することを期待しながらも、他方においては日本の経済大国化が反米ナショナリズムの台頭と日本の軍事大国化(とりわけ独自核武装)をもたらし、1970年における安保条約の更新問題(いわゆる70年安保)と相まって、日本の対米離反を招く可能性を不安視していたのである。このような中で、米国政府は、沖縄の施政権を日本に返還するという決断を下すことで、日本における反米ナショナリズムの台頭を阻止し、日本の軍事大国化と対米離反を阻止することを目指した。また日本政府も、アジアにおける政治経済的役割を拡大させつつ、同時に防衛力の大幅な増強ではなく返還後の沖縄における米軍基地の運用協力を通じて米国の冷戦戦略に協力する路線を選択することで、米国による沖縄返還の決断を大きく後押しした。しかし、このような経緯のもとに1969年11月に日米間で合意された沖縄返還は、第二次世界大戦における「勝者」と「敗者」としての関係を終焉させ、日米の対等性を大きく向上させる一方で、日米同盟における構造的問題を大きく蓄積させることにも繋がった。すなわち、米国政府は経済大国化する日本に対する懸念を増大させ、さらに返還後も米軍基地の存続を通じて沖縄が日米同盟における安全保障上の負担を大きく背負う構図が続くなど、沖縄返還に至る過程は、後の日米経済摩擦や沖縄基地問題の重要な背景要因となった[16]。
以上の議論をふまえると、安保改定と沖縄返還を通じて、役割の非対称性に基づいて立場の対等性を向上させるという日米の選択・合意は、「ポジの側面」と「ネガの側面」とが相互に連関するかたちで、日米同盟の史的展開に大きな影響を与えたといえよう。
今後の課題
以上の議論をふまえた上で、本稿は最後に、1950~1960年代の日米同盟史を描く上での今後の課題を簡潔に提示したい。
第一の課題は、日米同盟における「構造」と「中身」の相互作用である。今回の通史プロジェクトでは、安保改定と沖縄返還を通じて日米同盟の「構造」(骨格)が形成される過程に力点を置いて執筆を行った。その反面、1950~1960年代における日米同盟の制度化や共同防衛体制の整備といった、同盟の「中身」が整えられる過程については、十分に議論に組み込むことができなかった[17]。安保改定や沖縄返還といった、日米同盟の「構造」の展開が、同盟の「中身」の展開にどのように影響したのか。また、「中身」の展開が、「構造」の展開にどのような影響を与えたのか。今後、「構造」と「中身」の相互作用について、より掘り下げて分析することで、当該時期における日米同盟の史的展開をより立体的に把握することが可能になるであろう。
第二の課題は、筆者の全般的な研究関心にも大きく関係する、日米同盟と日本の国内体制との連動についての掘り下げた分析である。今回の通史プロジェクトでは、安保改定の帰結としての60年安保闘争の発生や、沖縄返還の背景要因としての70年安保問題など、社会の動向と日米同盟に関する政策決定・日米合意との接合を意識した。しかし他方で、国内政治史との接合、とりわけ近年研究が進んでいる日米同盟の史的展開と自民党政治(55年体制)との関係については、紙幅の関係もあり、十分な分析が行えなかった[18]。また、日米同盟と日本社会との関係についても、60年安保闘争や70年安保問題、さらに各種の米軍基地問題といった特定の事象を分析するのみならず、戦後の日本社会における親米/反米論と日米同盟の展開との関係をマクロ的に把握する作業が、重要な課題として残されているといえよう[19]。この課題を探求する手がかりとして、たとえば近年刊行された大田昌秀(元沖縄県知事)の伝記的研究は、大田による米国型民主主義の受容と米国の軍事政策に対する反対論との間に相互補完的な面があったことを示している[20]。この指摘をふまえるならば、日米両政府による安全保障政策の決定・実施過程と、戦後日本社会の動向(とりわけ日米の安全保障政策に対する反対運動)との関係は、今後より重層的に描くことのできる余地がある論点であろう[21]。
以上、本稿では、筆者が参加した通史プロジェクトの成果をふまえ、1950~1960年代の日米同盟史を描く上での論点を素描した。本稿の内容が、日米同盟史に関する理解を深めるための、また戦後日米関係史(日米同盟史)に関する今後の実証研究を発展させるための何らかの手がかりとなれば、望外の喜びである。
[1]本稿は、日本国際安全保障学会2025年度研究大会(部会①「対等性」と「対称性」をめぐる日米同盟史)(名古屋大学、2025年12月6日)における筆者の報告(「安保改定と沖縄返還からみた日米同盟史」)の内容を基礎にしている。なお、同日の報告に際しては、楠綾子、吉田真吾の両氏より、貴重なコメントを頂戴した。記して感謝申し上げる。また、当該報告ならびに本稿は、藤田吾郎「第2章 中立化への不安と役割拡大への期待の狭間で――なぜ日米安全保障条約は改定されたのか」山口航編『日米同盟史』法律文化社、2025年、37-65頁;藤田吾郎「第3章 高度経済成長下における同盟像の模索――なぜ沖縄返還は実現したのか」山口編『日米同盟史』66-95頁の内容の一部を基礎とした上で、大幅な論点の追加を行ったものである。
[2]日本側文書の公開状況が好転する前の研究としては、たとえば、樋渡由美『戦後政治と日米関係』東京大学出版会、1990年;原彬久『日米関係の構図――安保改定を検証する』NHKブックス、1991年;河野康子『沖縄返還をめぐる政治と外交――日米関係史の文脈』東京大学出版会、1994年;坂元一哉『日米同盟の絆――安保条約と相互性の模索』有斐閣、2000年(増補版、2020年);我部政明『沖縄返還とは何だったのか――日米戦後交渉史の中で』NHKブックス、2000年;宮里政玄『日米関係と沖縄 1945–1972』岩波書店、2000年。日本側文書の公開状況が好転した後の研究としては、たとえば、中島信吾『戦後日本の防衛政策――「吉田路線」をめぐる政治・外交・軍事』慶應義塾大学出版会、2006年;黒崎輝『核兵器と日米関係――アメリカの核不拡散外交と日本の選択1960–1976』有志舎、2006年;吉次公介『池田政権期の日本外交と冷戦――戦後日本外交の座標軸1960–1964』岩波書店、2009年;波多野澄雄『歴史としての日米安保条約――機密外交記録が明かす「密約」の虚実』岩波書店、2010年;吉次公介『日米同盟はいかに作られたか――「安保体制」の転換点 1951-1964』講談社、2011年;太田昌克『日米「核密約」の全貌』筑摩書房、2011年;中島琢磨『沖縄返還と日米安保体制』有斐閣、2012年;吉田真吾『日米同盟の制度化――発展と深化の歴史過程』名古屋大学出版会、2012年;鈴木宏尚『池田政権と高度成長期の日本外交』慶應義塾大学出版会、2013年;野添文彬『沖縄返還後の日米安保――米軍基地をめぐる相克』吉川弘文館、2016年;山本章子『米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』吉田書店、2017年;高橋和宏『ドル防衛と日米関係――高度成長期日本の経済外交1959~1969年』千倉書房、2018年;板山真弓『日米同盟における共同防衛体制の形成――条約締結から「日米防衛協力のための指針」策定まで』ミネルヴァ書房、2020年;川名晋史『基地の消長 1968–1973――日本本土の米軍基地「撤退」政策』勁草書房、2020年;成田千尋『沖縄返還と東アジア冷戦体制――琉球/沖縄の帰属・基地問題の変容』人文書院、2020年;真田尚剛『「大国」日本の防衛政策――防衛大綱に至る過程1968~1976年』吉田書店、2021年;西村真彦「安保改定に向けた米国の決定――1950年代台湾海峡危機の影響」『年報政治学』2022-Ⅱ号、2022年;玉置敦彦『帝国アメリカがゆずるとき――譲歩と圧力の非対称同盟』岩波書店、2024年;濵砂孝弘『安保改定と政党政治――岸信介と「独立の完成」』吉川弘文館、2024年。文書公開と研究の進展との関係については、たとえば、高橋和宏「外務省文書からみた日本の安全保障政策史」『防衛学研究』第58号、2018年、47-68頁;真田尚剛「防衛省・自衛隊関係文書からみた日本の安全保障政策史」『防衛学研究』第58号、2018年、27-46頁;井上正也「日本の国際政治学における日本外交史」『国際政治』第199号、123-140頁、2020年;Aono, Toshihiko and Fujita Goro. “Postwar Japanese Diplomacy: An Analysis of Historiographical Developments in Japan,’ in Q. Edward Wang ed.,
The Routledge Companion to East Asian Historiography, Routledge, 2025. また、本書の編者である山口航も、「序章」のなかで、新規公開史料を活用した近年の研究の成果を反映した叙述が、本書の特徴の一つであると論じている。山口航「序章 日米同盟の『対称性』と『対等性』」山口編『日米同盟史』3-4頁。
[3]なお、本稿と同様に、近年の歴史実証研究の成果をふまえた上で戦後日本の安全保障政策および日米同盟の史的展開をマクロ的に描くことの重要性を説く論考として、たとえば、吉田真吾「防衛政策史研究の最先端」『国際政治』第214号、169頁。
[4]たとえば、佐々木卓也・中西寛「パクス・アメリカーナの中の戦後日本 1950年代」五百旗頭真編『日米関係史』有斐閣、2008年、181-208頁;五百旗頭真・佐々木卓也『日米協調の果実 1960年代』五百旗頭編『日米関係史』209-232頁。
[5]たとえば、吉次公介『日米安保体制史』岩波書店、2018年。
[6]たとえば、藤田吾郎「『芦田書簡』の再検討――有事駐留構想と警察改革の連関を中心に」『国際政治』第207号、2022年、130-145頁;藤田吾郎「日米安保体制の成立と戦後日本の治安問題――間接侵略への対応とその帰結、1945-1952年」早稲田大学博士論文、2022年。
[7]近年の安保改定史研究として、たとえば、坂元『日米同盟の絆〔増補版〕』;吉田『日米同盟の制度化』第1章;山本章子『米国と日米安保条約改定』;西村「安保改定に向けた米国の決定」。近年の安保闘争史研究として、たとえば、Nick Kapur,
Japan at the Crossroads: Conflict and Compromise After Anpo, Cambridge, MA: Harvard University Press, 2019;猿谷弘江『六〇年安保闘争と知識人・学生・労働者――社会運動の歴史社会学』新曜社。
[8]詳細については、藤田「中立化への不安と役割拡大への期待の狭間で」山口編『日米同盟史』60-62頁を参照。
[9]たとえば、河野『沖縄返還をめぐる政治と外交』;我部『沖縄返還とは何だったのか』;宮里『日米関係と沖縄』;中島『沖縄返還と日米安保体制』;平良好利『戦後沖縄と米軍基地――「受容」と「拒絶」のはざまで 1945~1972年』法政大学出版局、2012年;野添『沖縄返還後の日米安保』;成田『沖縄返還と東アジア冷戦体制』。
[10]この点を指摘する先駆的な研究として、河野『沖縄返還をめぐる政治と外交』。また、沖縄要因に注目しながら安保改定を分析する近年の研究として、たとえば山本『米国と日米安保条約改定』が、沖縄基地問題に関する近年の通史として、たとえば野添文彬『沖縄米軍基地全史』吉川弘文館、2020年がある。なお、占領期から1950年代前半の時期に焦点を当て、戦後日米安全保障関係の形成における沖縄要因に注目した近年の研究として、池宮城陽子『沖縄米軍基地と日米安保――基地固定化の起源 1945-1953』東京大学出版会、2018年。
[11]この視角については、前後の章においても、同様に重視されている。たとえば、池宮城陽子「第1章 日米安全保障条約――なぜ旧敵国から同盟関係に転じたのか」山口編『日米同盟史』8-36頁;野添文彬「第4章 デタント下の日米同盟協力の進展――なぜガイドラインが作られたのか」山口編『日米同盟史』96-120頁。
[12]山口「序章 日米同盟の『対称性』と『対等性』」1-3頁。
[13]同上、3頁。
[14]藤田吾郎「報告要旨」(国際安全保障学会2025年度研究大会 部会①「対等性」と「対称性」をめぐる日米同盟史、名古屋大学、2025年12月6日)より引用。
[15]第2章の詳細、ならびに執筆にあたっての詳細な引用・参考文献については、藤田「中立化への不安と役割拡大への期待の狭間で」山口編『日米同盟史』37-65頁ならびに同章の出典を参照されたい。主な参考文献としては、たとえば、坂元『日米同盟の絆〔増補版〕』;吉田『日米同盟の制度化』第1章;山本『米国と日米安保条約改定』;西村「安保改定に向けた米国の決定」;河野『沖縄返還をめぐる政治と外交』;Kapur,
Japan at the Crossroads;猿谷『六〇年安保闘争と知識人・学生・労働者』。
[16]第3章の詳細、ならびに執筆にあたっての詳細な引用・参考文献については、藤田「高度経済成長下における同盟像の模索」山口編『日米同盟史』66-95頁ならびに同章の出典を参照されたい。主な参考文献としては、たとえば、吉次『池田政権期の日本外交と冷戦』;同『日米同盟はいかに作られたか』;鈴木『池田政権と高度成長期の日本外交』;Kapur,
Japan at the Crossroads;中島『戦後日本の防衛政策』;黒崎『核兵器と日米関係』;太田『日米「核密約」の全貌』;吉田『日米同盟の制度化』;玉置『帝国アメリカがゆずるとき』;河野『沖縄返還をめぐる政治と外交』;宮里『日米関係と沖縄』;我部『沖縄返還とは何だったのか』;中島『沖縄返還と日米安保体制』;野添『沖縄返還後の日米安保』;成田『沖縄返還と東アジア冷戦体制』。
[17]日米同盟の制度化については、吉田『日米同盟の制度化』。共同防衛については、板山『日米同盟における共同防衛体制の形成』。
[18]この点に関する最新の研究として、たとえば、濵砂『安保改定と政党政治』。
[19]戦後日本社会における親米/反米論については、たとえば、吉見俊哉『親米と反米――戦後日本の政治的無意識』岩波書店、2007年。
[20]野添文彬『大田昌秀――沖縄の苦悶を体現した学者政治家』中央公論新社、2025年。
[21]この論点をめぐっては、とりわけ近年、英語圏で活発な研究の進展がみられている。ただし、日米双方の一次史料の活用や、日米両政府の動向と日本社会の動向との関係づけ方をめぐっては、分析の余地はいまだ大きいように思われる。たとえば、John Swenon-Wright,
Unequal Allies?: United States Security and Alliance Policy Toward Japan, 1945-1960, Stanford, CA: Stanford University Press, 2005;Kapur,
Japan at the Crossroads;Jennifer M. Miller,
Cold War Democracy: The United States and Japan, Cambridge, MA: Harvard University Press, 2019. 以下もあわせて参照。藤田「日米安保体制の成立と戦後日本の治安問題」16頁;藤田吾郎「戦後日本の外交史・安全保障政策史研究と地方新聞」『ROLES Commentary』第43号(2025年3月3日)(
https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/publication/20250303)(最終閲覧日:2025年12月31日)。