コメンタリー

2025 / 03 / 03 (月)

藤田吾郎「戦後日本の外交史・安全保障政策史研究と地方新聞」(ROLES Commentary No.43)

はじめに
戦後日本の外交史・安全保障政策史に関する近年の研究は、近年公開が進みつつある多くの一史料を活用し、政策の決定過程を詳らかにしている。その一方で、決定された政策をより大きな歴史的文脈のなかに位置づけるためには、政治家や官僚といった政策決定者同士のやり取りにくわえて、外交・安全保障政策をとりまくローカルな社会状況にも着目することが、ひとつの重要なポイントであろう。この点をふまえるならば、ローカルな次元との接合という視点から戦後日本の外交史・安全保障政策史研究をより深化させるために、地方新聞を活用することは大きな可能性を秘めているといえる。本稿は、戦後日本の外交・安全保障政策史研究の進展にむけて地方新聞がどのように活用できるのかについて、筆者がこれまでに調査した地方新聞を紹介しながら、素描を試みるものである。
 
1.戦後日本の外交史・安全保障政策史研究における地方新聞の可能性
戦後日本の外交史・安全保障政策史研究において新聞資料が重要であることは、多くの研究者に共有されるであろう。事実、一次史料が十分に公開される前に発表された、多くの古典的研究は、新聞資料を積極的に活用して、歴史過程の再構成を試みてきた。たとえば、1955–1956年の日ソ国交回復交渉を論じたヘルマン(Donald C. Hellman)の研究は、関係者へのインタビューなどにくわえて、各種の全国紙を渉猟することで、日ソ交渉をめぐる政党、世論、利益団体の立場を丁寧に描き出している[1]。また、大嶽秀夫は、政治家の日記にくわえて、新聞に掲載された政治家の発言記録を重要なソースとして活用しながら、再軍備をめぐる政治過程を描いている[2]。筆者自身、これらの古典的研究から、多くの学びを得てきた。

 もっとも、関係官庁の文書や政治家の個人文書などの一次史料の公開が近年進展したことにより、政策決定者の意図をより正確に推論するという点においては、新聞資料の役割はやや相対化されたといえるかもしれない。近年の外交史・安全保障政策史研究は、新聞を活用しつつも、日米の政府公文書および関係者の私文書などの一次史料に主に依拠しながら、外交・安全保障をめぐる政策決定や政府間交渉の局面を詳細に描いている[3]。言うまでもなく、政策決定者が会見の場において、また記者との懇談を通じて、何らかの立場を表明する場合、公的に表明された立場と政策決定者の真の意図とのあいだにずれがある可能性は否定できない。政策決定者の構想が正確に示されたというよりも、世論の反応を探るための「観測気球」として特定の立場が表明された可能性にも、留意する必要がある。

しかし他方で、政府公文書や政策決定者の日記などの一次史料だけでは十分に見えてこない重要な局面が存在することも、また確かであろう。第一に、政策決定者の肉声、とりわけ政策決定者がみずからの構想について、社会に対してどのような言葉を用いて何をアピールしているかは、一次史料を用いて政策決定や政府間交渉の内幕を明らかにするだけでは、十分に特定することができない。ゆえに、政策決定者による国内社会への語り方についても掘り下げることができれば、外交・安全保障政策の決定・遂行をより立体的に再構成し、その意味をより深く検討することが可能となるであろう[4]

第二に、政府公文書や政策決定者の日記などの一次史料からは、決定された政策に社会がどのような反応をみせたのかという重要な論点を、十分に検討することができない。たとえば、筆者が専門とする1950年代に関しては、日米安全保障条約の成立や自衛隊の誕生・発展にともなう基地・演習場の設置のための土地接収の試みが、地元住民との間に大きな衝突をもたらし、日米関係を大きく揺るがせたが[5]、この論点については今後より掘り下げて検討する余地があろう。また、政策決定者の外交・安全保障構想に、地元の有権者をはじめとする一般の人々がどのような反応を示したのかも、社会との関連において外交・安全保障政策史を立体的に再構成するうえでの重要なポイントであろう。

以上の指摘をふまえれば、戦後日本の外交・安全保障政策史をより深化させるための一つの視点として、外交・安全保障政策とローカルな社会状況との接合が挙げられるだろう[6]。そして、この視点から研究を進展させるためには、政府公文書や日記などの一次史料を用いて政策決定・政府間交渉を詳細に明らかにすることにくわえて、新聞をはじめとする基礎資料を用いて、決定・遂行された政策の社会的な意味を検討する作業が重要になろう[7]。このような中で、地方新聞には、当該地域に来訪した(地元出身の政治家をふくむ)政策決定者の発言がふんだんに記載されている点や、各地域社会のローカルな論理が詳細に示されている点など、全国紙にはない特徴があり、政策決定・政府間交渉とローカルな社会状況との接合を試みるうえで、きわめて有益であるといえよう[8]。以下、筆者の専門とする1950年代について、これまでに調査した地方新聞の情報をいくつか紹介したい。
 
2.地方新聞の活用にむけて
戦後日本の外交・安全保障政策史研究の深化にむけて、地方新聞にどのようにアプローチすればよいか。まずは、国立国会図書館新聞資料室、都道府県立図書館、大学図書館などにおいて、地方新聞のバックナンバーを調査することが重要であろう。とりわけ、国立国会図書館新聞資料室には、地方新聞のバックナンバーがマイクロフィルムのかたちで数多く所蔵されている[9]。新聞資料室が所蔵する地方新聞は、都道府県の範囲で発刊される新聞から、都道府県内の一部地域の範囲で発刊される地域紙まで多岐にわたる。これらの調査を通じて、研究者は、全国紙には掲載されていない多くの重要な情報を手に入れることができるだろう。

もっとも、以上の作業だけでは、かならずしも十分ではない。なぜなら、地域紙のなかには、国立国会図書館新聞資料室などにマイクロフィルム版の所蔵がなく、現地の図書館に原本のみが存在するものも多いためである。それゆえ、これらの地域紙を調査するためには、現地で原本を調査する作業が欠かせない。筆者自身、これまで複数の図書館において、地域紙の調査を行い、多くの情報を得てきた。以下、二つの例を紹介する。

第一に、筆者は2023年3月と2024年3月に、福知山市立図書館(京都府福知山市)を訪問して、同館が所蔵する『両丹時報』/『両丹日日新聞』(1955年に『両丹時報』から『両丹日日新聞』に名称変更)の1950年代分を調査した[10]。同紙には、両丹地方出身の政治家である芦田均が地元で行った講演および発言の記録や、芦田をとりまく地域社会の動向などが詳細に記載されており、その資料的価値は高い[11]。また、芦田均のみならず、同じく両丹地方を地盤としていた前尾繁三郎に関する情報も豊富に記載されている。なお、本新聞の閲覧に関しては、昭和年間分については研究等の目的での特別閲覧のかたちでのみ閲覧が可能である。また、本資料の閲覧に際しては、福知山市立図書館まで事前に申請されたい[12]

第二に、筆者は2024年12月に、小松市立図書館(石川県小松市)を訪問し、同館が所蔵する『小松新聞』の1950年代分を調査した[13]。同紙には、同地方出身の元軍人・政治家である辻政信の講演記録が詳細に記載されており、同氏の地元における足跡を辿るための貴重な手がかりとなっている。同紙はさらに、1950年代後半に争点化した、小松飛行場へのジェット戦闘機の配備問題をめぐる地元社会の反応についても記録しており、戦後日本における自衛隊と地域社会との関係という論点を探求するための手がかりにもなる。
 
おわりに
本稿は、地方新聞を活用しながら戦後日本の外交史・安全保障政策史をより豊かに描くための手がかりについて、筆者による調査経験をふまえつつ、素描を試みてきた。これまでに述べたように、戦後日本の外交史・安全保障政策史研究において地方新聞を活用することには、ローカルな次元との接合のなかで外交・安全保障政策の意義を再検討することをはじめ、大きな意義があるといえよう。

もちろん、外交・安全保障政策史研究において地方新聞を活用する場合、いくつかの点に留意する必要があろう。第一の留意点は、史料批判に関するものである。新聞という性格上、記事にあらわれた政策決定者の発言や社会の反応は、どうしても記者の目を通したものにならざるを得ない。そのため、政府公文書や関係者の日記、メモ類などの一次史料との照合や、複数の新聞記事の比較検討などを通じて、新聞記事に示された情報の正確性や文脈を慎重に吟味することが不可欠であろう。

第二の留意点は、歴史の描き方に関するものである。たしかに、地方新聞を活用して、当該テーマに関する情報をより豊富に提示することには、それ自体に大きな意味があろう。しかしながら、これにくわえて、活用した地方新聞の情報が当該テーマに関する大きな論点(たとえば因果関係の説明など)をどのように新しく提示するのかについても、丹念に検討される必要があろう。戦後日本の外交史・安全保障政策史に関する史料の公開が飛躍的に進展し、研究者が目を通すことのできる史資料が膨大なものになりつつある現状において、この点はより重要性を増しているように思われる。

もちろん、ここで挙げた留意点は、すべて筆者が自戒すべき点に他ならない。これらの留意点をふまえながら、地方新聞を活用しつつ、今後の研究を進めたい。
 
【付記】
 本稿を執筆するうえでは、東京大学先端科学技術研究センター創発研究戦略オープンラボ(ROLES)外交・安全保障調査事業補助金(総合事業)「自由民主主義を支える情報プラットフォームの構築」研究会「戦後日本外交の歴史的研究」における議論が大きく役に立った。また、福知山市立図書館、小松市立図書館には、本稿の執筆の過程で貴重なご教示をいただいた。記して感謝申し上げる。
 


[1] D・C・ヘルマン(渡辺昭夫訳)『日本の政治と外交:日ソ平和交渉の分析』中央公論社、1970年(原著は1969年)。
[2]大嶽秀夫『再軍備とナショナリズム:戦後日本の防衛観』講談社、2005年(初版は中央公論社、1988年)。大嶽秀夫による新聞の活用については、次の文献も有益である。荻健瑠「日本政治と大嶽秀夫氏の政治学」『占領・戦後史研究会ニューズレター』48号、2024年。
[3]一例として、楠綾子『吉田茂と安全保障政策の形成:日米の構想とその相互作用,1943~1952年』ミネルヴァ書房、2009年;井上正也『日中国交正常化の政治史』名古屋大学出版会、2010年;中島琢磨『沖縄返還と日米安保体制』有斐閣、2012年;真田尚剛『「大国」日本の防衛政策:防衛大綱にいたる過程 1968~1976年』吉田書店、2021年。
[4]筆者のこれまでの研究も、戦後日本の外交・安全保障政策と国内社会との関連に注目したものであるが、政治指導者による国内社会への語り方については、かならずしも十分に掘り下げられていない。たとえば、藤田吾郎「『芦田書簡』の再検討:有事駐留構想と警察改革の連関を中心に」『国際政治』207号、2022年;藤田吾郎「日米安保体制の成立と戦後日本の治安問題:間接侵略への対応とその帰結、1945-1952年」早稲田大学博士論文、2022年。筆者は現在、この点に注目しながら、1950年代の再軍備問題の研究を進めている。
[5]この点を論じた研究として、たとえば、山本章子『日米地位協定:在日米軍と「同盟」の70年』中央公論新社、2019年、第1、2章。
[6]この視点はとりわけ、近年の海外における日本史研究、ならびに日本を対象にふくめた国際関係史研究において、積極的に採用されている。次の研究は、とくに代表的であるといえよう。John W. Dower, Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War Ⅱ, New York: W. W. Norton & Company, 1999(ジョン・ダワー(三浦陽一他訳)『増補版 敗北を抱きしめて』上下巻、岩波書店、2004); John Swenson-Wright, Unequal Allies?: United States Security and alliance Policy Toward Japan, 1945-1960, Stanford, CA: Stanford University Press, 2005; Masuda Hajimu, Cold War Crucible: The Korean Conflict and the Postwar World, Cambridge, MA: Harvard University Press, 2015(益田肇『人びとのなかの冷戦世界:想像が現実となるとき』岩波書店、2021年); Nick Kapur, Japan at the Crossroads: Conflict and Compromise after Anpo, Cambridge, MA: Harvard University Press, 2018; Jennifer M. Miller, Cold War Democracy: The United States and Japan, Cambridge MA: Harvard University Press, 2019. 前掲、藤田「日米安保体制の成立と戦後日本の治安問題」16頁もあわせて参照。
[7]この点の重要性を示唆するものとして、たとえば、前掲、益田『人びとのなかの冷戦世界』。
[8]地方新聞については、主に政治史の領域で、これまでにも活用されてきた。地方新聞を活用して、選挙の観点から戦後政治史を分析する研究として、たとえば、小宮京「第三次吉田茂内閣と緑風会:静岡県の選挙を事例に」『年報政治学』2019-Ⅰ号、2019年;小宮一夫「『熱海の山田』から『静岡2区の山田』をめざして:保守政治家・山田弥一の模索と挫折」『選挙研究』32巻1号、2016年;吉田龍太郎「芦田均と地元地方選挙:福知山市・天田郡における府議選対応を中心に」『政治経済史学』605号、2017年。また、地方新聞を活用して、政策決定者の構想を詳細に論じる研究として、たとえば、君島雄一郎「岸信介と1950年代の政党政治:意図せざる自民党一党優位政党制の形成」法政大学大学院修士学位論文:政治学研究科、2008年;竹内桂『三木武夫と戦後政治』吉田書店、2023年。さらに、近年では、地方新聞を活用して、外交・安全保障政策に対する社会レベルの反応を検討する研究が登場している。たとえば、小口晃平「返還後の沖縄で自衛隊はなぜ受け入れられたか:一九七二~一九七五」『沖縄文化研究』50巻、2023年。なお、君島論文については、濵砂孝弘先生よりご教示をいただいた。
[9]国立国会図書館ウェブサイト「専門室・閲覧室案内 新聞資料室」(https://www.ndl.go.jp/jp/tokyo/newspaper/index.html)(最終閲覧日:2025年1月13日)。
[10]『両丹時報』/『両丹日日新聞』の所蔵状況の詳細については、福知山市立図書館のウェブサイト内の資料検索ページを参照されたい。福知山市立図書館ウェブサイト(https://www.lics-saas.nexs-service.jp/city-fukuchiyama/index.html)(最終閲覧日:2025年1月13日)。
[11]同紙を活用して、芦田均と地方選挙のかかわりを分析した研究として、前掲、吉田「芦田均と地元地方選挙」。
[12]この点については、福知山市立図書館よりご教示をいただいた。
[13]『小松新聞』の所蔵状況の詳細については、小松市立図書館のウェブサイト内の蔵書検索ページを参照されたい。小松市ウェブサイト「図書館」(https://www.city.komatsu.lg.jp/soshiki/1048/index.html)(最終閲覧日:2025年1月13日)。

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