近年、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)政権下のロシアにおける政治の個人化(personalisation)が広く指摘される。2022年2月に勃発したウクライナ戦争を「プーチンの戦争」として論じ、ロシアという国家の政策決定をプーチン大統領個人の選択と同一視する分析視角は、もはや一般的と言える状況にあるだろう。
ロシアの個人支配体制に関する代表的研究としては、バトゥーロ(Alexander Baturo)とエルキンク(Jos Elkink)による著作が挙げられる。彼らは公開文書のテキスト分析や、政治エリートの人事に関する計量分析を実施することで、プーチン政権下のロシアにおける個人化の進展を検討した。この研究によると、ロシアにおける政治の個人化は多元的なプロセスによって進展しており、統治機構におけるパトロン=クライアント関係の確立、政治体制の脱制度化、支配者の永続的な在職、メディアの支配という4つの柱で構成されている。
本稿は、以上のバトゥーロとエルキンクが提示した4つの柱の中から、ロシアの政治における個人化と脱制度化の関係に着目する。そもそも個人主義的な政治指導者は、政治制度の力を弱め、より非公式な統治の方法に頼ることで制度の自律性を低下させる、つまり脱制度化を狙う傾向にあるとされる。このような政治体制では、より制度化された軍事政権や一党支配体制とは対照的に、個人化と脱制度化を区別することは困難となる。個人化が指摘されるロシア政治も例に漏れず、その脱制度化や非公式性を強調する議論は数多く存在している。
他方で、ロシア及びその前身であるソ連において、むしろ個人主義的な指導者が政治制度を重視したと見る研究もある。その一例が、1924年から1953年までソ連の最高指導者として君臨したヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)の時代である。スターリンは、ソ連共産党内の人事に絶大な影響力を行使するとともに、治安機関を掌握することでその役割や権限を大幅に強化した。このように政治制度を強化しつつ個人化を進めるスターリンの手法は、個人ではなく「政党を基礎とする体制」と位置付けられることもある。また、プーチン政権下のロシアについても、大統領府や安全保障会議を中心に、その制度の強靭性や重要性が指摘されている。このように、ソ連/ロシアの政治における個人化と脱制度化の関係については、多様な見解が存在しているのである。
これらの議論は、主にロシアの国内政治の文脈で、個人化と脱制度化の関係を検討したものである。それでは、ソ連及びロシアの政治指導者は、自国の外交に関しても同様に、個人化または脱制度化(もしくはその両方)を目指すのであろうか。もっとも、現代ロシアの外交政策決定過程の内実を解明することは、内部文書が機密解除されていない現状では極めて困難と言わざるを得ない。そこで本稿は、以上の問いに関する実証研究に向けた予備的考察として、ソ連時代の外交政策決定過程の再検討を試みる。
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