ロシアによるウクライナ侵攻から、もうすぐ4年が経過しようとしている。ウクライナの東南部では、戦闘が激化し、その全土でも、ロシアからのドローン攻撃にさいなまれている。正確な死者数を見積もることは困難であるものの、戦略国際問題研究所によると、2025年6月時点で、ロシア兵士の死者数は最大で25万人で、死傷者は95万人であり、この死者数は、ソ連のアフガニスタン侵攻の15倍、チェチェン戦争の10倍にあたる[1]
 こうした背景から、ロシアのウクライナへの大規模侵攻については、武力を用いた暴力に注目されやすい。だが、こうした物理的な暴力だけでなく、戦時下において、多くのウクライナ人が避難を余儀なくされ、多数の国内避難民 (IDP) が生まれた。ここでいうIDPとは、「ウクライナ市民、合法的にウクライナの領土に居住し、永住する権利を持つ外国人や無国籍者であり、武力紛争や一時的な占領、広範囲の暴力、人権侵害、自然災害や人的災害の結果もしくはその悪影響から逃れるために、居住地を離れるか放棄することを余儀なくされた者」と定義付けられている[2]
 UNHCRによると、2025年10月時点で、約369万人のウクライナ人が国内で避難を余儀なくされている。それは、下記の地図から分かるように、ドネツィク州やザポリージャ州などの東南部だけではなく、ウクライナ全土で生まれている[3]。こうしたIDPは、「自発的に」移動しているというよりも、ロシアの大規模侵攻によって、移動を余儀なくされているという点で、その存在自体が政治的な暴力によって生まれたといえる。さらに、避難に伴って、雇用や住宅など目には見えにくい問題も存在し、それらはウクライナ社会に大きな影響を与えている。
 
地図 IDPの地理的分布
出典:UNHCR, Operational Data Portal, Ukraine [https://data.unhcr.org/en/country/ukr].
 

 ウクライナのIDPはどのように避難先を選んでいるのか。彼らは如何なる問題を抱えているのだろうか。先行研究では、2014年のウクライナ東部のドンバス戦争に伴って生まれた、IDPの移動や社会統合などが明らかにされてきたが、2022年のロシアの大規模侵攻後のIDPについては、あまり分析されているとは言い難い (Uehling 2017; Нємець і Гусєва 2019; Hnatyuk 2020; Sasse 2020)。また、2022年のロシアによるウクライナ侵攻後のIDPについては、インタビュー調査にもとづく断片的な記事や報告書に留まっている (Марія 2023; Наталія і Дана 2024)。その背景には、戦時下のウクライナにおける本格的なフィールド調査には困難が伴っていることが挙げられるが、IDPの移動や社会統合の実態を体系的に把握することは、その効果的な支援のあり方を考える上でも意義がある。
 そこで本調査では、ウクライナの世論調査機関のレイティング社に委託し、ウクライナ全土のIDPを対象として、その移動や社会統合に関するサーベイ調査を実施した。この調査は、東京大学先端科学技術センターの外交・安全保障調査研究事業費補助金「『ポスト・ウクライナ』世界を生き抜くための外交・安全保障の構想と研究能力の抜本的強化」からの支援を受けて実施した。
 このワーキングペーパーでは、その世論調査の概要を記しながら、戦時下におけるウクライナのIDPの避難パターンや社会統合の課題などを浮き彫りにする。その際、世論調査の結果だけでなく、複数のインタビュー記事の内容も加えて、ウクライナのIDPの実態を整合的に把握する。もっとも、住宅や雇用の問題については、人々の日常生活にも大きく関わっており、本調査で把握しきれなかった部分もある。そのため、このワーキングペーパーでは、IDPの支援団体の「インフルエンスグループ」や「行動のための団結」の17のインタビュー記事を通じて、ミクロな視点を補う。ただし、このインタビュー記事は、主に避難民支援に携わる人々であり、避難民の生の声ではない。そのため、その内在的な視点は分析出来ているわけではない。本レポートでは、こうした限界はあるものの、サーベイ調査とインタビュー記事の分析を通じて、戦時下のウクライナのIDPを可視化したい。


[1] Jones, Seth and Riley McCabe (2025) “Russia’s Battlefield Woes in Ukraine,” Center for Strategic & International Studies, (https://www.csis.org/analysis/russias-battlefield-woes-ukraine). 2025年12月14日最終閲覧日、以下URLの確認日は同じ。
[2]Закон України, Про забезпечення прав і свобод внутрішньо переміщених осіб (Відомості Верховної Ради (ВВР), 2015, № 1, ст.1, (https://zakon.rada.gov.ua/laws/show/1706-18#Text).
[3] UNHCR, Operational Data Portal (https://data.unhcr.org/en/country/ukr).



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