2022年2月24日のロシアの軍事作戦開始から、ウクライナ全土は4年間の戦火に苦しんでいる。これを止めることはウクライナにも国際社会にも望ましく、ウクライナも米国もより公正で持続的な平和のために努力してきた。しかし紛争当事者の双方が和平に合意するには、対話するだけでは不十分であり、軍事情勢が重要な条件となる。筆者も、軍事情勢を追いつつ、東京大学先端科学技術研究センター創発戦略研究オープンラボ(ROLES)の研究会で紛争解決理論や国際情勢を学び、和平成立の条件を考察してきた[i]
 武力紛争は、当事者が互いに相容れない利益を追求する間は継続するが、紛争解決学では、それが変化するための有力な条件として「痛みの膠着状態(MHS: Mutually Hurting Stalemate)」が挙げられる。武力行使を続けても目的達成に向けて前進できないのに損害ばかり被っていると双方が認識したとき、MHSが成立し、和平交渉が進む機運が成熟するという理論である。ROLESの「紛争解決の理論と実践」研究会(篠田英朗座長)は、ウクライナに関する諸問題を議論して共著を発表するなど、この分野を扱ってきた[ii]
 ウクライナがロシアから侵害された権利を回復し、ウクライナ国民が過酷な占領統治を受けず、損害の補償を受けることが、当然の権利であり、その権利を軽視することはこれまでの国際秩序を損なうことにもなる。それでも、ウクライナの目的達成が極度に困難である場合は、損害の継続を受忍してでも紛争烈度を低下させる妥協による和平が選択肢になる。筆者なりに前述の理論を解釈すると、ウクライナとロシアが停戦に最も合意しやすくなるのは、ウクライナが現状の前線での停止を受忍し、ロシアが現状の前線から前進できずに膠着していると認識することにより、MHSが成立するという状況である(筆者が考える和平プランA)。他方、ウクライナがさらに多くをロシアにあけわたす妥協を行い、ロシアがそれを受け入れて停止するという方針もありうる(和平プランB)。こちらには、後述するように安定的に維持されることを期待しにくいという重大な問題をともなう。ウクライナが多くを譲歩しても不安定になるようなプランBを受け入れることは現状では不可能で、ロシアがそれを可能にするにはウクライナを圧倒して同意を強要できるような軍事情勢が必要である。ロシアはウクライナに対して比較的有利な武力行使をしているが、そのような強要を可能にするほどの優位は示せていない。


[i]本稿は、以下のレポートを含む過去の拙稿の概要を用いて、最近の事象を追記したものである。山添博史『ウクライナとロシアの和平達成の試み:ウクライナが放棄しがたい権利、ロシアが下げがたい要求』(NIDS Research & Analysis 6)防衛研究所、2026年2月17日、
https://www.nids.mod.go.jp/publication/research_analysis/index.html
[ii] Hinako Yasui and Hideaki Shinoda, “The Scope of the Ripeness Theory in the Russo-Ukrainian War,” in The Impacts of the Russo-Ukrainian War: Theoretical and Practical Explorations of Policy Agendas for Peace in Ukraine, ed. Hideaki Shinoda and Pavlo Fedorchenko-Kutuyev (Springer, 2025), 138–141.「紛争解決の理論と実践」研究会の成果として公開、
https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/news/20250209 また、同研究会で講演したSiniša Vuković博士も、成熟理論を参照してウクライナとロシアの和平の可能性を検証している。«Чи приведуть переговори між Росією і Україною до миру? Американський дослідник назвав умови», BBC Ukrainian, April 12, 2025,
https://www.bbc.com/ukrainian/articles/cp8kn6enx1po  


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