東京大学先端科学技術研究センター創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は2025年5月31日、オープンキャンパスに合わせて公開シンポジウム「外交・安全保障シンクタンクはどこへいく? ROLESの挑戦と日本の課題」 を開催しました。外交・安全保障分野に携わるシンクタンクの関係者をパネリストに集め、活動の現状と課題を整理しました。以下はその記録です。
▼プレゼンテーション(発言順)
池内恵・東京大学先端科学技術研究センター教授、ROLES代表
松本太・一橋大学国際・公共政策大学院教授/前・駐イラク特命全権大使/前・日本国際問題研究所ネットワーク本部長
鈴木一人・東京大学公共政策大学院教授/地経学研究所(IOG)所長【オンライン登壇】
山本文土・外務省総合外交政策局参事官(大使)
▼討論(発言順)
小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授、ROLES副代表
中井遼・東京大学先端科学技術研究センター教授、ROLES執行幹部
(司会は国末憲人・東京大学先端科学技術研究センター特任教授・ROLES執行幹部)
(司会) 本日は雨の中、ようこそおいでいただきました。「外交・安全保障シンクタンクはどこへいく?ROLESの挑戦と日本の課題」をテーマに、シンポジウムを進めていきたいと思います。
では早速、池内さんからプレゼンをお願いいたします。
【池内恵】 東京大学先端科学技術研究センターの「グローバルセキュリティ・宗教分野」で教授を務める池内恵と申します。この「グローバルセキュリティ・宗教分野」というのは、普通の大学で言うと、学部・学科の中の、学科に当たります。ただ、東大先端研は通常の学科よりも小さい1教授1学科の形を取っており、それを「分野」と呼んでいます。これは理系の手法で、私もプリンシパル・インベスティゲーター(PI)としての責任を持って研究室を主宰する立場にあり、「グローバルセキュリティ・宗教分野」のプロジェクトとして、シンクタンクROLEを立ち上げたわけです。
ROLESは英語でRCAST(先端科学技術研究センター) Open Laboratory for Emergence Strategiesの略称です。
今日は、外交・安全保障シンクタンクとは何なのか、何をすべきなのか、すべきことをどれだけできているのか、といったことを議論する場を設定しました。その中で、東大先端研での外交・安全保障シンクタンクでの試みであるROLESのたてつけについて、改めてお話します。
■ 「犬小屋の隣にビルがある」
〈ROLESの成り立ち〉
• グローバルセキュリティ・宗教分野 (2018年10月~)
• 先端研・創発戦略研究オープンラボ(RCAST Open Laboratory for Emergence Strategies) (2020年4月準備組織→9月発表)
• 「犬小屋の隣のビル」
この母体はあくまでも「グローバルセキュリティ・宗教分野」です。この母体自体は、2018年の10月半期の後半に設立されました。私はそれまで、「イスラム政治思想分野」という別の名前の研究室を主宰していたのですが、それを発展的に改組して「グローバルセキュリティ・宗教分野」として、その目玉事業として「創発戦略研究オープンラボ」(ROLE)の活動を、2020年4月に実態として始めました。
当時、小泉悠さんが特任助教として一緒にいて、基本的には2人で「シンクタンクを始めよう」と言ったのです。
「始めよう」と言えば、その瞬間から理念上はシンクタンクがあるわけですから、ROLESはすでに、2020年4月に存在したと考えています、ただ、実質上の発足記念シンポジウムを開催したのは6月でした。当時は新型コロナが流行し始めたころでしたから、オンラインで開催しました。予想を超えて何千人もの人たちが登録してくださったと記憶しています。
その上で、Webサイト上では9月、正式に「ROLESを始めました」という宣言をしました。それはROLESのウェブサイトに今でも掲載されています(別掲)。
このあたりは、行政学的には大変興味深いところです。私はこれを「犬小屋の隣にビルがある」 (a skyscraper besides a Kennel House)と外国人には冗談で説明しています。つまり、母体となっているのは、行政的に確固たる地位を持つ先端科学技術研究センターの「グローバルセキュリティ・宗教分野」池内研究室なのですが、そこにいる専任教授が「これはやっていく意味がある」と宣言して、研究を始め、人を集め、予算を導入して進めているのが、「ROLES」つまり「創発戦略研究オープンラボ」です。つまり、「グローバルセキュリティ・宗教分野」の中にROLESがあるのですが、ROLESの方が予算規模も雇用人員も大きい。つまり、犬小屋の中に高層ビルがあるという立て付けになっているので、「隣にある」と説明しているのです。
さて、私たちは2020年からいわゆる「外部資金」、外部からの研究費を導入しましたが、必要な予算はこんな感じです。
〈主な予算〉
• 外交・安全保障調査研究事業費補助金
▼総合事業「体制間競争の時代における日本の選択肢:国際秩序創発に積極的関与を行うための政策提言・情報発信とそれを支える長期シナリオプランニング」(2020ー2022年度)
▼発展型総合事業「『ポスト・ウクライナ』世界を生き抜くための外交・安全保障の構想と研究能力の抜本的強化」(2023-2025年度)
▼発展型総合事業「国際理念と秩序の潮流:日本の安全保障戦略の課題」(2023-2025年度)
▼総合事業「自由民主主義秩序を支える情報プラットフォームの構築」(2023-2025年度)
• 学術指導
▼INPEXソリューションズ(株)「中東地域情勢研究会」(2020-2025年度)
これ以外にも科研費などがありますが、額はあまり大きくありません。
これを見ると一目瞭然ですが、最も大きな予算というのは、外務省の「外交・安全保障調査研究事業費補助金」です。ここの予算は、シンクタンクが自律的に調査研究を進めるために、コンペティションで資金を配分するという形を取っています。この予算を、2020年度から2022年度にかけて、総合事業「体制間競争の時代における日本の選択肢」という申請で獲得し、所定の3年間で実施しましました。
事業が始まったのは2020年4月です。コンペティションで通るとは全く予測できなかったのですが、3月末に採択通知が来たときにはコロナ禍が始まっていましたので、突然全てをオンラインでする方法を急いで考えないといけなくなったのです。
それを何とかやりきった上で、次の公募に募集したところ、発展型総合事業で2つ、総合事業で1つが選ばれました。「『ポスト・ウクライナ』世界を生き抜くための外交・安全保障の構想と研究能力の抜本的強化」というものと、「国際理念と秩序の潮流:日本の安全保障戦略の課題」、それから「自由民主主義秩序を支える情報プラットフォームの構築」です。これらを使って、大規模にROLESを運営する立場になりました。
活動の基本的な進め方としては、これらの予算で現在、研究会を組織しています。最近数えたら、22の研究会と研究ユニットがありました。あまりうまくいっていないと、さっさとリストラもします。
〈22研究会・研究ユニット〉(2025年5月現在)
▼研究会「ロシア・ウクライナ戦争の背景・展望・帰結」
▼研究会「ユーラシア諸地域の内在論理」
▼研究会「中東・イスラーム世界の多極化と均衡」
▼研究会「先端科学技術と安全保障」
▼研究会「『西側』の論理の検証と再構築」
▼研究会「エネルギー国際秩序における日本の立場」
▼研究会「紛争解決の理論と実践」
etc.
東京大学には、2020年に設立された「学術指導」という制度があります。寄付講座でもなく、委託研究でもなく、双方の中間のような枠組みで、お互いに自由で縛りがなく、一緒に研究情報をやり取りできる枠組みです。そこで、「INPEXソリューションズ」さんと「中東地域情勢研究会」を一緒にやっています。これは建前上、共同研究をしているという枠組みではなく、情報を共有しているという形です。「大学側が教えている」という形式を取っていますが、実際にはINPEXさんから私も得る知識がたくさんあります。そのような産学連携もやっています。
これは5年間続け、今は6年目になっています。その間、22回の研究会と、毎年の特別講演会を開催しました。
■ ROLESの発端
このようなことをするようになったROLESの、そもそもの発端とは何なのか。
これは私にこだわりがあるのですが、前史があります。「RCASTセキュリティ・セミナー」です。今でも不定期で開催していますが、これは大学のあり方、特に研究のあり方の根幹を占めていると私は思っています。
観光旅行でどこか外国の都市に行くと、その都市の名前がついた大学があります。そのウェブサイトを検索して、興味があるテーマに関するオープンセミナーがあると、ポチっとクリックをして、メールとか登録フォームとかを書く。そうすると、全然知らない人でも「同じ興味を持っている人なんだな」ということになって、肩書きを問われもせずに入れてもらえる、そういう空間が、特に欧米にはあります。
これを日本にもつくりたいと考えました。東京に現れる海外の研究者がいて、何となく情報が私のところに来て、外部に向けたセミナーで講演したい意思がある人に「うちでしたらどうですか」と声をかける。そうすると、謝金とか旅費とかなしでも、かなりたくさんの人たちが来る。中には自薦で「自分は東京に今度行くんだけど、講演をしたい」という人が、結構来られるようになっています。
これを何十回もしていたのですが、何しろ予算もついていませんから、来ていただいた人には、お金ではなく、良い議論をしてもてなすわけです。
一方、これは私がイギリスで研究員をしていたときに気に入ったのですが、「member of the public」という言葉があります。「誰が来ていいのですか」と問う場合、「学生が来ていいです」「教職員が来ていいです」「カレッジやユニバーシティの所属者が来ていいです」と書いた後で「member of the publicもどうぞ」つまり「公共の皆さんどうぞ」と書いてある。だったら最初からそれだけでいいんじゃないかと思うのですが、そのあたりの微妙なたてつけがあるのです。関係者が来流ことが想定されているのだけれど、それだけでなく、パブリックの一員として振る舞える人は来たければ来て、どうぞ聞いて議論していってくださいと。そういう姿勢があるわけです。そこでは、良い聴衆を集めることも大切です。
また、そのテーマに関して的確なコメントをして議論をしてくれるコメンテーターを用意する必要もあります。
その際にいつも頼っていたのが鈴木一人さんでした。ほとんど全てのテーマに対応できる方ということで、鈴木さんに「ちょっとお願い、何とかお願い」と言って、「えぇ〜」と言われながら来てくれて楽しかったということが何度もあります。ただ、ある時さらっと言われたのが、「これは大変良い枠組みだけど、サステイナブルではないよね」でした。
いろんな意味があったと思いますが、彼にも謝金も払わず、来てもらっているわけですから、「自分はいいけど、他の人に同じように頼めないんじゃないの」ということだったのではないかと思います。
〈ROLES縁起〉
• 前史:「RCASTセキュリティ・セミナー」 ▼2018年6月22日に第1回→現在まで30回以上、随時開催
▼東京を訪れる海外の有力研究者が、謝金なし・旅費なしで、東大先端研を訪れ、セミナー講師を務める。
▼教員・学生・院生・研究員・それに実務家・専門家を含む「educated public」あるいは「member of the public」が参加し、自由に議論する。
• 「いい枠組みだが、サステイナブルではない」(鈴木一人教授・談)
■ 研究室に予算がない
そうこうしている間に、研究室が少しずつ大きくなっていきました。そうすると、素人質問をする方から研究室でふと尋ねられたのです。
「私はシンクタンクで主にやってきたのですが、普通は予算がついていました。大学の研究室というのは、予算がつかないのですか」
その方は、研究室に予算がないことにすごくびっくりされていました。
これは逆に、大学でずっとやってきた文系の研究者からすると、「もし研究費を使いたいのだったら、自分で科研費に応募しなさい」というのが当然なのです。研究費の公募に自ら応募して取ってくるのです。
ただ、取ってきたところで、文科省の科研費というのは規模が限られています。そうするとまた、素人質問をする方が尋ねてきたのです、研究室の中で。「科研費をもらったんだけど、桁が間違っていませんか」みたいなことを。
つまり、少ないと言われたんですね、確かにそうです。通常の文系の研究者の科研費は、極めて少なくて、人件費を出せる規模ではありません。大学で雇われている専任の教授とか准教授とかが行きたい出張に出るとか買いたい本を買うとかの程度です。そのための事務作業は自分でする。人を雇うほどはない。
〈ある素人質問〉(1)
• 「大学の研究室には、研究費がついてないんですか???」
▼基本は給料のみ、PIに研究室維持の経費が若干
▼プロジェクトは科研費を申請
〈ある素人質問〉(2)
• 「科研費は桁が一つ二つ少ないのではないですか???」
▼人件費を賄う規模の科研費は極めて稀
でも、人件費を出して組織的な調査研究を推進できる規模の予算があると、素人質問を繰り返していた小泉さんが言うわけです。文系の研究者、特に我々がしているような国際関係の研究者が応募できる「外交・安全保障調査研究事業費補助金」です。なるほど、公募しているので応募してみたのです。何の裏情報もなく、ウェブサイトがあるから応募したのです。
まあ当たらないだろうと思っていたら、3月30日ぐらいに「4月1日から実施しなさい」というメールが舞い込んで、ものすごくびっくりしたのを覚えています。
■ シンクタンクの仕事とは
いざ予算を行使することになって、外交・安全保障シンクタンクって何なのかと考えると、非常にざっくりしていますが、以下の3つはしないといけないなと思いました。
1つは、そもそも核となる調査研究をしないといけないということです。 なるべく自分自身か、同僚の常勤の教員だけでする。ただ、外交・安全保障の森羅万象について専門家を雇って、自家発電のように調査研究をし続けるのは、なかなか難しい。そこは、「研究会委員」「研究メンバー」といった形で、研究会の中に他の大学の先生とか他のシンクタンクの人とか、あるいは可能なら実務家の人に入ってもらうことになります。
また、ある程度大きな予算ですと、調査研究をしているだけではなく、一般的にトラックIIなどと呼ばれる国際会議を開いて、人的ネットワークを形成していきます。正式な外交交渉とは異なり、インフォーマルな情報が日本側に伝わり、あるいは日本から海外に情報が発信されていく、そういう経路をつくることが責務です。
もう1つ一般的な話になりますが、人材育成です。専門家が育っていくこと、また成果を一般に啓蒙することです。
〈外交・安全保障シンクタンクの仕事〉
①調査研究
②国際会議(人的ネットワーク・インフォーマル情報の収集・日本の立場の国際発信)
③人材育成(実務家・研究者)・一般への啓蒙
〈矛盾した要件〉
• 独立・自律・客観性 VS 政策への貢献・影響
• 短期的成果 VS 長期的成果「すぐに役立て、長期的に役立て」
ただ、考えてみると矛盾した要件を突きつけられている面もあります。
当時この予算を外務省で管轄していた総合政策局長に招かれて、代表者たちが集まったときに言われたのが、「我々の顔色をうかがわずに自立してやってください」ということでした。
「自立してやれと命令される」という、非常に面白い場面でした。独立、自律、客観性が求められている、役所の中で言えないことを言ってくれ、という。同時に、政策への貢献や影響も求められるわけです。
短期的に成果を出すのは、予算を使う以上当然の目標であるのですが、同時に長期的な成果も求められる。そういったいろいろ矛盾した要求にさらされることになりました。
そして、核心の部分ですが、そもそもなぜ大学でするのか。
他のところでやっているのではないか。
〈なぜ大学で?〉
• 大学以外の選択肢
▼官庁が政策として行う?
▼財団法人が非営利事業として行う?
▼企業が営利事業として行う?
外交・安全保障はそもそも、政策をつくる官庁があるので、そこがしているとも考えられます。
過去には、官庁やその部局などが財団法人を持っていて、役所の政策意図を強く反映した調査研究をしていました。国際会議もしていました。あるいは、企業系の財団法人とか業界系の財団法人もあって、それぞれの業界の集めたい情報を集めて発信しています。
同時に、近年は特に企業が、外交・安全保障のようなパブリックの問題も利益を生む情報に結びつくと考えています。「地経学」などと言い方も流行っているわけです。
そうすると、企業がシンクタンクになって、むしろ正確に言えばコンサルタントになって個別の情報を調査分析して、その結果を知りたいところに直接、営利事業としてコンサルティングを行うということもしています。つまり、知りたければお金を払えばいいじゃないか、という考えもあるわけです。
これらの既に構造的にある疑問とか課題について、それについてどれだけの答えを出せるかが評価の基準になると思います。
■ なぜ大学なのか
ここで、大学のメリットを主張しましょう。大学は、先端研のように主に研究を中心に行う研究所もあれば、教育を中心に行う例えば教養学部や総合文化研究科もあります。その差はあるにしろ、いずれにしろ結局は、大学は人材育成をし続けるのです。学部や大学院だけでなく、特任研究員とか客員研究員とかの形で人を受け入れたり、インターンを受け入れたり、何をしていても最終的には人材育成にずっと取り組んでいるわけです。
研究も人材育成の一環です。その点では、例えば学位を出したり、ポスドクで一定期間雇って次の転職に備えたりなど、人材育成についての仕組みもあるし、流動性もあるのです。
それから客観性もメリットの1つです。
そもそも大学の存在根拠として、自立して客観的に物事を見ないといけないわけです。そのためのツールを日々磨いているわけですから、その点の強みはあるでしょう。
創造性もその1つです。
大学は自由をかなり許しています。普通の組織ではあり得ないぐらい自由です。そこから新しいアイデアを生み出せるということです。
ただ、デメリットもよく言われます。「大学で実務能力が育つのか」と。
これは常に問題です。シンクタンク業務を大学でちゃんと回せるのか。今でも試行錯誤です。
加えて、大学は究極的に、根本的に、個々の研究者のそれぞれの関心に基づいて研究を進めます。東大先端研に関して言うと、官学連携の経験があるので、このようなプロジェクトを受け入れやすい有利さは、他の学部に比べるとあるでしょう。
これに対し、シンクタンクでは程度目標を掲げます。何を知りたいのか、今特に関心を持つべきテーマは何なのかについて、外部から、社会情勢や政策的な方向性から、それなりにテーマが絞り込まれます。そのテーマに対して、組織的に調査研究やることで、成果を出すのです。
〈大学で行なうメリット〉
• 人材育成: 大学は研究機関であると同時に、教育機関なので、人材育成ができる。自前でシンクタンク人材を育成、学生・研究者に学位を出す、ポスドクで一定期間雇う等の手段が用意されている。
• 客観性: 学問の自由の原則から、自律性があり、客観性を持った成果を出しやすい。
• 創造性: 新しいアイデアを、自由に生み出せる。
〈大学で行なうデメリット〉
• 実務能力
• 個々の研究者のそれぞれの関心に基づく研究とは少し異なる、目標を掲げた組織的な調査研究
〈東大先端研の特殊条件〉
• 産官学連携の経験・制度化・運用
• 「外部資金」プロジェクトに従事する特任研究員・特任助教・特任教授の任命
• 研究スペースの再配分活発に
■ 定着率が低いほどいい組織
このようなことをしている間に、大学でのポストの配分が増えていきました。例えば、専任教授、准教授、特任教授による東大先端研の教授総会構成員の数が、ROLESを始めた2020年には1人だったのが、今では4人になりました。特任教員の構成員も2から5になった。昨年度からは、PI格をそれぞれ持つ3つの独立分野によってROLESが運用される体制になりました。
また、人材も排出しています。次のステップに進んだ人たちが結構います。
〈評価(大学内)〉
• 予算の継続と拡大
• 第1期(2020−2022年度)→第2期(2023−2025年度)
• 人員の拡大
• 1→4(教授総会構成員数); 1→3(専任教員数); 2→5(専任教員・特任教員(助教以上)
▼グローバルセキュリティ・宗教分野(池内恵教授 2018年4月に「イスラム政治思想分野」から改組)
▼国際安全保障構想分野(小泉悠准教授 2023年12月にPI昇格)
▼国際比較政治変動分野(中井遼教授 2024年4月着任)
〈評価(大学内・外)〉
• 大学間の研究人材育成・輩出
▼東大先端研の特任の教員・研究員(常勤・非常勤の特任助教・特任研究員)から他大学の専任教員(専任講師・准教授以上)への転出人事:4
▼台湾・国立政治大学助理教授(テニュア・トラック)、大阪大学准教授(テニュア)、東京国際大学准教授(テニュア・トラック)、北海道教育大学専任講師(テニュア・トラック)
▼外交政策の実施機関(独立行政法人)への転職:1
▼インターンからの防衛・通商政策官庁への就職:2(把握している限り)
では、シンクタンクとしての評価はどうなのだろうか。いくつかの指標は出すことができます。
まず、公募事業が採択され続けていることで、その採択プロセスではそれなりに評価されたとはいえます。
調査研究については、偶然の要素もありますが、2022年のロシア・ウクライナ戦争や、2023年10月7日の中東での紛争の激化といた出来事に即応することは、一応できているといえるでしょう。
新基軸として、衛星画像を使った軍事情勢の分析とか、通常の財団法人では取り組みにくい戦略的な地域――皆さんが普段行かないエストニアとか、トルコのイスタンブール、アンカラとか、ヨルダンのアンマンとか――で、機動的戦略的な国際会議を日本主導で仕掛けていっている。人材育成、あるいは社会へのアウトリーチでは、うまくできています。
ただ政策への貢献という面では、政策ペーパー的なものをもっと頻繁に出した方がいいのかなとも思います。その点では欠けるところ、足りないところはあるのでないかと思います。この面では、大学の自主的な研究とその成果の導出を原則にしているので、立ち後れる面があると思います。
〈シンクタンクとしての評価〉
①予算の評価・採択の際の評価
2020年→2023年
②調査研究の即応性
ロシア・ウクライナ戦争、中東の紛争
③調査研究の新基軸
衛星画像、戦略的な地域での国際会議の実施
④政策への貢献
刊行物は多数→もっと政策課題に直結した、即応した「レポート」を?
大学組織は、人材を輩出して行けば成功となります。ただ、これはそもそも矛盾しているのです。
普通の組織は、どれだけ優秀な人を囲い込むかが、至上命題です。「あなたは成果を出したからよそに出て行ってください」というのは、まともな組織では普通ないわけです。
でも、大学はそれこそが目標なわけですね。
学生がずっといついている、ずっと留年している大学は、よくないわけです。人材の定着率が低いほどいい。かなりおかしな組織ですが、それが大学なのです。
■ ROLESのこれから
ROLESのこれからについては、甲子園かプロ野球か、という分け方をしています。
つまり、これまでうまくいっていたと私が自負するのは甲子園です。スポーツ推薦などない弱小の県立高校がなぜか甲子園でベスト8とか準優勝とかにいってしまいました、というストーリーをROLESは過去5年間描いてきたのです。
ただ、それをいつまでしているのか。毎回甲子園で勝つのが目標なのか。就職したり、あるいはプロ野球にいったりして、そこで毎年ちゃんと勝てるチームをつくることが、本来の目的なのではないか。
そう考えると、プロ野球や大リーグに挑戦すべきだという課題があります。それは国際化の問題でもあります。これについては、まだまだ課題が残っていると思います。
(司会) ありがとうございました。
では、松本先生お願いします。
【松本太】 松本と申します。今日は池内先生に誘われてふらっとやってきました。
私は元々、駒場の出身です。そして、実は40年近く前に4年間ずっと駒場にいて、本郷に行けなかった組なのですが、そういう意味で今回、久しぶりにこちらに来て、お話ができるっていうので、非常に楽しみに来ました。
元々駒場を出てから外務省に入って、37年ぐらいいました。いろんなポストに就いてきましたが、シンクタンクは10年ほど前に、当時の「世界平和研究所」、今の「中曽根平和研究所」に2年ほど出向をしました。非常に楽しい体験でした。
94〜95歳ぐらいだったと思いますが、大勲位(中曽根元首相)のオフィスが中にあって、そこから20 メートルぐらい離れたところに私はオフィスをもらって、毎日のように大勲位と話をしながら仕事をしました。そのときの経験があり、また昨年11月までイラク大使をしていたこともあり、アルバイト感覚で4カ月ほど日本国際問題研究所にお世話になり、この4月からは一橋大学の国際・公共政策大学院というところに所属しています。
そんな経験もあって池内さんから声をかけていただいたのです。私は、先端研や駒場が今どうなっているのかをよく知りませんし、約9年間連続で海外に行っていたものですから若干浦島太郎でもあり、ROLESの評価をできる立場には全くないのですが、少し視野を広げてシンクタンクというものを考えるいい機会になるかと思い、今回のお誘いに大変喜んだ次第です。
■ どれほど影響を与えられるか
シンクタンクはいくつかありますが、外交・安全保障という分野に限っていうとそれほど多くありません。
特に民主党政権になって以降、外務省の補助金をある程度複数のシンクタンクに配る流れになりました。ただ、それでシンクタンクが発展するかと思いきや、大きく発展しているかどうかは微妙なところだと思います。この機会に、では何が問題なのかを考える上で、いろいろな論点を皆さんと共有したいと思っています。
やはり資本主義社会ですから、重要なのはお金です、予算をどうとるか。
パブリックなシンクタンクを運営するうえで、どこからお金が出るかを考えると、基本的には2つしかありません。政府からか、企業から浄財をいただくか、日本の場合はこれまで、圧倒的に政府、特に外務省しかなくて、それが若干分散されてROLESのような組織が台頭してきたということです。ただ、いかんせん極めて少額です。
企業からの浄財も、理系あるいは工学分野については相当出ている状況ですが、外交とか安全保障とかになると、直接のメリットは何なのかという観点から、なかなか出る状況にはないという問題があります。
したがって、脆弱な財政運営をどこのシンクタンクも強いられているのが事実です。
では、それを前提として、どれぐらいの人材が集まるかというと、これも限界があります。
当然ながら、人材は給料のいい方に行きますから、東大法学部を出た一番優秀な学生は、もはや霞が関に行かないわけです。外資系のコンサルタントになれば、数千万円の給料が出るかもしれないということで、そちらに流れていく。シンクタンクも同様で、予算が少ないと優秀な人材は集まりにくい、かつ、身分も不安定ですから、なかなか定着しないとなるわけです。
池内さんもご指摘されたように、ではシンクタンクを運営して、政府の政策にどれぐらい本当に影響を与えられるのか。これもなかなか微妙なところがあります。
例えば、トランプ関税の問題です。日本政府が有益だと思われる提言をしたシンクタンクが、過去2カ月の間に、あるいはもう少しさかのぼって1月20日以降にあったでしょうか。
このような課題に答えられなければ、シンクタンクとしての意味は低下せざるを得ません。
日本の世論、世界の世論にどれほどインパクトを与えられる知的なコントリビューションを、果たして日本のシンクタンクができていのか、という点も重要です。日本政府の政策に直接影響を与えられなくても、世論を変えることによって、日本の方向性が大きな意味で固まってくるのだとすれば、世論に対するインパクトがどれぐらいあるのかを、よく考えないといけないところだと思います。
これらの様々な問題が、今の日本のシンクタンクにできているか。日本国際問題研究所は外務省系のシンクタンクと言われますが、果たしてそういうことができているか。そこが問題なのです。
■ 異分野のリンケージが生じる時代
他方で、この5年間のROLESの発展を鑑みると、いろいろポジティブな最近の変化がうかがえます。日本のシンクタンクの役割がより重要性を増している面は、やはりあるのだろうと思います。
では、どのような変化が起きてきたか。
私は中東にいましたので、9年ぶりに日本に戻ってきて物事を眺めてみると、非常に「ぬるい」なと常に感じるんですね。要するに緊張感がない。どれほど世界が危機感を持って今、対処せざるを得ない状況になっているかということに対して、真剣な意識が極めて不足している。それが、駐イラク大使とか、シリアの臨時代理大使をして率直に感じるところです。
1月20日以降、トランプ政権になって、日本の国民、あるいは政府が、どれほどその感覚を研ぎ澄ましてきたか。私からするとまだまだ不十分だという感じがします。
ただ、不確実性の高まりは明らかにあって、企業も国民も様々な不安を感じ始めていることは事実だと思います。
このような不安にどう答えるか。そのニーズは、明らかに高まっている。
それに対して、何らかの答え、あるいは心理的安心感だけなのかもしれないけれど、何かコントリビューションをする役割が、まさに外交・安全保障シンクタンクに求められる状況だと思います。
さらに言うと、今まで考えられなかったような異なる分野のリンケージが今生じつつあります。例えば、安全保障と経済は「経済安全保障」としてつながっているわけですが、これが顕著に現れています。それはまさに、トランプ関税問題が提起している形なのです。今までであれば、関税問題だと外務省の経済局、あるいは経済産業省といった省庁の経済問題を扱っているところが交渉を担えば、関税という枠で議論ができたわけです。けれども、「日本の防衛費を上げなきゃいけないかもしれないね」などという問題意識まで出てくると、非常に厄介なわけです。
そうすると、より戦略的に、これらの問題をどう考えていけばいいのかを、政府からは自立した形で提案できるシンクタンクがあれば、それに越したことはないという状況が生まれているのだと思います。
■ 「オールマイティー霞ヶ関」は過去の姿に
少し元に戻りますが、日本の国民の中にある不安心理は、やはり国際情勢とリンクしているわけです。国際秩序がどうなるかわからない、国際無秩序になりつつあるという状況の中で、グローバルな視野を持たざるを得ない。これが、企業などで非常に強い関心となってきています。
同時に、政府機関や省庁の能力が、このような現実に必ずしも十分に対処できていないのでは、という不安感もあるわけです。
実際にも、対処できていない。それを率直に認めざるを得ない。かつての「オールマイティーな霞が関」のイメージは、おそらく過去になりつつあるのだと思います。
だからこそ、東大の一番優秀な学生がもはや財務省に入らない、経産省にもいかない。外務省には多少来ているかもしれないですが。
こういう非常に難しい状況の中で、役所に代わる、官僚に代わるオルタナティブがあるかというと、なかなか難しい。
企業でも、そのようなストラテジックな問題に関して相談できるような人がいればいいな、機関があればいいな、といった欲求が強まっていると思います。
もう一つの要素は、最近の最先端技術が非常に進んでいることも、変化の背景にあると思います。例えば、私がイラクなりシリアなりに行って、最新の動きを何で知るかというと、もちろん友人に電話したり、クラシックな手段で知り合いの大臣に聞いたりはあるのですが、むしろソーシャルメディアで知る方が早いわけです。
Xでリサーチした方が、今どこで何が起きているかは非常に早くわかる。現場で起きている状況が飛び込んでくるわけですから、あとは取捨選択すればいい。
例えば、ここにいらっしゃる小泉さんは衛星画像情報の会社を始められましたけれども、そういう衛星画像すら、お金を払えば入手できるのです。そういう時代になってきている。
特にこの半年から1年間ぐらいは、生成AIがものすごく進化して、私は3つも4つもAIを使ってガンガン書いているのですが、そうなると、かつて霞が関の役人がしていたような作業は、相当部分をAIが代替できる可能性が高いのだと思います。
今回私はこの講演の原稿をAIでつくったわけではありませんが、そういう日が非常に近くなっていると、強く感じるわけです。そうなると、これまで特定の官僚が独占していたような分析作業ですら、役所の人にしてもらわなくても、ごく一般の人ができるようになっている状況だと思います。
■ 日本の教育システムをどう変えるか
こういう状況の中で、今回のシンポジウムの議論のために、いくつか論点を挙げたいと思います。
まず、やはりお金が重要なので、外交・安全保障に取り組むシンクタンクが、どうすればファンドレージングをさらに強化できるのか、もっと真剣に考えていいと思います。ワシントンDCにあるシンクタンクが持つような莫大な基金に比べると、やはり非常に脆弱なので、何千万円ぐらいのお金は流れているのですが、億単位のものはなかなかシンクタンクに行く状況にはありません。したがって、定職としてのシンクタンクカーは、なかなか考えにくいのだと思います。
次に、マネジメントです。私は複数のシンクタンクにいたので思うのですが、なかなか十分ではありません。政府系のシンクタンクも同様です。自分の胸に手を当てて考えると、逆にマネジメントができるシンクタンクにどう育てていくのか、みんなで考えながら進めていく必要があるのだと思います。
また、池内さんも言われましたが、産官学の連携をどう強化していくのかが、大きな課題です。
一方、報道機関もシンクタンクです。人材確保の面も含めて、こことの関係をどうつくるか。今日、目の前にいる国末さんがまさに報道機関とシンクタンクの連携の良い例だと思いますが、この連携のあり方を考えていく必要があるのかなと思います。
最後に、池内さんが触れていましたが、教育面です。これは非常に重要な問題です。
私は1980年代に青春を駒場で謳歌して、外務省に入った後、大学とはとんと接点がなくなったのです。なぜか。当時も今もそうかもしれませんが、駒場というのはやはり、地域研究をもっぱらとする新しいディシプリンを戦後つくったのです。ところが、これがあまりうまくいかなかった。そのような近現代史があるので、外務省に入ってしまうと、私の方から出かけていくニーズがなくなってしまった。というのも、私は自分で中東に行きますから、あらゆる情報が入ってきます。インテリジェンスも情報分析もしていましたから、私のほうが明らかに情報を持っているのです。そういう意味でニーズがない。このギャップをどう埋めていくか。かなり大きな課題かなという気がします。
したがって、教育機関がシンクタンクを運営するのなら、そのような人材育成面も考えなければなりません。さらに言うと、明治150年以来の日本の教育システム、日本のディシプリン――法学部、経済学部、文学部とか、人文科学、人文社会科学のディシプリン――を今後どう変えていったらいいのかという問題に、おそらく直結していると思います。
もう1つ、シンクタンクと、コンサルタントをどう考えるのか。
ある意味似ていることをしているわけです。他方で、シンクタンクというのはパブリックグッズを国民に提供する、あるいは政府に提供するわけで、特定の民間企業に提供しているわけではありません。このあたりの切り分けを考えるのかも、論点になるかと思います。
ここは駒場ですから、駒場の再生のためにも、先端研が果たす役割は大きいと思います。いろんな意味でご活躍を願う次第です。
(司会) ありがとうございました。 (つづく)
(本稿はシンポジウム開催後、発言者による最小限の加筆修正を経ています)