コメンタリー

ヒスパニックの街にも出現した「トランプ王国」 第2部 地元市長もトランプ支持 金成隆一

ロマ市役所前に立つ市長のハイメ・エスコバル。背後にリオグランデ川が流れていて、その向こうはメキシコだ
 
◆すぐそこはメキシコ
 ロマ市(City of Roma)の市長に会いに向かった。
 公職に就く政治家から、しかも民主党員としてトランプに投票した人から話を聞ける貴重な機会だ。1時間ぐらい余裕をもってロマ市役所に到着し、周辺を歩いた。
スマホで撮った対岸のメキシコの風景
釣り人が見えたので、望遠レンズで撮影すると、網に魚が一匹もかかっていないことまで見えた

市役所の真横をリオグランデ川が流れていて、目の前にメキシコが見える。対岸の釣り人のスペイン語の会話も、鶏の鳴き声も聞こえた。メキシコは、この町からそれほど近い。
 川を越えれば、あとは妨げるものはない。ここには、建設中の「国境の壁」が到達していない。アメリカ側では、国境警備隊員がピックアップトラックで巡回しているが、1時間ほどの川辺の滞在中に筆者が目撃したのは1台だけだった。
 最近は南部国境を越境する中国人の急増[1]が話題になってきただけに、筆者は、国境警備隊に呼び止められると覚悟したが、警備隊員は車内から笑顔で手を振るだけだった。 
 
◆18世紀から住むヒスパニックも
市長のハイメ・エスコバル
 
 市長のハイメ・エスコバル(46歳)は、市長室で待ってくれていた。午前に米紙ニューヨーク・タイムズ記者の取材を終えたばかりという。
 市長は、インタビューの冒頭で、2024年大統領選の結果を理解する上で役立つだろうからと、この地域の特徴を3点挙げてくれた。
 一つ目は、スター郡の人口の97%を占めるヒスパニックには、18世紀からこの地域に住む祖先を持つ人が少なくないこと。実際、市長の父方のルーツをたどると1700年代後半までさかのぼれるという。一方、母方はメキシコ出身で、祖父が1950年代にシカゴの工場で働くために渡米したという。
つまり、アメリカで暮らすヒスパニックの住民は、移民1世や2世、3世だけではない、ということだ。19世紀、20世紀になって欧州から移り住んだ祖先を持つ多くの白人よりも、市長の祖先は先に暮らしていたことになる。
 二つ目は、世帯収入が「かなり低い」(市長)こと。確かに国勢調査によると、市の世帯所得(中央値)は2万7741ドルで、テキサス州(7万6292ドル)や全米(7万8538ドル)に引き離されている[2]。教育や銀行、医療分野の限られた仕事を除くと、雇用機会は少なく、市長としての最大の仕事は雇用機会の創出で、国境の町である地理条件を活かして自動車部品や農産物の中継拠点としての機能強化をめざしている、という。
 
◆住民の多くはブルーカラー労働者
 
ロマ市にも天然ガスパイプラインが走っている。エネルギー産業は貴重な雇用の場だ
 
  三つ目は、住民の大半がブルーカラー労働者であること。
  市長は「多くは大学の学位を持っていない。非常に勤勉だが、特に男性、父親の多くは石油やガス産業で稼ぐため、残念ながら単身赴任でヒューストンなどの大都市近郊に行かなければならない」と話した。
  この地域では、圧倒的に民主党が優勢だった。長く、住民の多くは、市長の家族も含め、フードスタンプなど政府プログラムの恩恵を受けてきたという。市長は「主に民主党が、そうしたプログラムの整備・提供を引っ張ってきたので、住民が民主党に引き寄せられるのは当然のことだった」と語った[3]
  その結果、「民主党が労働者階級、ブルーカラーのための政党」という認識が根強かったという。
 
◆「私は民主党員だがトランプに投票した」
  市長は自己紹介の中で「この地域で育った人の多くが民主党員」「私の家族も常に民主党支持。何があろうと民主党で、逸脱はなかった」と語ったが、驚いたことに、市長本人は2016年大統領選に続き、2024年大統領選でも共和党トランプに1票を投じたという[4]
 理由をこう説明した。
 「共和党はこの地域では全く勢力を持っていなかったが、2000年代にかけて変化が始まり、ますます多くの人々が(民主党員ではなく)無党派と自認するようになった。私は今も民主党員(a registered Democrat)で、投票日も民主党の陣営にいて、地元選挙では民主党候補に投票したが、経済問題と移民問題を理由に大統領選ではトランプに投票した。トランプのメッセージはスター郡の多くの有権者に響いていた」
 市長が触れた「経済問題」と「移民問題」。それぞれについて掘り下げてもらった。
 経済問題については、こう説明した。
 「通常、政府は支出に走り、支出で政府が肥大化する。莫大な財政赤字を抱える中、トランプは政府の無駄の削減、製造業の成長などを訴えたほか、雇用に関しては、仕事を必要としているブルーカラー労働者のために努力すると語った。アメリカ・ファーストのメッセージは、テキサス南部の多くの人々の共感を呼んだ。また、トランプは、ビジネスに精通し、企業や事業、経済の仕組みを理解している点で、ビジネスに関する知識と経験が(民主党候補より)はるかに豊富であるように見えた」
 
◆5年前なら国境の壁に「反対していただろう」
スター郡のホテルに貼ってあった、情報提供の呼びかけ。「強制労働や強制サービスを受けることは、テキサス州法で犯罪となる。全国人身売買ホットラインに連絡を。匿名でも構いません」と英語とスペイン語で通報を呼びかけていた
  移民政策については、こう語った。
 「アメリカは今後も『移民の国』であり続ける。多様性は我々を強くする。しかし、同時に法治国家でもなければならない。国境沿いで活動するメキシコの犯罪組織が人身売買で収益を上げているのが現実だ。国境を通過するために大勢が何万ドルもの大金を支払い、道中、レイプや虐待などのひどい体験をしている女性や少女もいる。栄養状態の悪い子どももいる。いわゆる『不法な移住(illegal immigration)』を認めるのではなく、合法な移住(legal immigration)を容易にして促すべきだ。トランプは、経済を守り、あるべき姿の移民制度にするという点で、非常に良い売り込みをした
テキサス州スター郡で建設が進む「国境の壁」
 
 スター郡にある「国境の壁」はトランプの再選後にできたもので、移民の越境数は激減したという。市長は「私は『フェンス』と呼んでいるが、理想的なものではない。5年前、10年前なら私たち多くが(建設に)反対していただろう。しかし、壁に効果があるのは事実だ」と話した。
 とはいえ、家族を含め、ながく民主党を支持してきた中で、自身がトランプ支持に回ることに迷いはあったのかと尋ねると、こう答えた。 
 「少しあった。自分が何者であるか、自分の人種(race)やアイデンティティを裏切っているのではないか、という内なる葛藤があったが、それを乗り越えた。良心に従って投票しなければならないと考えた。国を守り、経済を助けてくれると思う人に投票しなければならない。国レベルだけでなく、地域レベルでもだ」
 
◆民主党の左傾化、「90年代の民主党に親しみ」
 市長は、自身だけでなく、この地域で共和党トランプの支持が増えた主な理由も、同じく経済問題と移民問題だ、と話した。
 では、民主党の側には、何か問題があったのだろうか? なぜ、この地域のヒスパニックからの伝統的な支持が民主党から離れたのか?
 市長は、次のように語った。
 「それは、民主党が劇的に変わったからだ。1990年代の大統領ビル・クリントン(民主党)の演説を聞くと、移民政策や経済政策について話していて、トランプの政策を聞いているように感じる。私たち民主党員の多くは、1990年代の民主党の価値観に親しみを覚えてきた。だからトランプが訴える政策がここで響くのだ」
 そして民主党の左傾化を指摘した。
 「今日の民主党は左に大きく傾いている。正直に言えば、ウォーク・イデオロギー(woke ideology)やプロナウン(代名詞)は[5]、少なくともここスター郡では、私たちの関心事ではない。もちろん全ての人を尊重したいし、幸せになってほしい。生命、自由、幸福の追求を実現してほしい。しかし、ウォークなどイデオロギーのゲームに巻き込まれたくはない。私たちは常識的なこと、たとえば経済や移民、主に経済に焦点を当てて欲しいだけだ」
 
◆オバマは「2期目に左傾化」
レインボーカラーにライトアップされたホワイトハウス(米国立公園局のサイトより)
 市長にとってお気に入りの大統領はオバマ(在任2009年1月~2017年1月)だったといい、「演説が上手で、最初に聞いたときには力強さに圧倒された。なんという政治指導者だと感激した」と語った。
 しかし、オバマ政権2期目から左傾化が気になるようになったという。
 「オバマは穏健派(moderate)として登場し、2期目になって本当の姿を見せ始めた(reveal who he really was)。すると穏健派の多くの人びとが、『彼は才能があり、頭もいいが、これは私たちが国を向かせたい方向ではない』と気づき始めた。振り子が反対方向に戻す必要があると感じている所に、トランプが登場した」 
 オバマ政権のどこに左傾化を感じたのかと聞くと、こう答えた。
 「特にそう感じるようになったのは、LGBT(性的少数派)の関連だった。ホワイトハウスが虹色にライトアップされた[6]。ホワイトハウスが特定の政策を推進するためにライトアップされるのを見たのは(私は)初めてだった。オバマが国民(の多く)を疎外(alienate)し始めたと感じた。非常に強い中絶支持の姿勢も、私たちの多くをうんざりさせた。私は(中絶反対の)プロライフ派だ」
 「また、オバマ政権の時代に、抗議活動や人種暴動が増えたとも感じた。あらゆるものが人種に関連付けられるようになった。非常に恐ろしいことだ。なぜなら、人種に焦点を合わせるべきではないときに、さらに二極化と分裂を促すからだ。人種差別は存在し、問題だが、あらゆるテーマで人種に焦点を当てると、社会として損をするだけだ」
 
◆「民主党はルーツを見失った」
 民主党が左傾化したのであれば、その背景に何があるのだろうか。市長の分析を聞いた。
 「間違っているかもしれないが、私の分析では、民主党指導層はセレブ階級、エリート層に固執しすぎて、自分たちのルーツを忘れてしまった。民主党は何世代にもわたり、労働者、労働者階級を守る素晴らしい仕事をしてきた。しかし、彼らの昨今の焦点はエリート層にある。私は本心でそう思う。大学教育を受けたエリート層が、労働者階級を見下しているのではないか、という認識もある」
 「民主党はここ5年から10年の間、超富裕層の政党(party of the ultra wealthy)だった。映画スターやセレブリティー、ジョージ・ソロスら大富豪など、超富裕層の政党(the party of the Ultra Rich)になってしまい、労働者たちを置き去りにしてしまった
 そこには、いわゆる油断もあったという。筆者が「民主党は、ヒスパニック票が離れることはないと信じていたと思うか」と聞くと、こう答えた。
 「それがあったと思う。特にヒスパニック系の有権者は民主党を支持して当然と、民主党にみなされてきた。共和党も含めて両党が、ヒスパニック系の有権者を軽視してきたが、支持の動向に関しては、民主党は何が起ころうともヒスパニック系の票は確保済み(the Democrats always thought that they had the Hispanic vote secure no matter what.)と常に考えていたと思う」
 
◆資金力ではなく、メッセージの問題だ
 では、民主党は路線をどう修正すればよいのか。
 「民主党が選挙で勝ちたいなら、エリート層から集めたお金だけでは達成できない。ハリスは選挙運動で10億ドル以上[7]を集めたが、それでも負けた。つまり、資金力ではなくメッセージの問題だった。労働者階級と(心で)つながれていなかった。これはロケットサイエンス(難解な話)ではなく、ただの常識だ。しかし、ウォーク・イデオロギーの世界で暮らしていると、似たような意見ばかりのエコー・チェンバーに陥り、その常識が見えなくなる。ニューヨークやロサンゼルスなど、都市部の仲間の話を聞くだけでは勝てないということだ。本当に一般の人々とつながりたいのであれば、私たちのような、もっと田舎(more rural areas)の人々の声や懸念に耳を傾ける必要がある

 このように、民主党が、かつての「労働者階級のための政党」から、都市部のエリート層、大卒者の政党になってしまったという嘆きは、筆者は中西部ラストベルト(錆び付いた工業地帯)の民主党地方支部の幹部から繰り返し聞いてきた[8]
 そっくりの認識が広がっている点が興味深い。その分、民主党の課題は深刻とも言えるだろう。
 
◆マイノリティーは一枚岩ではない
  市長は、ヒスパニックについての固定観点についても触れた。
 「また、米メディアはマイノリティーを一枚岩(monolith)に描きすぎてきた。一枚の毛布(a blanket)のようだ。全てのヒスパニックが同じであるかのように扱う。毎年ある時期になると、ヒスパニック文化遺産月間(National Hispanic Heritage Month)を祝う。黒人も同様に祝う。でも私たちはそんな段階を遥かに過ぎて(We've moved way beyond that)、多様になっている。私の家族には、頑固な民主党員もいれば、私のように共和党にも共感する人もいる。私たちは皆ヒスパニックだが、ロボットのようにプログラムされているわけではないので、考え方はそれぞれ異なる。リベラルな報道機関や沿岸部のエリートの姿勢には、ヒスパニックがよくも共和党候補に投票したもんだ、と貶められているように感じる。愚か者だ、IQが低い、と言われたような気分になる。非常に侮辱的だ。実際には、非常に知的で、たまたま独立した思考力を持つ人たち(independent thinkers)が、100%民主党でも、100%共和党でもなく、ベストな候補者(としてトランプを)を選んだだけなのに」

 そして、こう続けた。
 「多様性を持つことは健全だが、民主党は、もう少し中道に近づき、自分たちの理念を忘れないようにすることが重要だ。誰のために奉仕したいのかを忘れてはいけない。民主党が中道に戻り、労働者階級のために戦い始めたら、間違いなく多くの人が『私は民主党員だ』と(再び)言うようになる。ましてや共和党が労働者階級の支援から逸脱し、何か別のことに焦点を当て始めたら、多くの人が共和党を離れるだろう
 
 市長は言葉を選びながら丁寧にインタビューに応えてくれた。このような認識は市長独自のものなのか、それとも一定の広がりを持つのだろうか。例えば、地元の政党幹部はどのような認識を持っているのだろうか。次の第3部では、テキサス州スター郡の民主党トップと共和党トップの話を紹介する。(敬称略)
(金成隆一)

[1]米税関・国境警備局(CBP)によると、南部国境に正規書類を持たずに姿を見せた中国人の数は、2022会計年度は2200人、2023会計年度は2万4300人、2024会計年度は3万8200人と急増した。超党派のシンクタンク「移民政策研究所」は背景として、①中国で深刻化する社会的・経済的課題に加え、グリーンカードの取得期間の長期化、中国人に対する就労・学生、その他の長期ビザの審査強化、②言論の自由と宗教の自由の抑圧、③米国とメキシコの国境の通過方法を解説するTikTokなどのプラットフォーム上の指南動画がある、と分析している(The Migration Policy Institute, Madeleine Greene and Jeanne Batalova, “Chinese Immigrants in the United States,” January 15, 2025)
[2]国勢調査局によると、ロマ市の貧困率は34%超で、テキサス州(11%)や全米(14%)より深刻だ。筆者が2015年以来取材してきた中西部ラストベルト(さびついた工業地帯)にあるオハイオ州ヤングスタウン(36%)や同州ウォーレン(33%)に匹敵する。
[3]市長エスコバルが幼少期、1988年の大統領選で「なぜ私たちは民主党員なのか?」と母親に尋ねたところ、「それは、民主党が貧しい人々、労働者階級のために活動する政党で、私たちは、人々を助ける政府のプログラムを支持しているから」と教えられたという。市長は今も政府プログラムを支持するが、人々の地位向上を一時的に支援する施策であるべきで、半永久的に支援するものではないと考えている、と強調した。
[4]市長エスコバルによると、市長選では党派を示しての選挙戦を展開しないのが一般的で、自身も「民主党候補」として当選したわけではないという。
[5]米社会での近年の変化の一つに、このプロナウン(人称代名詞)の使い方がある。多様な性自認の形が広がる中、従来の人称代名詞「she(彼女)」や「he(彼)」は性自認と一致しないと感じる人びとが、より正確に表現するために「they/them」などを使うようになっている。個々人の性自認を尊重し、誰もが暮らしやすい社会を形成するための取り組みと認識されてきたが、一方で、外見や名前だけで判断して「彼女は」とか「彼は」と発言すると、「間違い」とされる可能性があり、戸惑う人びとも少なくない。自己紹介で、自分の代名詞を明示する必要があるか、公教育の現場で、女子用と男子用以外の第3の更衣室を用意するべきか、など具体の判断をめぐり議論がある。詳しくは第3部で触れる。
[6]米国立公園局によると、ホワイトハウスが虹色にライトアップされたのは2015年6月26日の夜。この日、連邦最高裁は、米国のすべての州で同性婚を認める判決を言い渡した。同性カップルが結婚する権利は法の下の平等を掲げる米国の憲法で保障されていて、これを禁止する法律は違憲だと判断した。オバマは「判決は、大勢のアメリカ人が心の中で既に信じていることを裏付けた。全てのアメリカ人が平等に扱われるとき、私たちは皆、より自由になる」と歓迎した。White House Lit Up With Rainbow Colors in 2015, The White House and President's Park
[7]ニューヨーク・タイムズによると、民主党候補ハリスは大統領選キャンペーンに、15億ドルを費やした。最大の支出は広告費で、7月21日から10月16日までの間に、テレビ広告とデジタル広告向けのメディア制作や購入に約5億ドルを費やしていた。選挙期間中の総額では6億ドルに迫るとみられている。Shane Goldmacher, ”How Kamala Harris Burned Through $1.5 Billion in 15 Weeks” Nov. 17, 2024
[8]その一人が、かつての代表的な「製鉄の街」ヤングスタウンがあるオハイオ州マホニング郡の元民主党委員長デビッド・ベトラス。彼が同様の認識を語ったインタビューは『ルポ トランプ王国2 ラストベルト再訪』32~41ページに収録した。「従来の民主党に戻れ」という主張としては、やはりオハイオ州のトランブル郡の元民主党委員長ダニエル・ポリフカが似た認識を語った。こちらは『記者、ラストベルトに住む』75~88ページへ。