コメンタリー

公開シンポジウム「外交・安全保障シンクタンクはどこへいく? ROLESの挑戦と日本の課題」(3)

東京大学先端科学技術研究センター創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は2025年5月31日、オープンキャンパスに合わせて公開シンポジウム「外交・安全保障シンクタンクはどこへいく? ROLESの挑戦と日本の課題」を開催しました。その記録の最終回です。
 
▼プレゼンテーション(発言順)
 池内恵・東京大学先端科学技術研究センター教授、ROLES代表
 松本太・一橋大学国際・公共政策大学院教授/前・駐イラク特命全権大使/前・日本国際問題研究所ネットワーク本部長
 鈴木一人・東京大学公共政策大学院教授/地経学研究所(IOG)所長【オンライン登壇】
 山本文土・外務省総合外交政策局参事官(大使)
▼討論(発言順)
 小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授、ROLES副代表
 中井遼・東京大学先端科学技術研究センター教授、ROLES執行幹部
(司会は国末憲人・東京大学先端科学技術研究センター特任教授・ROLES執行幹部)

(司会) では、これからディスカッションに入りたいと思いますでは、コメントを、まず小泉悠さんからお願いします。
 
【小泉悠】 小泉でございます。私はここ東大先端研に今で6年置いていただいていますが、それ以前は未来工学研究所という小さなシンクタンクの研究員を長くしていました。これと並行して、国会図書館調査局とか、ロシア科学アカデミーの研究所とか、様々なところにいたことがあり、シンクタンクというものに関心もありましたし、実際に関わることも多かったのです。
東大に来てから「なんで研究費ないのですか?」という素人質問を私がしたのは、そういうわけなのです。「だから東大でもやってみればいいじゃないか」という話で、池内先生と盛り上がったのは、私にそのようなバックグラウンドがあったからなのですが、あちこちシンクタンクを渡り歩いて、東大でもシンクタンクをつくってみたうえで考えるのは、やはり「シンクタンクの顔って1つじゃないのだ」ということですね。
 今日お話になった先生方のプレゼン内容からも明らかだと思いますが、研究するシンクタンクもあれば、人の繋がりをつくるシンクタンクもある。または、人材のプールとしてのシンクタンクという話も先ほどあったと思います。
ですから、いろんな機能があって、理想的には全部できるといい、と思うのです。
理想的にはそうなのですが、やはり現実には、全部できるシンクタンクというのはあまりない。アメリカの巨大シンクタンクだったら全部できると思うのですが。
 
 ■ いつまで欧米をありがたがるのか
 
ただ、やはり先ほどから、これも皆さんのお話として共通していますが、お金がないわけです。どこかからかお金を引っ張ってこなければいけないとすると、そこにはクライアントの要望だって当然ある。だから、ある程度現実として日本でシンクタンクを運営していくときには、「私達はこれをやるんだ」という目的意識がとても問われるのではないかと思うのです。
その意味では、私がこれまでシンクタンクに携わってきたモチベーションの1つは、やはり日本で安全保障研究をして、その安全保障研究がちゃんと職業になる状況をつくりたい。そうでないと、日本人自身の安全保障の話なのに、いつまでもアメリカやヨーロッパのシンクタンクに教えてもらって、それをありがたがっているだけになっちゃうと思うのです。
そうではなくて、日本人の安全保障の話は日本人が一番しっかり考える。当たり前なのですが、当たり前のことができていない、あるいは、東アジアの安全保障だったらアメリカ人やヨーロッパ人が我々のところに聞きにくるぐらいにならないといけないと思うのです。
私が考えるシンクタンクというのは調査研究型です。その手法に関しても、学術的なものに限らず、何でもいいからどんどん使えばいいじゃないかと思っている派です。
ということで、私からのコメントは、今の私のシンクタンク観のようなものです。その上で、今日プレゼンいただいた先生方、特に実際にシンクタンクの運営に携わっている池内先生、鈴木先生、今は大学に来られた松本先生に聞いてみたいのは、どのようなシンクタンク像を目指されるのか、です。どのあたりを特に攻めていくシンクタンクを運営したいのか。今日はこれについて話し合ってみたいなと思っていました。
時間の制約もあるので、一旦私のコメントはここまでにしたいと思います。ありがとうございました。
 
(司会) ありがとうございます。では中井さん、よろしくお願いします。
 
【中井遼】 こちらの教授を務めております中井遼と申します。今日はよろしくお願いします。
今日登壇している中では、実は私と鈴木さんだけが、一般的な大学内のキャリアを積んできました。私はこちらに来る前、いわゆる学部教育あるいは大学院教育を中心とする組織にいて、小泉さんとは少し対照的なキャリアを積んでいます。
私からは1点のみに絞ってコメントしたいと思います。おそらく今、小泉さんがなさったコメントと少し別の角度から同じことを聞くことになるかもしれません。
 
 ■ 知的コントリビューションの評価とは
 
それは何かというと、松本さんがおっしゃった知的コントリビューションという言葉です。これは非常に重要なキーワードだと私は今日思いました。
私達学者の世界でも、コントリビューションというのは非常によく使う言葉ですし、大事にします。
学会発表などで、「私の研究のコントリビューションは何か」という言い方で使ったりします。
しかし、シンクタンクの場合の知的コントリビューションの評価基準は一体何なのでしょうか。これが聞いてみたいことです。
意外と合意がないのではないかと思います。
学術研究の場合、これは非常に明確です。「人類が今まで知らなかったことが1つわかりました」。これだけで決まります。
もちろん、人間にとって、それが全てではありませんし、それが偉いわけでもありません。この評価基準のもとでは、例えば「いろいろなことを幅広く知っていて、現下の問題に対してバランスを取れた知見を提供できるが、新しいことは何も言えない」ということだと、評価されません。
しかし、実際にシンクタンクなどでは、そういったインサイトや知見が非常に重要であるわけです。おそらく今日議論に上がってきた人材育成のあり方、組織運営のあり方、あるいはどう財政基盤を支えるかというのも、最終的な目標であるところの知的コントリビューションに結びついています。
では、そのときにどのような基準でこの知的コントリビューションを評価するか。これは、究極的に何を目的とするのかというところにも依存するのだと思います。
それに応じて、必要とされる人材育成のあり方、組織運営のあり方が、おそらく変わってくると思います。
かなり大きなことを聞いている自覚はあるんですけれども、皆様方のこれまでのご経験やバックグラウンドに照らして、こういった話をすると、シンクタンクを巡って様々な観点から議論するきっかけになるのではないかと考えています。
 
(司会) ありがとうございます。時間を守っていただき恐縮です。では、池内さんから順番にお願いします。
 
【池内】 小泉さんが言うように、シンクタンクは非常に幅広く、日本の今に共通した目標、目的、課題もあるのですが、日本の予算規模で1つの機関がその全てをするのは、明らかに現実的ではない。そうすると、それぞれのシンクタンクが何を目標とするのかということです。
その目標の実現度に対して、予算が公的なのか、企業からなのか、あるいは本当の個人からの寄付なのか。個人からの寄付というものも、大変な資産家がどんと出すのか。私の専門は最近、中東イスラムよりもシンクタンク経営になっているので、「そもそも寄付とはなんぞや」といった話を始めると1時間ぐらい語れると思います。これは、極めて重要な哲学的テーマなのですから。
小泉さんは最近、一番ライトなやり方を軽やかに進めています。いわゆるクラウドファンディングの感じで、日々応援したい人が、最近の情報技術を使ってポチっとしたら1000円とか1万円とかを寄付できるのです。日常の中で貢献できるわけです。研究成果は、例えばネットに出ているものを見ることができます。
この話はすぐにやめますけど、「究極の寄付」というものもあります。自分が亡くなることです。自分が生きてきて後に残したいものが何かと考えたときに、通常の遺産相続ではなく、寄付をするのです。アメリカの研究機関やシンクタンク、大学にはものすごい額の寄付が来ますが、実際はこれなのです。
自分の世代のためでなく、次の世代のために、自分の死後に何を残すのかという究極の問い掛けをした上で、寄付をしていく。その中には私欲もあって、自分の孫とかがいい大学に受け入れてもらえないかという思惑もあると聞きますが、そういうものも含めた上で、自分が何を残していくのかという究極の選択の上で寄付をする。それがアメリカの莫大なシンクタンクの財政を支えている面があります。
しかし、今回はそこまで踏み込まないとすると、私たちの目的は何か。これについては、中井さんがおっしゃったように、大学の教員として、研究者としての私の本来的な目的は1つ、まさに人類の知的な伝統の中に何か新しいものを加えることです。やはり、これを求めているのです。
しかし、それだけを求めると、シンクタンクはやっていけない。矛盾していますが、シンクタンクというものは人類全体よりも、日本国にとって重要であることを目的とするのです。もちろん、その活動の全人類に対する重要性は、究極にはあるかもしれません。ただ、やはり日本国とその国民にとって必要な知見を集約し、解析する。政策当局者に対してであれ、国民全般の世論に対してであれ、しかるべきところに届ける。その取りまとめをするのが大きな目的です。
これは、シンクタンクにとって最大の目的かもしれません。特定の企業や業界にとって知りたいことよりも、もっと抽象的なパブリック、国民、国に対して、「我々に必要なのはこの知見ですよ」と問いかける。
そのための場として、大学は適合していると思います。
特定の企業の将来が日本にとって極めて重要だという時はあるでしょう。その企業の人たちに最先端の特殊な情報を伝える必要はあるかもしれませんが。それはおそらく、大学以外の場でコンサルティングとしてやるべきでしょう。そのような需要は高まっているわけですし。そのようなための人材育成を大学はできると思いますが、大学本体の目的はあくまでも、まずパブリックな国民社会にとって必要で重要な情報を集め、解析し、伝えることだと思います。
その目的に対し、どこが予算的に支えてくれるのか。
様々な可能性があるとは思いますが、現状は今回私がプレゼンで説明した通り、官庁が補助金という形で与えてくれています。ただ、それは国民が支えているからであって、国民の支えがなくなれば補助金もなくなる。そのような状況にあるのでは、と思っております。
中井さんのご質問に対してですが、私個人としては、何か1つの新しい知見を世に残したいと思っていますので、矛盾に引き裂かれながらもシンクタンク経営をしているのが現実です。
大学の研究者が個人としてやりたいことをやらせてもらっている根拠は、確かに人類一般への貢献なのですが、それは国民によって支えられているのです。実際のところ、「全人類のために研究をしていますよ」と胸を張って言うだけでは、国民はその活動をそこかの段階で許容しなくなるかもしれないのです。
それは、「知性に対する顧慮のなさ」などという問題ではありません。「全人類のためであって、日本人ののためではない」という態度で、研究者が日本の大学で研究をしていると、やがてはできなくなるだろうと私は考えています。
その意味でも、社会の中で大学が役割、つまり「ロール」を持っていくために、このROLESというものをつくって、研究者個人としての根源的な欲求とは別のことをあえてしているのだと思っています。
 
(司会) 松本さんお願いします。
 
【松本】 小泉先生や中井先生のご質問と共通するところがあるのですが、「シンクタンクはどうあるべきか」「何をしたらいいのか」を突き詰めると、結局「どのような知的生産物を公共に対して供給できるのか」にかかっていると思うのです。
私の場合は、シンクタンクにもいましたし、外務省にもいましたし、特に情報機関にいました。今は一橋大学にいるのですが、いずれにも共通しているのは、何らかの知的生産物をつくっていることです。どこにいようと、その供給相手が多少異なるだけです。
では、知的生産物の究極の目的とは何なのか。
それはやはり、政策の変化を通じて社会の変化なりを促すこと、よりよき社会のためにということになりと思うのです。
そのうえでお2人から受けた質問に一言で答えるとすると、シンクタンクを含めてあらゆる知的生産物を生み出す組織なりエンティティなりに所属しているのであれば、やはりインパクトのある知的生産物を生み出さない限り、ほぼ意味がないと思うのですね。
一言で言うと、インパクトフルなものを生み出す必要がある。これは最低限の義務だと思うのです。
例えば、私などは外務省の国際情報統括官組織とか内閣情報調査室とかにいて、インテリジェンスをしていて感じたのは、アクショナブルなインテリジェンスでない限りゴミなのです。
要は、何か行動を促すようなインテリジェンスこそが、究極の知的生産物なのです。それ以外のものはみんな趣味に過ぎない。趣味は、個人個人が勝手にやっていればいいわけです。
公共の善のためになるようなアクショナブルなインテリジェンスを生み出すことが、おそらく究極の行為だと思うのですね。
だから、一番ハードルを上げて言うのであれば、これが我々の目指すべきものです。よりわかりやすい用語を使えば、社会にとってインパクトフルな知的生産物を生み出すべきであろう。そう強く感じます。それ以外のものは、重要でないとは言いませんが、それを生み出すための「よすが」に過ぎません。例えば、よりよき人材を育てるとか、あるいは他の国外のシンクタンクと交流して情報の基盤をつくっていくとかということです。何が最も重要かというと、やはり影響を与えられるほどのものをいかに生み出せるかというところにかかっているのではないかなと、言わざるを得ないと思います。
 
(司会) ありがとうございます。では、鈴木さんお願いします。

 【鈴木】 ありがとうございます。
小泉さんがご提起された「目指すべきシンクタンク像」ですが、我々は一応、ミッションステートメントを持っています。
その1つは、産学官のハブになることです。
地経学という経済と地政学の合わさったような領域に我々はかかわっているのですが、先ほど松本大使がアクショナブルとおっしゃいましたけれども、まさに政と官と財の関係が必ずしもうまくつながってない。いかに知的に生産したものがあったとしても、それをつなぐことがやはり重要であり、そういう場を提供する、あるいは我々のインプットをそこに提供することによって、一つのコミュニティをつくる。いかようであれ、それをアクショナブルに使ってもらう。そうして、シンクタンクが社会に貢献をするわけです。
そのために、会員企業との接点があるのは、我々の一つの強みです。41社の会員がいますが、様々な業界の会員と情報をやり取りして、役所の様々な有識者会議や政治家とも接点を持つ。そういう橋渡し役です。
もう一つ目指すところは、アジア太平洋のハブになるということです。先ほど小泉さんもおっしゃっていましたが、外交・安全保障の問題は、これまでアメリカやヨーロッパのシンクタンクに教えてもらうみたいなところがあり、これはやはりけしからんと私は思っていました。アジア太平洋のシンクタンクの連合が、アジアの声を上げていかなければいけない。日本だけでなく、将来的にはアジア太平洋をつなぐシンクタンクになっていくべきなのだろうと思っています。
中井先生のご提起された問題ですけれど、「知的コントリビューションは何か」の判断の基準は、先ほどのミッションステートメントにどれだけ貢献できているかということなのだと思います。
1つはやはり、オーディエンスが政財界の人たちですので、彼らの言葉で説明できるようにすること、またそのようなアクショナブルなものの考え方にどれだけ貢献できているのかということでもあると思います。また、同時に、わかりやすさというのもすごく重要です。我々は動画配信に力を入れていますが、そういったわかりやすさも1つの評価基準です。これはたぶん、大学の評価基準とは異なるものになると思います
 
(司会) 山本さんお願いします。
 
【山本】 まず、シンクタンクに求められるものですが、私がさっき言ったように3つの機能があるかと思っています。情報発信や政策提言、それから人材育成、それから国際的ネットワークです。
ある種個人的な考えかもしれませんが、外交・安全保障は、外務省と防衛省だけですればいいという話ではありません。やはり国民の皆様と一緒に考えて、一緒に政策をつくっていくという視点が重要ではないかと思います。そのような観点からいえば、外交・安全保障に関する情報を、より幅広い国民に発信し、考えてもらう機会をつくっていくことで、シンクタンクの意味があるのかなと思います。
政策提言で様々な見方をいただくことは、たぶん2つの意味があります。1つは、我々が思いもしなかった視点から教えていただくことです。これは非常に意味があり、実際に我々もそのような視点を活用しています。クローズな面も含めて様々な意見をうかがい、それを日々の政策に生かしています。もう1つは当たり前ですが、世の中でよく言われていることを教えていただくことです。「我々だけがそれを思っていたのではなくて、世間でも幅広くそう考えられているのだ」という裏付けとなる意見で、非常にありがたいと思っています。
逆にアウトプット、発信の面では、これも先ほど言ったように、我々だけではできない部分、我々が言えない部分も、シンクタンクの皆さまに発信していただくことで、日本として世界に伝えることができます。また、国民の皆様に様々な情報を発信していく点でも、いい機能だと思います。
1点だけ東アジア情勢と欧米との関係についてですが、最近世界が変わってきているのではないかと、私は思っています。ヨーロッパとかアメリカとかの専門家や政府関係者から、東アジア情勢はどうなのかと、しばしば聞かれます。ウクライナの状況との関係からかと思いますが。
そのような中で、日本として今、この地域をどう見ているか、今後どういうふうにすべきか、それがヨーロッパとの関係ではどのようなインパクトがあり得るのか。このような点について、クローズなりオープンなりの場ですでに発信ができていますし、今後もしていきたいと考えています。
 
(司会) ありがとうございます。小泉さん、どうでしょうか?
 
【小泉】 ありがとうございます。私の問いかけに対して様々な答えが返ってきて、それぞれについてなるほどと思いました。特に印象に残ったのは、松本先生の「インパクトフルなものを出せ」ということです。
これはおそらく、中井先生の問いともつながっていて、学術研究だったら確かにインパクトフルでなくてもいいのですよ。その世界の中で評価されるけど地味な成果でいい。見る人が見たらすごいと思うけど、一般の人から見ると「何だかよくわかりません」というものはあります。だけど、やはりシンクタンクでするからには、それが社会に何らかのインパクトを持つことを意識して行わなければいけないと思います。
鈴木先生のお話だったと思うんですが、情報需要者にわかるような言葉で語られる必要があるということも、つながってくと思います。
だから、シンクタンクって、役所と似ているけど違う、大学と似ているけど違う、いろんなものと似ているけどやっぱり何か違うところがあるのです。
そういうことを、皆さんのお話を聞きながら痛感いたしました。
もう1つ、シンクタンクを巡る問題は、そう難しく考えなくてもよくて、要するにお金がないことです。情報収集とか情報処理とかという、何の役に立つのかすぐにわかりにくいものに、やはりお金はつけにくいのです。そうであるがゆえに、いまいちインパクトに欠ける、インパクトフルネスが小さい成果しか出せなかったところに、日本の戦後のシンクタンクの問題点があるのではないかという気がしています。
IOGさんはこれだけの協賛企業を集めて、立派な会館も同時にあって、このように活動できている。そのようなシンクタンクは、しかし従来おそらくなかったのです。その意味で、今日の鈴木先生のお話を聞きながら、「あぁ、IOGはここまでやっているのか、俺たちの敵はこいつらだな」(笑)と思いながら聞いていました。
ありがとうございます。
 
(司会) いくつかご質問をいただいております。すべてはご紹介できませんが、いくつかに答えていただきたいと思います。
1つは、「外交シンクタンクというのはどうしても東京に集中しています。アメリカでも、ワシントンに集中しているのですが、東京以外の地方でどのような活動をすべきか」です。
どう取り組んでいくべきかを、どなたかお答えいただけたらと思います。
 
【鈴木】 地経学研究所を「敵」認定されてしまいましたが(笑)、地経学研究所はやはり、企業の方々との付き合いがあり、企業は地方にもあります。特に、自動車関連ですと中京地域です。これ以外にも製造業で地方にある会社があります。
東京に事務所を置かれている会社も多いので、そういったところで日々のコンタクトは取っているのですが、やはり地方にもいろいろ出張して講演をしたり、セミナーを開いたりなど、地元の企業を集めて話をする機会はつくっています。
ただ、人が来るとなると、どうしても今は東京に来る方が多いので、拠点が東京にある方が様々な意味で利便性は高い。ということで、私も今は広島に来ていますが、このような地方での関心も少なからずあるので、可能な限りオンラインなどの媒体を通じて情報提供しながら、同時に足しげく通うことは大事だと思っています。
東京に拠点を置きながらも、あちこちに目を配り、足を運ぶことは大事だと思っています。地経学研究所としてはそのような形で対応しています。
 
【山本】 外務省としても、地方のシンクタンクを支援するのは大変重要だと思っています。一例としては、先ほど言及した補助金事業で、評価項目の1つに「地方在住研究者の積極的な登用」を入れています。我々としても、そのような制度を通じて、地方在住研究者の人材発掘、育成、地方の大学や研究機関との連携の強化を推奨しています。どんどん進めていただきたいと思います。
このようなシンポジウム、イベントを、地方でも開催していただいてもいいと思いますし、その際には私も役所にお願いして出張に行きたいと思っています。ぜひよろしくお願いします。
 
【池内】 経験談から言いますと、私は4年半京都に勤めましたが、移り住んだ当初は、京都で中東関係の様々な仕事に招いてもらうなどするのかな、と思ったのですが、1件もありませんでした。中東の安全保障やテロリズムというと、それは100%東京での仕事でした。京都から週3回東京に通っていました。
9.11事件の後、イラク戦争の後の大変な時期でしたが、仕事があるのは全て東京でした。
外交・安全保障は本当に東京に偏重していて、京都ですら仕事がないのです。京都だと「あなたはイスラムをやっているんですか、ではうちのレストランでハラールにするにはどうするんですか」と。それだけです。つまり、「外交は中央、東京がすること」と考えている。
ただし例外があります。大学ですね。各地の大学の中だけでは、ある意味で東京と同じように、世界を考えている、政策を考えている人たちがいます。
私たちと鈴木さんたちとはやはり違いがあって、私は「敵認定」をしていないのです。今日のお話をうかがって、うちは高校野球で向こうはプロ野球だった、全然違うところで戦っていた、ということがわかりました。私としては、「プロ野球になるのは無理だろう」という気がしています。小泉さんには頑張っていただきたいですが。
我々としては、企業と一緒にしていくというよりは、むしろ地方の大学と連携する方向かなと思います。これは、通常の科研費のプロジェクトなどだと、普段からしていることです。ただ、科研費の研究会は、地方で開催してもささやかで、研究者がそろって出張しているだけです。シンクタンクの予算で、それを後押しして、例えば講演とかシンポジウムとかを開催して、地方社会にちゃんと伝えていく。
また、地方では外交・安全保障を考えている先生方が飛び地のように存在していますが、その人たちは普段、東京に行って喋っていても、地方社会ではあまり喋っていない。その先生方とは東京でしか会わない場合が多いのですが、むしろ我々が出かけていって、地域の大学の知り合いの先生方と研究会を開催していく。
こうした試みは、高校野球ではないですが、普段からある大学の研究者のネットワークの有効活用ではないかと思います。
 
(司会)松本さんどうでしょうか。
 
【松本】 確かにこれは大きな問題で、東京に全て集中しています。東京にあるシンクタンクの役割としては、やはり積極的に出ていくのが非常に重要だと思います。
私の経験だと、ニューヨークにいた際にいくつかの州を管轄していたのですが、例えばペンシルベニア州のシンクタンクに呼ばれて、講演をしたことがあります。やはり草の根民主主義的なところがアメリカにはあるものですから、田舎でもそういったことに関心を持つ団体は結構あるのです。そこに呼ばれて行くという好循環がありうるわけですが、日本は国土がそれほど大きくないわりに、東京との格差があまりにありすぎて、それは良くないなという気がします。
今や国際問題が地方経済にまでインパクトを与える状況になっているのですから、もしそこにギャップがあるとすれば、東京にいるシンクタンクの方が自ら出ていかなければなりません。受け身の姿勢だと難しいと感じます。地方大学の主催でもいいですけど、できるだけ積極的に出られたらいいのではないかと、強く感じるところです。
 
(司会) ありがとうございます。
 
【小泉】 今、松本先生がおっしゃった話で言うと、私わりと地方講演会に行くのですが、行ってみると、地方だから物を知らないわけでもないし、地方だから外交・安全保障に関心ないわけでも全くない。皆さん、ものすごく様々な関心を持っているし、人によってはすごい知識もあったりするのです。
松本先生がおっしゃったように、我々がそこに出ていけばきっと食いついてくれるのですが、まだ日本のシンクタンクはそれほど地方に出ていっていない気がします。
だから、例えば東北でも沖縄でもいいですけど、日本のシンクタンクが地方に出ていって、外交・安全保障の話を大いにする、という機会を単独でやってもいいし、いくつかのシンクタンクで一緒にやってもいいと思っています。
鈴木先生、「敵」と言っちゃってすみません(笑)。一緒にやりましょう、仲良くしましょう。
 
【鈴木】 一緒にやりましょう。喜んで対応します。
 
(司会) そろそろ時間が迫ってきていますが、もう1問だけお尋ねしますので、お1人1分以内で、最後の一言を含めてお答えいただければと思います。
今、トランプ政権の時代になり、そもそもシンクタンクはおろか、政策さえ必要ないという雰囲気が漂っています。このような時代に、シンクタンクはどうすればやっていけるのか」。中井先生から一言ずつお願いいたします。
 
【中井】 悲観的なことを言っても仕方ないので、少し明るいことを考えようと努めます。
シンクタンクに限らず、我々はものを書きます。分析をして、インサイトを文章で残す。あるいは、必ずしも文章でなくても、動画なり、一定の知的コンテンツで残すのです。
今のトランプ政権は短くて4年、長いと再選の可能性があるのかもしれませんが、知的コントリビューションで残したインサイトや文章は、もっと長く残るわけです。
我々の頑張っていることはもしかして、短期的には役に立たない、意味をなさないかもしれませんが、闇の時代が永遠に続くわけでもありません。仮に短期的に報われない思いをすることがあったとしても、あるいは自分の生きている間に報われないとしても、将来何か残ることを信じて分析し、形に残し、次につなぐしかないかなと思っています。
 
【小泉】 たぶんトランプの登場で、何もかもしっちゃかめっちゃかになってしまうというショックを受けている人は多いと思います。
私の場合、割といろんな国を見ていて、こういう人類のあり方はあるのだろうと思うのです。もっと言うと、私は特にロシアを中心に見ていますが、ロシアも、プーチンというストロングマンに率いられた国でありながら、しかしプーチンがシンクタンクを必要としないわけではないのです。
むしろ、彼の周りにはいろんなブレーン集団がいるし、シンクタンクの役割も強化をしている。ですから、政治のあり方がどうなっても、たぶんシンクタンクや大学の役割は消えないと、私は思っています。中井さんが今おっしゃったように、腐らずにやるということなのでしょう。または、トランプ政権的なものは嫌だと思うのだったら――私も嫌だと思うのですけど――、そうならないためのまさにインパクトフルな発信がシンクタンクに求められると思います。
 
【山本】 例えば私が今、カウンターパートとして付き合っているアメリカ国務省のポリティカルアポインティーの人も、この間まではずっとシンクタンクにいました。アメリカは政権交代があるので、そのようなシンクタンクとしっかり付き合っていくのは重要です。
さらに言えば、アメリカでシンクタンクは発信機能が非常に強いので、そのようなところからインプットをもらいつつ、アウトプットも働きかけていくのは、ある種効果があると思います。
 
【鈴木】 我々には会員企業がいますので、「これどうなるの」という大きなニーズが、短期的には強くあります。これに対し、我々も可能な限り情報を提供しています。先ほど紹介したような「トランプ・トラッカー」とか「タリフ・トラッカー」とかで、世界がトランプをどう見ているか、「セカトラ」を発信し続けるのは大事だと思っています。
アメリカのシンクタンクは今、トランプに睨まれたらお金が止まるというところで、言論の抑圧を受けています。むしろ、アメリカのシンクタンクが発信できない状況になりつつあるんではないかと理解しています。ですので、我々のサイドから発信をしていくということは、やはり大事だと思っています。
もう一つは、アジア太平洋のハブになる観点から、アジア太平洋全体でどう対応しているのかを見ていくのも、また必要なことです。オルタナティブとして、「アメリカが駄目なら次はどうするか」などを考えるためにも、様々な情報の提供が求められていると思います。
 
【松本】 私は、今はシンクタンクにとって最高の稼ぎ時だと思います。
私は外務省でアラビストの仕事をしているんですが、アラビストはだいたい10年に1回働けばいいと言われていたのですね、要するに、10年おきぐらいに紛争や戦争が中東で起こるものですから、そのときは頑張って働く、あとはゆっくりしていればいい、みたいなことを言われるのです。ただ、この十数年――2008年以降だと我々は思っているんですけど――、いろんな意味で秩序変化の時代に入ってしまったわけです。
トランプ大統領が現れたというのはおそらく、その変化の中の一つの要素にすぎないわけです。
そのような不確実性が高まるとき、ありていに言うと「紛争の時代」に、究極的に言うと「戦争の時代」に、新しい知恵や考え方が求められる状況です。その中で、まさにシンクタンク的なものが求められる状況になっていると思います。
 したがって、トランプ大統領の言葉だと思いますが、まさにこれは「ゴールデンエイジ」です。シンクタンクにとって「黄金時代」が訪れたのだと思っています。様々なシンクタンクがどんどん活躍する時代になってきたのだと思います。
そのような状況の中で、公共の善のためにどこまで知的発信ができるか、が問われています。ますますの重責を日本のシンクタンクが担っていくのではないかと思っています。池内さんをはじめ皆さんに期待しておりますので、頑張ってください。
 
【池内】 トランプ大統領が及ぼしている衝撃を見ると、シンクタンクそのものをただ敵視しているわけでもないと思います。
むしろ、例えばリベラルな国際秩序だとか、民主化だとかといった、ある種アメリカが国際公共財を提供してきた中の知的な部分を支える気がなかったり、それを担うハーバード大学などに対する敵意があったり、ということだと思います。
その意味では、逆にそのような国際公共財的なものを一時的にでも日本が担うチャンスになるとは思います。また、私益を追求するコンサルタンシー的なものは、むしろトランプ時代により活発化する。その中で、部分的にはそこに人材を供給するとか、基礎的な情報を提供するとかの形で、活路もあると思います。
それはしかし、ナショナルな国民のための大学としての役割が次第に不明確になる可能性もあり、きちんと切り分ける必要があるかもしれません。
あるいはアメリカみたいに、大学そのものが国民や政治家から「お金を出したくない」と言われるかもしれない。そのとき、研究者は昔みたいに、特定の企業とか政治家とかに支援される「食客」的役割、あるいは権力者の家庭教師を務めるでしょう。
ものすごい権力者やお金持ちの家庭教師になるのが、大昔の学問のあり方だったのです。今後もし、トランプの時代のように、大学がそこまで公的なものを担わなくていい、大学やシンクタンクはいらない、コンサルがあればいい、という時代にどんどんなっていたら、その場合は対応せざるを得ません。前近代に戻って家庭教師か食客するということで、腹をくくるしかないのではと思います。ただ、まだその時期は来ていないと思います。
私からは以上です。
 
(司会) 本日は雨の中お越しいただき、ありがとうございました。もう一度パネリストの方々に拍手をお願いいたします。
(了) 
(本稿はシンポジウム開催後、発言者による最小限の加筆修正を経ています)