コメンタリー

ヒスパニックの街にも出現した「トランプ王国」 第1部 労働者の声を聞く 金成隆一

大阪市内の自宅を出発して45時間後、やっとテキサス州スター郡に到着した
◆トランプが獲得したヒスパニック男性票
2024年アメリカ大統領選で、共和党トランプはヒスパニック票で支持を伸ばした。マイノリティーは従来、民主党支持の傾向が強かったため、注目を集めた。
CNNの出口調査で全米の傾向を見ると、ヒスパニックの51%が民主党カマラ・ハリスを、46%が共和党トランプを支持した。ハリスは過半数をなんとか維持したが、トランプとの差はわずか5ポイント。2020年大統領選で民主党バイデンが同じトランプを相手に33ポイント差をつけたことに比べると、民主党はヒスパニック票で大きく優位を失った[1]
 これをヒスパニックの男性票に絞ると、この傾向がさらに大きく出る。
  直近3回分の大統領選における属性別の投票傾向を比較したCNNによると、ヒスパニックの男性票で民主党候補がつけた差は、2016年のヒラリー・クリントンが31ポイント、2020年のバイデンが23ポイントだったが、2024年はトランプが形勢を逆転させ、民主党ハリスに12ポイント差を付けた、という(以下スライドの赤い矢印の部分)[2]
CNNが、直近3回分の米大統領選における属性別の投票傾向の変化を示している。赤の矢印部分が2024年大統領選の特徴と言える
 
 同様の傾向は、ワシントンポストが掲載した出口調査でも確認できる。それによると、2024年大統領選でヒスパニック男性の54%がトランプを支持したといい、ハリスに10ポイント差を付けたという[3]
 
◆ヒスパニックの「労働者」票の行方
 もちろん、これらは出口調査の結果だ。異なる分析もある。
 シンクタンク「ブルッキングス研究所」の研究者は、これら「ヒスパニック男性票でトランプが勝った」との見方に疑問を示し[4]、トランプに投票したヒスパニック男性は43%という別の調査結果(2024 American Electorate Voter Poll[5]を紹介している。
 それでも、この研究者も「トランプがラティーノ男性の間で支持を大幅に改善させたことは明らかだ」と指摘した。この点では、大方の見方は一致していると言えそうだ。ラティーノは、ラテンアメリカにルーツを持つ人々を指し、報道では「ヒスパニック」(スペイン語を母語とする国や地域にルーツを持つ人々)と似た趣旨で使われることが多い。
 では、なぜ、2024年大統領選で、より多くのヒスパニックがトランプを支持したのか? 伝統的に民主党支持の傾向があったヒスパニックの共和党支持へのシフトは常態化するのか? 人口増に伴ってヒスパニック有権者の影響が大きくなっていることもあり[6]、これらが2024年大統領選が残した「問い」だった。
 アメリカ中西部に広がるラストベルト(錆び付いた工業地帯)で、民主党からトランプ共和党に支持を変えた「白人」労働者を主に取材してきた筆者としては、同様の現象が「ヒスパニック」の労働者票でも起きたことに興味があった。
 どんな理由で、トランプ共和党に支持を変えたのか。現地に行ってみたくなった。
 
◆AIが教えてくれたテキサス州スター郡へ
 とはいえ、どこへ行けばよいのか分からない。迷っていた2月、筆者はChatGPTに質問した。「2024年アメリカ大統領選で、トランプの得票率が最も伸びたテキサス州の郡はどこ?」
 答えは、すぐに表示された。「テキサス州スター郡(Starr County)です」 
 次のように説明が続いた。「スター郡は人口の97%がヒスパニック」「民主党が1892年以来勝ってきたが、2024年はトランプが57.7%を得票して勝利した」「この変化は全米のトレンドの反映である」
 
 スター郡が、全体のトレンドも示す現場であれば、おもしろそうだ。出典として示された記事とそれ以外も読んでみると、確かに上記の傾向が報じられていた。
 郡別の得票率を調べると、スター郡でトランプは確かに58%を得票していたことが確認できる。それも、2016年大統領選では、トランプの同郡での得票率は約19%で民主党クリントン(79%)に大敗していたので、40ポイント近くを積み増しての大逆転ということになる。
大統領選におけるテキサス州スター郡でのトランプの得票率の推移(赤丸部分)。2016年以降、約19%→約47%→58%と着実に積み増したことがわかる
◆7日間の現地取材に出発
 いったい、メキシコ国境沿いの町で何が起きているのか? すっかり関心が高まり、質問を続けた。
 「スター郡の民主、共和両党の歴代委員長3人ずつ教えて」「それぞれの連絡先は?」「大阪からスター郡に行く、最安値の行程は?」「最寄りの空港にレンタカー会社ある?」
 次々と画面に回答が示される。レンタカー会社は最寄りのMcAllen-Miller空港に8社あり、それぞれの連絡先はこちらです、と一覧表まで出てきた。もう冬休みの行き先は決まりだ。往復の移動時間を抜くと、現地に滞在できるのは7日間ほど。
 本稿は、この7日間の報告である。
 
 第1部では、従来の民主党からトランプ共和党に支持を変えたヒスパニック有権者を紹介する。どんな理由で支持を変えたのかを当事者に語ってもらおう。彼ら彼女らは自身を「移住労働者(migrant worker)」と呼んだ。筆者のこれまでの「ルポ トランプ王国」シリーズ[7]では紹介したことのないヒスパニックの労働者の声となる。
第2部では、スター郡内にあるロマ市の市長ハイメ・エスコバル(46歳)とのインタビューを伝える。民主党支持の市長がなぜ、大統領選ではトランプを支持したのかを聞いた。彼はちょうど米紙ニューヨーク・タイムズ記者の取材を終えたところだった。
 第3部では、従来は民主党の地盤だったテキサス州南部のメキシコ国境沿いの複数の郡で、トランプが連勝[8]した背景について、スター郡の民主・共和両党のトップに聞いた。アポも入っていなかったが、現地で芋づる式に人脈を広げることができた。この地域でのトランプの連勝は「国境沿いの地震」[9]などと米メディアが伝えた現象だ。
 
◆ヒスパニックの「典型的な移住労働者」
赤丸にあるのがテキサス州スター郡。リオグランデ川を挟んでメキシコに接している
 
2月下旬、テキサス州南部に到着した。とにかく、民主党からトランプに支持を変えた当事者に会えないと取材が始まらない。土地勘もツテもないので、テキサス州で人気のファストフード店「Whataburger(ワタバーガー)」で、客に片っ端から声を掛けた。粘って待つこと3時間、インタビューに応じてくれる人に出会えた。
 
7日間のテキサス滞在中、おそらく計30時間は過ごしたファストフード店Whataburger
 
  元高速道路整備員の男性デイゴ・サリナス(59)だ。交際相手の病院事務員ノマ・アラニズ(56)と昼食にやって来た。
 デイゴとノマの2人の育った家庭は「典型的な移住労働者(migrant worker)」(2人の言葉)だったという。筆者にとってヒスパニックの移住労働者を取材するのは初めてだったため、「基本から教えて下さい」とお願いすると、2人は生い立ちから語ってくれた。

◆「夏休みは農場労働」 幼少期を振り返る2人
デイゴ(右)とノマ。デイゴがスマホに「綿花摘み労働」の写真を示し、「おれたちは8歳からこれをやってたんだよ」と語った
 
 まずノマが言う。
 「毎年夏になると北テキサスの農場(labor field)に働きに出ていた。隣接するニューメキシコ州を超え、さらに西に位置するアリゾナ州の農場まで行くこともあった。一家で綿花を摘んでいた。両親と子ども7人。ピックアップトラックの荷台で遊んでいる子どもたちも、8歳になると次々と働き始めたので、母はそれなりの収入を得ていたと思う」
 隣でデイゴも懐かしむ。
 「私は1965年生まれ。うちはシングルマザーだった。子どもは男の子ばかり5人。私が真ん中。母は私たちをフードパントリー(食糧配給所)によく連れて行った。そこで豆やジャガイモ、小麦粉をもらっていた。豆とトルティーヤを食べる貧しい暮らし。衣類は学校でもらっていた。そうやって何とか生き延びたんだ」
 「それで夏になると、テキサス州北部の農場に行く。綿花摘み、メロン狩り、それにコショウや唐辛子、タマネギなどの収穫を何でもやった。綿花の場合、ストラップの付いた、長さは横6フィート(1.8メートル)、縦8フィート(2.4メートル)くらいの大きな袋をぶら下げ、いっぱいになるまで綿を詰め込み、畑の端まで持って行く。そこで秤で量り、買い取ってもらう。時給ではない。そこでコインをもらい、1日の終わりに現金に換えていた。私も働き始めたのはノマと同じ8歳。子どもでも週150ドルは稼げた。うち130ドルを母に渡し、残り20ドルは自分の小遣い。学校に行く洋服を買ったり、時には映画館でポップコーンを買うこともあったな」
 ノマが驚いた。
 「うらやましい。私がもらえたのは、デイゴの半分の週10ドルだけ。それで洋服やアイスクリームを買い、残りはボーイフレンドへの電話代に消えていた」
  幼少期から農場で働いたという2人の体験は、1960年代から70年代のテキサス州南部では、珍しくないヒスパニック家族の事情だったという。2人の記憶では、夏休みに農園などで働かずに済んでいたのは同級生の3割ぐらいだった。
 夏休みとは労働だった、と2人は振り返った。アメリカの子どもたちの夏休みは長い。2人にとって、6月から8月にかけての数カ月間は「休み」ではなく、家族「労働」を意味していたのだ[10]。2人の話は生活史としても興味深い。
 
◆2人とも大統領オバマを懐かしみ、絶賛
 政治の話を聞いた。
 デイゴはずっと民主党支持だった。大統領選では、1990年代にビル・クリントン(在任1993年1月~2001年1月)に2回投票し、オバマ(在任2009年1月~2017年1月)にも2008年、2012年と2回投票した。
 これまでで最高の大統領はオバマだった、と2人は口をそろえた。その理由について、デイゴは「オバマ夫婦は、いずれもつつましい(humble)境遇から、アメリカを代表できる家族をはぐくんだ。心の中にトランプのような悪意(malice)がない。トランプの正反対で、言葉遣いも丁寧で厳選され、とてもプロフェッショナルだった。最も支持するのは、労働者階級やミドルクラスをオバマケアで助けたことだ。手の届く保険だ。この地域にはオバマケアに頼っている人が大勢いる。賃金の良い仕事に就いていない人びとの大きな助けになっているんだ」と力説した。
 するとノマが口を開いた。
 「私は去年1年間、十分な収入がなかったのでオバマケアに加入した。他に方法はなかった。元夫を通じて保険に加入していた私は、離婚後に無保険になったので本当に助かった」
 
◆私も「忘れられた人々」だ
建物の壁に「オバマケア」。健康保険加入の相談窓口とスペイン語で案内が出ている=テキサス州スター郡
 2人は、オバマケアの意義を語った。確かにスター郡には「オバマケア」と書かれた建物や看板をちょくちょく見かけた。中西部に広がる「ラストベルト」のオハイオ州やペンシルベニア州でこのような記憶はない。
 ところが、本稿の冒頭に記したような渡米取材の狙いを筆者が説明すると、そこから取材が意外な展開になった。デイゴが次のように2024年大統領選の話を始めたのだ。
 「きみが探しているのは、きっと、私のようなタイプのような有権者だろう。実は今回トランプに投票したんだ。共和党候補に入れたのは生まれて初めてだ」
 理由を尋ねると、話し続けた。
 「私も「忘れられたアメリカ人」(Forgotten Americans)だからだよ。労働者階級の出身だけど、8歳から働き続けて、ついにミドルクラスになった。すると政府からは何も得られなくなった。わかるだろ? 福祉プログラムの受給対象から外れたからだ。民主党は低所得者のため、共和党は富裕層のための政治をやっていて、真ん中は忘れられてきたと感じる
 デイゴが使った「忘れられた~」はトランプ支持者を指して、トランプ本人やその支持者らが好んで使う言葉だ。
 トランプは2016年共和党大会での指名受諾演説で「私はリストラされた工場労働者や、最悪で不公平な自由貿易で破壊されたコミュニティーを訪ねてきた。彼らはみな『忘れられた男性と女性』です。必死に働いているのに、その声を誰にも聞いてもらえない人々です。私はあなたたちの声になる」[11]と語った。翌2017年1月の就任演説でも「私たちの国で『忘れられた男性と女性』は、もう忘れられた存在ではありません。全ての人々が皆さんに耳を傾けています」[12]と語った。
 
◆「アメリカ・ファースト」支持の声
 デイゴは不満の根源のようなものも語った。「アメリカ・ファースト」支持の声だった。
 「88歳で亡くなった母は、1960年代に私たち兄弟5人を育てたが、当時は政府の福祉プログラムはなく、必死に働いていた。そんな母が引退後に受けていた社会保障は月600ドルだった。週単位ではなく月単位で。足りないだろ? 私が間違っていると思うのは、納税してきたアメリカ市民の母がたった600ドルを受給している時に、不法入国者が相当な額を受け取っていることだ。公平さに欠ける。ちなみに私の息子たちは大学に進んだが、やはり一切の支援を受けられなかった」
 「そして、平和のために戦争に行った若い退役軍人でさえ、(ホームレスになって)路上で暮らしている。彼らには住む場所がなく、政府からの援助も十分にない。それなのに、ここの出身ではなく(国境を)超えてくる人々には、政府は住居を提供している」
 その上で、こう続けた。
 「民主党のバイデン政権は、ウクライナ戦争に莫大なカネを費やしてきた[13]国の予算は海外に送るのではなく、市民や低所得者のために使うべきだ。しかし、民主党はそうしない。なぜか? わからない」
 少し置いて、こうも言った。
 「だから、いろんな思いで共和党トランプに入れた。とはいえ、共和党に投票したって、何かが変わるとも実は期待していない。自分の暮らしぶりは何も変わらないとわかっている。単に『失うモノは何もはないや(nothing to lose)』との思いでトランプに投票しただけだ
 
◆みんな大好き「ドリル、ベイビー、ドリル」
  隣で話を聞いていたノマが口を開いた。
 「私は彼とは違いますよ、今も民主党支持。今も! 個人的にトランプは好きじゃない。特に女性の扱いが嫌い。メキシコ人を犯罪者のように扱うことも嫌い。メキシコ人の多くは善良で、かつ、勤労者だから」
 さっき幼少期から農園で働いていた話をしたばかりでしょ、どこから見ても勤労者でしょ、といった表情で続ける。
 「今も民主党支持の理由は、民主党が私たちを支援してきた政党だから。18歳で結婚した段階で、自分はミドルクラスになったけど、それでも民主党が(歴史的に)低所得者の暮らしを支えてきたのは事実だと思う」
 ここから、この地域の一般論に切り替えた。 テキサス州南部で多くのヒスパニックがトランプを支持した理由は2つあるという。
 「一つ目は、お金。コロナ禍でトランプ政権が配った現金給付、景気刺激策の記憶。あれに救われた人が多かった[14]。それにこの地域の男性には油田や(天然ガス)パイプラインで働いている人が大勢いる。時給30~40ドルを稼げる人気の仕事。トランプの時代は多くの人が稼げていたが、環境問題を重視するバイデン時代に仕事が減った。だから仕事を取り戻したい。化石燃料の増産を掲げるトランプの『ドリル、ベイビー、ドリル(掘って、掘って、掘りまくれ)』がみんな大好き
 
◆支持の2つ目の理由は移民対策の強化
テキサス州スター郡で建設が進む「国境の壁」(2025年2月)
 ノマが話を続ける。
 「ヒスパニックがトランプを支持した理由の二つ目は、移民対策、国境の壁の建設。在留資格のない移民(undocuments)がここに来て仕事を奪ったり、(政府予算で)助けたりしたくないので、多くの人が壁が必要だと考えている
 ノマはフードスタンプの事務所で働いた経験があるという。フードスタンプとは、低所得者向けの食料補助の仕組みだ。
 「彼らは制度の抜け穴を知っていて(They beat the system)、入国後に出産して、支援を受ける。幼い子どもがいれば、支援対象になりやすくなることを知っている。それが彼らのやり方。でも、一定の収入があるアメリカ人は『稼ぎすぎている』と見なされ、どんな支援策の対象にもならない。デイゴと同じように、この不公平感がこの地域にたまってきた不満。怒っている人もいる。だからトランプに投票して、これ以上の移民が増えないようにしたい、というわけ」
 隣でデイゴがうなずく。
 「1月のトランプ就任後、国境沿いの壁の建設が進んでいて、評価できる。これでアメリカ市民に支援が回ってくると期待したい
 ノマが指摘した「制度の抜け穴」。どの仕組みを指していたのか定かではなかったが、シンクタンクThe Migration Policy Instituteによると、The Special Supplemental Nutrition Program for Women, Infants, and Children (WIC)は、幼児や妊婦、産後の女性に栄養支援を提供するもので、滞在資格の中身に関わらず利用できる数少ない公的給付制度の一つだという[15]
 
◆ホックシールドの「ディープストーリー」に同意
 2人の話を聞いていて、筆者は社会学者アーリー・ホックシールドから聞いた話を思い出した。
 2018年に自宅でインタビューした際、米南部ルイジアナ州で暮らす右派の人々の心の奥底に横たわる「ディープストーリー」について、ホックシールドは次のように語った。白人労働者の言葉そのものではなく、より広く伝わるように「翻訳」したものである、と本人は説明した[16]
 「あなたは山の上へと続く長い行列に並んでいます。遠くの山頂にアメリカン・ドリームがある。でも、なかなか列は前に動かず、夢を達成できない。行く手を妨げているものが何かも見えない。グローバル化(による製造業の海外流出)なのか、オートメーション化(による雇用の喪失)なのか、わからない。あなたはじっと待つ。両足は疲れてきている。勤勉に働いてきたし、ルールにも従ってきた。誰かをうらやんだり、誰かにひどいことをしたりもしてこなかった。あなたは自分にもアメリカン・ドリーム達成の資格があると感じている」
 「そんな時に、誰かが前方で行列に割り込んだのが見えた気がした。ディープ・ストーリーの第2幕。おかしなことが前方で起きているように感じた。きちんと順番を待ちなさいと幼少期に教わったのに、それに反したことが起きた気がした。黒人や女性に対し、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)などで、歴史的に阻まれていた雇用や教育への機会が用意された。その結果、白人や男性はしわ寄せを受けた。続いて移民が行列への割り込みを始め、難民も加わり、公務員も横入りして必要以上の厚遇を受けているように見えた。しまいには海洋汚染の被害を受けた、油で汚れたペリカンまでもが環境保護政策によってヨタヨタと行列の前の方に加わり始めた。『(寛容を説く)リベラルの連中は、行列の後ろで不当に待たされている私たちより、動物を優先しているぞ』と感じたわけです」[17]

 筆者は、デイゴとノマの2人が語った「在留資格のない移民への不満」が、これに似ている気がした。ホックシールドの「ディープストーリー」の概略を伝えると、デイゴが興奮気味に言った。
 「まったく、その通りだ。長年そう思って待ってきたが、(自分の母親の列は一向に前に動かず)何のメリットも得られなかった。そして、ついにここ一帯が共和党の郡になったというわけだ
 横では、トランプを支持したわけではないノマも、深く頷いていた。幼少期から農園で働き、苦労してミドルクラスになり、いまも気を抜くと貧困層に落ちかねないという不安を抱える彼女も、その気持ちは「よく理解できる」と話した。
 
◆ヒスパニック労働者の語る「アメリカン・ドリーム」
デイゴ(右)とノマ
 冒頭で紹介したとおり、2人は8歳から農場で働いていた。それは教育にも影響したという。取材が一段落して、雑談中にこの話が始まった。
 ノマが言う。「私たち2人は同じルーツ、同じ境遇。当時の人々はたくさんの子どもを産んだ。なぜなら、子どもでも働いて稼げるからだ。私の母は小学2年まで、父は3年までしか学校に通わせてもらえなかった。農園で働かなければならなかった。両親は教育を英語で受ける機会がほとんどなかったので、英語を使えない。だから、その子どもたちには、宿題を手伝ってくれる親がいない。さらに新学期が始まっても働くことがあり、学校に戻るのが1カ月、2カ月遅れた。それが理由で1960年代生まれの私たちの世代でも、多くの子どもたちが学校の授業について行けなかった」
 それでも2人は何とか高校を卒業したという。
 ノマがつぶやく。「本当に一歩一歩だけど、数世代をかけてミドルクラスに近づいてきた。教育を受けることほど良いことはない」。ノマには3人の子どもがいて、全員が高校を卒業し、うち2人は大学も卒業し、都市部の民間企業で働いているといい、それが誇りだという。
 
◆月収1800ドル、ミドルクラスになれた瞬間
 デイゴも60年近い歩みを振り返った。
 デイゴは高校卒業後、間もなく19歳で結婚(後に死別)し、学校で14年間働いた。32歳の頃、州政府機関で採用があると知って応募し、そっちに移った。それが高速道路を整備する仕事だったという。「一番下から技術者として働き始め、少しずつ階段を上って、最後の13年間は責任者として作業員を監督する立場になったんだ」
 学校で働いていた当時、最後の給料は月額739ドルだったという。
 「小切手に記されていた数字は7・3・9だった。今でもこの数字は忘れない。年間1万ドルにも満たない。それが州政府機関に移ったとたん、最初の2週間で900ドルの給与が出た。つまり月収が1800ドルに増えた。この飛躍で『やっとミドルクラスになれた』と感激したんだ」
 デイゴは、誇らしそうに語った。その後も必死に働き続け、年収は最終的に5万7000ドルにまで上がったという。
 
◆アメリカでも取材は芋づる式
テキサス州の幹線道路
 
 今回は準備らしい準備をほとんどできずに渡米した。それにテキサス州南部にはネットワークもない。話を聞いた後、デイゴに「だれか政治家を知りませんか?」と相談してみた。一般有権者の話だけでなく、やはり、政治に携わる関係者の話を聞きたいからだ。
 すると、デイゴが携帯を取り出し、スター郡内にあるロマ市(City of Roma)の市長を紹介してくれた。地元の学校評議会のメンバーとして定期的に顔を合わせる友人だという。
 連絡を入れると、金曜日の午後に市長室にどうぞ、と返事が届いた。次項では、市長の話を紹介したい。(敬称略)
(金成隆一)

[1]過去のCNN出口調査と比べても、トランプが共和党候補として獲得したラティーノ票の割合(46%)は高い。1984年以降では40%を獲得した2004年のブッシュが最高だった。
[2]マイノリティー票における民主党優位が揺らぎ始めている様子は、ヒスパニック男性票に限らず、他の属性でも確認できる。同じスライドの黄色い矢印では、黒人男性でも、ヒスパニック女性でも、民主党の優位が縮んでいる。ヒスパニック女性票での民主党優位は、クリントンの44ポイントから、ハリスの22ポイントに半減した。
[3] The Washington Post, Emily Guskin, Chris Alcantara and Janice Kai Chen, “Exit polls from the 2024 presidential election” December 2, 2024
[4] The Brookings Institution, Gabriel R. Sanchez, “A deep dive into the 2024 Latino male electorate” November 22, 2024
[5]The 2024 American Electorate Voter Poll. ヒスパニック男性のトランプ投票の割合43%は、5ページの問い4
[6]ピュー・リサーチ・センターによると、ヒスパニック系有権者の数は、2024年11月に3620万人に達すると予測されている。1430万人だった2000年以来153%の増加。ヒスパニック系が全有権者に占める割合は14.7%(2024年11月予想)で過去最高。この割合は着実に増加中で、2000年は7.4%だった。ヒスパニック系有権者が多い州は、カリフォルニア州(約850万人)、テキサス州(650万人)、フロリダ州(350万人)、ニューヨーク州(220万人)、アリゾナ州(130万人)と続く。Key facts about Hispanic eligible voters in 2024.
[7]これまでの「トランプ王国」報告は、『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』(岩波新書、2017年)、『記者ラストベルトに住む トランプ王国、冷めぬ熱狂』(朝日新聞出版、2018年)、『ルポ トランプ王国2 ラストベルト再訪』(岩波新書、2019年)、『アメリカ大統領選』(岩波新書、2020年)などにまとめた。2024年には「「トランプ王国」あれから8年 ラストベルト再訪の旅 第1部」東京大学先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)第1~3部で大統領選前の現地の事情を伝えた。
[8]米紙ニューヨーク・タイムズによると、トランプはテキサス州の国境沿いにある14郡のうち12郡で勝利し、2016年の5郡から大幅に増やしたという。NYT, J. David GoodmanEdgar Sandoval and Robert Gebeloff, “‘An Earthquake’ Along the Border: Trump Flipped Hispanic South Texas,” Nov. 8, 2024.
[9]同上
[10]デイゴとノマの取材の終盤に1940年の「アラモ鉄道事故(Alamo train wreck)」の話になった。移住労働者を乗せたトラックと鉄道が衝突した大事故で、トラックに乗っていたデイゴの母方の祖父母らが犠牲になった。母の両親に加え、9人きょうだいの17歳と16歳だった姉2人も死亡した。当時、農場労働者の多くがトラックで仕事場に通っていた。デイゴの母は当時6歳の末っ子だったので自宅に残っていた。テキサス州は広いが、驚いたことに、ノマの祖父も偶然、同じ事故の犠牲者だという。
[11]トランプは次のように演説した。“Every day I wake up determined to deliver a better life for the people all across this nation that have been ignored, neglected and abandoned. I have visited the laid-off factory workers, and the communities crushed by our horrible and unfair trade deals. These are the forgotten men and women of our country. People who work hard but no longer have a voice. I am your voice.” NYT, “
Transcript: Donald Trump at the G.O.P. Convention
[12]トランプは次のように演説した。“The forgotten men and women of our country will be forgotten no longer. Everyone is listening to you now.”
Trump White House Archives, The Inaugural Address (January 20, 2017)
[13]米シンクタンク「外交問題評議会」によると、米議会は、2022年2月のウクライナ戦争開始以降、2024年4月までに支援関連の法案5本を可決し、予算総額は1750億ドル。大部分は軍事関連だが、難民支援や法執行機関、独立系ラジオ放送局など、幅広い内容を含む。これとは別に2024年、凍結されたロシア資産から得られる利息を原資として、ウクライナ政府に200億ドルの融資を提供した。
[14]取材拠点に使ったファストフード店の店員の一人は、トランプ政権がコロナ禍に現金給付したことから、トランプを「パパ」と呼んで、感謝の気持ちを筆者に語った(2025年2月)。初回のものだけでも、支援額は成人に1200ドル、子ども(17歳以下)に500ドル(所得制限あり)だった。Peter G. Peterson Foundation, ”What to Know About All Three Rounds of Coronavirus Stimulus Checks
[15] Valerie Lacarte, “Explainer: Immigrants and the Use of Public Benefits in the United States” (October 2024). 一般的に、難民を除けば、米国に居住する外国人は、連邦政府が資金提供する公的給付へのアクセスについて厳しい制約を受ける。これにはメディケイドやフードスタンプ(補足的栄養支援プログラム)、貧困家庭一時支援(TANF)といった主な支援プログラムが含まれる。これは特に、正規の滞在許可を持たない移民(unauthorized immigrants)に当てはまり、ごく限られた状況を除き、連邦政府が資金提供する全ての公的給付を受けることができない。グリーンカードの保持者のほとんどでさえ、連邦政府の給付を受ける資格を得るまでに5年間の待機期間が設けられているという。
[16]詳細は、ホックシールドの著作『壁の向こうの住人たち―アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』(2018年、岩波書店)へ。
[17]本稿で紹介したのは「ディープストーリー」の一部で、続きがある。ホックシールドのインタビューは、金成隆一『ルポ トランプ王国2 ラストベルト再訪』(2019年、岩波書店)253-266頁に全文を収録。より詳しくはホックシールド『壁の向こうの住人たち』第9章へ。