金正恩政権下の北朝鮮では、近代化が最大の課題となっており、様々な計画や事業が展開されている。軍事においては、「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画」の下、ミサイル戦力の更新をはじめ、C4ISRシステムの運用化、海軍戦力の強化を進めており、関連するインフラの建設も計画している。また、経済面でも、20の市・郡で現代的な地方産業工場を建設し、全国の生活水準を10年以内に引き上げる「地方発展20×10政策」を展開している。
今回、合成開口レーダー(SAR)を用いた衛星画像によって、北朝鮮東部にある咸鏡南道新浦市で様々な建設作業や整備が進められていることが確認された。本稿では、新浦市で現在進められている整備・建設について考察する。
画像①を見ると、新浦市の南に位置する岬の南側の海岸が整備されており、北方1.7kmには海軍の造船施設、東方1.2kmには海軍の作戦部隊基地がある馬養島もある。また、この岬には山があり、その山頂部には防空システムの陣地が設けられている。海軍が管轄する新浦造船所の周辺区域と岬部分は、フェンスに囲まれた同じ制限区域内にあるため、この岬は軍事区域と考えられる。このため、A、B、Cでの整備は、新たな海軍関連施設の建設敷地であると考えられる。岬の先端部にある潜水艦補修所が稼働開始してから建造が始まっていることから、建造所に勤務する軍人・労働者向けの建屋や事務所、倉庫、物資搬入用の桟橋等の建造であると見られる。
北朝鮮では海軍力の強化が重要課題となっており、北朝鮮海軍としては近年まで保有したことなかった大型の艦船や潜水艦の建造と運用化を進めている。このため、インフラ強化が必要となっており、今後数カ所で新たな基地・施設の建設と整備が見込まれる。2024年9月には同じく朝鮮半島東側の江原道文川市で新たな海軍基地の建設が予定されていることが北朝鮮国営メディアで報じられたことから、新浦市で確認された建設・整備作業でも、似たような動きが明らかになる可能性がある。
画像③にも埠頭がいくつかあり、ここに新たに何かの建造物の建設が進められていることがわかる。Aには大型の施設があるが、光学衛生画像と照らし合わせると艦艇装備の研究または試験施設である可能性がある。BにもL字型の埠頭があり、後方にも大型の施設が建設されているが、現時点では軍・法務執行機関の施設なのか、また作戦・訓練・造船施設なのかは不明である。また、輸送、漁業、海洋研究用の施設となる可能性も否定できない。
画像②では、10ヶ月の間で大きな施設が建設されたことがわかる。北朝鮮の報道と照らし合わせると、これは「地方発展20×10政策」の目玉事業の一つとして建てられた、「浅海養殖事業所」であり、ホタテ、昆布、ナマコ、ウニなどの養殖・加工を行うとされている。金正恩は2024年7月に建設敷地を視察し、同年12月末に竣工式に出席したため、僅か5ヶ月で建設されたことになる。
これらの建設・整備作業においては依然として不明な点が多いものの、今後の動きを注視する必要があることには変わりない。推測通り、海軍施設が増改築されたとしても、どの様な設備が備えられ、如何に補給物資・燃料、人材を確保するかが重要なポイントとなる。北朝鮮軍が装備の面で近代化を進めているのは確かだが、未だに燃料不足、人員の教育・訓練、整備等、運用上の問題が深刻であり、これらを克服するには相当の時間とリソースが必要となる。このため、海軍施設が増改築されることにより北朝鮮の脅威が著しく高まるまでは多少の時間がかかりそうだが、日米韓は今後の動きを注視し続ける必要がある。
「地方発展20×10政策」においても、北朝鮮にとって地方の活性化は国家経済と社会の成長を左右するものである。また、金正恩体制にとっても、この事業を成功させれば、本格的な経済発展を先導したことで自らの権威を正当化する機会となる。しかし、地方発展を成し遂げるためのハードルは相当高く、工業・農業部門だけでなく、人民の生活に重要な各種インフラの建設と整備が不可欠だが、これには本格的な改革と膨大な財源や資源が必要となる。結局のところ、極端に独裁的な政治と、軍備増強が大きな妨げになり、この「地方発展20×10政策」の成果は限定的なものになるであろう。