コメンタリー

2025 / 01 / 10 (金)

ロシア、北朝鮮の鉄道輸送活発化と豆満江自動車橋建設の兆候(ROLES SAT ANALYSYS No.14)

 ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は2024年6月19日、「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名した。第4条は、どちらか一方が「武力侵攻を受け、戦争状態になる場合」は「自国が保有するすべての手段で軍事的及びその他の援助」を提供すると規定しており、事実上の軍事同盟復活である。北朝鮮は12月4日の条約発効を先取りする形でロシアへの武器供与、さらには1万人超とされる派兵に踏み切り、両国の関係は急速に深まっている。条約は経済分野での広範な協力強化もうたっている。本稿では両国の軍事協力、経済協力で不可欠の役割を果たす鉄道輸送の現状について考察する。国境の豆満江(ロシア名・トゥマンナヤ、中国名・図們江)にかかる鉄道橋「朝鮮ロシア友情の橋」(以下、友情橋)周辺を合成開口レーダー(SAR)画像を使って分析し、鉄道輸送が活発化していることを明らかにした上で、両国が合意した自動車橋建設の進展状況を探る。豆満江河口域を巡る中国の思惑、日本の安全保障への含意についても触れる。

▽回復基調のロ朝貿易、武器取引は桁違い
 金正恩総書記は中朝関係が悪化した2010年代半ば、ロシアとの貿易拡大を指示したが、実際には減少の一途をたどった。ロシア側に需要がなく呼応しなかったとみられ、国連安全保障理事会決議に基づく対北朝鮮経済制裁も足かせとなった。北朝鮮の対外貿易の中国依存度は年を追うごとに高まり、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)の統計では2023年は過去最高の98.3%に達した(対ロ貿易はロシアの統計未発表を理由に計上せず)。しかしロシアのウクライナ侵攻開始後、一転してロ朝貿易は回復基調にある。
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ドイツ自由民主党(FDP)系のフリードリヒ・ナウマン財団が2024年10月に発表した報告書によると、2023年のロ朝貿易総額は前年の約9倍に当たる3440万㌦、2024年は1月~5月だけで5290万㌦と推計される。このペースであれば2024年は国連の北朝鮮制裁が強化される以前の年間1億㌦前後の水準を回復する可能性がある。年間約20億㌦の中朝貿易には遠く及ばないものの、これは商業ベースの数字であり、武器取引は当然含まれていない。同報告書は、2023年8月に始まった北朝鮮による砲弾や弾道ミサイルなどの武器供与は報告書作成時点で17億2000万㌦から55億2000万㌦相当と見積もっており、北朝鮮がウクライナ侵攻で浴す特需がいかに大きいかが分かる。ロシアからの支払いは現金のほか、石油製品、小麦などの食料のバーターとみられる。

▽首脳会談前に列車急増
「包括的戦略パートナーシップ条約」は第10条で貿易や投資、科学技術分野での協力拡大をうたい、経済特区支援にも言及。第11条では「地域間及び辺境協力発展」を支持するとしている。第16条では、第三国がどちらかの国に対して「一方的な強制措置」を適用する場合、その影響を除去、最小化するよう努めると規定している。両国に対する国際社会の制裁措置を協力して回避することを明文化したとも解釈できる条項である。条約でうたわれたこうした協力強化を支える主要インフラの一つが友情橋だ。現在の鉄橋は1959年に開通、老朽化しているが、両国間の唯一の陸上輸送ルートである。橋を挟んで北朝鮮側に豆満江駅、ロシア側にハサン駅がある。
画像①は友情橋を渡って北朝鮮からロシアへ向かう列車を捉えた画像である。移動体をSARで撮像した場合は移動体の位置がずれて投影されるが、ずれの方向から移動方向を把握することが可能だ。撮像時刻は日本時間6月17日17:30。プーチン大統領が19日未明に空路、平壌に到着する直前のタイミングである。当時、旅客列車運行は再開されておらず、車両数の多さから見ても貨物列車だったとみられる。米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)による光学衛星画像分析(2024年8月8日発表)によると、6月17日は豆満江、ハサン両駅にはふだんより格段に多い数の列車(鉱石車計約290両、タンク車計約100両など)が集結していた。プーチン大統領の訪朝に合わせた経済資源の大量移送は、北朝鮮による武器供与への対価の一環だった可能性が高いとしている。
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弾薬など軍需物資の輸送は、羅津港(豆満江駅の南西約30km)からロシア極東沿海地方への海上輸送に加えて、友情橋を渡る鉄道が使われていることが米政府の発表などで明らかになっている。ウクライナのゼレンスキー大統領は2024年12月1日、共同通信とのインタビューで「北朝鮮からロシアに向かう武器を積んだ列車を目撃し、数十のロケット砲システムや数百の重機が北朝鮮からロシアに向かうのを確認している」と語った。
画像②は豆満江駅のSAR画像である。2023年7月3日は輝点がほとんどないが、2024年4月下旬以降、車両数の多い列車を捉えることが多くなった。車両数が多い列車はロシア産石炭を積んだ鉱石車の可能性がある。ロシアは輸出用石炭を鉄道で羅津港に送り、ここから船で積み出すプロジェクトを再開したとみられている。タンク車も多数行き来しており、武器供与の見返りとして石油製品を輸送しているとみられる。アジアプレスは12月3日、豆満江駅の様子を中国側から10月末に撮影した動画を公開、ロシアのタンク車や塗装を新しくした貯蔵タンクが確認できる。2024年12月16日には新型コロナウイルス流行で2020年から停止していた豆満江ーハサン間の定期旅客列車運行が再開した。月・水・金曜の週3回運行されるといい、モノだけでなく人の往来も活発化しそうである。
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▽新たな道路、自動車橋の建設準備か
ロシアと北朝鮮は2024年6月19日、「包括的戦略パートナーシップ条約」と併せ「豆満江国境自動車橋建設に関する協定」を締結した。平壌での調印式には北朝鮮側は国土環境保護相、ロシア側は運輸相が参加した。前述のように現在は友情橋を渡る鉄道が両国間の唯一の陸上交通路だが、新たに自動車用の橋を豆満江に架ける計画だ。協定の具体的な内容は公表されていないが、SAR画像から北朝鮮側が11月に準備作業に着手したとみられることが判明した。
画像③は友情橋すぐ下流の右岸(北朝鮮側)を撮像したSAR画像である。11月23日の画像で友情橋より下流500m付近に鉄道と並行して河岸に向かう新たな道路が確認できる(黄の破線で囲った部分)。11月9日の画像にはなかったことから11月中旬に着工したものとみられ、長さは約1400m。自動車橋への取り付け道路の可能性がある。EUの地球観測プログラムCopernicusで確認したところ、11月12日の光学衛星画像が西端から河岸に向けて建設が始まった様子を捉えていた。12月末時点でロシア領の対岸では特段の動きはないが、ハサン駅から友情橋に向かう線路と並行して走る既存の道路があり、豆満江河岸の手前約150mの地点で豆満江沿いに左に折れる。この地点から折れずに河岸にまっすぐ延伸すれば、北朝鮮側の新設道路のちょうど対岸につながる。今後、ロシア側でも工事が始まるのかどうか注視する必要がある。

▽中国の日本海進出と日本の安全保障
ロ朝国境の反対側に位置する鴨緑江の河口近くには自動車用の「中朝鴨緑江大橋」が架かる。中国・丹東市と北朝鮮・新義州市を結ぶ「中朝友誼橋」の老朽化を受け2010年に着工、2014年に本体工事が完成したが、10年が経過した現在も未開通のままである。豆満江のロ朝自動車橋プロジェクトは中朝関係の停滞と対照的な動きにも見えるが、将来的な中国の日本海進出へ向けた布石となる可能性がある。
プーチン大統領は2024年6月の訪朝に先立つ5月に訪中し、習近平国家主席と会談した。この際の共同声明に「双方は中国船舶が図們江(豆満江)下流を経て海に出ることについて朝鮮民主主義人民共和国と建設的対話を行う」との項目が盛り込まれた。豆満江は友情橋の数百m上流までは中朝国境、その先、河口までの約15kmはロ朝国境だ。ロ朝が同意すれば中国は東北部吉林省から日本海への直接アクセスを得ることになり、内陸部に位置し経済停滞に悩む吉林省の期待はとりわけ大きい。冷戦崩壊を受けて1990年代にも多国間協力による豆満江一帯の開発構想が持ち上がり、中央政府や国連開発計画(UNDP) も後押ししたものの、ロ朝が消極的でとん挫した経緯がある。今回はウクライナ侵攻の長期化で中国、北朝鮮を頼らざるを得ないロシアが両国を取り持つ形となり、協議が進展する可能性がある。
中国船舶航行を巡っては、政治的問題をクリアできたとしても解決すべき課題は多い。豆満江は水深が浅く、大型船舶の航行のためには大規模な拡幅、恒常的な浚渫工事が不可欠で、巨額の費用が予想される。桁下高が低く大型船の通航を阻んでいる友情橋は架け替えるか、自動車橋を鉄道兼用とし友情橋は取り壊す必要がある。
中ロ首脳共同声明の「中国船舶」は主にコンテナ船などの商業船舶を想定しているとみられているが、警備や取り締まりを理由に海警局の艦船が行き来する可能性は排除できない。「第2海軍」化が進む海警局が日本海での活動拠点を持つことになれば日本の安全保障にとって重大な展開となる。
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