世界中の首脳からのメッセージに示されたように、安倍晋三元首相の外交政策に対する国際的評価は高い。5月に安倍元首相に対するインタビュー を行ったイギリスのThe Economist誌は、安倍氏が日本の『チャンピオン』だったと書いた。まさに安倍氏は、特に防衛、安全保障の面で、それまでの日本の総理大臣にとって想像されなかったことを達成した。2006年に初めて総理大臣に就任し、わずか一年で辞任した時、安倍氏が今後も日本政治で指導的な立場を続けていくことができるかどうか、疑いを持たれた。しかし不十分に終わった第一次安倍政権の1年間も、2012年に政権の座に復帰して行ったことへの助走期間となった。自国のための戦略的なビジョンを持ち、それを実現するために必要な勢力を持った人物は、それまでの日本政治にほとんどいなかった。安倍元首相は、世界の日本に対する見方と、逆に日本の世界に対する見方を変えた。
安倍氏の、合計すれば10年に近い政権の間、日本の国際政治における影響力は増大した。2016年に、世界で初めて、インド太平洋に関してのビジョン「自由で開かれたインド太平洋」を提示し、この地域の地政学的な特徴と一体性についての国際的な認識を高めた。アメリカ、フランス、イギリス、EU等々も、日本が主導したビジョンを受け入れ、追随した。そのビジョンは、国際的な安全保障の維持、「コネクティビティ(接続性)」の強化による新興国への開発支援への協力などをもたらすものだった。さらに安倍政権は、アメリカ以外の西洋の国々との産業協力や兵器システムの共同開発への道を開いた。また近隣の東南アジア諸国との防衛対話を進めた。歴史問題の面では、安倍氏個人の内面の信念よりも国家の利益を優先し、韓国との歴史問題を解決に近づけた。オーストラリアや米国とは、旧日本帝国軍との戦闘で亡くなった戦死者や戦争捕虜となった人々を追悼することにより友好を深めた。中国との関係は、小泉政権時代と民主党政権時代(2009~2012年)の緊張を経て、安倍政権の時代には、領海への中国の侵入にも拘らず、安定期を迎えた。
日本の防衛政策あるいは軍事的な国際協力活動の範囲を広げた2015年の平和安全法制関連2法の意義は、改めて考えても、大きい。それ以前は、国際危機が起きるたびに、時の政権は官僚が中心になって急遽特別措置法を準備し、政権党と交渉し、野党対策を行って、国会での可決を図らなければならなかった。そのため、国際危機のたびに新しい特別措置法と新しい制度が次々に現れ、同盟国は日本に何を期待できるか、事前に予測することが困難だった。また国民から見れば、戦争のたびに、首相は選挙で公約したプログラムには含まれていない、前例のない自衛隊派遣を繰り返しているように見えた。2015年に導入された法制度では、首相は安定して権限を行使できる枠組みを得た。集団的自衛権の範囲や用いられる状況の詳細は厳密には分からないが、憲法9条の範囲以内に収まるように設計されている。そして国際的な危機に際して、日本がどのような条件でどこまで踏み込んだ支援を行えるかも規定されている。日本国民は選挙で多数党を選び、その党首を首相として選ぶ際に、選ばれた首相がどこに自衛隊を送れるのか、自衛隊がどのような任務を果たすことができるのかをあらかじめ知った上で、委任することができるようになった。民主主義的な政府の説明責任(Democratic accountability)という観点から、より望ましい制度となった。
安倍氏は、内政面で非情な側面も持っていた。日本の国会のルールの多くは、前例と野党との交渉に依存している。安倍氏はそうした慣行をおそらく意図的に無視し、国会に多数党の支配(Majority Rule)を確立しようとした。2014年と2017年に衆議院を任期満了前に解散し、自由民主党の党首として3度の任期も維持して、連続して8年間政権を維持し、日本の歴史で最も長い期間、首相の座にあった。支持層を繋ぎ止めるために、2017年から2018年にかけて、幾つかのスキャンダルも起きた。マキャベリの『君主論』さながらの、権謀術数をものにした権力者だった。
安倍時代に、日本は国際政治におけるパワーとして台頭した。安倍氏は国家が国際政治の中でどうすれば影響力を高めて行けるのかを分かっていた。その能力が次の世代の政治家に伝ったか否か、それが安倍氏のレガシー(遺産)の試金石となる。
Guibourg Delamotte ギブール・ドラモットInalco仏国立東洋言語文化大学准教授(政治学)
東京カレッジ客員准教授・東京大学先端科学技術研究センター(RCAST)客員研究員・東京大学公共政策大学院非常勤講師(2021年10月―2022年9月)
共編著に
The Abe Legacy: How Abe Shinzo changed Japan, Lexington, 2021、著書に
La démocratie au Japon, singulière et universelle, ENS Ed. , 2022などがある。