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【寄稿】米イラン合意と中東海上秩序に関する論考掲載(滋野井連携研究員)

ROLES客員メンバーの滋野井研究員の論考「[イラン戦争はどこまで続くか5]米イラン合意はなぜ『次の戦争』を生んだのか?――合意文をめぐる戦争」が、2026年7月29日に『新潮QUE』に掲載されました。

本論考では、米国とイランが交わした覚書が、イラン戦争を終結させたのではなく、むしろ「合意文の解釈をめぐる戦争」へと変貌させた過程を分析しています。6月中旬に米国とイランが署名したとされる「イスラマバード合意」は、ホルムズ海峡の閉鎖解除と60日間の交渉期間を定める枠組みでした。しかし、履行段階に入ると、ホルムズ海峡の安全通航を誰が管理するのかをめぐって、米国とイランの解釈は大きく対立しました。

本論考は、イスラマバード合意の問題は、単に文言が曖昧だったことではなく、曖昧でなければ署名できなかったことにあると指摘しています。イランは、同合意をホルムズ海峡に対する自国の管理権が事実上認められたものと解釈しました。これに対して米国は、イランが商業船舶の安全通航を妨げないという義務を負ったにすぎないと解釈しました。つまり、同じ合意文の行間に、異なる二つの秩序原理が書き込まれていたと論じています。

また本論考では、ホルムズ海峡をめぐる争点が、「自由航行を守る米国」と「海峡を支配しようとするイラン」という単純な対立では捉えられなくなっていることを分析しています。トランプ大統領が、米国をホルムズ海峡の「守護者」と位置づけ、通航貨物から20%の対価を得る構想を示したことにより、米国自身も自由航行を無償で守る覇権国ではなく、安全保障の提供に対価を求める「課金型の守護者」へと変質しつつあると指摘しています。

その上で本論考は、ホルムズ海峡をめぐる問題を、自由航行か通航統制かという二分法ではなく、誰が通航を管理し、誰が安全を保証し、誰が対価を徴収するのかをめぐる「二重主権」の問題として捉えています。ここでいう主権とは、国際法上の主権そのものではなく、通航条件、安全保証、違反船舶への制裁、通航対価の徴収をめぐる権限の束を意味します。イスラマバード合意は、ホルムズ海峡を自由航行の秩序へ戻したのではなく、米国とイラン双方の管理権・課金権・準主権的主張を同時に浮上させたと論じています。

さらに本論考では、争点がホルムズ海峡だけでなく、紅海の出口であるバーブ・ル=マンデブ海峡にも拡大していることを検討しています。フースィー派によるサウジアラビアへの海上封鎖宣言や、紅海におけるサウジアラビアの石油タンカー攻撃の主張は、イラン戦争の単なる延長ではありません。フースィー派支配地域における経済的不満、統治の正統性危機、サウジアラビアとの和平交渉の停滞が、イラン戦争という外部の論理と接続された結果として捉えられています。

本論考は、フースィー派をイランの単なる傀儡として見るのではなく、独自の政治的・軍事的論理を持つ主体として位置づけています。ただし、その自律的な判断は、結果としてイランの戦略的利益と重なりました。ホルムズ海峡の迂回路となり得る紅海側の出口に脅威を投射することで、フースィー派は、米国と湾岸諸国に対して「イラン抜きの海上秩序」は維持できないことを示す効果を持ったと論じています。

結論として本論考は、イランが中東を統治する覇権国家になったわけではなく、ホルムズ海峡や紅海からペルシャ湾までを安定的に秩序づける力を持ったわけでもないと指摘しています。その意味で、安定した「パックス・イラニカ」は成立していません。しかし、イランは別の力を手にしつつあります。それは中東秩序を形成する力ではなく、自国抜きの秩序を成立させない「拒否権」の力です。

本論考は、イラン戦争が和平の不在によって続いているのではなく、和平の意味を誰が決めるのかが定まっていないために続いていると論じています。戦争は合意文の外で続いているのではなく、合意文の中に残された曖昧さそのものを主戦場として続いていると結論づけています。

詳細は以下よりご覧ください。

[イラン戦争はどこまで続くか5]米イラン合意はなぜ「次の戦争」を生んだのか?――合意文をめぐる戦争
https://que.dailyshincho.jp/node/20196/

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