東京大学先端研・創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は19日、中国に関する提言を公表した。日本政府と国民に対し、外交・安全保障面で採るべき具体的な方針と政策を提案した。
「中国をめぐるグローバルな外交・安全保障戦略への提言」と題し、以下の3点を挙げた。
①日米中3カ国の思考を脱し、中国やロシアとは異なる日本独自の「多極化」構想を打ち出せ。世界の「調整役」を担え。
②個々の地域の言語を学び、それぞれの国の内在論理を把握しつつ、きめ細やかな地域理解を日本のマクロ外交構築に結びつけよ。
③日本が得意とするアジア外交とそれ以外の地域との結びつきも強めよ。特にアフリカへの戦略を構築し、アフリカの地域大国との連携を探れ。
中国をめぐるグローバルな外交・安全保障戦略への提言
提言1
日米中3カ国の思考を脱し、中国やロシアとは異なる日本独自の「多極化」構想を打ち出せ。世界の「調整役」を担え。
提言2
個々の地域の言語を学び、それぞれの国の内在論理を把握しつつ、きめ細やかな地域理解を日本のマクロ外交構築に結びつけよ。
提言3
日本が得意とするアジア外交とそれ以外の地域との結びつきも強めよ。特にアフリカへの戦略を構築し、アフリカの地域大国との連携を探れ。
日本の外交・国家安全保障政策にとって、中国は最優先課題の1つである。どう対応し、どうつきあい、どう備えるか。米国の立ち位置が揺らぐときだけに、その再検討は喫緊の課題である。
ただ、私たちはこのテーマに取り組む際、日本と中国とに米国を加えた3カ国の関係に縛られてはいないか。大国外交は重要だがそれが全てではない。日本は、それぞれの国や地域の立場を踏まえ、グローバルな視点と戦略を持たなければならない。
グローバルな視点があったとしても、世界各地で米中二大国の相剋があるとして、中小国が米中どちらを支持するのかなどと、パワーに基づくゼロサム的に情況をみては逆に実態を見失うのではないか。たしかに、中国はすでにグローバルな大国だ。しかし、中国と密接な関係を持ついくつかの国も、その言いなりになるわけではなく、独自の事情と論理をもとに、その自主性を維持し、中には地域大国としての地位を固めつつある国もある。世界に広がる「多極化」は、重層的であり、複雑である。
日本が今後、国家の安全を確保し、世界に影響力を行使するには、多極化が進む世界の中で担うべき使命、果たすことのできる役割を見極める営みが欠かせない。これからの外交安全保障戦略は、そのような認識のうえに構築する必要がある。その道筋として、中長期的視野に立った具体策 3 項目を、日本の外交・安全保障当局と国民に提言したい。
提言1
日米中3カ国の「大国」思考を脱し、 中国やロシアとは異なる 日本独自の「多極化」構想を打ち出せ。 世界の「調整役」を担え。
世界の多極化が避けられない点を十分認識し、日本にとって「どのような多極化が望ましいのか」を明確にするための議論が欠かせない。ロシアや中国のいう「多極化」(反先進国)が目指すところとは異なる日本独自の「多極世界」構想を打ち出し、実現を目指すべきである。
■日本にとって望ましい多極化とは
多くの日本人は残念なことに、アメリカ一極で世界が回っていると、アメリカ以上に信じている。
確かに、欧米を中心に形成されてきたリベラルな秩序は依然として重要である。一方で、大国の影響力の衰えが顕著であるのも否定しがたい。トランプ米大統領のパフォーマンスは、先進大国のもつイニシアティブの低下の裏返しである。
否定しがたい多極化の進展に対し、見て見ぬ振りをしていると、日本は世界から取り残される。
大切なのは、そのような変化の中で、どのような多極が望ましいのか、日本が自ら構想し、実現に努めていくことである。中国やロシアが声高に訴える「多極世界」とは異なる構想を打ち出す必要がある。
これまでの外交戦略の多くは、既存の国際秩序を前提とした議論に基づいており、多極化への対応は2次的な位置付けしか与えられていなかった。
日本も外交の現場レベルでは、グローバル・サウス諸国と良好な関係を築いてきている。今後は、従来以上にグローバル・サウス諸国それぞれの内在論理を踏まえつつ、日本としてもそれを言語として明確に発する努力が求められる。多極化が進むにもかかわらず大国の論理ばかりが語られるのは、多極化を支えるそれぞれの「国の論理」「地域の論理」が暗黙の共通理解の段階にとどまり、言語化されていないことに起因すると思われるからである。
日本が多極化を見据えた明確な理念を持ち、きめ細やかな外交と日本のマクロ外交を結びつけることができれば大きなさまざまな可能性が拓かれるであろう。
■信頼される調整役に
日本は、米中などの大国に比べ一足先に活力と繁栄を失い、国力の衰えを実感している。経済力にものを言わせ、米国までも恐れさせたバブル崩壊前の日本の姿は、もはやない。日本はある意味で、世界から「怖がられない国」となった。
それは残念なことだが、だからこそ様々な国際場面で「調整役」として活躍できる地位を手に入れたともいえる。第2次世界大戦の敗戦国であり、天然資源にも恵まれない交易国家であるからだろうが、相手との協調の姿勢を崩さず、法とルールを重視し、軍事的な圧力をかけることもない日本の外交的立ち位置は、多くの国の信頼を得るに至っている。
日本は今後、このような特性を生かしつつ、多極化する世界のなかでしっかりと外交・安全保障戦略を組み立て、中国一辺倒にならずバランスをとろうとする地域大国やグローバル・サウス諸国にとって「信頼されるバランサー」としての国際的な地位を築いていくべきであろう。
提言2
それぞれの国・地域の少数言語を学び、 それぞれの国の内在論理を把握しつつ、 きめ細やかな地域理解を 日本のマクロ外交構築に結びつけよ。
150 カ国以上ある途上国で、ミクロの視点に基づく理解と関係性向上を進め、それぞれの国が持つ独自の考え方や行動様式、すなわち「内在論理」を探る必要がある。内在論理を把握してこそ、各国・地域が目指す自主性のあるべき姿を理解でき、そこに寄り添うことが可能になると考えられる。
■内在論理を探れ
内在論理は、そのままの形で表明される場合が少なく、 もっともらしい言葉によって覆い隠されがちである。外に発せられる言葉の背後にある論理を読み取ることが重要である。
例えば、カンボジアは一般的に「親中国家」としばしばいわれるが、その内実を見ると、中国の援助なくしては経済発展を遂げられない地域ならではの事情が存在する。政府は、「中国しか助けてくれない」と考える一方で、「中国の言いなりになっている」と国民から思われるのは避けたい意識も抱えている。その複雑な論理を理解すると、日本に必要とされる役割、日本がかかわるべき分野も、おのずから見えてくるだろう。
■少数言語の学習促進を
いわゆる「 グローバル・サウス」の国々は、国益に沿って欧米と組むこともあれば、中国と組むこともある。それは、中国の意向だけで決まるものではない。「グローバル・サウス」側の論理をしっかり読み取ることなく、大国の発想を基準に国家間の関係を推測するのは、もはや限界がある。
新時代に備え、英語やスペイン語、フランス語など地域の共通言語、あるいは旧宗主国の言語だけでなく、それぞれの国で話されている、いわゆる「地域言語」の学習を促したい。「内在論理」は、その国の人々が話す言葉を通じてこそ、深く理解できる。こうした言語の使い手を養成するには、政府のてこ入れが欠かせない。
ただ、各国の内在論理を突き詰めると、バラバラな各国事情が出てくるだけになりがちである。これらの情報を集積し、抽象化する作業も求められる。そうしてこそ、多くの国がそれぞれの「自主性」を求めていることが把握できるだろう。各国を見るミクロの視点と、そこからの情報を元にマクロな外交を組み立てる思考力が必要である。
■ミクロの視点とマクロの政策
日本の外務省では多くの場合、ミクロの視点から明らかになる内在論理は、地域別局に集まってくる。一方、マクロの外交戦略は、ドメイン別局が担う。従って、両者が機能的に結びついてこそ、効果的な外交政策を組み立てることができる。その調整役として、総合外交政策局の権限を今後拡大する必要があると考える。
外務省は「地域」と「分野」を柱とする各局で構成されている。それぞれの局の秩序を保ちつつ、いかに相互に調整し、政策として打ち出すか。これからの課題である。
提言3
日本が得意とするアジア外交と
それ以外の地域との結びつきも強めよ。
特にアフリカへの戦略を構築し、 アフリカの地域大国との連携を探れ。
ただ、カンボジアを含む東南アジアはそれでも、日本の調査や関係構築が比較的進んでいる地域である。逆に、アメリカはこの地域に関する知識の蓄積が乏しく、他の地域の情報と補完し合ってきたのが現実だった。
そのようなアメリカとの役割分担が不透明になりつつあるいま、日本にとっての課題は、これまでやや手薄だった南アジア、西アジア、アフリカなどでも、東南アジアと同様に各国の内在論理を把握し、相互協力の態勢を築くことだろう。
■アフリカの「重点国」
現状では、欧米中心を前提として外交のリソースが配分されている。今後はこれを 改め、G7、G20参加国に加え、周辺諸国に影響を与える地域大国を重視する姿勢が求められる。これら戦略的要地へは、政府高官の訪問を強化しなくてはならない。場合によっては、訪問先としての優先度を変更せざるを得ないかもしれない。政府開発援助(ODA)も、対象国を見直す必要が生じるだろう。
中国がこれらの地域に積極的に進出し、様々な摩擦を起こしながらも現地にとって必要なアクターとして存在感を高めているのは、否定しがたい。特にサハラ砂漠以南のアフリカで、中国は独自の地位を得つつある。
そのような状況のなかで、日本の国益がどこにあるのか。日本に何ができるのか。日本がどんな役割を果たすべきか。しっかり考えたい。アフリカ大陸では、G20に参加している南アフリカに加え、地域大国として例えばザンビア、ケニア、エチオピア、ナイジェリアといった国々を「重点国」と定めるのが、現実的な案であろう。これらの国が同心円状にどれほどの影響力を周辺諸国に持っているか、どのテーマに対してどの程度の発言力を持っているかを見極めつつ、派遣大使の格上げや予算増を図るべきである。
■アフリカから中国を見る
忘れてならないのは、アフリカとの結びつきを深めることが、中国との関係性をめぐる内在論理を探ることにも結びつく点である。
一例を挙げると、欧州連合(EU)加盟国のハンガリーはオルバン強権主義政権の下で、中国との経済協力を積極的に進める姿勢を取っている。事業自体は、中国の大学の誘致が事実上宙に浮いたり、中国技術の高速鉄道建設がなかなか進まなかったりと、順調とはいえない。
ハンガリーは一方で、経済的な目的であるはずの中国やロシアとの関係を、しばしば激しく対立するEUとの駆け引きにおいて政治的ツールとして利用しているとも考えられるが、これはハンガリーが EUを軽視しているということを意味しない。
極めて興味深いのは、このような国に対するアメリカの態勢である。アメリカは在ブダペスト大使館に、台湾勤務経験もある中国語の使い手「チャイナ・スクール」の外交官を常駐させているのである。それは、ハンガリーの内在論理を把握すると同時に、ハンガリーを通じて中国の内在論理も探ろうとしているからに他ならない。
これは、示唆するところが大きい。日本でも、東南アジアやパキスタンなどにはチャイナ・スクールの外交官を派遣しているが、中東やアフリカにはほとんどいないのではないか。今後はこれらの地域にも視野を広げ、中国語研修の外交官のグローバルな展開を真剣に検討すべきであろう。また、これはなにも中国に限るわけではない。アフリカではロシアも進出を強めている。これらの国にロシア語研修の外交官を派遣し、アフリカからロシアの内在論理を探れないか。同様の試みは、アフリカ以外の地域でも可能であろう。
おわりに 新たな「極」を見よ
多極化とは、中国やロシアが目論むような、アメリカから他の大国へのパワーシフトだけを意味するわけではない。アフリカのいくつかの国に見られるように、それぞれの立場と能力を自覚し、周辺国を巻き込んだ「極」を形成することでもある。外交の世界でも、学問の世界でも、さらには民間交流や援助の場においても、特定の大国を中心とする思考にとらわれず、新たな「極」の存在を見すえ、地域の論理やそこで目指される自主性を考慮しながら、これからの外交安全保障戦略を組み立てていきたい。
本提言は、東京大学先端科学技術研究センター内のシンクタンク・プロジェクト「創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」が、外務省の外交・安全保障調査研究事業費補助金を受託し実施した研究活動をもとに策定した。川島真教授(研究会「ユーラシア諸地域の内在論理」座長)が主導して本提言のとりまとめを担当した。提言は以下のROLESのサイトにも掲載されている。
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