東京大学先端研・創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は19日、ロシア・ウクライナに関する提言を公表した。日本政府と国民に対し、外交・安全保障面で採るべき具体的な方針と政策を提案した。
「ウクライナ戦争下の世界における日本の外交・安全保障政策に向けた提言」と題し、以下の3点を挙げた。
①ロシアのエネルギー産業、軍需産業に対する制裁を強化するとともに、ウクライナのニーズを把握するメカニズムを設置し、資機材を供与しつつ再建を支援する。
②北方領土・平和条約締結問題についての現実的な見通しに基づく対露政策を立案し、戦略的コミュニケーションを推進する。
③中、朝及び露の軍事的連携に対抗する安全保障上の連携を強化しつつ、ウクライナの経験を日本政府・自衛隊の運用体制に反映させるチャンネルを構築する。
ウクライナ戦争下の世界における日本の外交・安全保障政策に向けた提言
提言1
ロシアのエネルギー産業、軍需産業に対する制裁を強化するとともに、ウクライナのニーズを把握するメカニズムを設置し、資機材を供与しつつ再建を支援する。
提言2
北方領土・平和条約締結問題についての現実的な見通しに基づく対露政策を立案し、戦略的コミュニケーションを推進する。
提言3
中、朝及び露の軍事的連携に対抗する安全保障上の連携を強化しつつ、ウクライナの経験を日本政府・自衛隊の運用体制に反映させるチャンネルを構築する。
提言1
ロシアの侵略阻止を目的とした 対露制裁とウクライナ支援
まず、ロシアの侵略を成功に終わらせないために日本に何ができるのかを具体的に提案したい。ウクライナの主権に対する明白な侵害を看過すると、日本の存立と繁栄が拠って立つ国際秩序や、これを支える集団防衛及び集団安全保障に対する信頼を大きく損なうだろう。
ロシアのウクライナ侵略が既に3年10ヶ月にわたって続くのは、ロシアがこれだけの継戦能力を有してきたからであり、この点を効果的に制約する制裁の実施が求められる。
ロシアの戦費支払いを可能とする財政能力を制約する上で効果的な手段の1つは、ロシア経済の根幹であるエネルギー産業に対する制裁強化である。EUは2027年からのロシア産化石燃料脱却を目指し、米英もロシアの収入を断つ戦略を取っている。日本も、欧米の制裁強化に合わせ、ロシア石油メジャーへの制裁を厳格化すべきである。
制裁の効果についても十分に検討する必要がある。「影の船団」による迂回ルートによってロシア産石油を購入する者への二次制裁を継続的に行うことが肝要である。制裁の効果を最大限にもたらすよう、日本は G7 で連携して動くべきであろう。
一方、ロシアの軍需工業力への制裁に関しては、工作機械やデュアル・ユース技術の輸出制限強化が求められる。日本製中古工作機械が中国等のブローカーを通じて不正に輸出された事例を考えるならば、この種の機微技術に対するトレーサビリティをさらに強化するための施策が必要である。米欧日からロシアへの工作機械輸出が減少する中で、中国、韓国及び台湾からの輸出は急増しており、国際秩序をともに維持すべき韓国や台湾への働きかけを進める必要もあるだろう。
戦争はかなりの期間にわたって継続する可能性がある。ウクライナがこの間に抵抗を続けられるよう支援することが重要である。
検討を求めたいのは、NATOの対ウクライナ支援調整メカニズム「NATO対ウクライナ安全保障支援・訓練組織(NSATU)」への日本の参加である。2025年4月に当時の中谷元防衛大臣が既に、ルッテNATO事務総長に検討の意向を表明しており、この方針を高市政権もぜひ引き継ぐべきである。
この枠組みに沿って、陣地構築を支援する日本製建機を大量に供与するよう提案したい。非殺傷装備でありながらも軍事戦略上の大きなインパクトを持ちうるものである。ウクライナの経済と兵站を支える鉄道機能の維持を図るため、既に提供されている鉄道レールや枕木の供与も続けるべきである。NSATUへの参加を通じてウクライナ側当事者との対話を定期的に行えば、ウクライナ側のさらなる需要を掘り起こすことができよう。
一方、砲弾等の殺傷性装備を供与するか否かについては国民的議論を経る必要があり、慎重な態度が求められる。ここで注目したいのが、NATOの欧州側加盟国が資金を提供して米国製兵器を購入し、ウクライナに供与する「ウクライナ優先要求リスト(PURL)」の枠組みである。ここに日本が参加して資金面でウクライナへの軍事援助を支えることは、一つの選択肢となろう。
人道・経済援助は支援を継続すべきである。特に電力等の生活インフラが日々破壊され続けており、変電機やその復旧に必要な資機材の供与を一層拡大するよう提案したい。消防車、救急車及び医療機材等の供与によって、空襲に対するダメージ・コントロール能力の強化を支援することも一案となろう。
ただ、こうした支援が単に「援助」にとどまる限り、持続性は望み難い。安い労働力や教育水準の高さ、欧州市場への近さといった「ビジネスチャンスとしてのウクライナ」を日本企業にアピールし、投資を呼び込む施策を、復興支援の一環として行うよう提案する。特に、停戦後の需要が予期される情報産業などに技術協力などの形で日本が参入することも考えられよう。
そのためには、日本・ウクライナ間のより活発な往来が求められる。現在ではウクライナ全土が外務省の退避勧告の対象だが、治安リスクに応じた安全対策を前提に、柔軟な運用と見直しを求めたい。
そのほか、日本語や日本の商習慣に通じたウクライナ人材の育成、汚職対策や法執行機関の能力構築などに対する支援も積極的に実施していくべきである。
提言2
北方領土・平和条約締結問題についての 現実的な見通しに基づく対露政策の立案
日露関係については、ロシア側の姿勢が抜本的に変化しない限り、北方領土・平和条約締結問題の解決は難しい。その前提にしたがって「戦略的コミュニケーション」を基本とし、対露関係を構築していくべきである。
安倍政権はロシアとの間で、北方領土問題の打開を目指して日露外交に取り組んだ。日本独自の地政戦略を構想しようと試みた点は評価できるものの、北方領土問題に関するロシア側の態度は軟化せず、領土交渉に応じる意図がなかったことも明らかになった。
ロシアに対しては今後、「侵略をやめて責任を果たし、国際秩序の正常なプレイヤーに復帰することが、必要かつ利益にかなう」とのメッセージを伝達しつづける必要がある。北方領土問題の好ましい解決は、その先にしか存在しえない。「日本はロシアの要求を受け入れる」と安易に認識されないためにも、ロシアがウクライナ侵略を停めない限り、日本側から北方領土・平和条約問題の交渉を持ち出すべきではない。
対露政策においては、「我が方がどうしたいのか」に留まらず、「我が方の振る舞いがどのように受け取られるのか」という戦略的コミュニケーションの考え方を取り入れることが重要である。
経済関係においては、対露制裁と同様に、EU諸国と歩調を合わせていくべきである。金融、エネルギー及び技術移転に関する制裁に関して、日本が「抜け穴」になる事態は避けねばならない。この点を含めて、ロシアとの経済関係には政治的状況との一定のリンケージを設ける必要がある。一方でウクライナ侵略や北方領土の不法占拠といった事態を引き起こしながら投資や貿易に期待するのは不可能だ、との明確なメッセージをロシアに送るよう求めたい。
中国や韓国の企業に対し、北方領土への経済的進出を行わないように働きかけを続けることも日本の外交姿勢としては重要である。これはロシアのウクライナ侵攻に批判的な国々に北方領土問題を訴えるチャンスでもある。
提言3
中、朝及び露の軍事的連携に対して 抑止の信憑性を確保するための安全保障連携の強化
ロシアが日本にとって差し迫った安全保障上の脅威となる可能性は、当面の間低い。極東ロシア軍の規模は極めて限られ、ウクライナ侵略後はさらに減少し、日本に本格侵略するとは予想し難い。ロシアを差し迫った軍事的脅威と捉えざるを得ない欧州正面とは大きく異なる。
他方、2022 年の国家安全保障戦略が指摘するように、ロシアは中国との軍事的連携を強め、軍事演習の規模、内容及び範囲等が年々拡大している。中国はロシア産エネルギーを購入することで戦費を支え、工作機械や半導体など軍需工業に必要とされるデュアル・ユース技術を供与してきた。
ロシアと北朝鮮の関係緊密化も顕著である。ウクライナの戦場では、ロシア軍が発射する砲弾の4割から半分程度が北朝鮮製で占められているとの推定があり、火砲や弾道ミサイル、多連装ロケットなどの供与もある。2024 年からは朝鮮人民軍から約1万人の兵士が派遣されたと見られる。
以上から、ウクライナ戦争はもはや、ユーラシア大陸の向こう側の出来事とは言えない。ロシアの侵略は直接・間接に我が国の安全保障を不安定化させており、日本自身の課題としての取り組みが求められる。ここでは、日本が取り得る政策の可能性を2 点提示したい。
第1は「撹乱(disruption)」を主たる手段とするものであり、対露制裁がここに含まれる。オホーツク海等ロシア極東部での(外国との共同実施を含む)演習もその1 つで、ロシアの戦略的計算を複雑化させる意味で有効である。
なお、このような演習が偶発的な衝突につながる事態を避けるために、信頼醸成措置(CBMs)の回復も必要とされる。ロシアを日本にとっての軍事的脅威へと不用意に押し上げないためには、最低限の透明性、意思疎通のチャネルを持つことが不可欠である。戦時状況を脱した後を見据えれば、時間を要するにせよ日露間の信頼醸成措置を段階的に再構築する手がかりともなり得る。差し当たって、現在は陸海のみとなっている在ロシア防衛駐在官ポストは、開戦前と同様に陸海空三自衛隊の常駐とするよう提案する。
第2の可能性は「協力(Cooperation)」を中心とする。最も重要なのは米国によるアジア防衛へのコミットメント確保である。そのためには、日本自身が米国への依存を可能な限り低下させ、「自国でできることは最大限にやる」姿勢をはっきりと示さねばならない。これは、拡大核抑止(いわゆる「核の傘」)のように日本単独では賄いきれない部分で米国のコミットメント維持を図るための交渉材料となろう。
欧州、インド太平洋諸国との協力についてもさらなる発展が望まれる。中国やロシアに対する日本の抑止力を確実にするためには、利害を同じくするあらゆる国・地域との幅広い協力が必要である。有事の弾薬及び物資の相互融通に加え、装備品の共同開発及び共同生産、平時有事における各種レベルの情報共有などが特に有望であると思われる。
日本とNATOとの協力を拡大するとともに、NATO以外のパートナー国との協力も進めたい。そこには、ウクライナも含めるべきだろう。
ウクライナがロシアの侵略を抑止できなかった要因は何か、4年にわたって抵抗を続けられたのはなぜか、社会や政府機能を維持し続けるための施策は何か――。ウクライナは、日本が学ぶべき経験を数多く持つ。官民学の幅広い専門家から成る調査団をウクライナに派遣し、聞き取りや現地視察を定期的に実施すべきである。
軍事面で見ると、ウクライナはロシア軍及び北朝鮮人民軍との実戦を経験している。我が国の国家安全保障戦略がロシアと北朝鮮を安全保障上の懸念国として位置付けているだけに、ウクライナ軍が持つ両軍との交戦経験を自衛隊にフィードバックするチャンネル構築が必要である。現状では陸空各1名とされている在ウクライナ大使館の防衛駐在官を、陸海空3 名体制とするべきであろう。防衛省の文官や教官の長期派遣、統合幕僚監部、陸海空幕僚監部、統合作戦司令部等からの調査ミッションの派遣等も想定できる。
将来的には、自衛隊とウクライナ軍による共同訓練、防衛研究所や防衛大学校など研究教育分野における相互連携、交換留学の推進も目指すべきである。
ロシア・ウクライナ戦争が将来、停戦・和平に向かう過程において、国際的な停戦監視・平和維持活動の枠組みが創設される可能性も視野に入れるべきである。日露の信頼醸成措置の再構築、日NATO協力の強化、防衛駐在官体制の強化、自衛隊とウクライナ軍との教育交流の拡充は、その際に大きな意義を持ち得るだろう。
本提言は、東京大学先端科学技術研究センター内のシンクタンク・プロジェクト「創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」が、外務省の外交・安全保障調査研究事業費補助金を受託し実施した研究活動をもとに策定した。小泉悠准教授が主導して本提言のとりまとめを担当した。提言は以下のROLESのサイトにも掲載されている。
本提言に関する問い合わせ等は以下にお願いします。