[English Translation of the Text of the Recommendation]

東京大学先端研・創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は19日、中東に関する提言を公表した。日本政府と国民に対し、外交・安全保障面で採るべき具体的な方針と政策を提案した。
「提言:日本政府への「中東地域外交のすすめ」」と題し、以下の3点を挙げた。
①「中東地域政策課」を創設し、中東の地域国際政治に一体・包括的に対処せよ。
②中東地域外交を東南アジア地域外交と接合せよ。
③中東地域に対する日本外交の多層的、多元的、多重的なチャンネルを構築せよ。

以下に提言のテキストを掲載します。提言のリーフレットをPDFでダウンロードすることができます。


提言:日本政府への「中東地域外交のすすめ」

提言1:
「中東地域政策課」を創設し、中東の地域国際政治に一体・包括的に対処せよ。

提言2:
中東地域外交を東南アジア地域外交と接合せよ。

提言3:
中東地域に対する日本外交の多層的、多元的、多重的なチャンネルを構築せよ。


欧米の影響力の後退、地域大国の台頭、エネルギー構造の変化、AI や戦略的な科学技術の急激な発展・導入など、中東を巡る情勢は近年めまぐるしく変化し、中東地域の内側の主要国が主導した国際政治が活発に展開し、地域秩序が形成されつつある。これに日本外交はどう対応すべきなのか。

東京大学先端科学技術研究センター創発戦略研究オープンラボ(ROLES)は2024 年、中東を中心にアフリカ、欧州、日本などからも研究者や政治家、官僚、国際機関関係者、NGO メンバー、ジャーナリストらをヨルダン・アンマンに招き、初の「日本・中東戦略対話」を開催した。2025 年は非公開会合「アカバ安全保障・戦略フォーラム」を7 月に開いたほか、11 月には規模を拡大して「第2 回日本・中東戦略対話」をアンマンで開催し、中東地域国際政治の最新の動向を現地で専門家から直接に聴取し、日本の立場を伝えつつ、議論に参加してきた。また、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビのシンクタンクと協力関係を深め、2024 年9 月には東京でAIと安全保障に関する国際会議を開催、2025 年12 月にはアブダビで国際シンポジウムを共催し、湾岸地域がグローバルにも主導権を握って進める、安全保障に関わる先端科学技術への戦略的投資について議論してきた。その成果として、日本の外交当局に以下の3 点を提言する。

提言1
「中東地域政策課」を創設し、中東の地域国際政治に一体・包括的に対処せよ。
外務省には、各国でなく地域として欧州を見る「欧州局政策課」があり、東南アジアを地域として見る「アジア大洋州局地域政策参事官室」がある。これらと同様に、中東地域全体を担当する部署として、「中東地域政策課」を外務省に設立すべきである。

もちろん、欧州には欧州連合(EU)、東南アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)といった地域機構があるのに対して、中東には地域政治の主要な場・メカニズムとして制度化された地域機構や多国間枠組みが存在しない。アラブ連盟や湾岸協力理事会(GCC)はあるものの、中東の大部分の国・地域が参加しているわけでも、地域国際政治の主要な舞台になっているわけでもない。外務省に中東全体を担当する課がないことは、それに対応する制度化された地域機構や多国間枠組みがないことに大きく起因するだろう。しかしながら、中東地域を2国間関係の束として、いわば「点」と「線」の束としてではなく、「面」として、中東の主要勢力間の相互関係において捉える部署の不在こそが、日本の中東政策の死角となっているのではないか。

なぜならば、中東の地域国際政治は、制度化された機構や明文で定められたルールによって行われているわけではないからだ。制度や明文のルールではなく、指導者間の臨機応変な交渉による、主要国間の多国間の均衡の絶えざる変化の中に中東地域政治は存在しており、それは近年ますます明確化し、自立化している。かつて中東地域・各国は米国の強い影響下にあり、米国の方針に沿って地域秩序も形成されていた。しかし、米国の中東関与からの後退により、現在は中東の複数の地域大国が競いつつ主導していく形に変化している。地域大国や有力国・勢力は、対立するばかりではなく、複雑に相互にバランスをとりながら中東地域秩序をつくっているのである。

中東地域政治の主要なアクターである地域大国は、例えばトルコであり、サウジアラビアであり、イスラエルである。ここにアラブ首長国連邦(UAE)やカタールなど、外交やメディアや先端科学技術への旺盛な投資と活用で台頭する小国だが有力な国も含めていいだろう。これらの国々に対し、日本はこれまで、2 国間関係を築くことに力を注いできた。それは価値あることだが、2 国間関係の束はそのままでは地域政策として発展しない。中東において展開する制度化されていない多国間関係の場に、日本が域外の重要なアクターとして関与しなければ、2 国間関係においても日本は相手国にとっての重要性を低減させていくだろう。

中東における紛争の勃発や激化も、その解決も、地域の安定も繁栄も、中東の大国・主要国・勢力の多国間関係の中で生じていくものであり、日本はこの関係の最新の動きを察知し、共に知恵を絞って、日本の国益に有利になるように地域国際政治の均衡点を見出していく必要があり、その潜在的能力がある。問題は日本の潜在的な能力を現実のものとし、現地の諸国からの期待に見合った手段を、日本は現在のところまだ持ち得ていないことである。中東の各国とだけでなく、「地域」と向き合って外交をすることを制度的に可能にするためには、日本側に中東地域政策課を設け、政策の対象と担当する主体を明確にし、流動的に展開する事態に即応する態勢を整えるべきである。

ROLES が2024 年から開催し、2025 年は11 月にアンマンで開いた「日本・中東戦略対話」はトラックII での日本の「中東地域外交」への取り組みの実験であり、モデルを示すためのものである。

提言2
中東地域外交を東南アジア地域外交と接合せよ。
以上の観点から展開されるべき「中東地域外交」は、日本が長く取り組んできた東南アジアに対する地域外交と接合することでより効果的に展開できる。日本はすでに、東南アジア諸国と2 国間関係だけでなく、多国間の関係も深く結び、地域秩序の形成に関与し、地域の安定に寄与してきた。東南アジア諸国連合(ASEAN)やアジア太平洋経済協力(APEC)など、東南アジアを中心とする地域機構、及びその機構によって推し進められる地域統合に、日本は直接・間接に当初からかかわってきた。地域の安定化のための仕組みづくりや信頼醸成に関与する経験を、日本はすでに東南アジアで積んでいる。

中東地域政策を、東南アジアの地域外交・地域政策と連動させることで、日本外交は活路を見出せるのではないか。アジアの経済発展に根ざしたグローバルなパワーの重心の移動により、東南アジアと中東の関係性は変化しつつある。東南アジアのムスリム諸国は、もはや中東を中心としたイスラーム世界の中での辺境ではなくなりつつある。日本は東南アジアで築いてきた外交資産を、中東に活かすべきではないか。その際には、日本の東南アジア地域外交自体を見直し、より東南アジアの主体性や活力を重視する、時代の変化によってすでに不可避となっている修正を加える必要がある。

2025 年7 月に7 年ぶりに閣僚会合がクアラルンプールで開かれた「パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合」(CEAPAD)は日本の中東外交と東南アジア外交の結節点として、再定義・再強化されるべきであろう。CEAPAD は「東アジア」の名を冠するものの、事実上は日本がASEAN 有志国と共同でパレスチナを支援する枠組みである。2013 年に日本の主導で発足し、その年に東京で、翌年ジャカルタで、2018 年にバンコクで閣僚会合を開いたものの、その後目立った動きがなかった。この枠組みの再定義は、中東外交と東南アジア外交の双方を再活性化させる。

かつて中東和平への取り組みが米・欧の独壇場であった時代においては、パレスチナ支援の日・東南アジアの協力枠組みも、米・欧、特に米国の中東政策の側面支援・貢献としての意味合いが大きかっただろう。東南アジアのムスリム諸国の鮮明な親パレスチナ姿勢は、日・東南アジアのパレスチナ支援の枠組みに対する欧米主要国の協力をむしろ阻害する方向にかつては働いたことから、CEAPAD の枠組みはそれほど成功したものとも将来性のあるものともみなされず、日本の外交政策の全体の中での重要性は必ずしも高くなかった。しかし東南アジア諸国の各国と地域としての発展と政治外交上の重要性の高まりと、対中東の国際外交・安全保障における東南アジアの重要性の高まりにより、日本の東南アジア地域外交は日本の中東地域外交の有力な資産として再定義されることでより大きな資産となる。

2025 年10 月13 日にエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催された、ガザ地区での戦闘終結に向けた国際首脳会議において、インドネシアのプラボウォ大統領が、トルコのエルドアン大統領やカタールのタミーム首長などの中東地域の主導国や米欧主要国の首脳と並んで出席したことは象徴的である。プラボウォ大統領はガザへの多国籍安定化任務や平和維持軍の派遣にも貢献する用意があることを再三表明しており、中東和平の実現に中東地域の大国・主要国と共に関与する主体となっていく可能性がある。

米国、欧州、日本だけでなく、東南アジアが中東和平のための国際的な取り組みに主体的・主導的に関与する時代が到来しようとしている。この変化は、CEAPAD 再活性化の意義を高めている。東南アジアとの関係強化を望んでいるのは、中東側も同じである。CEAPAD の枠組み再活性化・再定義し、中東と東南アジアの間に日本が立つ形となって、東南アジアの主体性を引き出すことが、日本の中東における存在感を高めるだろう。日本が主導するというよりは、日本が東南アジアの力を借り、中東地域における関与の度合いを深め、日本だけではできないことを、東南アジアと協力することによって実現するという姿勢に明確に転じることが不可欠である。

パレスチナ問題に対し、欧米とは異なる主張と立場を東南アジアは保持し、主張してきた。そこには欧米が自ら主導した中東国際政治によって生み出した中東の現状に対する批判も含まれる。欧米が中東において強い指導力を発揮できなくなった現在、中東の地域大国主要国の主導性に加え、東南アジアの主体性も中東和平においては重要な鍵となる。この二つの地域の活力を繋ぐ、日本の対中東・対東南アジアの地域外交の接合に、まだ試されていない可能性が秘められている。

日本は、東南アジアを対等なパートナーとして尊重し、協力して中東に関与することで、中東地域政策と東南アジア地域政策を活性化できるだろう。

提言3
中東地域に対する日本外交の多層的、多元的、多重的なチャンネルを構築せよ。
現在の中東では、軍事力や外交力に勝るイスラエルが影響力を急速に増大させ、地域内のバランスが不均衡になっている。イランを脅威と捉えていた国は減り、むしろ強くなりすぎたイスラエルを問題と認識する国が増え、均衡の再構築を模索する動きが進む。これは米国による、イスラエルを一定程度抑制したパレスチナ和平案を推進する動きに結びついた。

主要な地域大国間の合従連衡による均衡の変化が、中東国際政治の主要な要素となっている。この複雑な動きに日本が対応するためには、政府間の公式の「トラック1」外交だけでなく、多層的、多元的、多重的な外交チャンネルが必要である。有識者レベルでの戦略対話「トラック2」による臨機応変な情報交換のチャンネルを構築し、トラック1 の公式外交を下支えするのが望ましい。

なぜ「トラック2」が必要か。中東の地域大国間の均衡の絶えざる組み替えは、非常に動きが速く、大部分はインフォーマルな関係性の変化によって成り立っている。その情報は、あからさまに公然化してしまう前は非公式な形でしか伝わらない。トランプ大統領のガザ和平案のように突然表面化するまでは国際的な専門家のネットワークの間で水面下で伝わるものであり、その情報を得ていなければ、表面化した時に即応できない。

日本は中東地域の国際政治をめぐる非公式のネットワークに、現在のところ入ることができているとは言いがたい。例えば、2025 年10 月に突如としてエジプトで召集されたガザ和平のための国際会議に、欧米各国は即応して首脳レベルを送り込んだが、日本は閣僚ですらなく、大使の出席に留まった。中東との距離の遠さや国内調整の複雑さという問題はもちろんあるが、欧米各国が事前に水面下の情報を得て準備をしていた面も大きいと考えられる。ROLES が「日本・中東戦略対話」を組織し、中東の他の場所でも議論のプラットフォームに参加を試みている1 つの目的は、このようなインフォーマルな情報のネットワークにアクセスするチャンネルを作ることである。このような取り組みの積み重ねこそが、中東地域外交での多層的、多元的、多重的なチャンネルの確立に結びつく。

日本政府はその重要性を認識し、チャンネルの拡張に積極的に取り組むべきだろう。

 

本提言は、東京大学先端科学技術研究センター内のシンクタンク・プロジェクト「創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」が、外務省の外交・安全保障調査研究事業費補助金を受託し実施した研究活動をもとに策定した。池内恵教授が主導して本提言のとりまとめを担当した。

提言は以下のROLES のサイトにも掲載されている。
本提言に関する問い合わせ等は以下にお願いします。