コメンタリー

ヒスパニックの街にも出現した「トランプ王国」 第3部 民主・共和両党トップの認識 金成隆一

◆ケネディの写真が飾ってあるダイナー
スター郡の政界関係者が集うダイナー。こちらは民主党系のテーブル。隣の部屋には共和党関係者も集まるそうだ
 
 今回のテキサス訪問で、地元の政党幹部のインタビューは半ばあきらめていた。
 筆者にはテキサス州のヒスパニックコミュニティーに人脈がないし、今回は休暇での訪問であるため、所属する新聞社の媒体名も使っていない。日本からやってきた、特別な肩書もない筆者に時間を割いてくれないだろう、と考えていた。
 そもそも、現地滞在は7日間しかない。
  案の定、面会のアポは入れられなかった。それでも民主党関係者が集まるという話を聞き、地元のダイナーに4回食べに行った。
 店内に政治家の写真などないのに、大統領(当時)ケネディの写真だけは2枚飾ってあった。最近まで地域が「民主党の牙城」だったことに加え、ケネディが最初のカトリック教徒の大統領だったことも思い出される。ヒスパニックの多くもカトリック教徒だ。
大統領ケネディの写真。「1960年にウェストバージニア州オナで撮影」とある
 
◆なぜか会えた民主党委員長
 住民の97%がヒスパニックのスター郡で、筆者のような東アジア人は珍しい。来店2回目には店主が覚えてくれて、常連客である民主党有力者を紹介してくれた。現職の民主党委員長ヴェラリオスとも会えないかと期待したが、かなわなかった。
 ところが、滞在期間も残り2日間という晩、筆者が第1部に出てきたデイゴとノマとバーで食事していると、驚いたことに、筆者の背後にヴェラリオスも来店していた。デイゴがヴェラリオスの存在に気付き、声を掛けた。ヴェラリオスは「なんで声を掛けてくるのよ! せっかく記者に見つからないよう隠れていたのに」と大笑い。
 スター郡が共和党トランプにひっくり返されて以降、ヴェラリオスには国内外からの取材依頼が殺到。その対応に疲弊していたのだという。バー店内に、珍しい東アジア人がいるのに気づき、「きっと、あれが日本からやってきたジャーナリストに違いない」と気をつけていたところ、デイゴに見つかった、というわけだ。
 それで「じゃあ、明日の午後にWhataburger(ワタバーガー)で会いましょう」という展開になったのである。デイゴのネットワークの広さに再び救われたことになる[1]
 
◆「トランプが勝つ」15歳は選挙2カ月前に言った
スター郡の民主党委員長ジェシカ・ヴェラリオス
 
 テキサス州スター郡の民主党委員長ジェシカ・ヴェラリオスが、ハンバーガーにかぶりつきながら、2024年11月の大統領選を振り返った。
 「学校から戻ってきた15歳の息子が『今度の大統領選はトランプが勝つんじゃない?』と選挙の2カ月ほど前に言い出したんですよ」
 長男は当然、母親が民主党の地元トップであることを知っている。ヴェラリオスが「なんでそう思うの? トランプがここで勝てるわけがないでしょ」と理由を尋ねると、長男が示してきたのが動画投稿アプリのTikTok(ティックトック)だったという。
 画面には、左右の腕を交互に上下に動かすトランプが映し出されていた。この「トランプ・ダンス」が、当時ティックトックやスナップチャットでトレンド入り。学校では、子どもたちがダンスをまねして遊んでいたという。
選挙後も踊るトランプ(出典:ホワイトハウスのXアカウント)
 
 筆者の目の前で、ヴェラリオスも「おかしなダンスでしょ?」といった表情で、腕を交互に動かして見せた。
  「でも、このダンスがSNSで繰り返し表示され、若者に人気になり、(私の家でもそうだったように)家族の中に入っていった。そうやって、(民主党候補)カマラ・ハリスが生み出せなかった有権者との『コネクション』『近づきやすさ(approachability)』ができていった[2]
 地元の民主党トップとの取材で、最も印象的だったのが、この「コネクション」「近づきやすさ」という指摘だった。候補者が醸し出す「親近感」といったところだろうか。
 
◆「コネクション」が「近づきやすさ」に
 ヴェラリオスは、政治家が一般有権者とつながることの意義を強調した。
 「トランプは、とにかく『つながる力』を持っていた。少なくとも3回はテキサス州南部にやってきて、SNSでもトレンド入りすることで人々と繋がり始めた」[3]
 ヴェラリオスは、ここでいったん地元保安官を決める選挙の話を挟んだ。
 「ここで保安官に選ばれた候補者は、コネクションを作るためにPeter Piper(地元ピザ店)に何度も顔を出し、店内にいる全員に声をかけていた。候補者本人の『近づきやすさ』は重要。有権者は『彼を知っているよ。Peter Piperで話したことがあるんだ。何か困ったことがあれば、彼に声を掛けられる』と感じる。これが親しみやすさ。ヒスパニックのコミュニティでは、compadres(仲間意識)やfamilialism(家族愛)が大きな意味を持つ。ヒスパニック文化の大きな要素です
 トランプのテキサス南部訪問とSNS戦略が、近づきやすさを醸成していたとの見方だ。
 「トランプは繰り返し国境に視察に来た。すると人びとは『トランプがまた来た。地元が抱える問題を気にかけていて、私たちの苦労を理解しているに違いない』と感じる。でも実際は、トランプは自宅に戻れば、あらゆる種類の憎悪や人種差別的な言葉を吐き出している。しかし、ここの人びとは全国ニュースのヘッドラインをいちいち追わないので、そこまでは知らない。そして投票日に『トランプは石油・ガス産業を推進する。彼は中絶反対派だ。私はカトリック教徒だ。彼が私の推しだ(He's gonna promote the oil and gas industry. He's anti abortion. I'm Catholic. That's my guy)』となったのだろう[4]
 
◆人種差別も「財布に響かなければ見逃す」
スター郡にも天然ガスパイプラインが走っている。エネルギー産業は貴重な雇用の場になっている
 
 ヴェラリオスは、経済(エネルギー産業、雇用)と文化(中絶、宗教)に触れた。それぞれについても語ってもらった。
 スター郡での雇用機会は限定的で、高校を卒業後の働き場は従来、学校か自治体かフィールド(農作業)の3択だったという。農作業とは、第1部で紹介したデイゴやノマが8歳から働きに出ていた農作物の収穫だ。 
 近年そこに新たに加わったのがエネルギー産業だという。ヴェラリオスが言う。
 「多くの青年は、大学進学しなければ、エネルギー業界に向かう。ほぼ全ての家族に、天然ガスのパイプライン業界で働いている誰かがいる。私の兄弟も働いている。ヒスパニックは、家族の支え合いが強く、もし誰かがパイプライン業界で仕事を失えば、そのダメージが結果的に家族全体に響くことを理解している。バイデン政権が気候変動対策やグリーンエネルギーに力を入れたとき、それは(次の大統領選に向けての)大きな危険信号だった
 民主党政権の姿勢は「もう新たな化石燃料の採掘を許可するつもりはない」というメッセージとして広まってしまったという趣旨だろう。ここで、「ドリル、ベイビー、ドリル」のメッセージで化石燃料増産の立場を明確に掲げていた共和党トランプがアピールすることになる。
 
 「この地域では、とうぜん人種差別的なレトリックは人気がない。しかし、それが自分の財布に響くのでなければ、見逃す人もいる。私は『人種差別主義者が大統領になっても構わないのか。性差別主義者、性犯罪者(sex offender)が大統領になっても構わないのか』と(トランプ支持に流れた人びとに)尋ねたが、『仕事がある限り、気にしない』という答えだった」
 そして、こう続けた。
 「残念です。なぜなら、この地域は経済成長してきたとはいえ、共和党政権を歓迎するほどの余裕はないから。スター郡の住民の大半は貧困層から中流階級で、共和党政権の恩恵を受けることはない。ただ、こういう理解が難しい。一帯を歩けば、いくらかは理解する人がいるかもしれないが」 
 ヴェラリオスがこう言うのは、共和党政権はいずれ富裕層向けに減税し、社会福祉の削減を模索するという認識があるからだ。

◆カトリック信仰を「うまく利用した」トランプ
 文化的な争点では、トランプ陣営はより巧みだったという。
 「文化的に言えば、トランプ陣営はイメージを巧みに拡散し、ヒスパニックの心に訴えかけ、自分と重ね合わせることができるように仕向けた点では、成功したと言うしかない」
 その代表例が、マチズモ(machismo)の考え方という。
 「日本でもこの言葉を聞いたことがありますか? 男性家父長制(male patriarch)、男性優位(male domination)のことです。トランプはその文化の典型例(epitome of that culture)。この地域の男性の一部は『トランプにはたくさんの女性がいる。大物に違いない(he's got a lot of women. He's a big man.)』となってしまう」
 中絶反対の姿勢もトランプ陣営はうまく「売り込んだ」という。ヴェラリオスの説明に力が入った。
 「この地域は伝統的なカトリック信仰(traditional Catholicism)が強く、トランプ陣営は(中絶反対を掲げることで)それにうまく乗った。私自身はカトリック教徒だが、中絶の権利は支持する。周囲から『中絶を許容するなら、真のカトリック教徒ではない』と批判されたことがある。そんなとき、私は『キリストはすべての人を平等に愛し、女性と男性は互いに平等であるべきだと教えてくれた。自分の体についての判断を、女性本人以外に誰ができるというのか?レイプされたり、命の危険にさらされたりしたらどうするか? 十分な知識もない政治家ではなく、医師から得た情報に基づいて女性自身が選ぶべきだ』と答えてきた。しかし、人々はそうではない。共和党支持に転じる『言い訳』にカトリック教徒であることを使っている」
 
◆破壊力があった文化争点
 選挙戦で影響力のあった共和党側のイメージ戦略は、例えばトランスジェンダーとプロナウン(代名詞)だったという。
 「これら2つは大統領選における争点ではなかったが、(民主党批判に)効果的だと分かっていた共和党は利用した。カトリック教徒の多い地域で、有権者が受け入れないことを、彼らはよく理解していた。『民主党政権が続けば、(女性に性転換したと主張する)男子が女子更衣室に入ることができるようになる』という話を撒いて、ヒスパニック系の家庭に警報を鳴らして回った。効果的な選挙プロパガンダだった。『男子が自分の娘の更衣室に入ってくる可能性がある』となれば、普段は政治に関心を示さない人も『なんだと、その話なら重要だ』と反発するのだから」

 同様に、共和党側はプロナウン問題もうまく活用した、とヴェラリオスは言う。
 「LGBTQについては、若い世代の間で以前よりずっと受け入れられている。地元高校には、性的少数派の生徒を支援するグループもある。男子生徒がハンドバッグを持って学校を歩いているのも大丈夫だが、それ以上になるとそうではない」
 教育現場で、女子用と男子用以外の第3のトイレを用意するべきか。「彼女」「彼」という従来の選択肢以外の代名詞を導入するべきか――。そういった具体的な課題に直面すると、多くの人々が「私たちを混乱させないで(Don't confuse us)」と反発を示した、という。
 「共和党の選挙戦略はこの点でも効果的だった。『民主党があなたを混乱させている。彼らは今、プロナウンに力を入れていて、第3の更衣室を導入したがっている。民主党は、男子が女子更衣室に入ることを許可し、女子が男子スポーツに参加するようにしたがっている』とのメッセージを発信し続けた。すると、有権者は民主党を受け入れなくなった」
 
◆性中立代名詞で割れる世論
 このプロナウンを巡って、米世論は割れている。
 米公共宗教研究所(PRRI)の2023年調査では、友人が「he」や「she」ではなく「they」などの性中立代名詞を使っていると知った場合、「違和感なし(comfortable)」とした人は35%、「違和感あり(uncomfortable)」は40%だった[5]。党派別では、「違和感なし」は民主党員(53%)が共和党員(17%)より多く、「違和感あり」は共和党員(65%)が民主党員(24%)より多かった。
 カトリック教徒は文化争点で保守的な傾向がある。同じ調査では、性別には男女の2種類しかないと考える割合は66%だった[6]。文化争点で保守的だが、それでも民主党支持の傾向が強かったヒスパニック票を獲得するため、共和党が文化争点を強調したと考えられる[7]

◆ハリスは「危険なほどリベラル」との批判
民主党ハリスを「危険なほどリベラル」と印象づける動画が大統領選の前に拡散された
 
 こうした環境下で、民主党候補ハリスを、西海岸カリフォルニア州出身の「危険なほどリベラル」と批判するキャンペーンが2024年の大統領選の前に展開された。カリフォルニア州はリベラルというイメージが定着している。
 引っ張り出された映像の一つが、2022年のホワイトハウス会議での本人の発言だった[8]。ハリスは自己紹介で「私はカマラ・ハリスです。代名詞はsheとherです。私は青いスーツを着てテーブルの前に座っている女性です」と発言し、その部分だけが切り抜かれて拡散した。
 しかし、重要な背景説明が抜け落ちていた。
 ハリスは、視覚障害者を含む参加者との会合に臨んでいたのだ。この背景説明がないまま、発言部分だけが、各種SNSに投稿された。背景説明をしないのは、「ハリスは超リベラルで、代名詞に過剰にこだわっている」との印象を広める狙いがあるからだろう。
 AFP通信のファクトチェック記事[9]によると、動画はXだけでなく、FacebookやInstagram、Threads、TikTok、YouTube、Reddit、Rumble、LinkedInなど様々なプラットフォームで拡散された。言語もスペイン語やイタリア語、韓国語など多様だった。実業家イーロン・マスクを含む著名人も拡散に加わったという。
ハリスを批判する文脈で切り抜かれた2022年のホワイトハウス会議の動画(ホワイトハウスのアカウントから)
 
 ニューズウィーク誌のファクトチェックは「発言は事実だが、重要な文脈が示されていない。ハリスの動画は、ホワイトハウスで障害者支援団体と行われた会合の様子を撮影したものだった。彼女の性別、代名詞、服装の発表は唐突なものではなく、視覚障害者の理解を助けるための、多様性と包摂性の取り組みの一環だった。動画は、この文脈から切り離されており、彼女の行動を奇妙に見せかけるため、また代名詞の使用を揶揄するために作られたようだ」と解説した
[10]

◆注目は「トランプの後」
 2024年の結果を受け、ヒスパニックや黒人、アジア系などのマイノリティーは民主党支持の傾向が強い、という教科書的な理解も転換点を迎えたのか――。よく指摘される点を問うと、ヴェラリオスはこう答えた。
 「そうではないことを願う。『トランプ・トレイン』を真似できる人はいない。マイノリティーが共和党に流れたのは、トランプが候補者の時だけであることを願う。リアリティ番組のパーソナリティとして培ったスキルを真似できる人は他にいない。トランプにはセレブリティの地位もあるが、他の政治家にはない。一度きりのことだと期待したい。とはいえ、これは私の希望に過ぎない。間違っているかもしれない」
 では、いったん共和党支持に流れたヒスパニック票は、どんな条件下で戻ると思うか、との質問には、こう答えた。
 「期待していたものを得られなければ、彼らは(民主党支持に)戻ってくるだろう。なぜなら、繁栄を期待したのに、いずれ政府の支援などもろもろが削減されるからだ。しかし、連邦政府の資金がこのエリアにより多く配分され、貧困層や中流階級の暮らしを助け始めたら、戻ってこないだろう」と答えた。

◆共和党トップに会いに行く
「牧場」の中を進むのは困難だが、摘発を逃れる移民は中を進むこともあるという
 一方、共和党の地元トップは2024年のトランプ勝利を、どう捉えているのだろうか。
 主要道から大きく離れて20分ほど「牧場道路(ranch road)」を進んだ先の自宅で、面会できた。牧場道路と書いても実態が伝わらない気がするが、ピックアップトラックがぴったりのラフな未舗装道だ。アメリカの地方でピックアップトラックが人気な理由がわかる。

 テキサス州スター郡の共和党委員長トニ・トレビーノは、夫で元共和党委員長のベニートと一緒に迎えてくれた。
 トニは、ヒューストン出身で、連邦検察官を21年間務めた。ベニートはスター郡で生まれ育ち、1986年から2002年まで共和党委員長を務めた。トニは冒頭に「私はヒスパニック系ではないけど、ベニートはヒスパニック。『白人である彼女が、どうやってヒスパニック系を代表できるんだ?』と疑問視する人がいれば、夫はここで生まれ育ったヒスパニックなので2人で代弁します、と言うつもり」と言った。ヒスパニックが97%を占める地域で、白人の党委員長としての苦労があるのかもしれない。

◆トランプは「労働者のための大統領」と認められた
テキサス州スター郡の共和党委員長トニ・トレビーノ(左)と、夫で元共和党委員長のベニート(2025年2月)

トニは、投開票日の何カ月も前から記者らに「トランプはスター郡でも勝てる」との見方を示し、理由は「経済と雇用。特にエネルギー産業の雇用」と説明してきたという。やはり、「ドリル、ベイビー、ドリル」が効いたとの見方だ。
 トニは、エネルギー産業の位置づけをこう語った。
 「テキサス南部は歴史的に『移住労働者(migrant workers)』で知られ、労働者たちは作物を追って移動していたが、今では若い人たちが石油・ガス田を追って移動するようになった。地元民はテキサス南部を愛しているので、若い男女は働きに出るが、ここで家を構えて家族を築く。彼らは家族を養うためにお金を持ち帰る。バイデン政権下では、石油・ガス探査が不利な状況になり、多くの雇用が失われた。トランプが当選するとすぐに、近隣の石油・ガス産業で再び雇用が生まれるとの期待が高まり、人々は一斉に仕事を探す電話をかけ始めた
 家族と少しでも長く過ごすには、少しでも多く稼いで戻ってくる必要がある。稼ぎが減れば、家に戻れる日数が限られてしまう。ここではエネルギー産業の安定が何よりも重視されている、という趣旨だ。
 「その意味で、トランプは自身のメッセージ力で勝った。最高のセールスマンで、最高の選挙対策本部長だった。雇用への期待を膨らませただけでなく、誰もが食品店で値段の高さに憤っているときには物価上昇を批判し、彼は『労働者のための大統領』と認められた。ここには暮らしに余裕のある人はいない。明日の暮らしのために日々働く人ばかりです」
 トニが最初に強調したのは、トランプが発した労働者へのメッセージ力だった。
  
◆トランスジェンダーは「周辺的な問題」
ホワイトハウスで開かれた2023年プライドイベントの様子(出典:ホワイトハウスのユーチューブチャンネル)
 
 一方、トニの目に民主党の戦略はどう映っていたのか。筆者が「『民主党は労働者階級のための政党』という認識は、古いのか?」と聞くと、トニは次のように答えた。
 「バイデン政権下の民主党は、国民の大多数の声に全く耳を傾けていなかった。インフレには外的要因が多く、すべてバイデン政権に責任があるとまでは言わないが、国民が何とか生き抜こうとしているときに、民主党は、インフレについて話すことを避けているように見えた。むしろ、自分たちがより重要だと考えていたプロナウン(代名詞)など、多くの周辺的な問題(fringe issues)に気を取られていた。私たちは、その姿勢に憤慨した。民主党は、そういった国民の反応を全く理解できていなかった」
 ここでも、プロナウン(代名詞)が出てきた。 相当なインパクトを持ったということだろうか。これらの課題をトニが「周辺的な問題(fringe issues)」と表現する理由を聞いた。重要度は低い、というニュアンスが強いからだ。
 「トランスジェンダー関連の全ての問題は、明らかに周辺的な問題だ。ここの有権者、スター郡だけでなく、テキサス州南部の有権者にとって懸案ではない。ここは非常に保守的なコミュニティで、学校で(性転換手術した)男子が女子更衣室に入ろうとするなんて想像もできない。そんなことは起こらないので、誰も関心がない。ホワイトハウスでのゲイ・プライドのイベントも、ここの有権者には少しやりすぎ(a little over the top)だった。他人の性的嗜好なんて誰も気にしていない。でも、公衆の面前でパレードするなど、人前でひけらかしたり、そういったライフスタイルを誰かに受け入れさせようとしたりするのであれば、我慢できないという反発を生むということだ」
 
◆民主党は「ここの有権者と対話できていない」
ニューヨークのプライド・パレードの様子(2018年6月)
 
 ここでも、筆者が意識していなかった事案に遭遇した。トニが指摘した「ホワイトハウスでのゲイ・プライド」だ。米国では6月になると[11]、性的マイノリティーの権利擁護などを訴えるイベントが各地で開かれる。
ホワイトハウスでも、大統領バイデン(当時)は2023年6月にイベントを開いて性的マイノリティーの人びとを招き、「あなたは愛されています。あなたの声は届いています。あなたは理解されています。そして、あなたは社会の一員です」と演説した。
 プライド月間のイベントとしては、ニューヨーク・マンハッタンで開かれるパレードが知られる。ありのままの自分にプライド(誇り)を持つという意味で、「プライド・パレード」などと呼ばれる。現場は大いに盛り上がるが、これに反発する人びとがいる、というのがトニの趣旨だ。
 これがホワイトハウスでの政府イベントとなると、違和感を覚える人がさらに増えるということだろう。第2部でロマ市の市長が、オバマ時代にホワイトハウスがレインボーカラーにライトアップされたことを指摘し「オバマが国を疎外し始めた」と話したことが思い出される。
 トニは言う。
 「とにかく民主党は行き過ぎた。左傾化しすぎた。ここの人たちは、私に『民主党政権下で、トランスジェンダー問題はどうなっているの?』と聞いてくるので、私は『トランスジェンダーはここでは問題になっていない。男子生徒が女子更衣室に入ろうとしたり、女子スポーツをやろうとしたりしない。そんなことは起きない』と応じる。それでみんなが安心する。人びとは文化的にとても保守的だ。民主党がトランスジェンダーの権利について語っていたとき、ここの有権者と対話できていなかったのだ
 
◆「ここで勝てるのはトランプだから」
共和党委員長トニ・トレビーノ(左)と、夫のベニート(2025年2月)
 トランプがテキサス州南部で勝利したことで、民主党優勢だったこの地域が今後も共和党優勢に変わるのかと尋ねると、2人は首を横に振った。
 40年以上も地元政治に携わってきたベニートが説明してくれた。
 「少しずつ共和党の方向に進んでいるようには見える。人々はやっと共和党が悪い人間ではないと気づき始めた。私たちが地元経済を改善しようとしていると理解し始めた。私は、自分が生きている間には見られないかもしれないが、いつかは郡レベルでも共和党候補が勝てるかもしれないと希望を持てるようになった。ただ、今回トランプはスター郡でも勝利したが、彼だから勝てただけで、私たち(の実力)とは何ら関係ない。他の全ての地方選で共和党候補は1対2で負けた。これが現実だ」
 そして、その現実を具体例で示した。
 「たとえば、地元警察官として、さらには国境警備隊員として20年以上働き、引退後に(公選職である)保安官に共和党から立候補した人ですら、獲得できたのは5千票で、(民主党の)相手は1万票だった。文句なしのキャリアでも(共和党候補として)勝てなかった」
 ベニートは、トランプの得票数の伸びもそらんじた。「トランプは2016年大統領選で勝ったが、ここスター郡での獲得票は2千票強で、9千票以上のヒラリーに負けた。トランプは2020年、8千票まで伸ばしたが、バイデンがやはり9千票を獲得したので負けた。そして今回、ついにトランプが9千票以上に到達し、6千票台に沈んだハリスを打ち負かした。これはトランプにしかできないことだった」
大統領選におけるスター郡でのトランプの得票率の推移(赤丸部分)。2016年以降、約19%→約47%→58%と着実に積み増したことがわかる
◆民主党から数千票が離れた理由
 ベニートは、民主党が減らした数千票について、自身の見方を示した。
 「ここの住民はとても貧しかった。私もとても貧しい家庭に生まれた。出稼ぎの農場労働者だった。作物の収穫時期になると、学校が休みになる前に、父に『息子たちよ、みんな学校を休まなければならない。農場で働き始めなければならない』と言われた。私たちはスター郡から始めて、テキサス中部、北部に行き、トマトやピーマンなどの作物がなくなるまで北上した。私の時代は高校卒業後も、農場で綿花や果物を摘んでいたんだ」
 それがトランプら開発推進派の後押しで変わった。かつての「農業」労働者(“farm” workers)は、ガスや石油の開発が加速したことで「産業」労働者(“industrial” workers)になったという。
 「彼らはエネルギー産業で給料の良い仕事に就けるようになった。パイプラインや掘削工事が各地で始まり、私の甥や姪たちも様々な技能免許を取得し、自家用車を買ったり、家を建てたりしていた。ところが民主党バイデンの就任後、カナダからのパイプライン建設を止め、掘削も探査も禁止するなどエネルギー開発にブレーキがかかったため、大勢が職を失った。もちろんスター郡は打撃を受け、民主党は2千~3千票を失ったのだ」
 確かにバイデンは2021年1月の就任初日、カナダ産原油をテキサス州に運ぶ「キーストーンXL」パイプラインの建設許可を撤回した。この計画はオバマ政権下で却下されたものだったが、トランプ前政権が推進を掲げて復活させていた。これを民主党は政権奪還後に再び阻止したということになる[12]

 ベニートの話が終わると、隣のトニが言った。
 「トランプは、民主党の看板を奪って『労働者の大統領』になった。ベニートが言うように、ここの若者たちはバイデン時代に失った高給の仕事を取り戻すためにトランプに頼った。これがトランプだけでなく、今後、共和党全体をも引き上げるのか否かは、中間選挙の(テキサス州)知事選で見えてくるだろう。共和党が優勢になる『本当に変化』が起きているのか、それともトランプ効果にとどまっているのか、はっきりするだろう」

 本稿の前半で紹介した民主党委員長と同じように、共和党委員長トニも、元共和党委員長ベニートも慎重な見方を示したのが印象深い。かつて民主党の常勝地区だったテキサス州スター郡など国境沿いの地域が、トランプ共和党にひっくり返されたのは一過性の出来事に終わるのか、それとも「地殻変動」だったのかの判断は時期尚早ということのようだ。(敬称略)
(金成隆一)

[1]デイゴは、第2部で紹介したテキサス州スター郡にあるロマ市の市長ハイメ・エスコバルも筆者に紹介してくれた。
[2] BBCは「ドナルド・トランプのダンスがTikTokで話題になっている。米次期大統領のトレードマークとも言える、腰を揺らしたり、拳を突き上げたり、時にはゴルフスイングをしたりといった動きは、ハリスに勝利して以来、人気を集めている」と伝えた。アメフトや格闘技、ゴルフ、英サッカーの選手にも広がったという。BBC, “What is the 'Trump dance'? And where have we seen it in sport?” 19 November 2024
[3]筆者が把握している限りでは、トランプは少なくとも2回、テキサス州南部を訪問した。2024年2月のブラウンズビル(Brownsville)と、同日のイーグルパス(Eagle Pass)だ。
[4]同様の見解は、アリゾナ州選出の上院議員ルービン・ガイエゴ(Ruben Gallego)も米メディアに語ったことがある。ガイエゴは「労働者階級のラティーノ家庭で育った」と自己紹介した上で、ラティーノの建設作業員をたとえに出し、早朝から現場で肉体労働に従事し、ヘトヘトになって夕方に帰宅し、シャワーで汗を洗い流した後、就寝するまでの数時間を「ニュースを見るのに費やしたいか? 政治の話に時間を費やしたいか? なわけないでしょう。家族や友人と過ごしたい。今日も最悪(suck)だったし、明日もまた最悪になるのだから」と説明。一般論として「ラティーノの労働者階級の男性は熱心に政治を追わない。私たちが普段見ているような政治ニュースの消費経路から切り離されている」と述べ、民主党の戦略の見直しの必要性を語った。The David Frum Show: Trump's Plot Against the 2026 Elections, Jun 11, 2025
[5]PRRI ”THE POLITICS OF GENDER, PRONOUNS, AND PUBLIC EDUCATION, Findings From the 2023 Gender and Politics Survey”の14頁参照。「違和感なし(comfortable)」も「違和感あり(uncomfortable)」も、「とても(very)」と「いくぶんか(somewhat)」の合計。23%は「どちらでも構わない」と回答した。
[6]「性別には男女の2種類しかない」と考えるヒスパニックのカトリック教徒の割合(66%)は、白人のエバンジェリカル(92%)やヒスパニックのプロテスタント(81%)、黒人のプロテスタント(73%)、白人のカトリック教徒(69%)に比べると、相対的には低い。
[7]アメリカ居住者が感じた「多様性疲れ」をうまく説明した文章に以下がある。西海岸在住のグリーンバーグ美穂は「私自身はリベラルな社会的政策を支持する西海岸地域の典型的な居住者なので、DEIの促進や啓蒙活動は継続すべきと考えます」と自身の立場を示した上で、「しかし、そんな私ですら正直、「多様性疲れ」を感じることはあります」と綴る。そして、こう続けた。「例えば、性自認が男女いずれにもはっきり当てはまらない「ノンバイナリー」の人が会議のメンバ―に入っていたときのこと。その人は自分に使って欲しい代名詞を、「He」か「She」ではなく、ノンバイナリーの「They」と呼ばれることを希望していました。その人は見た目は女性なので、うっかり「彼女が言ったみたいに….(As she sad…)」と言ってしまったら、「they!」と即座に数名からギャンギャン怒られました。しばらくしてまた「she」と間違ってしまったのですが、再び怒られることに。もうその日は発言が控え気味となりました。(中略)その会議での代名詞エラーは、100%わたしの落ち度で不注意はあるものの、正直「もう代名詞めんどくさい」という思いがよぎったのは否めません」。Globe+、グリーンバーグ美穂「トランプ政権のDEI政策の転換はやりすぎ?それでも「多様性疲れ」を否定できない米国」(更新日:2025.06.02 公開日:2025.05.13)
[8] The Biden White House,  “Vice President Harris Meets with Disability Rights Leaders” (Youtube, 2022/07/27)
[9] AFP, Nahiara S. ALONSO, “Video of Kamala Harris meeting with disability advocates circulates without context” Published on July 24, 2024
[10] Newsweek, Tom Norton, “Fact Check: Did Kamala Harris Announce Her Pronouns and Outfit in Meeting?”(Published Jul 27, 2022)
[11]1969年の6月、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン(The Stonewall Inn)」に押し入った警察官に、居合わせた客が抵抗したことを記念し、毎年6月が「プライド月間」になった。
[12] Politico, Ben Lefebvre and Lauren Gardner, “ Biden kills Keystone XL permit, again” (01/20/2021)