論文

2021 / 07 / 15 (木)

ROLES REPORT No.12 桒原響子 「「人間の認知」をめぐる介入戦略 ― 複雑化する領域と手段、 戦略的コミュニケーション強化のための一考察」

 はじめに
 本稿は、大国間競争時代において、戦闘領域が拡大しつつあり、世論や情報をめぐる戦闘手段の境界が曖昧化し ている現状について、特に中国のオペレーションを中心に考察するものである。
 情報通信技術(ICT)や AI 技術の飛躍的発展に伴い、戦闘空間が物理的範囲から「人間の認知」を含む無形空間 に拡大している。これは中国人民解放軍が追及する「智能化戦争」の特徴の一つである。「智能化戦争」は、高度な 自動化、ビッグデータおよび AI 等の技術によって強化された軍事システムによって戦われる戦争であり、また、戦闘 領域、情報領域、認知領域、社会領域を融合するものであるとされ、認知領域から社会領域という社会科学の分野 にまで領域が及んでいることが特徴的である。同様に新しい技術を使用することによって世論工作の手段も拡大し ており、伝統的なものからソーシャルメディアや新たなアプリ等を用いたディスインフォメーションの拡散にシフトす るなど、よりわかりにくく、拡散力の強い手段になっている。
 他方、こうした状況に対する日本の認識は、権威主義国家による世論操作やディスインフォメーション・キャンペー ンに代表されるようないわば「悪意のある」影響力にようやく関心が向けられるようになったが、その認識レベルは低く、 また、これらに対する具体的な対応は初期段階にあり、到底十分とはいえない状況である。さらに日本が外交分野 において「対外発信」という際、未だ日本の伝統文化やポップカルチャー等の現代文化といったソフトパワーを中心 とした情報発信や文化交流、人物交流事業に終始する傾向にあり、安全保障の要素が欠落しているため、現実の 国際情勢に対応しきれていないのが実情だ。
 また、世界的には世論に影響を及ぼす各種オペレーションが多様化しているが故に、情報の価値や正誤、さらには発信する側の意図を正しく判断することがより困難になっているという課題もある。中国の智能化戦争やハイブリッド戦、網電一体戦1等に含まれる世論工作は、伝統的なパブリック・ディプロマシーと手段や方法論で共通するとこ ろが多いが、その中国のパブリック・ディプロマシーが他の民主主義国家から「プロパガンダ」「スパイ活動」「シャープパワー」などと非難されるケースも目立つ。
 そこで本稿では、①軍事作戦の一部としても用いられる世論操作や情報操作等、いわば「人間の認知」領域への オペレーション(以下、「介入戦略」とする)が、一国の政府の政策決定過程、世論形成過程および情報の流れに影 響を及ぼすという事実を理論的に捉え、②各種介入戦略の定義を確認し、これら戦略の共通点や相違点を整理する。 ③そして、これら介入戦略を取り巻く環境がどのように変化しているかを分析し、それがどのように介入戦略に影響 を与えているかを検討し、④その上で、日本をはじめとする民主主義国家における課題と日本に求められる戦略的 対外発信のあり方について考察する。介入戦略の定義や各介入戦略の共通点と相違点、さらに「人間の認知」を取り巻く環境やその変化を整理し理解しておくことは、我々が相手国の意図や目的を正確に認識するだけでなく、情報の安全保障における日本の脆弱性を理解し、日本が「認知」をめぐる戦いにいかに立ち向かっていくべきかを検 討する上で重要な作業となろう。

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※こちらの論文の加筆修正版は『ROLES Review vol.1』にて掲載しております。
『ROLES Review vol.1』(2022.3.31発行)

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