本稿は、ウクライナ戦争下の2024年8月に発足したロシア海洋参議会に焦点を当て、その機能について論じるものである 。手法としては、大統領令をはじめとする規範的文書および人事政策の分析を通じて、基本的な制度設計を明らかにし、実際の活動からその機能について検討する。ウクライナ戦争下のロシアにおける海洋政策のメカニズムや最近の動向を把握することは、今後の日本の対露政策を検討する上で、欠かせない作業であると筆者は考える。
 2025年10月2日、プーチン大統領の側近の一人、ニコライ・パートルシェフ大統領補佐官が択捉島への訪問を計画していると報じられ 、前年のセルゲイ・キリエーンコ大統領府第1次官に続く北方領土への要人訪問として注目を集めた 。その後、訪問中止の続報が流れたものの、今般のパートルシェフ補佐官によるロシア極東地域、チュコトカ自治管区、サハリン州、ハバロフスク辺区における視察そのものが、現代ロシアの国家安全保障政策、とくに海洋安全保障政策を分析する上で、重要な意味を持つものとなった。
 国家保安委員会(KGB)防諜部門の出身者で2000年代の第1次プーチン政権において連邦保安庁(FSB)長官を務めたパートルシェフは、生粋の「シロヴィキ」(治安機関関係者)であり、2008年から2024年までおよそ16年にわたり国家安全保障政策の司令塔である安全保障会議の書記として大統領を支えた。
 2024年5月の第2次ミシュースチン内閣の成立に合わせて、5月12日、パートルシェフは安保会議書記から大統領補佐官に配置転換となり 、同じく大統領補佐官に任命されたトゥーラ州知事のアレクセイ・デューミンとともに、クレムリンにおける新たな任務に注目が集まった 。彼らの所掌事項について、ドミートリ・ペスコフ大統領報道官は、5月14日、デューミン補佐官は軍需産業、スポーツ及び国家評議会、パートルシェフ補佐官は造船を担当すると発表した 。この時点では、軍需産業という戦時下の最重要政策課題を任されたデューミン補佐官とは対照的に、まもなく74歳の誕生日を迎えようとしていたパートルシェフ補佐官は、政治の第一線から退いたように思われた。しかし、同年8月以降、パートルシェフ補佐官の動きが活発化する。

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