はじめに 冷戦終結から30年が経過し、各国の史料館では30年ルールに基づいて冷戦終結期の政府文書の公開が進んでいる。これを受けて、外交史・国際関係史研究は冷戦終結がまさに最前線となり盛り上がりを見せている。 日本外交史研究においても、冷戦終結期を扱った研究がここ数年で多く公刊されるようになってきた。近年の冷戦終結期を扱った日本外交史研究の特徴の一つに、日本の外交史料館で公開されている外交文書だけでなく、イギリスやアメリカといった各国史料館にて公開された政府文書を用いたマルチ・アーカイバル・アプローチを使用した「国際関係史の中の日本外交」という視角がある。 筆者も、これらの研究潮流を踏まえ2025年1月に冷戦終結期の日本外交、特に湾岸危機・湾岸戦争における日本外交をテーマに修士論文を提出した。 修士論文では主に日本とイギリスの外交文書を利用して執筆したため、研究の中でのアメリカの存在が「日本から見たアメリカ」「イギリスから見たアメリカ」に終始しており、アメリカからの視点が欠如していることが論文の弱点になっていた。
このような修士論文の反省を受けて、修士論文を大学に提出した翌日2025年1月12日から1月19日にかけて、テキサス州カレッジステーションのジョージ・H・W・ブッシュ大統領図書館(以下、ブッシュ大統領図書館)にて史料調査を行った。
ブッシュ大統領図書館に関しては、出発直前の1月6日に二松学舎大学の合六強准教授が
詳細な訪問記 (以下、「合六訪問記」)を発表しているが、本稿では、「合六訪問記」であまり紙幅を割かれていないブッシュ大統領図書館所蔵の日本関係文書を中心に、筆者が閲覧してきた史料に重点を置いて、同図書館の史料状況について紹介したい。
ブッシュ大統領図書館の基本情報と出発前の準備 <基本情報>
名称:George H.W. Bush Presidential Library and Museum
所在:1000 George Bush Drive West, College Station, TX 77845
開館時間 :閲覧室(Reading Room)月曜~金曜の9:30から16:00(新たな史料の引き出しは2:30まで)
:博物館は月曜~土曜は9:30から17:00まで、日曜は12:00~17:00
休館日:祝日、感謝祭、クリスマスイブ、クリスマス、元日
ブッシュ大統領図書館・博物館外観(カーター元大統領が年末に亡くなったため半旗掲揚されている)(以下、すべて筆者撮影)
<出発前に必要な準備>
① 閲覧室の予約
現在、アメリカの公文書館では利用にあたり、研究者オリエンテーションがオンライン化されている。各大統領図書館および国立公文書館での史料調査を開始する前にオンラインにて
研究者オリエンテーション を実施し、その修了書を提示しなければならない。
史料館での史料の閲覧のルールについては、基本的にこのオリエンテーションにて学ぶことになる。
また、ブッシュ大統領図書館では閲覧室の予約が必須である。
閲覧室の予約の際は、以下の情報を記載・添付し、上記のメールアドレスに閲覧室利用の旨を連絡しなければならない。 (ア)閲覧室を利用したい日程
(ウ)研究者オリエンテーション修了書
(エ)閲覧希望の史料リスト(「Brent Scowcroft Files, Box 9, Japan (Incoming) 1989–1993 [OA/ID 91115]」というように史料名と末尾の史料番号を記載する)
また、筆者も閲覧室に入室して初めて知ったのだが、閲覧室の席は5席しかなかった。外交史、国際関係史の最前線が冷戦終結、ポスト冷戦期に移っている現状を考えれば、各大学の長期休み等の期間は利用者が多くなると予想され、余裕をもって閲覧室利用の予約を取った方がいいだろう。
資料カート
Withdrawal/Redaction Sheet
① Finding Aidsの確認
どのような文書が所蔵・閲覧されているのか、図書館HPの
Finding Aids にて確認しなければならない。「合六訪問記」でも指摘されているように、これが非常に厄介な存在である。自分の研究テーマにあったFinding Aidsからどのような文書が存在するのかはわかるのだが、どの程度公開されているのかがわからない。
Finding Aidsから史料群を請求するが、Boxの中身のほとんどがWithdrawal Sheetで、請求が無駄に終わるということが多くあった。日本やイギリスと異なり、30年ルールに審査が追い付いていない状況という印象を強く受けた。(史料の公開状況については後で詳しく述べる)
また、これも「合六訪問記」にてすでに紹介されているが、ブッシュ大統領図書館HPにて利用需要が多いと予想される
首脳会談録 や
湾岸戦争関連の文書 、
中国関連の文書 はデジタル公開されている。しかし、特に湾岸戦争の史料について現地で調査した感触では、オンライン公開されているのはあくまで全体のほんの一部という印象を受けた。これらのオンライン公開された文書を取っ掛かりに現地調査するのがよいだろう。
ブッシュ大統領図書館へのアクセス 筆者は、アメリカン航空で、東京からダラスを経由し、ブッシュ大統領図書館最寄りでテキサスA&M大学の敷地内にあるイースターウッド空港のルートを利用した。
東京~ダラス間は12時間弱、ダラス~イースターウッド間は1時間程度のフライトで、乗り換え時間は4時間程度だった。日本からカレッジステーションを訪れる人は研究者と留学生を除いてなかなかいない、レアな航路である。
「合六訪問記」も触れているが、アメリカでは国際線から国内線に乗り換える際は、乗り換え地で荷物を受け取り、再度、荷物を預け入れる必要性があるため、ロストバゲッジへの注意が必要である。筆者もロストバゲッジを危惧し、アメリカン航空のアプリで荷物の現在の状況を追跡し続けて気を紛らわしていたので、最終目的地で荷物が出てきたときは非常に安堵した。
また、空港から宿泊先までの移動はUberを用いた、5~10分程度で配車が行われ、費用もA&M大学の敷地内ならば、10~13ドル程度で済むことが多いので、Uberなどの配車アプリを事前にダウンロードするのを勧める。
宿泊先から図書館までは2つのルートを用いた。1つ目はUberを利用したもので、宿泊先からUberで図書館に向かう場合はおおよそ10分程度で到着する。9:30の開館に合わせて向かう場合はだいたい9:15前後に配車すると5分前には図書館の入り口に着いていた。費用は9-13ドル程度で、筆者は図書館までの行きに関しては主にUberを用いた。 現地での調査 ブッシュ図書館ではまず、手荷物検査を行い入館する。入館した後に受付で名前と閲覧室を利用する旨伝え、受付のスタッフによって閲覧室にまで案内されるか、閲覧室からスタッフが迎えに来る。建物の2階の閲覧室に上がる前に、日付・入室時間・名前を記入するデスクがあるので、そこに必要事項を記入後、「Researcher」の名札を貰い、閲覧室横の待合室のロッカーに荷物等を預け入れ閲覧室に入室する。初めての利用の場合、待合室でパスポート等の身分証を提示し、事前にメールで送付した図書館利用申請書に署名ののち、閲覧室の利用証が交付される。今回のように1週間にわたって閲覧室を利用する場合は、翌日から利用証を提示することなく、荷物を預けて、入館時間等を記入すれば、事前にメールで請求していた史料が準備されており、すぐさま史料調査を行うことができる。
今回の調査では閲覧室を利用する他の利用者は最終日を除いていなかった。そのため、調査している中で気になったときに気軽にアーキビストに質問することができ、アーキビスト側も、自分の請求している史料と関連しそうな文書のリストを調べてくれるなど、非常に手厚いサポートをしてくれた。
史料は、1カート(最大18Box)を閲覧し終えるたびに交代する。請求した史料が1カートを超えていた場合、アーキビストが2つ目のカートを事前に準備しており、1カートを閲覧し終えて、すぐに次のカートの史料を閲覧できる状態を作ってもらっていたので、効率的な史料調査が行えた。
その日1日の史料を閲覧し終えて、調査を切り上げる際は、アーキビストからカートを継続して閲覧するか、新しいカートに交換するか聞かれ、どちらにするか選択後、退出時間を記入、退出する。1階に降りた後に再度退出時間を記入する用紙があるので、そこで退出時間を記入後、「Researcher」の名札を返却し、図書館を退館する。
「合六訪問記」にも記載されているが、基本的に閲覧室の利用の場合、入室から退出までスタッフの付き添いが必要である(待機室での水分補給・食事を除く)。また昼食等で退出する際もスタッフの付き添いのもと退出し、再度入出するたびに、記入用紙に入出時間を記入しなければならない。
幸い筆者は、トイレ・水分補給を含めて、5日間、9:30~16:00まで一度も席を立たなかったので、特に問題はなかったが、利用の際にはその点を注意しなければならない。
閲覧室の入った建物から出て、隣のマリーン・ワンと機関車が展示されている建物内にカフェテリアがあり、ここで昼食をとることができる。
マリーン・ワンと機関車
マリーン・ワンと機関車
また、大統領図書館の敷地内にはブッシュ夫妻の墓地などもあり、6時間半ぶっ続けで史料調査した疲れをリフレッシュするのに非常に良かった。 ブッシュ大統領博物館では、ブッシュ政権の展示があり、研究テーマのイメージを膨らます意味でも非常にいい刺激になった。 特に湾岸戦争に関して、非常に大きく取り扱われており、湾岸戦争関連文書が部分的にオンラインで公開されていることを相まって、同政権の「成功体験」と捉えていることがよく伝わった。これらのブッシュ大統領図書館の運営が何をアピールしたいのか、実際に行ってみて感じるのもいい経験になるだろう。 ブッシュ大統領図書館の史料状況(湾岸戦争・日本関連文書) 筆者は、主に湾岸戦争関係と日本関係の文書を閲覧した。
湾岸戦争、日本関係ともに、ファイルによって文書の公開状況が大きく異なり、調査し終えたばかりという事情もあり、文書の中身についてはまだ精査できていないため、中身の内容については簡単に触れた上で、開けてみた印象を中心に述べたい。
<湾岸戦争>
湾岸戦争関係は主にここに記載されている研究関心に合いそうなファイルから順次請求をしたが、Boxを開けてみるとそのほとんどが空振りに終わった。空振りは主に2パターン存在し、一つがファイル自体にそもそも文書がないパターン。もう一つが文書自体は大量に存在するが、そのほとんどがWithdrawal Sheetであり、未だ機密指定が解除されていないパターンであった。
全体的な印象として、Boxを開けてみて半分がWithdrawal Sheetで3分の1ほど研究に使えそうな文書が公開されていたら大収穫というものであった。
湾岸戦争に関して比較的公開状況がよかったのが
スコウクロフト関係文書 であった。ブッシュ政権の国家安全保障担当大統領補佐官だったスコウクロフトの文書は、ブッシュ大統領図書館の中で利用需要も多いことから優先的に公開されている印象を受けた。
湾岸戦争に関する文書を収集する際はまずはスコウクロフトの文書から見ていくのが効率的な史料収集になるだろう。 <日本関係>
日本関係では主に、「
CO078 」のファイルを参考にしながら、ブッシュ政権の日米関係の案件を全体的に収集した。
上記のファイルでは、様々な案件が一つにまとめられており、Withdrawal Sheetも少なく多くの文書が公開されていた。その中でも個人的に印象に残ったのが、1990年9月21日に起こった梶山静六法務大臣による人種差別発言に関連するファイルが、まとまった数公開されていたことであった。同じ年代の日本外交を研究している者として、出来事そのものは知っていたが、アメリカ各地から送られてくる抗議文など、想像以上に大きな出来事だったのだと初めて知り、興味深かった。
それ以外の日本関係の文書は、湾岸戦争と同様にほとんど空いていなかった。ブッシュ政権期の日米貿易摩擦を象徴するSII(日米構造協議)や日米半導体交渉は、その中でも比較的公開されていたが、安全保障関係はほとんどがWithdrawal Sheetが代わりに入れられており、非公開だった。
「CO078」を除いて、日本関係が比較的空いていたのが
カール・ジャクソン関係文書 である。89年から91年にかけてブッシュ政権の大統領補佐官兼上級アジア部長であったカール・ジャクソンの文書は、スコウクロフトの文書と同様に多くのファイルが公開されており、日本以外では、特にカンボジア・中国・フィリピンといったアジア各国の関係文書が多く公開されていた。また、個人的に印象的だったのがFSXをめぐる米国側の文書が多く公開されていたことである。FSXの文書は日本側からなかなか出てこないことを考慮すると、カール・ジャクソンの文書を利用して書くというのも一つの戦略になるのではないか。
また、近年研究が急速に進むインドシナ和平への日本側の関与についても、カール・ジャクソンの公開されている文書を用いることで、より国際関係史の中の日本外交という視角で研究が深まる可能性がある。
また、前述したスコウクロフト関係文書でも、日本関係の文書が多く入っていた。ブッシュ政権の日本に対する姿勢を研究する際は、現状の公開状況からは主にスコウクロフトとカール・ジャクソンの関係文書を中心に使っていくことになるだろう。
おわりに 筆者にとって、今回のブッシュ大統領図書館の訪問がアメリカへの初めての訪問であった。
今回の調査で改めて判明したのが、アメリカ側の史料公開の遅れである。今回の訪問で開けたファイルのうち、重要な案件がまとまって公開されていたのがスコウクロフトとカール・ジャクソンの2人の補佐官のファイルのみであった。ちょうど筆者の帰国日と重なるようにトランプ政権が発足した。トランプ政権での各史料館をめぐる状況はどうなるか予想できないが、現状の史料館のマンパワー不足を考えると状況が改善される見込みは少ない。その中でもブッシュ大統領図書館所蔵史料の可能性は、今回の訪問で大いに感じるところであった。上記の2人の補佐官の史料を閲覧しに行くだけの価値はあるように思える。 ※今回の調査にあたって、二松学舎大学の合六強先生、帝京大学の山口航先生、神戸大学大学院の東郷雄太氏からブッシュ大統領図書館に関するさまざまなアドバイスを頂いた。記して感謝を申し上げる。