コメンタリー

2025 / 02 / 21 (金)

鶴岡路人「ウクライナ「停戦論」の来歴」(ROLES Commentary No. 39)

2024年11月の米国大統領選挙でトランプ候補が当選し、さらに翌2025年1月に新政権が発足するなかで、ウクライナの停戦をめぐる議論が活発化している。端的にいって、皆が停戦を議論している。これは、2023年や2024年前半までの状況からの大きな変化である。それまでは、停戦について議論すること自体が憚られることが多かった。

しかし、トランプ当選と同政権の発足によって、ウクライナをめぐる停戦議論は、「すべきかいなか(whether)」の問題から、「どのように(how)」の問題に移行した。米国のアジェンダ設定力の高さがあらためて見せつけられる結果になった。それにウクライナも欧州各国も、文字どおり振り回されている。

ただし、停戦論が表に出てきた背景は、トランプだけではない。そして、トランプが停戦を唱えたからといって停戦が簡単に実現するわけでもない。そこで以下では、ウクライナ停戦をめぐる議論の現段階と交渉の行方を考える基礎として、停戦論がなぜ従来は憚られるものだったのか、そしてなにが変わったのか、変わっていないのかについて検討したい。順にみていこう。

なぜ停戦論は憚られたのか

2022年2月のロシアによるウクライナ全面侵攻の開始以降、停戦論が忌諱されたのには、大きくわけて3つの主要な理由があった。

第1に、戦争の短期での終結は、事実上「ロシアの勝利」以外になりようがなかったからである。そもそもロシアがはじめた戦争である。さらに、ロシアとウクライナの国力の差を考えても、ウクライナが電撃的な短期的勝利をあげる可能性は皆無だった。ウクライナにとって、戦争の短期終結は自らの敗北であり、抵抗を続けることが敗北を回避するための唯一の道だった。そしてウクライナは抵抗を選択した。

第2に、上記に関連するが、ロシアがウクライナ領内で占領地を有する以上、停戦は、そうした地域とそこに住む人々を事実上諦めることだった。停戦がそのままその時点での占領地のラインを固定化するものとは限らないものの、ロシアが交渉によって占領地を明け渡す可能性がほぼない以上、停戦は一部の領土と国民の放棄になってしまう。

ロシアによる占領地では、都市の破壊や住民の虐殺、選別、強制的な立ち退きなどがおこなわれていることが明らかになっていた。戦闘を停止しても犠牲は続くという現実である。ウクライナとして、そうした現状を受け入れるハードルは国内政治的にも高かったのである。

開戦直後の2022年3月から4月にかけてイスタンブールなどでロシアとウクライナの間で停戦協議がおこなわれたが、結局決裂した最大の理由は、ロシアの提示した条件をウクライナが受け入れられなかったことにあった。

第3に、2023年や2024年前半頃までの状況下での停戦論のなかには、ウクライナに領土の譲歩を迫る観点で、ロシアの主張の代弁という性格を有するものが少なくなかった。意図的にロシアの利益に沿った主張をおこなう論者もいれば、無意識のうちにロシアの代弁をしていたケースもあるだろう。いずれの場合でも、ウクライナのゼレンスキー政権が停戦を否定し、特に2023年には軍事的な反転攻勢を主張していたため、停戦論は、それに反対する要素を持つことになった。こうした政治性ゆえに、停戦論には注意が必要だったのである(この点については、鶴岡路人「「ウクライナ停戦論」の表と裏」『Foresight』2024年2月16日を参照)。

なにが変わったのか

上記は、2023年から2024年前半ごろまでの状況だったが、その後の状況の変化により、停戦論の位置付けも移り変わることになった。

第1に、2023年のウクライナによる反転攻勢が失敗に終わった。ウクライナが軍事的な主導権を握っている状況では、ウクライナの側からの停戦論はでてきにくい。当然だろう。しかし、反転攻勢が失敗し、膠着状態におちいるなかで、消耗戦の度合いが強まった。戦争に投入することのできる人的・物的資源を比べれば、人口比でも1億4,000万人対4,000万人で勝るロシアが有利であることは否定できない。

その結果、「戦い続けることの犠牲」と「停戦を受け入れることの犠牲」が比較され、後者の方が大きいと認識される余地がウクライナ側で大きくなった。これは重要な構造的変化である。ウクライナ国内での各種世論調査も、そうした国民感情の揺れを示している(この点については、合六強「ウクライナの人々は「交渉」・「領土」・「安全の保証」をどうみているか」(ROLES Commenary No. 38))を参照。

第2に、やはり「トランプ・ファクター」が存在する。ウクライナがいくら継戦をうったえたとしても、米国の支援がなければ戦い続けることはできない。ウクライナ支援にコミットし続けたバイデン政権時代も、米国連邦議会での党派対立により支援予算が通らずに、支援が停止したことがあった。2023年末から2024年春のことだった。そしてその時期の武器・弾薬不足の影響は、極めて深刻なものになった。このことは、米国の支援が滞ることの影響を、関係者にあらためて強く印象づけることになった。

そうしたなかで誕生したのが、従来からウクライナ支援に懐疑的なトランプ大統領である。2024年11月の大統領選での当選以降、欧州ではにわかに外交が活発になり、停戦自体に懐疑的な従来の見方が退き、いかに欧州全体の利益にかなうかたちでの停戦を実現するかに、議論の軸が移ることになった。

この経緯は、米国のアジェンダ設定力の強さとともに、軍事や安全保障の問題で欧州がいかに米国に依存してきたかを浮き彫りにするものだったともいえる。米国の変化にあたふたと翻弄される欧州だった。

なにが変わらないのか

そのうえでしかし、停戦の実現を考えた場合に変わっていないものが少なくないことにも気付かされる。それらこそが、停戦を困難にしている。

第1に、停戦するからにはそれが安定的に継続することを確保できなければならないが、これが難しいのである。停戦しても、すぐに、あるいは戦力を回復したあとにロシアがウクライナを再侵攻するようでは停戦の意味がなくなってしまう。これに関してウクライナが求めているのは「安全の保証(security guarantee)」である。その究極のものはNATO(北大西洋条約機構)への加盟だが、それが短期的に難しいとした場合に何が可能かが問われている。

ウクライナとNATO主要国や日本は、2024年1月以降、ウクライナとの間で二国間の安全保障協力などに関する各種協定を締結している。それらの多くは、ロシアによる再侵攻があった場合には、24時間以内に協議をおこない、必要な武器供与などを迅速におこなうことなどが規定されている。NATO加盟が実現しない段階でコミットできることの上限が模索されてきたのである。

しかし、それらでロシアの再侵攻を防ぐことができると確信を持つことができないために、「安全の保証」を確保するための議論が続くことになる。NATO加盟という「最適解」がわかっているにもかかわらず、それ以外の措置を探しているのである。決定的なものが見つからないのは当然だろう。欧州諸国によるウクライナへの部隊派遣は、実現すれば、考えられるなかで最も効果的な保証になるだろう。しかし、停戦協議の一環だとすれば、ロシアの合意を取り付ける必要がある。この見通しはまったくたっていない。

第2に、ロシアに停戦意思が本当にあるのかも問われてきた。結論はまだわからない。交渉に参加する用意があると表明することと、交渉妥結のために自らも譲歩する用意があることは異なるからである。

この観点では、ロシアの戦争目的が鍵になる。プーチン大統領をはじめとしてロシア側は、今回の戦争――ロシアがいう「特別軍事作戦」――の目的が変わっていないことを繰り返し強調している。その基本は、結局のところウクライナの属国化、無力化だといえる。「非ナチ化」は、ロシアがゼレンスキー政権を「ナチ」だと主張する以上、政権交代の要求であるし、「中立化」はNATOに加盟しないことのみならず、ウクライナ軍の規模への制限など、無力化、つまりロシアにとっての無害化である。これらをウクライナが受け入れる余地はほぼないことは、容易に想像できる。

それらはいわば「表」の主張であり、交渉によって目的は変化しえるとの議論も可能かもしれない。しかし、ロシア側が、停戦の議論に応じる用意があるとしつつ、自ら停戦の提案をしないことの意味は理解する必要がある。

結局のところ、ウクライナの一部領土を獲得することが目的ではなく、現状ではまだ戦争目的が達成されていない、ということなのである。さらに、戦場の状況をみれば、多くの地域でロシア軍が優勢で、占領地を拡大している現実がある。戦況を有利に進めている側にとって、停戦のインセンティブは低い。

停戦論のゆくえ

停戦論の今後を考えるうえで鍵となるのは、当然のことながら、トランプ政権の動きである。これについては、すでに重要な変化が起きているとみられる。当初、大統領候補としてのトランプは、「1日で終わらせる」と喝破していたにもかかわらず、2025年の年明けの大統領就任前の会見では、「6ヶ月」と自ら口にしたことは注目に値する。ウクライナ停戦が、現実には容易でないことが認識されたとみられる。

トランプ陣営は当初、ウクライナに支援停止などの圧力をかければ停戦が実現できると考えていたのだろう。しかし、その前提には大きな誤りがあった。ロシアがそれを受け入れるかという重要な点が見落とされていたのである。

停戦を実現するためには、ウクライナのみならず、ロシアに対してそれを受け入れさせる必要がある。ロシアの戦争目的が、ウクライナの南部・東部4州の奪取だったとすれば、「それを認めたかたちでの停戦」をウクライナが受け入れれば、戦争は簡単に終わると考えられる。しかし、上述のとおり、現実はより複雑なのである。

サウジアラビアのリアドで2025年2月18日におこなわれた米露協議に参加したルビオ米国務長官は、「これは長く困難な旅の第一歩」だと振り返った。ロシアのラブロフ外相他と協議した結果、米露の立場の相違が大きいことをあらためて実感させられたのかもしれない。

結局のところ、この戦争をはじめたロシアに対していかに譲歩を強いることができるかが問われる。そしてそのための最大の力を有しているのが米国だという構図なのである。従来の停戦論の焦点が、「ウクライナへの圧力」だったとすれば、今後、実際に停戦を実現するためには、「ロシアへの圧力」がより重要になる。

これは、ウクライナが譲歩する必要がないことは意味しない。この点は、あらためて強調する必要がある。というのも、外交交渉である以上、「100対ゼロ」の決着はないし、軍事的にロシアが優勢にある以上は、停戦交渉においてロシアがより多くを獲得することも現実だからである。

それを避けようとしたのが、ウクライナ自身の停戦反対論だった。そして、米欧を中心とするウクライナを支援する側にとっては、ウクライナへの武器供与を強化して、ウクライナが有利な状況を作り出すことが、停戦のためにも必要だったということである。この基本的な構図は、以前から変わっていない。

そして、実際の交渉を考えれば、「急いでいる」方が不利になり、より大きな譲歩を強いられることは避けられない。現在のところ、自国の負担軽減のために停戦合意を急いでいるのは米国である。ロシアにとっても、戦争の継続は負担が大きいものの、実際の戦場では占領地を拡大しており、その状況が続く限り、停戦を急ぐ理由はない。停戦交渉はこうした構図のもとでおこなわれることを認識しておく必要がある。



なお、筆者は、ロシアによる全面侵攻がはじまってから、停戦論には懐疑的であり続けてきた。その立場は、いわゆる「徹底抗戦論」ではなく、本稿でみてきたような構造的背景による懐疑論だった。ロシアとウクライナ、さらには米国やNATOが受け入れられそうな停戦提案には、残念ながらこれまで接したことがない。

ウクライナによる一部領土の「譲歩」、NATO加盟の「断念」、欧州諸国による部隊派遣などが言及されることが多い。しかし、それだけでは何の具体性もない。それぞれが具体的に何を意味するかを詰め、しかも、ウクライナとロシア、さらには米国や欧州諸国のみなが合意できるものをつくりあげなければならないのである。気が遠くなるような複雑な交渉になる。具体的な論点については別稿で論じたい。

停戦の是非に関する規範的議論をするよりは、停戦の成立条件を抽出し、それがいかに困難であるか、そして存在する障害を乗り越えるためのどのような可能性があるかを分析するのが専門家の役割だろう。そのための基礎として、まずは停戦論の来歴を概観的に振り返ったのが本稿である。

(2025年2月21日脱稿)

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