ロシアによるウクライナへの全面侵略が始まってまもなく3年となる。戦争終結の兆しが見えないなか、2025年1月、第2次トランプ政権が動き始めた。周知の通り、トランプは大統領選挙中、ウクライナへの軍事支援に懐疑的な立場を取り、早期停戦に強い意欲を示してきた。こうしたことからトランプ再選以来、停戦(交渉)、そしてそれへの備えに向けた議論はにわかに活発化している。
とはいえトランプ自身、交渉の複雑さを認めたうえで停戦にかかる時間を「24時間以内」から「6ヶ月以内」へと修正したように、まずロシア・ウクライナの双方を交渉の席につかせること、そしてそのうえで停戦、さらに和平に向けた具体的な項目を両国に合意させるのは簡単な作業ではない。大統領就任後のトランプは、関税と制裁強化という経済的な脅しでもってロシアを交渉の席につかせようとしているように見えるが、ウクライナに対してどのような「アメとムチ」でもって交渉させようとしているかは本稿執筆時点で公になっていない。
ウクライナでは、トランプの再登場に対して期待と不安が交錯している。ゼレンスキー政権や現地専門家の間では、トランプが軍事支援を「テコ」にウクライナに不利な条件を飲むよう圧力をかけてくるのではないかといった不安とともに、トランプの不確実性ゆえに、戦争の局面を変えてくれるのではないか、そして自分たちがそのように米国を方向づけていくべきだという慎重な楽観論もみられる。後者については、バイデン前政権がロシアとのエスカレーションを恐れて兵器を小出しにしたこと、そして長射程ミサイルなどの兵器使用に長らく制限をかけていたことへの不満の裏返しともいえる。あるウクライナの識者が、「このままバイデンの支援方針が続けば、我々は茹でガエルのように徐々に死んでいく」と危機感を吐露していことが思い出される。
また同様の期待と不安はウクライナの人々の間でもみられる。キーウ国際社会学研究所(KIIS)が24年12月に実施した調査[1]では、「トランプの大統領就任によって戦争終結は近づくか、遠のくか」という問いに対して、45%が「近づく」、14%が「遠のく」と回答している。一方、それがウクライナにとって公正な和平につながると確信している割合は7%、逆に完全に不公正なものになると考えている割合も11%で、大多数は「回答困難」も含めその中間に位置しており、戦争終結への期待感と、必ずしもそれが公正なかたちで終わるかどうかわからないという不安感が読み取れる。
では、全面侵略開始から3年が経過するなか、ウクライナの人々は、「ロシアとの交渉」、「領土に関する妥協」、「安全の保証」について、それぞれどのように考えているのだろうか。
まず「ロシアとの交渉」そのものについては、24年に入り支持する割合が増加した。全米民主研究所(NDI)とKIISの共同調査[2]によれば、「和平達成のためにロシアとの交渉に関与すべき」という問いに対して、23年1月段階では29%が支持・66%が反対していたのに対して、24年5月の調査では、22年5月以来初めて支持・不支持の割合が逆転し、支持が57%、反対が38%となった。その後、24年10月に実施されたギャロップ社の調査[3]でも同様に、52%の国民が「できるだけ早期に戦争を終わらせる交渉を模索すべき」と答えている。
一方、単純に比較できないものの、24年11月のウクライナの有力シンクタンク「新ヨーロッパセンター」による調査[4]では、ウクライナ国民の約64%が、西側から「安全の保証(security guarantee)」が得られないなかでロシアと交渉することに懐疑的である。ロシアが交渉に入るのは再攻撃に備える時間稼ぎのためだと大多数がみているからであろう[5]。戦争が長引くなか、一般論として対ロ交渉を模索すべきとの声は高まっているものの、ロシアへの強い不信感から無条件に交渉を行うべきではないと考える人が多いことがわかる。
次に、「領土的妥協」についての国民の姿勢である(図1[6])。全面侵攻から約1年半にわたって、「いかなる状況でも自国の領土を放棄してはならない」と回答した割合が85%前後で推移してきたように、当初、領土的妥協に否定的な態度は一貫していた。しかし23年冬以降、変化が生じた。23年12月に74%だったその割合は、最新の24年12月の調査では51%まで減っており、領土の一部を譲歩する用意のある人の割合は19%から38%へと増えている。
(図1)和平と領土の妥協(単位:%)
(出所)KIIS, “Dynamics of Readiness for Territorial Concessions and the Factor of Security Guarantees for Reaching Peace Agreements,” January 3, 2025をもとに筆者作成。
ここからは、一部領土の譲歩もやむなしという声が徐々に高まっていることが読み取れる。上記の「ロシアとの交渉」と同様に、「領土的妥協」についての認識が変化し始めたのが23年冬頃で、ウクライナ軍による反転攻勢の失敗が明らかになった時期と重なっていることから、「戦況」と「対ロ交渉」及び「領土的妥協」に対する世論は連動していると考えられる。
他方、この結果を読み解くうえで留意すべき点もある。まずは24年12月の結果について、「いかなる状況でも自国の領土を放棄してはならない」と考える人が「51%しかいない」とみるか、「51%もいる」とみるかという解釈をめぐる問題である。筆者は、トレンドとしてその割合は下がっているものの、戦争が長期化し、戦況がウクライナにとって厳しい状態が続くなかでも依然として過半数が一切の領土的妥協を認めていないという点は特筆に値すると考える。
またこの調査では、「どこまでの領土」が譲歩可能かは問われていない。そのため、譲歩可能と答えた人のなかで、その対象として念頭にあるのが、「2022年2月以前に既に占領されていたクリミア・ドンバス地方」なのか、「現在占領されているすべての領土」なのかはわからない。
さらに注意すべきは、領土の「譲歩」や「妥協」といったときに、特定の領土のロシア帰属を公式に承認することを意味するのか、ウクライナ領という立場を崩すことなく領土奪還を一時的に棚上げにすることを意味するのかが不明な点である。譲歩の用意がある38%のなかには、ロシアへの主権の譲渡(割譲)に否定的な人も含まれている可能性が高い。なおウクライナ憲法では、領土は全土での国民投票をもってのみ変更可能としており、国民の多数もこれまで一貫して、交渉の結果を国民投票にかけるべきだとの立場をとっている[7]。
最後に、ゼレンスキー大統領がNATO加盟を通じて求めている「安全の保証」についての認識をみる。そもそもNATO加盟については、ウクライナ国民の間で長らく不人気な選択肢で、2000年代後半の支持率はわずか15-25%に過ぎなかった。しかし、2014年のロシアによるクリミア占領をきっかけに支持・不支持が逆転し、2022年の全面侵攻を受けて支持率は約80%まで高まった[8]。
こうしたなかNDIとKIISによる24年5月の調査[9]によれば、「平和の代償としてウクライナのNATO加盟目標を断念することをどこまで受け入れられるか」という問いに対して、71%が「受け入れられない」と答えている。23年11月の調査から5ポイント低下しているものの、23年1月と同じ結果であり、上記の「対ロ交渉」や「領土的妥協」に対する姿勢とは異なり、それほど大きな変化はない[10]。
またKIISの24年12月調査[11]では、「領土的妥協」と「NATO加盟の有無」をかけあわせた3つのシナリオを提示し、その受容度を測っている。興味深いのは、「ウクライナは公式に承認しないが、ロシアがザポリージャ、ヘルソン、ドネツク、ルハンスクとクリミアの占領を維持する。ウクライナはNATOに加盟し実質的な安全の保証を得る」というシナリオへの回答である。「(容易に・難しいが)受け入れ可能」と答えた割合は64%にのぼり、「全く受け入れ不可」と答えた割合は21%だった。「NATO加盟なし」を条件とするシナリオと比べると、領土的妥協を受け入れる人の割合は23ポイント高く、また同年6月の調査(同じく「NATO加盟あり」条件)と比べると、その割合は17ポイント増えている。
ここからはNATO加盟という条件が満たされれば、領土面での譲歩については柔軟な姿勢を示す国民が増えていることがわかる。これは、プーチンが奪おうとしているウクライナの「主権」そのものを守るために、被占領地の領土奪還を一時的に断念してでも「安全の保証」を優先する人が増えつつあることを意味している。そしてこうした世論の動きを受けてか、ゼレンスキー大統領もロシアによる占領地の一部は力ではなく外交で取り戻す姿勢を示すとともに、改めてNATO加盟の絶対的な必要性を強調している。
現在、ウクライナのNATO加盟への展望は決して明るくない。同盟内にはウクライナのNATO加盟に反対・消極姿勢を示す国がいくつか存在するといわれているが、とりわけ同盟の盟主である米国や欧州の大国であるドイツが反対しているのは大きな障害となっている。さらにトランプの政権移行チーム内では、ロシアに対する交渉へのインセンティブとして、ウクライナに長期間NATO加盟を見合わせるよう求める案も検討されていたという[12]。これがトランプ政権の正式な方針となるかはまだわからないが、米国として引き続きウクライナのNATO加盟に反対する姿勢をとり続けるならば、たとえ何らかのかたちで停戦実現にこぎ着けたとしても、多くのウクライナの人々が恐れるように、それは「かりそめの停戦」となる可能性が高く、欧州の安全保障もまた不安定な状態が続くことになるだろう。
(2月10日脱稿)
※本稿は、合六強「長期化するロシアによる軍事侵攻とウクライナの世論―交渉・領土・主権への認識を中心に―」『安全保障研究』6-3、2024年の議論をもとに、最新の世論調査結果と分析を加筆したものである。
[1] Kyiv International Institute of Sociology (KIIS), “Perception of the Impact of D. Trump’s Victory on the Possibility of Achieving Peace in Russia’s War Against Ukraine,” December 27, 2024.
https://kiis.com.ua/?lang=eng&cat=reports&id=1462&page=3 [2] NDI and KIIS, “Opportunities and Challenges Facing Ukraine’s Democratic Transition: Nationwide Telephone Survey, May 8-25, 2024,” July 23, 2024.
https://www.ndi.org/sites/default/files/May%202024%20Opportunities%20and%20Challenges%20Facing%20Ukraine’s%20Democratic%20Transition%20%28English%29.pdf [3] Benedict Vigers, “Half of Ukrainians Want Quick, Negotiated End to War,” November 19, 2024.
https://news.gallup.com/poll/653495/half-ukrainians-quick-negotiated-end-war.aspx [4] New Europe Center, “Foreign Policy and Security. Opinions of Ukrainian Society,” December 10, 2024.
https://neweurope.org.ua/wp-content/uploads/2024/12/Annual-Opinion-Poll-Results_eng_print.pdf [5] Carnegie Endowment International Peace and Rating, “Social expectations regarding the end of war: First wave, March 7-10, 2024,” June 11, 2024.
https://carnegie-production-assets.s3.amazonaws.com/static/files/Carnegie_survey_Ukraine_war_Ukrainian_public_opinion_March_2024.pdf [6] KIIS, “Dynamics of Readiness for Territorial Concessions and the Factor of Security Guarantees for Reaching Peace Agreements,” January 3, 2025.
https://kiis.com.ua/?lang=eng&cat=reports&id=1465&page=1 [7] Onuch O., Doyle D., Ersanilli E., Sasse G., Toma S., and Van Stekelenburg J. “MOBILISE Project Determinants of ‘Mobilisation’ at Home & Abroad. Technical Report Ukraine Nationally Representative Survey May/June 2024. KIIS OMNIBUS (Data collected/commission by MOBILISE French Team),” 2024.
https://mobiliseproject.com/wp-content/uploads/2022/06/mobilise-project-mayjune-2024-survey-of-the-ukrainian-population-technical-report_20240610.pdf [8] 合六強「ロシア・ウクライナ戦争とウクライナの人々」細谷雄一編『ウクライナ戦争とヨーロッパ』東京大学出版会、2023 年、122-125 頁。
[9] NDI and KIIS, “Opportunities and Challenges Facing Ukraine’s Democratic Transition: Nationwide Telephone Survey, May 8-25, 2024.s”
[10] NDI and KIIS, “Opportunities and Challenges Facing Ukraine’s Democratic Transition: Nationwide Telephone Survey, January 4-16, 2023,” February 22, 2023.
https://www.ndi.org/sites/default/files/January_2023_Ukraine_wartime_survey_ENG.pdf ; NDI and KIIS, “Opportunities and Challenges Facing Ukraine’s Democratic Transition: Nationwide Telephone Survey, November 14-22, 2023,” January 26, 2024.
https://www.ndi.org/sites/default/files/November%202023%20wartime%20survey_public_ENG.pptx.pdf [11] KIIS, “Dynamics of Readiness for Territorial Concessions and the Factor of Security Guarantees for Reaching Peace Agreements,” January 3, 2025.
[12] Alexander Ward, “Trump Promised to End the War in Ukraine. Now He Must Decide How,”
The Wall Street Journal , November 6, 2024.
https://www.wsj.com/world/trump-presidency-ukraine-russia-war-plans-008655c0