コメンタリー

2024 / 06 / 01 (土)

南シナ海における中国の活動(ROLES SAT ANALYSIS No. 8)

 中国は、ロシアにとってのオホーツク海と同様、南シナ海を自国の聖域としようとしている。核の三本柱は、地上発射型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、戦略爆撃機、戦略原潜(SSBN:核弾頭を搭載した弾道ミサイルを発射可能な原子力潜水艦)であるが、中でも、位置が暴露されないSSBNは核抑止の最終的保証となり得る。 

 中国は6隻の094・094A型SSBNを海南島の亜龍海軍基地に配備している。また、渤海造船所では、ロシアの技術協力を得て、新型の096型SSBNを建造している。094A型および096型が搭載するJL-3弾道ミサイルの射程は13,000〜14,000キロメートルとされ、南シナ海から発射しても米国東海岸を射程に収める。亜龍海軍基地の衛星画像を時系列で分析すると、中国は、原子力潜水艦の増勢に合わせて、2022年4月頃から潜水艦桟橋を2本増設する工事を開始し、どのような工法で建設され、運用状態至ったかを理解できる。 

 一方で、南シナ海とオホーツク海の状況は異なる。オホーツク海の周囲はほとんどがロシア領であるのに対し、南シナ海は、中国に加え、東南アジア諸国によって囲まれている。中国が南シナ海全域を管轄下に置くためには、南シナ海全域を面で押さえなければならないのである。そのため、中国は、南シナ海に所在する環礁、岩礁等の全てを自国領と主張し、他国が実効支配する場所も実力を用いて占拠しようとしている。
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2023年4月、BBCはセカンド・トーマス礁周辺海域において、中国海警局の巡視船がフィリピン・コーストガードの巡視船等に対して極めて危険な運動を行ったと報じた。同礁は、フィリピンのパラワン島から西に約200キロメートルに位置する。フィリピンは同礁を実効支配するため、廃艦となった「シエラ・マドレ号」を座礁させ、人員を常駐させている。中国は、同艦に対する補給を妨害しているのである。 

 その後も、繰り返し、フィリピンの巡視船や輸送船に対する、強力な放水銃などを用いた中国による危険な行為が報じられている。特に、同年10月26日に、バイデン米大統領が「フィリピンの航空機、船舶、軍隊に対するいかなる攻撃も、フィリピンとの相互防衛条約を発動することになる」と発言したことが、中国にとって同礁が挑戦すべきレッドラインと認識されるのではないかとの懸念が高まった。 

 衛星画像では、中国が11月10日に少なくとも27隻の海警局巡視船および海上民兵の船舶を同礁東側海域に出動させ、その後も繰り返し多数の船舶を派出して、放水銃や体当たりなどを用いてフィリピンの輸送活動を妨害する様子が確認できる。しかし、中国が同礁を占拠するための行動には出ていないことも理解できる。同海域の中国船の隻数が増減を繰り返すことは、米国との間合いを測っているようにも見える。 

 セカンド・トーマス礁だけでなく、中国はフィリピンが実効支配するスカボロー礁の占拠も企図しており、同礁周辺でも中国海警局および海上民兵の船舶がフィリピンの船舶に対して危険な運動等を行っている。これら環礁は南シナ海に位置し、日本や韓国なども用いている海上輸送路にも近い。同海域で衝突が生起したり、中国が船舶の航行を制限することになれば、南シナ海を迂回するなど、海上輸送に重大な影響を及ぼし、日本経済にも大きな打撃となる。また、衝突に至らなくとも、同海域の航行に危険が伴うと判断されれば、保険料が高騰し、輸送コストが大幅に上昇する可能性もある。 

 日本の経済活動を守るためにも、同海域の状況の変化、特に危険の高まりをいち早く察知する必要がある。そのために、衛星に搭載した合成開口レーダー(SAR)の画像を用いた継続的な監視が有効である。SARを用いれば、広範囲を撮像対象としても、海上に存在する小型船舶まで明確に捉えることができ、継続的に観察することで、特定の海域に存在する船舶の隻数や態勢の変化を容易に理解することができる。 

 広範囲の海域を監視しなければならないのは、対象となる環礁周辺海域の中国船舶の増減を追跡するだけでは、早期に危機を察知するのに不足だからだ。先述のとおり、中国はセカンド・トーマス礁周辺海域に派出する船舶の隻数を繰り返し増減させているが、これら船舶は必ずしも中国本土から直接やって来ている訳ではない。中国は、2016年に南沙諸島(スプラトリー諸島)の人工島の軍事拠点化をほぼ完成して以降、大量の海上民兵の船舶を南シナ海の広い海域に展開できるようになった。 

 セカンド・トーマス礁周辺海域でフィリピン船舶に対する妨害活動を行った後、海上民兵の船舶は、軍事拠点化された人工島において補給活動などを行っていると考えられたため、それら人工島における海上民兵等の船舶の動きを継続して監視してきた。ここでは、米国がビッグ3と呼ぶ、ミスチーフ礁、スビ礁、ファイアリークロス礁を対象とし、衛星画像分析を行う。 

Mischief Reef
  下部に示す上段右側の画像からは、ミスチーフ礁内側の海域に60隻以上の海上民兵の船舶が停泊している状況が見て取れる。画像Aでは船長約60メートルの船舶12隻、船長約50メートルの船舶4隻、船長約40メートル船舶1隻が、画像Bでは船長約60メートルの船舶8隻、船長約40メートルの船舶3隻が、画像Cでは船長約60メートルの船舶7隻、船長約45メートルの船舶2隻が、それぞれメザシで停泊していることが理解できる。船長約60メートルの船舶が最多であり、船舶の形状から、その多くが三沙市所属の海上民兵のFT-16型であると考えられる。 

FT-16型はセカンド・トーマス礁周辺海域でも多数活動している。ミスチーフ礁は、ビッグ3の中でセカンド・トーマス礁に最も近い人工島であり、セカンド・トーマス礁周辺海域で活動した海警局および海上民兵の船舶が補給等を行うのに適している。別の日に撮像された画像には、岸壁にメザシ係留された25隻以上の船舶が確認でき、補給を行っている可能性がある。撮像した日によって船舶の隻数に増減が見られるのは、同礁を活動拠点として海警局や海上民兵の船舶が南シナ海に展開していることを示唆する。
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Subi Reef & Fiery Cross Reef
  下部左側はスビ礁、右側はファイアリー・クロス礁のSAR衛星画像である。(位置関係はP.1の地図参照)衛星画像から、2023年12月21日には、スビ礁内側海域に50〜60隻の海上民兵の船舶が、複数のグループに分かれてそれぞれメザシ状態で停泊していることが確認できる。同時期の光学衛星画像では雲量が多く、停泊状況の一部しか確認できないが、SARの電波は雲を透過するため、洋上の船舶が明確に識別できている。 

 下部右側の衛星画像は、ファイアリー・クロス礁の中で中国が人工島を建設した部分を撮像したものである。画像Eの枠のすぐ南側に大型クレーンらしき構造物が確認でき、南西側の岸壁は輸送物資の陸上げ用と考えられ、輸送船らしき艦船が接岸している。 

 北東側岸壁には船長約100メートルの艦船が接岸しており、同礁やセカンド・トーマス礁で確認されている海警局Zhaolai級巡視船である可能性がある。北西側岸壁には船長約150メートルの艦船が接岸しており、052D型駆逐艦あるいは054A型フリゲートである可能性がある。人工島化されていない同礁北側では50隻以上の海上民兵の船舶も確認された。
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Whitsum Reef
  中国は過去に、大量の海上民兵の船舶をいくつかのグループに分け、それぞれメザシ状態で停泊させて、他国が実効支配する環礁を占拠したことがある。2021年3月、中国が海上民兵の船舶を使用して、フィリピンが実効支配するウィットソン礁を占拠し、実効支配を奪った。フィリピンは、中国が220隻以上の海上民兵の船舶を使用したとしている。下部のSAR画像は、中国が同行動をとった前後のウィットソン礁を撮像したものである。2021年6月は、海上民兵を使用して実効支配を開始して3ヶ月が経過しているが、引き続き、多数の船舶が停泊していることが確認できる。いくつかの輝点は、メザシ状態で停泊している状況を示している。 

 中国は、他の環礁も、海上民兵を用いて環礁を占拠する可能性があり、軍事拠点化された人工島における海上民兵の船舶の隻数の推移等を継続的に監視する必要がある。
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