はじめに
2022年1月に発生したカザフスタンにおける抗議活動に際して、中国の習近平国家主席は、カザフスタン政府による強硬な取り締まりを支持し、「外部勢力がカザフスタンにおいて動揺を生み出し、『カラー革命』を策動することに反対」すると述べた。ここに表れているのは、習近平体制の中国が持つ一つの典型的な認識枠組みである。すなわち、米欧など外部勢力が権威主義体制に対してカラー革命を起こすことで、自分たちの利益に合う民主主義体制に変質させようとしているという観点がここには表れている。
現在の大国間競争を理解する上で、イデオロギーや価値をめぐる問題が重要となっている。現在のイデオロギー上の競争は、冷戦期のような政治・経済・社会システムを異にする体制間が相手をしのぎ、最終的な相手の体制の消滅を目指す(少なくとも標語の上で)という関係にはない。しかし体制の相異に基づくイデオロギーと価値の違いは米中対立の一つの軸となっている。米中を中心とした大国間競争において、価値やナラティブの対抗が起きており、重要な競争分野となっているとの指摘もある。
こうした相異は、むろん新たに生じたのではなく、そもそも存在していたものである。しかし冷戦後の世界は、グローバル化の進展の中で、これをほとんど無視することができた。このような楽観的な空気は現在ではほとんど消え失せ、体制をめぐる違和感・異質感が増大している。米欧は中国の国内における抑圧の強化、戦狼外交官たちの過激な発言、そして自国内で行われる影響力工作に対して拒否反応を強めている。
これに対して中国の米欧に対する敵愾心や不信感も大きく増大しているように見える。しかし、中国がどのような認識をもとに対外的な強硬姿勢と国内における抑圧を進めているのかという点は、それほど明らかでない。
そこで本稿では、中国がイデオロギーや価値の問題についてどのような認識を持ってきたのか、そしてそれがどのように内外政策に反映されてきたかを分析する。
本稿は、中国は西側諸国(主に米国)が中国を軍事的に封じ込めるだけでなく、民主主義や人権といったイデオロギーを浸透させ、中国共産党政権を内部から変質させたり、政権を崩壊させようとする具体的な計画があるという認識を持っており、習近平政権に入ってそうした認識が強まったと主張する。習近平政権は、陰謀論的世界観のもと、内外におけるイデオロギー闘争を重視している。
本稿が取り上げるのは、習近平政権と、それに連なる左派的でそれ程開明的でない、「話の分からない」エリートたちの議論である。もちろん中国内部の思想は画一的ではないし、すべての人が公的イデオロギーを内面化させているはずもない。それでも、胡錦濤時代の末期から台頭し、習近平政権になって優勢となった議論の存在を認めることができる。これをここでは便宜的に左派的見解と呼ぶ。左派的見解は、陰謀論的世界観に支えられたある意味荒唐無稽とも思える言説を振りまいている。これを荒唐無稽な陰謀論と切り捨てることができないのは、こうした見解が中国のエリート内で主流をなす議論となっているためである。
本稿は、まず第1節で和平演変やカラー革命への中国共産党の警戒を歴史的に概観し、第2節で習近平政権の認識を明らかにし、第3節ではそれが中国の内外政策にどのように影響しているかを論ずる。
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