論文

2022 / 01 / 13 (木)

ROLES REPORT No.15 家永真幸「中国の台湾問題をめぐる「外国勢力」への警戒言説」

はじめに

 
本稿は、中国政府がこれまで、台湾問題に関し「外国勢力」ないし「外部勢力」への警戒をどのように表明してきたのかについて検討する。
 2021年11月11日、中国共産党第19期中央委員会第6回会議は「党の百年の奮闘による重大な成就と歴史経験に関する中共中央の決議〔中共中央関於党的百年奮闘重大成就和歴史経験的決議〕」、いわゆる「歴史決議」を採 択した。その中で、台湾をめぐる政治問題については以下のような言及がなされた。

 2016年以来、台湾当局が「台湾独立」の分裂活動を加速させた結果、両岸関係の平和的発展の情勢は重大な打撃を受けている。私たちは一つの中国原則と「九二年コンセンサス」を堅持し、「台独」分裂行為に断固反対し、外部勢力の干渉に断固反対し、両岸関係の主導権と主動権をしっかりと握る。祖国の完全統一のチャンス〔時〕とトレンド〔勢〕は終始私たちの側にある。

 ここには、民主進歩党(民進党)の蔡英文が2016年5月に総統に就任した後の台湾では「独立」活動、すなわち北京から見れば分裂行為が加速しており、その背景には外部勢力による干渉があるとの認識が示されている。たしかに、民進党は台湾独立を志向する政党である。蔡英文が再選を期して臨んだ2020年の総統選挙期間中、中国が台湾への圧力を強めていくのに対し、米国政府は武器売却等を通じ台湾を支持する姿勢を鮮明にした。こういった事態が中国政府の懸念表明の背景になっていることは明らかである。
 国家の分裂への危惧と、外国や域外の勢力への警戒が結びつけられる事態は、台湾についてだけでなく、近年では香港をめぐる問題でも注目を集めた。2020年6月30日、第13期全国人民代表大会常務委員会第20回会議は、「香港国家安全維持法〔中華人民共和国香港特別行政区維護国家安全法〕」を制定した。異例の速さで成立し施行されたこの法律は、国家分裂、国家政権転覆、テロ活動、外国あるいは域外勢力との結託による国家安全への危害、という4つのカテゴリーの行為・活動を取り締まりの対象とした。
 倉田徹によれば、2019年夏に香港で起こった「逃亡犯条例」改正反対運動においては、北京に大規模な弾圧を引き起こさせ、西側諸国の対中政策を引き出す「攬炒(死なば諸共)」という発想が流行し、抗議活動参加者の間で支持を得ていた。実際、米国をはじめ欧米諸国は香港情勢に敏感に反応した。そのため、中国政府当局の外国勢力に対する警戒表明には、実質的な脅威の感覚が大いに伴っていたと推察される。なお、2019年以降の香港における市民の政治活動に対する制限の強化は、中国政府が台湾に求める「一国二制度」による中国との統一への警戒感を高め、蔡英文総統再選の追い風となったとされる。
 外国の干渉を排し、強大で統一された国家を建設することは清末以来の中国政治の主要な課題であった。そのことに鑑みれば、台湾や香港をめぐる問題に関して中国政府が外国勢力の干渉を非難することは自明の理であるかもしれない。しかし、これらの非難がどの程度の危機感を伴って、どういった意図で発出されているのかは必ずしも明確ではない。
 台湾について見れば、やや長い歴史のスパンで考えたとき、中国国民党による一党支配が終結し、李登輝政権下で民主化が進み、今日の政治体制へと移行していく背景に、米国を中心とする外国の支援があったことは確かである。しかし一方で、「中華民国の台湾化」と説明されることもある台湾における一連の政治変動は、決して外国の干渉のみによって引き起こされたのではなく、むしろ内的な要因が強かったことが知られている。たとえば、1970年代の政治改革には、蔣経国による権力基盤強化という側面もあった。また、台湾の民主化は米国政府の要望である以前に、台湾市民の意思によるものであった。では、この間、中国政府はどのような形で外国勢力の干渉への懸念を表明してきたのか。
 中国政府が発する外国勢力に対する非難の持つ意味を考えるためには、本来であれば、その時々に中国政府内にどのような情勢認識があり、誰に向けて何の意図でそれが発出されているのか、中国政府内の政治過程を明らかにしなくてはならない。しかし、本稿ではその前段階として、まずは中国政府がこれまで台湾問題を論じる文脈で「外国勢力」への警戒をどのように言明してきたのか、大まかな事実確認を行いたい。資料としては便宜上、『人民日報』のデータベースおよび、関連する資料集類を主に参照する。

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