コメンタリー

2021 / 10 / 27 (水)

ROLES COMMENTARY No.6 田中周「中国の対アフガニスタン外交:5つの地域枠組み」

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1. 岐路に立つ中国の対アフガニスタン外交

 2021年8月をもって完了したアフガニスタンからの米軍の撤退は、アシュラフ・ガニー政権の統治するアフガニスタン・イスラーム共和国の瓦解と、アフガニスタン・イスラーム・アミール国を主張するターリバーンの復権をもたらした。米国に代わって、中国がターリバーン政権支配下のアフガニスタンに深く関与し影響力を行使していくという観測が、一般に広がっている。しかし現段階では、中国はターリバーン政権に対する大規模な支援や関与を行う姿勢を明確に打ち出していない。
 緊迫するアフガニスタン情勢に対処するために、アフガニスタンと国境を接する周辺諸国のパキスタン、中国、イラン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンは9月8日に外相オンライン会議を開催した[1]。この会合で中国は、アフガニスタンに対して食糧、燃料、ワクチン、医薬品等の3,100万ドルの緊急援助を約束したものの、さらなる具体的な投資の可能性については踏み込まなかった。中国側には政治・安全保障面での安定無しに、より大きな関与に踏み切ることへの強い警戒感がある。
 9月に入ってターリバーンのザビーフッラー・ムジャーヒド報道官は、「一帯一路」構想(BRI)の一翼を担う「シルクロード経済ベルト(SREB)」の主要な構成要素である「中国−パキスタン経済回廊(CPEC)」をアフガニスタンまで拡大するように呼びかけた。これにパキスタン政府は歓迎の意を表し、シェイク・ラシード・アフマド内相は9月7日の記者会見でパキスタンとアフガニスタンの進歩は不可分であると述べた。しかしながら、パキスタンとしてもCPECをアフガニスタンにまで拡大することには注意が必要である。国内の安定とテロにもがいている最中に、さらなるリスクを負うことになりかねないからである[2]
 南アジアや中央アジア地域と関わる上での中国の最大の目標は、新疆ウイグル自治区の安定にある。アフガニスタンの安定は、新疆の安定に不可欠といえる。中国政府は過去にウイグル族をめぐって生じた様々な衝突事件やテロ事件の黒幕に「東トルキスタン・イスラーム運動(ETIM)」が存在するとの見解を示している。この運動の存在そのものや、その性質については、未だ不明確な点が多く議論が分かれるが、中国政府は、アフガニスタンやパキスタン、ならびに中央アジア諸国を通じて、ETIMをはじめとする様々な国際テロ組織が新疆に流入することを脅威と認識している。中国政府は新疆の安定的統治を目指す際に、南アジア諸国および中央アジア諸国の協力を取り付けながら、安全保障政策と経済開発政策を両輪とした施策を講じてきた経緯がある[3]
 本稿では、ターリバーンが政権を奪取する段階までに、中国がアフガニスタンの安定を目指して構築してきた5つの地域的メカニズムを提示する。ターリバーン政権下のアフガニスタンに対する中国の政策は、これらの地域的枠組みの延長線上に、あるいはそれを改変しながら展開していくと考えられる。
 
2. 中国の対アフガニスタン外交の5つの地域的枠組み

 第一は、上海協力機構(SCO)を軸とした地域安全保障複合体(RSC)の構築である。9月17日にタジキスタンのドゥシャンベで開催された第21回SCO首脳会議において、イランの正式加盟が承認された[4]。これによりアフガニスタンと国境を接する中国、パキスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、イランの6カ国全てがSCO正式メンバーとなった。現時点ではアフガニスタンは正式メンバーではないものの、2012年にオブザーバーの地位が認められており、アフガニスタンをめぐる安全保障と経済開発協力においてSCOが果たす役割の重要性は今後さらに増すであろう。事実、SCOの枠内では地域対テロ機構(RATS)が常設機関として存在しており、テロに対処するための情報共有、情報管理、国際組織との連携、合同軍事演習の実施、犯罪人引渡しのための法的活動等を実施するメカニズムが存在している[5]。加えて、7月の中国の王毅外相によるトルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタン歴訪に際しては、ドゥシャンベで第4回「SCOアフガニスタン連絡グループ」外相会談が実施されており、この枠組が今後SCO内でアフガニスタンの安定と開発を担う主体となる可能性がある。
 第二は、中国、アフガニスタン、パキスタン、タジキスタンの反テロ協力を主眼とする「四カ国協力協調メカニズム(QCCM)」を通じた軍事技術協力である。QCCMは2016年8月に新疆ウイグル自治区で開催された会合で成立したもので、テロ情勢をめぐる調査研究、情報の検証と共有、反テロ共同訓練の実施や人材育成といった各方面での反テロ共闘を志向している[6]。特にタジキスタンはロシアが主導する軍事防衛メカニズム「集団安全保障条約機構(CSTO)」の加盟国でありながら、アフガニスタンからのイスラーム過激派の流入を警戒して8月18日から中国人民解放軍との反テロ合同軍事演習を実施しており、今後の中国との軍事協力の進展は注目に値する。
 第三は、ロシアとの二国間の安全保障協力である。8月15日にカブールが陥落する以前の6月から7月にかけて、ターリバーンはその支配地域を急速に拡大し、隣接する国の国境検問所を次々と管理下に置いていった。そしてアフガニスタン国内に居住する多くのタジク人、トルクメン人、ウズベク人が国外に逃れ、周辺国の警戒が強まった。この事態を受けてタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンは国境防衛のための軍事支援をロシアに要請した[7]。ロシアはタジキスタンに対してはCSTOの枠組みを通じて、ウズベキスタンとトルクメニスタンに対しては二国間の枠組みを通じて軍事支援を行う用意がある。一方で、中国の外交方針は内政不干渉の原理とも相まって、軍事支援よりも経済支援に重きを置いている。その意味で中央アジアにおいて、中ロの間にはある種の分業とも言える連携が伺えるが、中国がアフガニスタンでもこの方針を貫くことができるかは現状では不透明である。
 第四は、SREB構想を軸とした経済開発協力である。具体的には、SREBが内包する6つの経済回廊のうちの、「中国−中央アジア−西アジア経済回廊(CCAWA)」と前述のCPECとの連結を目指すものである。CCAWAは石油ガス田の開発、パイプラインの建設、製油所の建設といったプロジェクトの実施を通じて、アラビア半島、トルコ、イラン、カスピ海からウズベキスタン、カザフスタン、クルグズスタンを経て新疆に至る石油・天然ガスのネットワーク形成を目指すものである。一方のCPEC はパキスタン沿岸部の深海港と内陸部のドライポートを開発し、鉄道、高速道路、石油パイプライン、光ファイバーケーブルのネットワークを構築し、パキスタンのグワーダル港と新疆のカシュガルを繋ぐものである[8]。両者の連結により、アフガニスタンはハブの役割を担うことが期待される。加えて、2019年以降に建設中の「中国−パキスタン−イラン−トルコ(CPIT)エネルギー回廊」構想は中東と中国を結ぶ石油ガスの輸送ルートであり、従来のインド洋とマラッカ海峡を経由する海上ルートがもつ不安定性を解消する代替として重要な戦略的意義を有している[9]。CPECの拡大が実現すれば、アフガニスタンにもその恩恵がもたらされることとなるが、現実にはアフガニスタンの安定なしにSREBの拡大は困難な状況にある。
 第五に、中国はこれらに加え、より広範な多国間枠組みによる協力を模索している。例えば、タシュケントでは7月16日からウズベキスタン主催によるアフガニスタン再建のための国際ハイレベル会合「中央アジア・南アジア:地域連結性、挑戦と機会」が開催された[10]。ウズベキスタンとパキスタンは5億ドルのインフラ整備・貿易協力を締結し、さらにパキスタン−アフガニスタン−ウズベキスタン(ペシャワール−カブール−タシュケント)間の鉄道建設プロジェクト(PAKAFUZ)によるアフガニスタンの天然資源の活用が提起された。ウズベキスタン、アフガニスタン、パキスタンからは大統領が、中国、ロシア、イラン、トルコからは外相が参加した一方で、米国が国土安全保障担当補佐官の参加にとどめたことは、当地域でのその影響力低下を象徴的に物語っている。
 
3. 中国のターリバーン政権支援への道のり

 以上に整理した5つの地域枠組みは、いずれもアフガニスタンがカルザイ政権およびガニー政権の統治下にある段階での枠組みであった。これらの地域枠組みがターリバーン政権を取り込むものとなるかは現段階では不確かであり、国連がターリバーン政権をアフガニスタンの代表と認めるか否かにかかっている。中国が現在の緊急援助の枠を越えてアフガニスタンのインフラプロジェクトに本腰を入れるためには、ターリバーン政権が国際的な承認を得ることに加えて、当地域の安定の確保が不可欠となる。中国政府はターリバーン政権にアフガニスタンにおけるテロ組織の掃討と安全な投資環境の確保を期待しており、ターリバーン政権がこれらについて明確な意思や能力を示さない限りは、中国のアフガニスタン関与は限定的なものにとどまると現時点では評価できる。ボールはターリバーン側に投げられた形であり、ターリバーンが中国の関心と要求に応えるためにどのような施策を表明し実施するかが注目点である。
 
 (2021年10月14日脱稿)
 

[1] “Foreign Ministers’ Meeting on the Afghan Issue among the Neighboring Countries of Afghanistan, September 8, 2021”, Ministry of Foreign Affairs Government of Pakistan,  https://mofa.gov.pk/foreign-ministers-meeting-on-the-afghan-issue-among-the-neighboring-countries-of-afghanistan-8-september-2021/(2021年10月13日閲覧).
[2] Adnan Aamir, “Taliban Rolls Out Red Carpet to Belt and Road Initiative,” Nikkei Asian Review, September 12, 2021, https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/Afghanistan-turmoil/Taliban-rolls-out-red-carpet-to-China-s-Belt-and-Road-Initiative(2021年10月13日閲覧).
[3] 詳細は、田中周「中国−中央アジア関係にみる安全保障−経済開発のネクサス:新疆の反テロ政策を事例として」新免康編著『ユーラシアにおける移動・交流と社会・文化変容(中央大学政策文化総合研究所研究叢書30)』中央大学出版部、2021年、23-38頁を参照。
[4] “SCO Officially Accepts Iran Permanent Membership”, Islamic Republic News Agency, September 17, 2021, https://en.irna.ir/news/84473948/SCO-officially-accepts-Iran-permanent-membership(2021年10月13日閲覧).
[5] 田中周「中央アジアからみた中国と日本」鈴木隆・西野真由編『現代アジア学入門:多様性と共生のアジア理解に向けて』芦書房、2017年、193-194頁。
[6] 「四国軍隊反恐合作協調机制会発表聯合声明」『人民網』2016年8月5日、http://military.people.com.cn/n1/2016/0805/c1011-28614262.html(2021年10月13日閲覧)。
[7] Paul Goble, “Taliban Controls Afghanistan’s Northern Borders, Unsettling Countries Near and Far,” The Jamestown Foundation, July 13, 2021, https://jamestown.org/program/taliban-controls-afghanistans-northern-borders-unsettling-countries-near-and-far/(2021年10月13日閲覧).
[8] 田中周「新疆・ウイグル族をめぐる諸問題」『ROLES REPORT』No. 4、2021年3月、9-10頁。
[9] Fei-fei Guo, Cheng-feng Huang and Xiao-ling Wu, “Strategic Analysis on the Construction of New Energy Corridor China-Pakistan-Iran-Turkey,” Energy Report, Vol. 5, 2019, pp. 828-841.
[10] Yohei Ishikawa and Tsukasa Hadano, “China and Russia Vow Aid to Afghanistan as Extremist Threat Rises,” NIKKEI ASIA, July 17, 2021,  https://asia.nikkei.com/Politics/International-relations/China-and-Russia-vow-aid-to-Afghanistan-as-extremist-threat-rises(2021年10月13日閲覧).

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