はじめに 筆者は令和4(2022)年に
『語られざる占領下日本 公職追放から「保守本流」へ』(NHKブックス)を上梓した。そこでは人々が語りたがらない占領下日本について論じ、広島カープ創設秘話、「バルカン政治家」三木武夫、フリーメイソンや田中角栄伝説について、その実像を明らかにした。
戦後史に関心のある方は、鳩山一郎が初代総裁(のち、吉田茂が総裁となる)となった日本自由党(以下、自由党)の創設に際して、児玉誉士夫が資金提供したという話を、どこかで耳にしたことがあるだろう。ロッキード事件に関わった、あの児玉である。
児玉の著書に関して、上海時代に接点のあった岩井英一は「〝事実相違〟〝事実無根〟ひじょうに多い」と指摘したうえで、「でたらめな記述はおそらく児玉自身、自分の箔をつけるために書いたか、いわゆる児玉ファミリーが虚像づくりのためにでっちあげたものだろう」と語ったという 。児玉と近い人物から見ると、虚像が独り歩きしているように見えるという指摘である。
児玉誉士夫の実像はいかなるものなのか。
本稿では、児玉があまり語りたがらなかったことに焦点をあて、その実像を明らかにしたい。
本稿が注目するのは辻嘉六という人物である。
宮澤喜一元首相は、辻トシ子が主宰する「三十六会」(さとろうかい)設立40周年を記念する会で、トシ子が益谷秀次の秘書となる経緯を話しながら、「伝説上」の辻嘉六の娘だと紹介した。辻嘉六はいかなる人物として語られてきたのか。宮澤の解説は次の通りである 。
「辻嘉六。誰でも知ってる名前であった(略)。戦後すぐに鳩山〔一郎〕さんが保守党を作ろうとし(略)たときに、すっかりお台所をまかなったのは辻嘉六さんだということは、これはなんとなく信じられていました」
なんとも宮澤らしい、慎重な言い回しである。
先だって、辻嘉六の遺書を見る機会に恵まれた。そこには児玉の名前も登場する 。千本木啓文氏から、辻嘉六と児玉との関係を聞かれたこともあり、整理する良い機会となった。ここからは辻嘉六に注目し、初代総裁の鳩山一郎の資料や周辺の証言を用いながら、児玉の実像を考察したい。ただし、宮澤が述べたように「伝説上」の話であるだけに、真偽が定まらぬことが多いことに留意されたい。
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