コメンタリー

2024 / 10 / 23 (水)

金成隆一「トランプ王国」あれから8年、ラストベルト再訪の旅 第3部 ミシガン州など(ROLES Commentary No. 34-3)

祈るような姿で、大統領トランプ(当時)の演説を聴く男性(2017年)

2024年アメリカ大統領選を前に中西部ラストベルト(さび付いた工業地帯)を回る取材で、第1部はペンシルベニア州から、第2部はオハイオ州から伝えた。最終回の今回(第3部)は、せっかくオハイオ州まで来たのだから、さらに4時間ほど運転して、もう一つの激戦州ミシガン州まで行ってみた。

 今回は、夏季休暇を利用しての7月のロードトリップだ。
 
ニューヨークJFK空港からヤングスタウンなどを経て、ミシガン州へのおおまかなルート。寄り道をたくさんしたので往復での走行距離は1629マイル(2621キロ)だった

■もう一つの激戦州ミシガンへ
オハイオ州からミシガン州に向かう途中、たたきつけるような雨が降り、やんだ直後
 
 ミシガン州で会えたのは、デトロイト郊外に46年ほど暮らす元共和党員キャサリン・バンポペレン。キャリア45年になるベテラン看護師で、最初に取材した2018年当時の自己紹介は次のようなものだった。

 「高校時代から一貫して共和党員。とても保守的で、1972年の最初の大統領選でニクソンに投票して以来、あらゆる選挙で共和党候補に投票してきました。そんな私が、この2016年以降にアメリカで起きてきたことに恐怖を覚えている。社会に悪口と中傷が蔓延し、礼節が失われ、礼儀正しさがなくなっている。トランプ大統領(当時)が率先して他人を中傷し、庶民の暮らしに広まっているのです」[i]

 バンポペレンは筋金入りの共和党員[ii]だったが、2016年大統領選で、共和党候補トランプには投票しなかった。民主党ヒラリー・クリントンに投票するのも「絶対いや」で、仕方なく第3政党の候補者に入れた。すると、トランプは、ミシガン州を含むラストベルト諸州で連勝し、大統領選の勝者となった。ミシガン州では1992年以来、民主党候補が連勝していたので「激震」だった。

 これでバンポペレンは目が覚めた。2018年中間選挙で初めて民主党候補への支持に踏み切り、2020年大統領選でも民主党バイデンに1票を投じた。いずれでも民主党候補が勝者になった。筆者は当時、もしトランプ支持に陰りが出るのであれば、それは「郊外」に真っ先に現れるのではないかと想定し、2018年の中間選挙ではミシガン州の「郊外」を取材場所に選んだ。そこで出会ったのがバンポペレンだった。

 筆者は、バンポペレンを「激戦州の郊外で暮らす保守派の女性」の一人と捉え、定点観測してきた。さて、今回はどんな思いを語ってくれるのだろうか。
 
■「トランプがアメリカの醜い蓋を開けた」
元共和党支持者のキャサリン・バンポペレン

 
 取材場所に指定されたのはスポーツバー。バンポペレンがグラスを傾けながら強調したのは「恐怖」だった。

 「私が慣れ親しんだ共和党が、すっかり『トランプ支持者の党』になってしまったことが恐ろしい。私にとって『MAGA(Make America Great Again)』は悪い言葉。保守系シンクタンクのヘリテージ財団が作成した「プロジェクト2025」を読んで確信したが、支持者たちは、これまでのアメリカ社会の歩みに反対で、50年も前の白人の高齢男性が決定権を握っていた社会に戻そうと本気です。移民に反対、有色人種も嫌いという具合に」

 「トランプが、アメリカの醜い蓋を開けてしまった。私の職場の病院ですら、受付の白人スタッフが、有色人種や外国籍の患者が手続きを終えると、患者の言動について陰で小馬鹿にするようになり、(ベテラン看護師である)自分が介入して、やめさせなければならなくなった。大統領が公の場で悪口を言い、他人を嘲笑するようになると、そのような言動が許されるという考え方が隅々にまで拡散するのです」

 中でもバンポペレンが憤っていたのは、女性の中絶の権利を認めた1973年の最高裁判決「ロー対ウェイド判決(Roe v. Wade)」が覆されたことだった。敬虔なキリスト教徒でもあるバンポペレンはこう強調した。

 「私は妊娠中絶に賛成ではないが、他人の(中絶の)決定には口を挟まない。その人が置かれた状況(妊娠に至った経緯など)を知らないからです。トランプ支持者の多くは『プロ・ライフ(生命の尊重)』を掲げるが、それはウソ。彼らは『出産』を支持しているだけで、『生命』を大事にする気はない。恵まれない境遇の子どもたちの生育環境を支援することに反対ばかりしている」

 さらには、自身が若かった頃は、女性であることを理由に自分名義のクレジットカードや銀行口座を作ることが困難だったとして[iii]、そんな時代に戻されるようなことは「おぞましい」と語った。「私の看護師としての給料の方が、警察官の夫より多かったが、性別が女性というだけの理由で、夫の署名が必要と言われたことが何度もあった」
 
■トランプ支持者は「カフェテリア・クリスチャン」
2018年中間選挙では、初めて民主党候補の支持に転じ、戸別訪問したバンポペレン(右)
 
2018年の取材では、バンポペレンは「福音主義者(エバンジェリカル)」との自己認識を語っていたが、今年は「いいえ、私はただのクリスチャン。従来の意味でのエバンジェリカル」と表現を修正した。「エバンジェリカル」を自称するトランプ支持者が多いため、区別する必要が出てきたという。さらには、当時は「トランプに反対する共和党員」と自己紹介していたが、今回は「民主党支持者と自己認識するようになった」とも語った。

 「私が通っていた教会は、地元はもちろん、海外でも、困っている人を助ける活動に熱心に取り組んでいた。真のキリスト教徒であれば、貧しき人々を助け、隣人を大切にし、隣人を自分のように愛する。ところが彼らはそうではなく、MAGA流のキリスト教徒。聖書の気に入った部分だけを選ぶという意味で『カフェテリア・クリスチャン』です

バンポペレンは今年の大統領選でも、トランプ政権2期目を阻止するため、民主党候補に1票を投じるという。
  
■ヤングスタウンの教授が説明する「トランプ旋風」
ヤングスタウン州立大教授ポール・スラシック(2024年7月5日)
  
 ロードトリップの最後に再び、オハイオ州ヤングスタウンからの報告に戻りたい。この地域の変化を現地から観察してきたヤングスタウン州立大教授のポール・スラシックに面会できたからだ。(インタビューは2024年7月5日実施。バイデン撤退前であることに留意)[vii]

 スラシックは、激戦州ペンシルベニア州のジョンズタウン出身の両親を持ち、本人はニュージャージー州ベッドミンスターにあるトランプのゴルフ場近くで育ち、今はオハイオ州ヤングスタウンで教鞭をとっている。昨今の大統領選でカギを握ってきた、このエリアの空気を体験的にも理解している研究者だ。

 スラシックは2016年のトランプ旋風に至るアメリカの風景を、こう解説した。

 「多くの人々が、政府や国が従来の姿から変わり始めていると感じていた。それまで認識されていなかった『裕福なエリート層(wealthy elites)』と『その他の人々(everybody else)』との間の分断となり、人々は後者のための政治をするチャンピオンを探し求めるようになった。その傾向は特にこの地域で強かった。2004年に『二つのアメリカ(two Americas)』という形で、この分断を問題提起したのは民主党の側だった」

 2004年の大統領選の民主党候補ジョン・ケリーの副大統領候補ジョン・エドワーズの演説のことだ[ix]。米メディアの記事によると、当時以下のように訴え、人気を博したという。
 「ブッシュ政権下では、一つではなく、二つのアメリカが存在する。仕事をするアメリカと、報酬を得るアメリカ。税金を払うアメリカと、減税措置を受けるアメリカ。子どもたちに、より良い生活を残すためなら何でもするアメリカと、子どもたちはすでに人生が整っているので何もする必要がないアメリカ。(中略)日々の暮らしにやりくりするのに苦労しているアメリカと、議会や大統領さえも欲しいものは何でも買えるアメリカ」
 こうした指摘が、民主党の側から出ていた、との指摘がポイントだろう。

■「ハリウッドの党」になった民主党

 スラシックが説明を続ける。
  「ミクロなレベルで見てみると、脱工業化で雇用を失ったヤングスタウンのような地域は、全国にたくさんある。人々は民主党員だった。それは民主党が『貧しい人々の党(the party of the poor)』『経済下位層の党(the party of the people on lower on the economic scale)』だったからだ。どちらかと言えば、彼らは経済争点でリベラル寄りだが、社会争点では保守派だった。(民主党は社会争点で保守ではないが、それでも)彼らが民主党にとどまったのは、民主党は彼らの経済利益を守ろうとするが、共和党はそうしないと考えたからだった」

 しかし、民主党の側で変化が起きたという。ここからの説明が興味深い[x]

 「民主党はより裕福になり、資金も潤沢になった。民主党は『ハリウッドの党(a party of Hollywood)』になり、ある意味では『ウォール街の党』(a party of Wall Street)にもなったので、より多くの資金とエリートを獲得した。(元大統領)オバマを見てみるとよい。オバマはハリウッドのスターたちとつるむのが好きだった。見た目が良くて、しゃべりも滑らかな人気者。民主党はその方向に進んでいった」 

 そんなオバマ政権の2期8年間が終わろうという頃にトランプが登場し「カギを開けた」という。
 
■労働者が聞きたがっているメッセージを発するトランプ
大統領トランプの演説に熱狂する支持者たち(2017年、オハイオ州ヤングスタウン)


  「そこにトランプがやってきて、こう呼びかけた。『みんなは国際貿易に仕事(雇用機会)を奪われたと思っているんですね。実は、私もそう考えているんだ』と」

 これに、ずっと民主党支持だった労働者層はビックリしたという。
 「なぜなら、従来は共和党が常に自由貿易の推進派で、反自由貿易だったのが民主党だったからです。しかし、オバマは通商推進派の大統領で、その(従来の)線引きを超えた。NAFTA(北米自由貿易協定)を再交渉すると(選挙戦では)主張したが、実際は触れなかった。さらにはアメリカを環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に参加させようとした」

 つまり、オバマ時代までに民主党が「ハリウッドの党」になり、自由貿易を推進するようにまでなった時期に、共和党の側から異端児トランプが登場したという説明だ。

 「一方のトランプは1980年代から一貫して反自由貿易の立場で、このエリアについては『工場群の閉鎖は労働者の責任ではない。悪い貿易協定のせいだ。そのせいで皆さんが失業した』とのメッセージを発していた。それは、まさに労働者たちが聞きたかった言葉です」
 
■かつて民主党が与えたナラティブ
2009年にオハイオ州ローズタウンを訪れたオバマ大統領(当時)の写真が、全米自動車労組本部に飾られていた(2018年)

スラシックは、ここでも重要な指摘を加えた。
 「実は、このトランプの主張の多くは真実ではない。工場が閉鎖されたのは、アメリカ企業が設備投資をせず(競争相手国の)技術力についていけなかったからです。実際の工場閉鎖の理由は、貿易協定だけではなかったが、人々はそう信じた。なぜなら、それが、民主党が与えてきたナラティブだったからです。民主党の政治家は選挙運動でヤングスタウンに来るたびに、工場の海外移転に反対し、『これは政府のエリートたちが試みていることで、民主党が皆さんを守る』と支持を訴えていたのです」

 スラシックが冒頭で指摘した通り、旧工業地帯の労働者層の多くは経済争点でリベラルだが、社会争点では保守的な立場をとることが多い。筆者の取材対象者も、手厚い社会保障制度を支持する一方[xi]、自分も銃を所持していて銃規制に消極的だったり、ニューヨークなどで多様な性を祝いながら権利を訴える「プライド・パレード」に反対まではしないが、その光景に眉をひそめたりする。

 そもそも、社会争点で自身を「リベラル派」と表明する労働者層に出会った記憶はない。多くは「穏健派」と、時には「保守派」と称する。

 共和党候補が自由貿易を推進しているうちは、労働者の多くは民主党支持にとどまっていた。ところがオバマ時代に民主党が自由貿易を推進するようになった時に、アウトサイダーの共和党候補トランプが、経済争点でリベラルな立場を示した。まるで旧来の民主党候補のように。トランプは社会争点で保守的な姿勢を示していたため、そこに衝突は起きない。それで従来の民主党支持層がトランプ支持に回る条件が整ったというわけだ。

 スラシックの解説は明快だ。本稿の第1部や第2部で紹介した政党関係者らの説明とも符号する。

 スラシックは、こうした民主党支持から共和党支持への集団越境は「アメリカ政治において珍しいこと」と説明する。なぜなら、この地域では「両親が民主党支持だから自分も民主党支持」というように、あたかも応援する野球チームのように「生まれながらの所属(born with an affiliation)があり、自分自身の身体の一部になっているからだ」という。

 日本の事情にも詳しいスラシックは、こう付け加えた。「子どもの頃からのヤクルト・スワローズのファンが突然、日本ハム・ファイターズのファンにならないでしょう?」
 
■本音を言うスタイル、それが強み
大統領トランプの集会を楽しむ支持者たち。カメラに気づくと、手を振り、ピース(2017年、オハイオ州ヤングスタウン)


 トランプの話法にも、もう一つの特徴があるとスラシックは指摘する。
 
「ヤングスタウンのバーに行けばわかりますね。この辺りの人々は思ったことを口にする。本音を相手に伝える。たとえ、その本音に同意できなくても、相手はその姿勢を気に入る。そこがトランプにそっくり。人々は自分たちと同じスタイルの政治家が出てきたと、再び驚いたわけです」

 「ご存知の通り、アメリカの政治家も日本の政治家と同様に演説が台本を読んでいるかのようです。失敗したくないからです。2回目の集会を聴くと、演説が同じであることに気づく。私は演説を聴くのが研究者としての仕事でもあるのですが、同じ演説は退屈です。ところがトランプは違う。次に何を言い出すのか誰にも分からない。思ったことをそのまま言っていることを人々は気に入っている。自分たちのようだと感じさせている。実際は億万長者なのに」
 
■労働者を虜にした政治家もう一人

 ここでスラシックは、オハイオ州北東部の人であれば誰でも知っている政治家の名前を挙げた。

 「この地域では、誰もがトランプをみてトラフィカントを思い出した。トラフィカントは収賄で有罪判決を受けたが、トランプとどこか似ている。だからこそ、起訴されたトランプの支持率がこの界隈ではさらに上がると私は知っていた。トラフィカントの物語が再び始まったからです」 

 トラフィカントは、オハイオ州の当時第17選挙区(ヤングスタウン)選出で、連続8回再選した連邦下院議員。地元紙などによると、ヤングスタウンのトラック運転手の末っ子で、高校時代とピッツバーグ大学にはアメリカンフットボールのクオーターバックとして活躍し、地元ヤングスタウンの保安官になった。

 転機は、製鉄所の相次ぐ閉鎖で失業者が急増していた1980年代。家賃を払えなくなった労働者に対し、裁判所は自宅からの強制退去命令を出したが、トラフィカントは「労働者は悪くない」と宣言して執行命令を無視し、刑務所に送られた。連邦議員として首都ワシントンに行っても「反エスタブリッシュメント(既得権層)」の姿勢を貫いたことで「労働者の味方」として厚い支持を集めた。

 これが伝説のように今も語り継がれており、筆者は、涙目で思い出を語る労働者に遭遇したことがある[xii]
 
■トランプはラストベルト向け「テーラーメイド政治家」
大統領トランプの集会に集まった支持者たち(2017年、オハイオ州ヤングスタウン)

これらの点を考慮の上で、スラシックは「トランプはこの一帯にぴったりと合わせて作られた政治家(tailor made politician for this area)。これ以上ぴったりの政治家を作り上げることはできない」と語る。

 そこまで言いますか、との表情で筆者が聴いていると、スラシックは続けた。
  「トランプは大富豪だが、上品(classy)ではない。ニューヨークの不動産業界で働き、建設労働者たちとつるんできた。えげつなくて(nasty)、策略と駆け引きの商売(wheeling and dealing business)。タフでなければ、とてもつとまらない。そんな環境で彼は育った。彼がこの一帯で支持されるのは自然だったのです」

 「(上院議員)ポール・ライアンや(2008年大統領選候補)ミット・ロムニーら、従来の共和党の政治家が『財政的な余裕がない』と削減対象にしそうな社会保障プログラムを、トランプは賢明で、触ろうともしない。(従来の)民主党支持の労働者たちが、それに依存して暮らしているのを知っているからです」

 「トランプには確固たる思想信条がなく、選挙に勝つため、どんな立場にでも変わってみせる。彼は気にしない。こだわる理念もない。トランプにとって最も重要なのは、勝てるための取引(deal)に持ち込むこと。勝つためには、何を言えばいいか、何を断念すればいいかを考えている。だから政治的に賢いのです」

 トランプの強さと、その支持者を理解するのに役立つ表現も教えてくれた。

  「トランプ支持者はトランプの主張を真剣に受け止めているが、文字通りには理解していない(Trump supporters take him seriously, but not literally.)。逆にジャーナリストはトランプの主張を文字どおりに理解するが、真剣には受け止めていない(journalists take him literally, but not seriously.)というものです。『メキシコに壁の建設費を払わせる』『NATO離脱』『輸入品への関税を引き上げて、米国の所得税を撤廃する』というトランプの発信を支持者は額面通りには受け取っていない。これらが重要争点だという宣言に過ぎない。相手国や同盟国にふっかけて、ゆすって、なるべく多く負担させる取引を試みていると理解しているわけです」
 
■2016年大統領選は政界再編の起点になるか
ペンシルベニア州の路上に掲げられていたトランプ支持のヤードサイン(2024年7月)

  中長期のアメリカ政治で話題になりそうな「政界再編」についても意見を求めてみた。共和党支持に寝返った元民主党員が、民主党に戻ってくる兆しはなく、「トランプ旋風」が一過性のもので終わるわけではなさそうだからだ。

 スラシックはこう答えた。
  「トランプが不在になった後の共和党を観察する必要があります。いま共和党内で何かが起きていますが、それはまだ終わっていない。まだ移行期です。多くの支持層が、トランプを支持するために共和党に移り、『トランプ党』となった。トランプが圧倒的な存在で、他の全ての影響を遮断してしまうため、(トランプ本人が)いなくならないと党内で何が起きているのかの判断ができない。政党は歴史的にイデオロギーのはっきりした政党だったが、トランプ本人はイデオロギー的ではない。トランプ後の共和党がイデオロギー的にどのように整理されるかは現時点ではわかりません。とても興味深い論点になるでしょう」

トランプ支持のヤードサインに並び、民主党現職に挑む共和党候補Bernie Morenoのサインも用意されていた(2024年7月、オハイオ州マホニング郡の共和党本部)

2016年大統領選は政界再編の起点のように後世に記録されることになるのだろうか。
 「2016年に再編があったと考えられます。ここ(オハイオ州北東部)は民主党の地盤だったのですから。もちろん『激変を起こせたのはトランプだけ』で、トランプがいなくなれば以前の状態(民主党主導の地域に)に戻る、という反論も可能です。しかし、政治家は賢いので、私はそうは思いません。上院議員J.D.ヴァンスが完璧な事例ですが、今後も政治家はこの変化を利用するでしょう。オハイオ州の上院選に注目です。今後を占う上でも興味深い。現職の上院議員シェロッド・ブラウン(Sherrod Brown)は昔ながらの民主党政治家(old fashioned Democrat)で、労働組合や労働者を擁護してきた。人々も彼に慣れ親しんでいて、信頼している。トランプが支援する共和党の対抗馬(Bernie Moreno)が勝てるかどうか注目です」

 最後に再編が起きているのであれば、それはどんなものになりそうかも尋ねてみた。
  「まだ十分な研究がなされていませんが、(カギは)労働者階級(の動向)になるでしょう。大学の学位を持たない層。白人の労働者階級だけではない。ヒスパニック系とアフリカ系の労働者階級もいま、特に若い男性が共和党に移るようになっている。もっとデータを集めないといけません」

 2024年以降、特にトランプ不在になった時に共和党がどういう主張を掲げる政党になっていくのか。アメリカの保守の行方とも重なるだけに、たしかに興味深い。
 
■「カマラなら大接戦になるだろう」
オハイオ州マホニング郡の元共和党委員長マーク・モンロー


1629マイル(2621キロ)に及んだ夏休みのロードトリップを終え、筆者がニューヨークのJFK空港近郊にレンタカーを返却したのが2024年7月12日。その直後にトランプの暗殺未遂事件が起こり、帰国後にバイデンの撤退と副大統領ハリスの継承が決まった。

 選挙戦の構図を大きく変える事態が相次ぎ、情勢は変化した。改めて取材ノートをめくると、興味深いコメントがいくつかあった。

 オハイオ州マホニング郡の元共和党委員長マーク・モンロー(本シリーズ第2部に登場)は、民主党側の選挙戦略を語る中で、次のように言っていた。

「バイデンが大統領を辞職して、カマラ・ハリスが大統領にスライドし、そのまま大統領選候補になれば、トランプとの大接戦になると思う。カリフォルニア州の司法長官には、よほどの才能がなければなれないし、彼女の演説を聴いたときに手強いと感じた。今から磨く時間もあるし、ハネムーン期間があるから、大接戦に持ち込めるだろう。バイデンが選挙戦に残れば、トランプの圧勝は確実だ。バイデンは数州で勝てればラッキーだ。(1984年大統領選で共和党レーガンに大敗した民主党)モンデールのようになるだろう」

 ミシガン州の元共和党員バンポペレンは、2018年中間選挙で民主党候補の応援で戸別訪問をするなど「トランプ阻止」に熱心に動いてきたのに、バイデンの選挙戦については「選挙活動に加わるか、分からない」と冷めた様子だった。6月のテレビ討論会を看護師の立場で視聴し、「バイデンは討論会が終わるまでに倒れるのではないか」と心配し、衰えているバイデンに撤退を説得できない側近や家族、民主党執行部に失望していた。

 大統領選が終わったら、ふたたび彼らにインタビューを申し込んでみようと思う。
 
■ヤードサインは7月時点でトランプ圧勝
大統領選の候補者を応援するヤードサインを探していたら、人気歌手テイラー・スウィフトの旗を掲げる民家があった。一番人気は彼女かもしれない

 
そういえば、一つ書き漏らしていた。

 アメリカの選挙戦では、支持する候補者の名前が書かれた看板(ヤードサイン)を庭先などに刺して、各陣営が選挙戦を盛り上げる。その看板の数が、支持の広がりを判断する一つのバロメーターになっている。増えるのは、選挙戦が最終盤を迎える9月のレーバー・デイ以降だが、筆者の7月の訪米でも1629マイルの運転中に数えてみた。

 結果は、バイデン2本に対し、トランプ39本。今ごろ、ハリスの看板が増えている頃だろうか。両者の本数は、情勢調査と同様に、拮抗しているかもしれない。選挙戦の結果は、2週間後、日本時間の11月6日には伝わってくることだろう。

[i]金成隆一『ルポ トランプ王国2 ―ラストベルト再訪』(2019/09/20)123ページ

[ii]同上。バンポペレンが当時語った、筋金入りのアメリカ保守の信条の概要は次の通り。「他人の所有権を尊重するべきだという考え方で育ちました。自分で稼げる以上は絶対に消費するべきではなく、いつも貯蓄しないといけない。大切な価値観。財政保守派です。(中略)法の支配も大切。誰もが法に支配されるべきです。どんな金持ちだって、ルールには従わなければいけません。自由な市場もルールです。権力者も介入するべきではない。馬車の職人は、自動車の普及に抵抗したでしょう。でも『みんな自動車なんてやめろ。馬車に乗れ』とは言ってはいけない。生き残りたいのであれば、タイヤ製造にでも転職するべきです。何が売れるか売れないかを決めるのは、人間ではなくて、市場です。私はとにかく政府の介入が嫌い。誰かが特別に政府に支援を受けるのも嫌い。(中略)市場に介入すると、どこかで意図せざる結果を生むのです。もちろん自由な競争社会では、勝者と敗者が出ますが、それは売れるものと売れないものがあるのですから当然です。誰かが買ってくれるモノを生産するしかないのです。それは誰か(政府)ではなく、市場(マーケット)が調整するのです」

[iii] 1974年の信用機会均等法で、女性は男性の連帯保証人を必要とせずに銀行口座を開設し、住宅ローンを組むことができるようになったという。When Could Women Open A Bank Account?, Forbes, Mar 20, 2023

[vii]慶應義塾大学総合政策学部教授だった故・中山俊宏氏がポール・スラシック氏の存在を筆者に教えてくださり、2020年2月に東京で開かれた笹川平和財団主催の講演会“U.S. in 2020: Changing Society and Presidential Election”を聴きに行くことができた。次のヤングスタウン訪問では、スラシック氏に面会を申し込もうと決めていて、やっと4年後の今回、実現できた

[viii] Nicholas Nehamas and Reid J. Epstein, “Harris Visits Red Areas of Pennsylvania, Hoping to Cut Into Trump’s Edge,” (Sept. 13, 2024)

[ix] Leigh Ann Caldwell, “John Edwards says Dems should do more on poverty,” CNN, January 27, 2014 から引用

[x]同様に大統領オバマの責任を指摘した識者に代表作『What’s the Matter with Kansas?』や『Listen, Liberal: Or, What Ever Happened to the Party of the People?』で知られるジャーナリストのトマス・フランク氏がいる。筆者の2017年のインタビューで「共和党は意図的に、彼らが労働者階級を心配しているように聞こえる話法を使うが、民主党はやめた。今の民主党のメッセージは、かつてとは違う。かつてとは異なるグループ、「専門職階級」に話しかけているのです。オバマもそうでした」「この時代の(民主党内の)各派が一致していたことは、「民主党はもはや労働者の政党ではない」であり、(中略)「見識があり、高等教育を受け、裕福な人々の政党」をめざす、ということです。(中略)。民主党は「勝ち組」の側にいたかったのです。フェイスブックやグーグルの側、大手製薬会社の側にいたかった。オバマもヒラリーもそうした「勝ち組」からの巨額献金を受けています」などと語った。金成隆一『ルポ トランプ王国2 ラストベルト再訪』181~204ページから引用

[xi]例えば、長年の民主党支持からトランプ支持に寝返った元鉄鋼労働者の男性はトランプ支持の理由を次のように語った。「オレは今月で62歳になる。そして社会保障(年金)の受給が始まる。トランプを支持するのは、社会保障を削減しないと(出馬演説で)言ったからだ。ほかの政治家は削減したがっている。受給年齢を70歳まで引き上げる提案をしている政治家までいる。オレは、そんなことを言う政治家が嫌いだ。あいつらは選挙前だけ握手してキスして、当選後は大口献金者の言いなりで、信用できない」「政治家は長生きするから、簡単に『年金の受給年齢を引き上げる』と言う。それが許せない。でもトランプは違う。立候補の会見で、社会保障を守ると言ったんだ」と語った。金成隆一『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』32~41ページから引用

[xii]金成隆一『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』59~64ページ。トラフィカントは2002年に収賄で有罪判決を受け、議会を追放された。2009年に釈放されたが、2014年9月にトラクターで転倒事故を起こし、ヤングスタウン市内の病院で死去。享年73歳

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