コメンタリー

2024 / 08 / 30 (金)

サヘル情勢の悪化:背景と展望 フランス国際関係研究所(Ifri)アラン・アンティル氏インタビュー(ROLES Commentary No. 32)

「サヘル諸国」と呼ばれる西アフリカのマリ、ブルキナファソ、ニジェールでクーデターが相次ぎ、不安定化が著しい。この地域の状況と背景、今後の展望について、フランス国際関係研究所(Ifri)の専門家アラン・アンティル氏にパリで聞いた。彼によると、この地方に関する様々な指標を見る限り、私たちは悲観的にならざるを得ないという。
(聞き手=国末憲人・東京大学先端科学技術研究センター特任教授)

アラン・アンティルAlain Antil氏は、Ifriのサブサハラ・アフリカセンター長兼研究員。1970年生まれ。モーリタニアの政治問題、サヘル地方の安全保障問題に取り組み、国際関係におけるサブサハラ・アフリカの位置づけを再構築する研究チームの活動に参加している。リールの政治学院(IEP)とパリ第1大学で教鞭をとる。
アンティル氏=Ifriのホームページから

――マリ、ブルキナファソ、ニジェールで相次いだ最近のクーデター・ドミノは驚くべきことであり、憂慮すべきことです。ただ、なぜそれが起きたのか、多くの人には理解できないままです。背景には何か共通の現象があるのでしょうか。
アラン・アンティル: サヘル諸国で起きたクーデターは、ギニアやガボンで起きたクーデターなどと、区別して考えるべきでしょう。起きたことは同じように見えても、同じ力学に基づいていたわけではありません。
サヘル地方で起きたクーデターやクーデター未遂は、この10年間だけでも11件を数えます。2012年、2020年、2021年のマリ、2015年、2022年1月と9月のブルキナファソ、2010年と2023年のニジェールと2020年と2021年のニジェールでの未遂、そして2019年と2021年のチャドの未遂などです。デビ大統領が急死した2021年のチャドでは、法的には国会議長が代理を担うはずなのに、大統領の息子が軍の支援を得て暫定大統領となり、事実上のクーデターとの非難が起きました。
すなわち、クーデターはサヘル地方を特徴付ける傾向となっており、これらの国々は経済と安全保障の面で極めて複雑な道たどりつつあるのだと解釈できます。また、軍や市民の間には、その国の政府と、その主要な同盟者であり植民地旧宗主国でもあるフランスに対する怒りも渦巻いています。

――実際、これらのクーデター政権は実際、かつての植民地宗主国フランスをいまだに激しく非難しているようです。
アラン・アンティル: 反フランス感情を理解するうえで重要なのは、人々の心の中で、自国の指導者とフランス人とが区別されていないことです。彼らにとって、2者は同じ存在です。
サヘル諸国の指導者たちは、フランスによって任命され、フランスのために働く人たちだと見なされました。人々にとって、自国のエリート指導者をフランスの存在から切り離すのは難しく、すべてがひとくくりにされたのです。だから、極めて激しい反フランスのレトリックが生まれたのでした。クーデターによって打倒された文民政府の腐敗を目の当たりにした人々は、フランス政府がなぜこのような状態を野放図にしておいたのか、フランスが事態を変えようと思えば変えられたはずではないか、と考えました。つまり、彼らにとって自国の悪い点はすべて、フランスのせいなのです。このような意識の混同が1つの原因となって、フランスへの怒りを書き立て、それはサヘル諸国の特定の指導者や野党、軍部、さらにはロシアによって利用されることになりました。
 
■ スケープゴートとしてのフランス
――フランスは一種のスケープゴートになっているという意味ですか。
アラン・アンティル: その通りです。フランスの政治が批判の対象になるのはある意味当然ですし、二国間関係において相手を批判する場合は常に考えられます。一方で、偏った見方や誤った情報に基づく極めて扇動的な言説が時にまかり通るのも確かです。
具体的には、ベナンとニジェールの間で緊張が非常に高まっている例が挙げられます。ベナンはニジェールとの国境を数カ月にわたって閉鎖し、その後再開しましたが、ニジェールは自国の国境を開くことを拒否しています。ニジェール軍の中には、ベナンの大統領が同国北部からフランス軍の基地を撤去させるべきだと主張する人がいます。ベナンが自国領土の北部にフランス軍基地を置いており、ニジェールを攻撃するためにフランス軍がテロリストを鍛えている、というのです。
だけど、ベナン北部にフランスの基地などないのです。そのような偽情報を広めたのはニジェールの首相自身でした。市井の人ではなく、最高レベルの人間がフェイクニュースをばらまいた。どれほどひどい妄想なのか、よくわかるでしょう。

――あなたの論文「フランス語圏アフリカにおける反フランス言説の主題、それを主張する人、その機能」[i]は、そのような反フランスの陰謀論的な主張の数々を分析していますね。そこには、ケミ・セバ[ii]やナタリー・ヤンブ[iii]といった、ロシアと協力しながらフランスを攻撃するネオ汎アフリカ主義者の活動家が登場します。
アラン・アンティル: この2人は確かに当初、単に熱心な運動家でした。ただ、今はすっかり日和見主義者になってしまった。彼らは、自らの言動によって自分たちの生計を立てなければなりませんからね。
アフリカの人々がフランスを批判し、「フランスはひどい国だ」「新植民地主義的だ」と言うのは、ある意味でもっともです。しかし、彼らがもし勝手なストーリーをつくりあげるようになるなら、それは別問題。例えば、「フランス軍がマリ北部で金塊を盗掘した」などと誰かが言えば、それはもはや批判ではありません。単なるプロパガンダ、単なる嘘です。
はっきり指摘しておきたいのは、彼らが決して、ロシアを批判しないことです。私が見るに、また多くのアフリカ人が見るに、こうした人々はモスクワの代弁者に過ぎません。いかがわしいことに、彼らはそうすることによって、豊かな生活を手にしているのです。
彼らは自分たちを、単に「汎アフリカ主義」と呼んでいます。ただ、私たちはこの研究では、彼らに関して「ネオ汎アフリカ主義」という用語を使いました。他のアフリカの研究者と同様に私も、この2つの言葉を区別しています。本来の「汎アフリカ主義」はインテリの間の政治運動だったのに対し、「ネオ汎アフリカ主義」や「ネオ主権主義」はむしろ、ソーシャルネットワークやプロパガンダによって伝播される大衆運動であるからです。

――ロシアがアフリカでプロパガンダ戦略を展開していることは確かなようです。一方で、相次いだクーデターの背後にもロシアの陰謀がある、と考える人もいるようですが。
アラン・アンティル: ロシアがすべてを決定し、クーデターも仕組んだというのは、さすがに考えすぎです。すべてがフランス植民地主義のせいだと主張するのに似ています。
確かに、ロシアは様々な時をとらえて、安全保障と外交の面で(アフリカ諸国と)極めて強い関係を構築しているし、それを迅速に進める技術も持っています。(クーデターを企てた)特定の将校と事前に接触していたかもしれません。ただ、それが決定的な意味を持っていたとは、私は思わない。ロシアがクーデターを準備したとも思わない。クーデターは国内的、政治的で、起きてもおかしくない出来事でした。
サヘル諸国では、問いかけは以下のような流れでなされるべきです。これらの国々にとって、フランスはこれまで、主要な安全保障のパートナーでした。その関係を断ち切れば、他にパートナーを見つけなければならない。サヘル諸国にとって、フランスに代わる立場を世界のどの国が担えるだろうか。サヘルに兵士を派遣できる国なんてほとんどありません。それらの国には、優先すべき別の課題があるからです。他国に軍を派遣するのは非常にややこしい営みであり、そんなことにかかわっていたら国内での批判を免れない。しかし、ロシアは昨年、その解決策を示しました。武器供給や民間軍事会社の派遣などを提案したのです。それは、(サヘル諸国にとってフランスに頼ることへの)代替案となりました。加えて、ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国である立場を利用して、フランスに代って国際機関でサヘル諸国の利益を代弁できるのです。

――ロシア以外の国のかかわりはあるでしょうか。
アラン・アンティル: サヘル諸国はロシアという新たなパートナーに頼ろうとしています。ただ、関与の仕方は違いますが、武器、特にUAV(無人航空機)を供給しているトルコの存在もあります。サヘル諸国は中国に頼ろうとする可能性もありますが、中国は政治的に関与したいとは考えず、経済的な面に集中するよう望んでいます。また、サヘル諸国は湾岸諸国も頼ろうとしている。ブルキナファソはさらに、北朝鮮やイランとも接触しています。
フランスと決裂すると、多くの欧州諸国も援助をやめることになりますし、国際通貨基金(IMF)や世界銀行も援助を見直すと言い始めます。だから彼らは、安全保障や援助、武器供給、融資の面で新たなパートナーを探す必要に迫られているのです。ある意味で、彼らは欧米圏を離れ、別のタイプの同盟関係へと移行しつつあります。
もちろん、フランスがサヘル地方でうまく立ち回っていれば、こんなことにはならなかったでしょう。ただ、米国やフランスとサヘル諸国、特にフランスとマリは、軍事協力面でもともと問題を抱えていました。クーデター前にすでに、フランス当局とマリ当局の間には強い緊張が走っており、互いに相手を批判していました。
マリ側は、フランス軍が事前予告もなく、マリの主権を尊重することもなく、行動を起こしていた、と批判しました。たとえば、フランス軍の作戦について、マリ当局はラジオを通じて知りました。フランス側には、主権を尊重しなかった点で確かに過ちがありました。フランス軍の駐留はまったく理にかなったものであったにもかかわらず、信頼が欠如していたのです。
フランス側は、マリ当局を主に2つの点で批判しました。第1の大っぴらな批判は、「ジハード主義者を駆逐しても、その地域にマリ当局が入って社会を再建しなければ、やる意味がない」というものでした。これは現実にも困った問題であり、フランスの大統領が何度もそうするよう表明しています。ジハード主義者との戦いは、単純な戦争だけではなく、司法制度と国家機能を再生する営みでもあるからです。第2のむしろ非公式な批判は、マリやニジェールなどの軍に根強く残る腐敗に関してです。これらの国々は、フランスだけでなく、日本、欧州、米国、全世界に国際援助を求めながら、軍隊の財産を横流しし続けているのです。
ニジェール川に沿ったマリの首都バマコ=2008年、国末憲人撮影
 

■ モロッコの挑戦
――西アフリカに対してモロッコの影響力が増していると指摘する見方があります[iv]。特にマリに対して、これまで影響力を行使してきたアルジェリアに対抗しようとしてとことかと思うのですが。
アラン・アンティル: 伝統的に、アルジェリアは南隣の国々(サヘル諸国)に対して大きな影響力を持ってきました。モロッコはその状況にある程度挑戦し、異なる形での協力態勢を生み出そうとしています。
アルジェリアとマリの間では、最近緊張が高まっています。特に、アルジェリアがマリ当局の同意を得ることなく、マリの(反体制的な)政治家や武装勢力、宗教勢力の指導者を受け入れたことからです。マリ側によると、これらの行為がマリを不安定化させている。両国間にはもともと緊張がありましたが、完全な断絶には至っていませんでした。しかし今日、両国関係は非常に悪化しています。「アルジェリア人を操っているのはフランス人だ」とマリ側が言うほどです。このような流れの一方で、モロッコは昨年末、「サヘル諸国を経済面、政治面、安全保障面で支援しよう」とのイニシアチブを発表しました。
このイニシアチブの中で、モロッコ側はサヘル諸国に対して特に「あなた方に海辺を提供しましょう」「港へのアクセスを容易にしましょう」との構想を打ち上げました。これは、モロッコとアルジェリアの間で緊張を高めることになりました。両国間は常に緊張に包まれてきましたが、この動きをアリジェリアは、弱みにつけ込む行為、特にアルジェリアとマリとの関係不調に乗じる動きと受け止めたのです。

――それは、モロッコが打ち上げている鉄道プロジェクト[v]に関連があるでしょうか。
アラン・アンティル: あります。ただ、この鉄道とパイプラインの計画については、随分以前から論争の的になってきました。
これはいわゆる「白い象」(無用の長物)です。つまり、大型プロジェクトとして打ち上げられたものの、いつまで経っても実現するめどが立たず、失敗が約束されているのです。
モロッコはモーリタニアに対して、対応が不器用過ぎました。彼らはこのイニシアチブを立ち上げる前に、モーリタニアに相談しなかったのです。だけど、マリやブルキナファソからモロッコに行こうとすると、必然的にモーリタニアを横断せざるを得ない。だから、同意するかどうかをモーリタニアにまず確認し、イニシアチブに巻き込まなければならなかったのです。
モーリタニア側は、このイニシアチブを2つの面で極めて否定的に受け止めました。1つは、なぜモロッコ側が事前通知をしなかったのか、という政治的なレベルでのわだかまりです。もう一つは、このイニシアチブはモーリタニア自身に何の利益ももたらさない、という経済的レベルでの不満です。モーリタニアに港があるにもかかわらず、サヘル諸国からの商品がモロッコの港に持って行かれるなら、モーリタニアのヌアディブとヌアクショットという港をわざわざ弱体化させてしまう。そんなイニシアチブを助けるわけがないのです。

――つまり、机上の空論だったというわけですか。
アラン・アンティル: 私はそう思いますね。モロッコはミスを犯したのです。彼らは拙速すぎて、物事をよく考えず、十分な協議もしなかった。安全保障の面で考えても、サヘル諸国のテロとの戦いにモロッコが何を提供できるか、よくわからないのですから。
「G5サヘル」[vi]が創設される以前のこの地域でのテロの歴史を探ると、アルジェリアが創設した「共同軍事参謀委員会」(CEMOC)という別の枠組みがありました。これは2010年にアルジェリア南部のタマンラセットでアルジェリア、モーリタニア、マリが参加して発足し、テロ対策に共同で取り組むはずでした。アルジェリアは自らを、この地域のテロとの戦いの中心に置こうとしたのです。しかし、その試みは機能せず、アルジェリアの信頼はやや失われました。特にマリからはそうでした。だから、サヘル諸国は「G5サヘル」を結成したのです。今、モロッコはその状況につけ込んで、「我々もテロに対して何かできる」と言おうとしているのです。
 
CEMOCの本部が置かれたタマンラセットは、サハラ砂漠の真ん中にある街。車とラクダが道路を共有する=2007年、国末憲人撮影


■ 湾岸マネー
――近年は、湾岸諸国もサヘル地方でも影響力を持っているように思えます。実際にはどのような関係を築いているのでしょうか。
アラン・アンティル: 援助にかかわる省庁や機関を立ち上げた日本、フランス、ドイツ、米国からなどと同様に、数十年にもわたって湾岸諸国からサヘル諸国に流れ込んだ資金は、今やかなりの額に達しています。
その試みの始まりは、数十年前のサウジアラビアです。その後、湾岸諸国間での緊張はサヘル諸国にも反映されるようになりました。その一因は、カタールの存在です。モーリタニアでは実際に緊張が高まり、それは政府に利用されることにもなりました。カタールはムスリム同胞団と密接な関係にありますが、モーリタニアでは野党のイスラム勢力の一部が同胞団の支援を受けていたのです。モーリタニアはカタールとの国交を完全には断絶しませんでしたが、(カタールと折り合いの良くない)サウジアラビアへの支持を宣言しました。その後モーリタニアがイエメンの戦争に(サウジ側に立つ)兵士を送ったかどうかまで私は把握していませんが、サウジに心を寄せていると宣言したことは象徴的であり、サウジにとっても重要でした。
サヘルと湾岸との間では二国間援助もありますが、一方で多くの民間団体やNGOもサヘル諸国で活動しています。湾岸からサヘルへの援助がもたらしたひとつは、イスラム系NGOへの資金援助です。これを「湾岸諸国がテロに資金を出している」と非難する人もいます。確かに、NGOの事務所からジハード主義者に資金が流れている可能性は否定できませんが、これは大げさだと私は思います。
10年ほど前に、カタールの大量の資金がマリ北部のジハード主義組織に流れたという話がしきりに取り沙汰されたものです。私はこれについて調べてみたのですが、どうやらカタール人自身が関与しているケースはほとんどないようでした。カタールは、国内でさえ自国民は外国人に比べマイノリティーなのです。だから、彼らがNGOや団体を設立したところで、その事業をマリで進めるのはカタール人ではなく、マグレブ諸国(北アフリカ)の人や他の地域からの人々です。その中には、個人的にジハード主義に親しみを抱く人が交じっているかもしれません。だからといって、カタールがテロに資金を提供すると決めたことを意味するわけではありません。いずれにせよ、湾岸諸国からの資金はサヘル諸国で、ある種のイスラム教を支援していることは明らかです。
サラフィー主義者やワッハーブ派は、スンニ派の世界、特にアフリカで、「サヘルや西アフリカのイスラム教は真のイスラム教ではない」と言いがちです。
ブルキナファソのサバンナを貫く道路=2009年、国末憲人撮影
 
■ セキュリティーの問題
――10年後のサヘル諸国はどうなっているでしょうか。
アラン・アンティル: これから私が言うのは、かなり悲観的なことです。
私は長年、サヘル諸国の安全保障問題に取り組んできました。そこで気づいたのは、課題に対する認識が大きく誤っていることです。様々な問題をただ1つの帽子の下に置いて理解しようとするから、物事も解決しないのです。
例えば、テロは喫緊の課題です。ただ、テロ集団に加わる人々が、必ずしもみんなテロリストとは限らない。ブルキナファソの一部の地域では、軍が特定の村を攻撃するからという理由だけで、テロ集団に加わる人がいます。つまり、人々は自分たちのコミュニティー、特にフラニ族[vii]のコミュニティーを守るために、テロ集団に加わる。人々をテロ集団に押しやる原動力は、極めて多様なのです。
紛争が生まれる力学を、私はよく、3つの次元にまとめて説明します。1つは、イデオロギー的な側面です。国家を転覆させ、宗教的な枠組みに基づいて新しい政治秩序を確立しなければならない、と信じる人々がいるのは確かです。ジハード主義者と呼ばれる人たちです。彼らは、明確な政治宗教的な展望を抱いています。
その一方で、同じようにテロ集団のメンバーでありながら、別の理由で戦っている人々もいます。彼らが戦うのは、独立以来自分たちのために何もしてくれない国家に見捨てられたと感じているからです。彼らはさまざまな方法で不満を訴え、政権政党に投票しようとし、あるいは反対しようとしましたが、どの手段もうまくいかなかった。国家が何もしてくれないが故に、ある日武器を手にする。つまり、「国家に対する反乱」という第2の次元があるのです。
第3の次元は、極めて地域的なもので、コミュニティー間の緊張、またはコミュニティー内部に存在する緊張です。ブルキナファソの一部の地域には、フラニ族の村とモシ族の村があります。ある土地について両方の村が領有を主張し、コミュニティー間の紛争が起きます。一方で、サヘル地方の多くのコミュニティー内には、極めて厳しい社会的階層が存在します。すなわち、たとえばフラニ族には貴族と元奴隷がいます。フラニ族の元奴隷にとって、第一の敵はしばしば、フラニ族の貴族なのです。
ブルキナファソで、ジハード主義が入ってきたのはごく最近のことです。始まりは2016年に過ぎません。ブルキナファソで最初に地位を確立したジハード主義運動は「アンサルル・イスラム」と呼ばれるものです。アンサルル・イスラムが最初に標的にしたのは、フラニ族のコミュニティー指導者やイスラム教指導者、議員たちでした。では、実際には誰がアンサルル・イスラムに関与していたのでしょうか。当初、そのほとんどは元奴隷のフラニ族自身だったのです。
サヘル地方には、イデオロギーの次元、国家に対する反乱の次元、地域闘争の次元という3つの次元があります。もしこの構造を理解できなければ、全体の流れも理解できません。つまり、紛争は非常に複雑なのです。ジハード主義者に対して、唯一の戦線があるわけではなく、たくさんの戦線が存在するのです、小さな戦争がたくさんある。だから政府は困っているのです。
ブルキナファソ西部の農村ディエリッソ村で=2009年、国末憲人撮影


――物事は単純でないということですね。
アラン・アンティル: 一部の地方で、ジハード主義者は比較的支持を集めています。なぜなら、国家が安定した司法制度を運営できていないからです。そこにあるのは、腐敗した司法です。特に農村地域では、司法が機能していない。
サヘルのほとんどの人々は、「この土地は誰のものか」「この井戸は誰のものか」を示すことのできる国家を必要としています。しかし、国家は腐敗しているため、それを告げることができない。そこにジハード主義者がやってきて、自分たちの司法制度を適用しようと言い出す。人々は、こちらの方が国家の司法制度よりも腐敗していないので、公正だと思う。そういう面はあります。
だからソマリアでは、イスラム法廷がいつも話題に上るのです。実際、ジハード主義者の浸透を支えた1つは司法制度であり、こうして彼らは勝利を収めました。
彼らは一般的に、束縛を通じて、恐怖を与えることを通じて、脅迫することを通じて、虐殺を通じて、住民を支配下に置きますが、私たちがあまり見たくないもう1つの面もあります。それが司法制度です。彼らは、一部の人々のために司法制度を確立させます。その制度は、国家が提供するものよりも公平なのです。
コートジボワールに取り組む研究者を知っているのですが、この国のブルキナファソ国境近くに、ジハード主義者たちがいるごく一部の地域があります。コートジボワールは、割とうまく状況を管理しており、この地域はかなり小さいままで、拡大していません。一帯には道路が2本あり、1つは治安部隊が管理しており、もうひとつはジハード主義者が完全に管理しています。この一帯の人々によると、治安部隊が支配している地域のほうが、ジハード主義者が支配している地域よりも、はるかに強請(ゆすり)が多いといいます。
地元の研究者らによると、以下のような理由です。ジハードの支配する道路を通ると、最初の検問で税金を払うが、ジハード主義者は領収書をくれる。この領収書があれば、他の検問所では課税されない。一方、治安部隊の方は、最初の検問所で通行者から金銭を強要し、領収書など渡さない。次の検問所ではまた強請られ、3番目の検問所ではさらに強請られる……。
民衆はもちろん、イスラム主義者によって物事が運営されるのを、決して望んでいるわけではありません。にもかかわらず、国家は破綻しているのです。
とても小さな例ですが、サヘルではこんな例がたくさんあります。地元の人たちから聞いた話ですが、たとえば牛を盗まれたと訴える酪農家があります。盗まれた人は、誰が盗んだのか、だいたいわかっている。彼は警察署に行って苦情を申し立て、牛を取り戻すために必要なことをしてくれるよう頼んだ。ところが、警察は彼を刑務所に入れた。不思議なことです。彼は被害者なのですから。次に、警察は彼を釈放しましたが、牛の半分だけ返却すると言いました。半分を返してもらうか、何も返してもらわないか。つまり、残りの半分は警察がほしいのです。これが、マリ北部の国家の現状です。国家は人々を守っていない。
今日、ジハード主義者への主な武器の供給源となっているのは、国軍です。そこに兵舎があるからです。ブルキナファソで最近起きた攻撃では、2時間足らの間に少なくとも100人のブルキナファソ軍兵士が殺害され、多数の装備が奪われました。そのすべての場面を映したアルカイダのビデオがありますが、極めて印象的な光景です。そこには、銃弾だけでなく銃や車両も映っています。
 
■   教育問題
次に、人口動態と経済の根底にあるものを見てみましょう。サヘルの国々にとって、その状況は最悪です。
現在、世界で最も出生率の高いニジェールのような国では、2050年までに人口が倍増します。その人口は独立時、300万人から400万人人程度でしたが、現在では2500万人に達し、2050年には5000万人になるでしょう。それは、世界で最も貧しい国のひとつです。国家も教育制度も低レベルで、これからさらに悪くなるでしょう。
問題は人口が多いことだけでなく、人口が多くなることによって引き起こされる課題があまりに多くなることです。まず、爆発的に増加する労働人口のために、雇用を創出する能力が、サヘル諸国にあるのか。答えはノーでしょう。次に、国が発展するには、くぐり抜けなければならない関門があるということです。それは教育です。歴史上、発展したすべての国では、多くの人が大規模に教育を受ける段階を経ています。人々の教育が向上すれば、生産性も向上する。ヨーロッパでもアジアでも、発展した国ならどこでも、こうしたサイクルが見られます。
サヘル地方では今日、すべての国の政府が教育予算を増やしました。にもかかわらず、人口増加の勢いがそれを上回っており、生徒1人あたりの国の投資は減少しているのです。加えて、これらの国々では質の高い教師の育成が極めて困難です。教育とは、単に塀を築いて学校を建てることだけではありません。学校には教材も机も黒板も本も必要です。何より、しっかりと教育を受けた教師が必要です。これが、サヘル諸国が抱える問題であり、その状況は破滅的です。
実例を挙げましょう。私が2017年にチャドに行った際、あるチャド人がこう言いました。「チャドで現在高校の最終学年にいる生徒は、フランスの中学校2年生とほぼ同じ学力レベルなのだということを、考慮に入れておいてください」
2008年、マリ南部の学校で=国末憲人撮影

――ショックですね。
アラン・アンティル: 私は未来学者ではありませんから、将来を予測するようなことはしません。しかしながら、将来に備える上で重要な要素のひとつは、教育への投資に注目することです。アフリカだけを見ていると、教室が増えており、より多くの人々が教育を受け、多くの幹部層が生まれています。しかし、サハラ以南のアフリカをラテンアメリカやカリブ海諸国、南アジアと比較すると、アフリカの進歩の遅さがわかります。実際、アフリカはクラスのビリになっている。サヘル諸国は、アフリカの他の地域に比べてもさらに悪い。若い人たちは学校で6年や7年かけて中学校や高校に進学しますが、その教育レベルは極めて凡庸です。そうして就職市場に到達するのですが、そこに仕事はない。だから非正規雇用に頼らざるを得ない。これは、政治が抱える爆弾です。今後30年から40年の間に、この問題はますます深刻になるでしょう。マリ軍がジハード主義者の打倒に成功するかどうかなどという問題は、サヘル諸国が直面している人口的、社会的、経済的課題に比べると二の次なのです。
ナイジェリアの人口動態の見通しにも目を向ける必要があります。ニジェール南部とナイジェリア北部は同じ地域です。世界で最も急速に人口が増加している地域は、このニジェール南部とナイジェリア北部です。そこには、同じ人々が暮らし。同じ出生率を抱えています。
ナイジェリアでは、人々の教育水準が高く経済が順調に機能している南部と、そうでない北部との間で、非常に大きな発展の度合いの格差があります。ナイジェリアの人口は現在2億人ですが、30年後には4億人になり、米国を上回ります。その過程が問題なく進むとは思えない。西アフリカのサヘル地方からナイジェリア北部にかけて、雇用創出能力、国家サービスの質、司法を維持する国家の能力など、すべての指標が低い地域が出現するのです。これは、もっと強調されるべき側面です。

――ナイジェリアの南北格差というと、アフリカでしばしば指摘される沿岸部と内陸部の経済格差のことでしょうか。
アラン・アンティル: その通りです。アフリカの開発は実際、主に沿岸部や大都市で進められており、ブルキナファソ、マリ、ニジェールといった内陸国は困難な状況にあります。これらの内陸国にとって、輸出入には追加コストがかかります。これは開発を進めるうえで深刻な障害です。その上に汚職もはびこっている。すべての問題はここに由来します。
ブルキナファソで2022年1月の最初のクーデターが起きたのは、国民に衝撃を与えた同国北部での出来事の数週間後でした。同国の最北部に国家憲兵隊の兵舎があったのですが、ある日この兵舎がジハード主義者らに襲撃され、約50人の憲兵隊員が殺されたのです。そのこと自体が大きな衝撃だったのですが、それに付随する細部の情報も衝撃的でした。彼ら憲兵隊員への補給が途絶えていたのです。すなわち、隊員らは軍から食料が供給されなくなったので、自ら森に出かけて猟をして、食べるものを調達せざるを得なくなっていた。単に軍が敗北を喫しただけではない。その背後には兵站の破綻があったのです。
つまり、国家が崩壊する局面に差し掛かっているのです。経済が停止し、企業は全然機能せず、税収が破綻状態になる。ブルキナファソは、国家衰退の渦にはまっているのです。
加えて、ブルキナファソは外国人ジャーナリストを追放しました。彼らの幾人かを脅迫し、メディアの閉鎖に追い込んだのです。
ブルキナファソのジャーナリストたちは今、恐怖を抱いています。大統領に少しでも批判的な記事を掲載すると、夜中のうちに自宅から誘拐され、消されてしまうからです。外国人ジャーナリストにとっても問題は複雑です。ビザが出なかったり、メディアが禁止されたりするのです。今日、政府が持ちこたえているのは、単にメディアを統制できているからに他なりません。こうして彼らは、連日成功を収めていると主張するのです。

――このような状況を見ると、アフガニスタンで経験したような国際社会の失敗を繰り返さざるを得ないように思えます。
アラン・アンティル: 恐らくそうでしょうね。サヘル諸国は、すでに手遅れのように思えます。現在の大きな課題はむしろ、セネガル、ギニア、トーゴ、ガーナといった周辺の国々に問題が広がらないよう防ぐことでしょう。
 

[i]Alain ANTIL, Thierry VIRCOULON, François GIOVALUCCHI, « Thématiques, acteurs et fonctions du discours anti-français en Afrique francophone », Études de l'Ifri, 14 juin 2023,
https://www.ifri.org/fr/publications/etudes-de-lifri/thematiques-acteurs-fonctions-discours-anti-francais-afrique
[ii]Ibid.  Kemi SebaことStellio Gilles Robert Capo Chichiはベナン系フランス人の代表的なネオ汎アフリカ主義活動家。「白人」と「黒人」の分離を訴える。反ユダヤ主義言動によって2000年代にフランスで処罰と団体解散命令を受けた後、活動拠点を西アフリカに移し、ソーシャルメディアを通じて人気を得た。近年はロシアに接近し、モスクワを何度も訪問しているという。
[iii]Ibid.  Nathalie Yambはカメルーン系スイス人のネオ汎アフリカ主義活動家。ソーシャルメディアを通じて「フランス帝国主義」批判を展開し、ロシアや、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」との連携を、アフリカ各国首脳に訴えた。
[iv]例えば « Le Maroc veut donner aux Etats du Sahel un accès à l’Atlantique », lemonde.fr , 2024.01.16.
https://www.lemonde.fr/afrique/article/2024/01/16/le-maroc-veut-donner-aux-etats-du-sahel-un-acces-a-l-atlantique_6211058_3212.html
[v]Ibid.  サヘル諸国とモロッコとの間に鉄道などを敷設し、モロッコの港が輸出入を担う計画。
[vi] 2014年にモーリタニア、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャドの5カ国で発足した地域協力の枠組み。フランスの軍事作戦と関係を結び、軍事協力や開発面での連携を目指したが、2022年にマリが、2023年にブルキナファソとニジェールが脱退を表明し、事実上崩壊した。
[vii]サヘル地方に広く居住する民族。フルベ族、プール族とも呼ばれる。一般的にイスラム教徒で、遊牧に携わる人が多く、人口は数千万人に達するとみられる。イスラム過激派の勧誘の対象となる場合が多い。

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