東大先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)とヨルダン大学戦略研究センター(CSS)共催のシンポジウム「日本・中東戦略対話」が5月12、13両日、アンマン市内のヨルダン大学で開催された。両国に加え、エジプト、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコ、パレスチナ、モーリタニアなど中東アフリカの各国各地域や、欧米から、国連や国際機関からも、研究者や政治家、ビジネス関係者、国際機関スタッフや学生ら多数が参加し、ガザ情勢や中東政治の今後、経済協力や投資の可能性、地域の将来像など、多様なテーマについて話し合った。中東情勢が緊迫化、複雑化する中でこの対話を振り返り、中東の将来像を描くとともに、日本と中東との関係を構築する手がかりを探りたい。
● 「空白を日本が埋める」
シンポジウムでは、主催者団体の池内恵・ROLES代表とザイド・イヤーダートCSS所長らが挨拶。計9のテーマに焦点を当て、それぞれ1時間半前後、プレゼンや討論を重ねた。参加者は常時100人以上に達した。
イヤーダートCSS所長は冒頭の挨拶で、このシンポジウムが誕生した経緯を説明した。これによると、イヤーダート所長は2023年秋、共通の知人の紹介で池内代表と初めて会った。その2カ月後、日本に招かれた所長と池内代表が会合を持ち、グローバル秩序の再構築のために両国が取り組むべき課題と役割について協議。両国の間で共通点が数多く、変わりつつある国際秩序を前にいとの認識で一致したという。
イヤーダート所長は、現在の中東と世界について「米国が唯一無二だった時代は終わり、新たな多極化の時代に移りつつあるようにみえる。国際秩序も、台頭する新技術やグローバルなパンデミック、地球温暖化といった、従来とは異なる脅威にさらされている。迫り来る挑戦は恐ろしく複雑だが、私たちは迅速に、これに対処するすべを身につける必要がある」と語った。
このような状況に対する取り組みとして、所長は日米豪印4カ国による「日米豪印戦略対話(Quad)の例を紹介し、「周辺諸国との経済的つながりを強化することによって、自らの戦略的立場を維持しようとする日本の試みだ」と評価。「このような取り組みはまだ中東で少ない」と述べ、その可能性を探る必要性を示唆した。
池内代表も、中東を巡る近年の大きな変化に触れた。
「米国は20年ほど前、この地域のあらゆる議論を主導していたものの、その一極支配はその後徐々に弱まる一方で、それに代わるものがまだ台頭していない。その空白を日本があえて埋めようとしてもいい。もちろんそれは、他の試みと対抗するという意味でなく、他と協力しつつ、地域間あるいはグローバル国家間に生じたギャップの間を橋渡しする試みであり、そのためにパートナー同士で立場を調整するのがこの会議の目的だ」
池内代表はまた、「この地域の安定は日本にとっても重大だ」と説明し、積極的な貢献への意欲を示した。
奥山爾朗・駐ヨルダン大使は挨拶で「今年は日本とヨルダンの外交関係樹立70周年、大使館相互設置50周年にあたり、このシンポジウムが1つの主要な記念行事となる。この間、両国関係は大きく発展した。これからも相互のつながりを大切にしたい」と話し、ヨルダンの今後の経済発展に期待するとともに、中東の安定に向けて日本が貢献する意欲を示した。
ヨルダン大学のナジール・オベイダット学長もヨルダンと日本の二国間関係に触れ、「この地域に平和と安定をもたらす上でヨルダンが持つ戦略的な重要性を、1970年代前半から一貫して、日本は深く理解してくれてきた。この間の経済援助にも深く感謝する」と述べるとともに、今後の両国の関係強化に向けて今回の会議が果たす役割への期待を表明した。
● 9つのテーマについて討論
シンポジウムは、それぞれ以下のテーマについて、発言者名を特定しない「チャタムハウス・ルール」に基づいて討論を重ねた。
▼2024年5月12日(日)
【パネル1】中東の安全保障構築における日本の役割
モデレーター:ザイド・イヤーダート CSS所長
パネリスト:イブティサーム・クトゥビー エミレーツ政策センター設立者兼代表
ムハンマド・ムーマニー ヨルダン上院議員、元メディア担当国務相
篠田英朗 東京外国語大学教授
長岡寛介 駐チェコ大使、外務省前中東アフリカ局長
近年の目覚ましい技術革新と、これに伴うコミュニケーションの活発化は、中東・北アフリカ地域にとって両刃の剣となっている。地域に繁栄と安定をもたらす要因であるとともに、過激な思想を拡散するツールともなった。その結果、2003年のイラク戦争以後のこの地域や欧米では、おそるべき事件が相次いで引き起こされた。
中東・北アフリカ地域の様々な国で、安定が失われていく様子を、他の地域の国々も座視できない。それは、日本にとっても同様である。中東・北アフリカの不安定化は日本経済に直接影響するだけに、この地域の繁栄と安定確保に、日本も取り組まざるを得ない。日本は、グローバルな平和と安定に向けて貢献の度合いを強めてきただけに、なおさらである。
ガザ紛争、シリアのアラブ連盟への再加盟、地域紛争における湾岸諸国の役割の増大、その他多くの事態の進展があるなかで、この地域の国々と日本との間で進められる取り組みは、決定的な役割を担うだろう。それは、経済発展に結びつき、地域に安定をもたらすと期待される。日本はすでに、その開発プロジェクトを通じて、リビア、パレスチナ、イラク、ヨルダンなどに対し、一定の影響力を持つに至っている。
こうした状況を受けて、同パネルは次のような問題意識を念頭に進められた。
(1)平和維持活動において日本はどのような役割を果たしているのか。
(2)日本が安全保障へのかかわりを強めることによって、日本の地域でのプレゼンスはどう変化したのか。
(3)日本の安全保障上の役割は、経済にどう影響したのか。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。紛争の仲介で日本が果たす役割への期待がうかがえた。
▽日本はこの地域で、「政治的立場が仲介者として理想的である」「経済的に大きな影響力を持っている」「国際法を尊重する立場が高い評価を受けている」といった特性を持っている。さらなる関与が期待される。安全保障や過激派対策に関しても、日本人が実際に過激派の活動の犠牲となっており、決して他人事ではない。
▽日本はこの地域で、2つの枠組みの中に置かれている。「安全保障面での米国との密接な関係」と「エネルギーの多くを中東に依存している現実」だ。
▽2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃をもとに、イスラエルや米国は相変わらず「テロとの戦い」のナラティブを掲げているが、このような発想とは異なる見方が必要だ。
▽この地域は安全保障面だけでなく、環境面でも多くの課題を抱えている。この点でも日本との議論は有益だ。
▽国際法と、ルールに基づく国際秩序を築くことを通じて、日本はその国益を守ってきた。ただ、国際法は基本的に西洋文明によってつくられたものだと考える人がいるかもしれない。
▽ガザの紛争に関しては、イスラエルだけでなく米国や欧州に対する批判も持ち上がった。その中で、パレスチナの立場を理解する日本が果たせる役割は大きい。日本に「米国との関係を見直せ」と言うのは、現実的ではない。ルールに基づく国際秩序を中東やアジアの国々とつくっていく取り組みが必要だ。
【パネル2】紅海で高まる緊張:進化する日本の役割
モデレーター:篠田英朗 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授
パネリスト:アブドルモネイム・サイイド=アリー エジプト上院議員
ムハンマド・ファルガル ヨルダン空軍元戦略センター長
吉崎 知典 東京外国語大学大学院総合国際学研究院特任教授
鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授
ガザ紛争をめぐる政治的緊張の高まりに伴い、イエメンのフーシ派によって海運が妨害を受けるようになり、地政学的に極めて重要な事態となっている。世界規模の海運を牽引する日本は、紅海での安全な航路の確保が国益にも結びつく。日本郵船運航の自動車運搬船が2023年11月、フーシ派に拿捕され、この攻撃を機に日本の海運会社は紅海の航行を避け、船舶を迂回させるようになった。以後、日本は紅海のパトロールでより大きな役割を担うようになり、この地域で活動する他の国際的アクターとの協力を進めている。
この地域でのプレゼンスを高めることは、日本と地域の国々との協力が進むことも意味している。日本はこれまで、経済的な連携を重視して地域とつきあってきたが、今後は地域の安定に向けた多面的なかかわりが求められるだろう。
議論は、以下の点を共通の問題意識として進められた。
(1) 紅海で最近起きた出来事は、日本の国益にどう影響するか。
(2) 紅海の安全保障面で日本が担う役割は、この地域でこれまで試みられた軍事行動とどこが違うのか。
(3) 日本の役割は、他国とどう異なるのか
討論では、以下のような見解や意見が表明された。非国家主体も加わった中東の課題の複雑さを指摘する声が多く、多方面からの対応の必要性が浮き彫りになった。
▽イスラエルとハマスの戦争の本質は、米国とイランとの戦争だ。その根底には、イランの核兵器開発を阻もうとする欧米の意図がある。だからこそ、ガザの紛争は重要だ。紅海の問題の背景にも、この分断が存在する。日本という新たな存在は、この問題にとって有益だ。
▽紅海の問題は、広い地域の中で、国際的な文脈に沿って理解される必要がある。
▽各国が賛同できる確固たる安全保障戦略を立てる必要がある。そのための議論を進めたい。
▽歴史面でも、国益の面でも、さらには宗教的にも、中立を心がけつつ、この課題に向き合う必要がある。その点、日本は理想的な立場にある。
▽ビジネスの場で使われるSWOT分析が、この問題への取り組みとして有効だ。Strength(強み)、Weakness(弱み)、Opportunity(機会)、Threat(脅威)の4点から課題を分析したらどうか。
▽紅海の紛争は、典型的な経済紛争だ。フーシ派が挑んでいるのは、非対称な戦い。欧米に脅しをかけることによって、対イスラエル政策を変えさせようとしている。ただ、その圧力は、政治の大きな流れを変えさせるほどではない。欧米にとっては他のルートを取る選択肢があり、フーシ派の試みは限られた影響しか与えられていない。
▽中国船はこの状況に乗じて利益を得ている。中国と欧州との間での経済摩擦に、紅海の航行問題が加わる可能性もある。
【パネル3】過激化、非国家主体と中東の安定
モデレーター:カイス・ハティーブ ヨルダン大学非常勤講師
パネリスト:ヤジード・サーイェグ カーネギー中東センター上級フェロー(レバノン、Zoom参加)
アブドッラー・ウルド・アバーフ ヌアクショット大学教授(モーリタニア)
池内恵 東京大学教授、ROLES代表
シャーバン・カルダシュ カタール大学湾岸研究センター研究教授(トルコ)
「過激化」は、中東の安全にとって最も大きな脅威の1つとなっている。特に若者が過激化することによって、過激派組織は新たな戦闘員を集めることができる。この非国家主体の台頭は、地域の安定にとっての挑戦であり、治安の悪化や麻薬問題、人身売買といった問題を悪化させかねない。各国は、特に若者の「脱過激化」プログラムに取り組んでいる。
若者の過激化を防ぐために、同パネルは以下の課題を焦点とした。
(1) 何が過激化を引き起こすのか。
(2) 暴力的な非国家主体の台頭は、この地域での日本の利益をいかに損なうか。
(3) 脱過激化と安定化の取り組みに関して、日本との間でどのような協力が可能か。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。現代社会の中で過激派がどこから生まれてくるのかが焦点となり、包括的な対応の必要性も指摘された。
▽ここ20年ほどの間にメディアの形が大きく変化したことによって、これまで宗教の解釈を独占してきた従来の宗教的権威が危機に陥った。宗教的権威を通じなくても、デジタル空間を経由して宗教にアクセスできるようになったからだ。確かに、教育機構を強化したり、宗教の一般的な教育を支援したりといった面で、日本は協力できるだろう。ただ、そのような従来の過程を回避する方法も定着してきており、問題は極めて深刻だといえる。
▽「過激化」という用語や、「いかに過激化を防ぐべきか」といった概念には、簡単には賛同しかねる。それは欧米の発想だ。欧州では右翼の暴力が相次いでいるし、米国では武装した団体が台頭している。シリア、イラク、スーダン、イエメンなど、本来国家が持つべき機能に欠けている国は多い。これらの失敗国家は、欧米国家とは異なる形で運営されている。このような体制全体を考え直す発想が必要だ。
▽中東・アフリカ地域での過激化ばかりでなく、イスラエル社会での過激化、欧州での過激化についても議論すべきだ。
▽「欧米近代社会とは異なる形で、イスラム主義に基づく独自の社会を築く道もあり得る」といった考えは、確かに一時期存在した。しかし、その理念はすでに終わりを迎えたと考えている。
▽ここ20~30年間に世界中で社会や経済が大きく変化した結果、欧米でイスラム教への嫌悪感が広がったことに対抗する形で、過激な思想が台頭した。このような事態は、これまで例がない。この問題は、例えば旧東ドイツが抱える問題、パリの郊外が抱える問題などと同様に、教育を改善することが1つの解決策となる。イデオロギーだけでなく、経済や社会の状況と関連付けて考える発想が必要だ。
【パネル4】中東難民危機に対応して―中東への日本の人道支援
モデレーター:ナヘド・オメイシュ ヨルダン大学人道国際関係連携スクール副所長
パネリスト:ハッサン・ムーマニー ヨルダン大学フセイン皇太子国際関係スクール長
ヤアラブ・アジュルーニー 人道活動家、内科医
篠田英朗 東京外国語大学教授
遠山慶 国際協力機構(JICA)中東・欧州部長
中東でここ20年の間に起きた紛争や内戦は、第2次大戦後最も厳しい人道危機を引き起こした。イラク、シリア、イエメンからの多数の人の流出は、地域の国々に多大な負担を強いた。日本は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出も含め、財政支援などでこれらの国々の努力を支えてきた。
このパネルは、これらの危機と向き合う国際社会の課題と、日本の取り組みの可能性について話し合うほか、以下の課題も念頭に置いた。
(1) 中東の難民危機に対して日本はどのようなイニシアティブを取ってきたか。
(2) 他の地域と比較して、中東での難民危機を支援するうえで日本はどのような課題を抱えているか。
(3) 中東で難民を生み出す原因に対する日本の長期的戦略はどのようなものか。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。難民危機に対応するうえで日本が果たすべき役割に関する論議も注目を集めた。
▽「難民危機」という用語は、性格ではない。問題はずっと以前から存在している。
▽難民の社会経済的支援だけでなく、地政学的な支援も必要だ。それを日本のような国にも期待したい。
▽難民の現場では、ここ20年間での変化が大きい。特に、国家の定義が以前とは異なってきた。例えば、リビアでは、誰が何を支配して、勝者は誰なのか。シリアでも状況は複雑だ。これに伴って、難民の定義も変化し、2つ目、3つ目の国に向かう人も居る。
▽今後は、人身売買や気候変動の影響、水資源の確保なども、難民を考える上で課題となってくるだろう。
▽社会経済面でも、日本のさらなる貢献が必要だ。政治的にももっと大きな役割を果たせる力を持っている。
▽近年起きたロシア・ウクライナ戦争やガザ紛争の陰となる形で、シリア難民やアフガン難民など多くの難民の存在が忘れられている。日本のODAも新しい課題に移りがちだが、以前からの難民の支援も忘れてはならない。
▽国際法や規則が破られる昨今だが、ルールに基づく国際秩序が失われると、難民の権利も保障できなくなる。
▼2024年5月13日(月)
【パネル5】ガザ再建とパレスチナ問題解決への展望:地域協力と日本の取り組み
モデレーター:ムスタファ・ハマールネ ヨルダン上院議員
パネリスト:ダラール・エラカート アラブ・アメリカン大学准教授(パレスチナ)
イブラヒム・アルブドゥール ヨルダン上院議員
待鳥聡史 京都大学大学院法学研究科教授
川島真 東京大学大学院総合文化研究科教授
戦争で破壊され荒廃したガザ地区について、その再建に向けた構想に、国際社会は取り組まざるをえなくなるだろう。今後の経済を発展させる計画に加え、恒久的な平和と安定を確保するための統治の関する計画も、そこには含まれる。多くの人命とともに、文化やインフラも失われたことで、パレスチナ社会の損失は大きい。ガザは現在、古いインフラや家屋が残る荒れ地となっており、復興計画を始める前に、まずはこの地からがれきや廃棄物を撤去するために、国際社会は協力する必要があるだろう。インフラの喪失に加え、住民のための基本的なサービスも欠けており、外部からの国際的な支援が不可欠だ。これまでもパレスチナの安定や発展を支援してきた日本は、戦争後の復興計画においても重要な役割を果たすだろう。
日本はこれまで、日本、パレスチナ、イスラエル、ヨルダンの4者による開発計画「平和と繁栄の回廊」プログラムに見られるように、インフラ整備のプロジェクトに資金を提供し、イスラエルとパレスチナの交渉を仲介することで、パレスチナの経済発展や平和的繁栄を促進する措置をとってきた。日本は今回も、ガザ地区のインフラやサービスの再建を主導すると期待される。
同パネルでは、ガザ復興に向けた日本の国際協力の可能性について、特に以下の点に焦点を当てて議論した。
(1) ガザ再建にあたって日本が担える役割は何か。
(2) 日本はガザに対し、どのような経済人道支援を期待されるか。
(3) ガザ復興のために、日本は東アジアや欧米の各国とどのような協力関係を築くか。
(4) ガザの戦後統治をイメージする際、どのような要素を考慮する必要があるのか。日本のような国際的要素、ヨルダンのような地域要素は、どのように協力して戦後のガバナンスを推進できるのか。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。中東和平における日本の役割について議論が盛り上がったほか、中国の関与についての関心も示された。
▽中東での日本の存在感はますます大きくなっており、特に灌漑やエレルギーインフラの整備の面で顕著だ。ただ、開発支援が先行し、外交的関与はその後から付いてきている。外交チャンネルを活発化させるよう期待したい。
▽政治的イスラムの台頭、テロや過激主義との戦い、イラクやシリアの問題、イスラエル右翼の伸張、湾岸諸国の勃興、アラブの春、エネルギー価格の高騰といった出来事の陰で、パレスチナ問題が日本でも注目を集めないようになっていた。ただ、パレスチナの自立は、日本国憲法の精神に鑑みても重要だ。
▽イスラエルによる違法行為は、罰せられずには済まされない。日本の外交もこの原則に沿うよう期待する。
▽パレスチナ国家を構想する際には、どのような憲法を持つか、という課題を考えなければならない。どのような体制の国家を選ぶか。民主主義か、権威主義か。あるいは宗教に関して、宗教的国家か、世俗国家か。権威主義で宗教的な国家を目指すとすると、他の地域の国々からの支援は得られにくくなるので避けたい。民主的だが宗教的か、権威主義的だが世俗国家か、そのいずれかの国家を目指すなら、支援する国々はこの地域の国々と協議しつつ、長期的な安定をもたらすよう支えるだろう。
▽国際社会での法の支配はすでに論議となっているが、国内での法の支配も、パレスチナ国家がよい統治を実現するうえで重要だ。
▽中国がこの地域にかかわろうとするなら、拒む理由はない。
▽日本とヨルダンは米国に対し、イスラエルにもっと圧力をかけるよう話さなければならない。
【パネル6】灌漑とインフラへの日本の投資
モデレーター:ユースフ・マンスール エンヴィジョン・コンサルティング・グループCEO(ヨルダン)
パネリスト:ジャワド・アナーニー ヨルダン元副首相
エリアス・サラーマ ヨルダン大学教授
森畑真吾 国際協力機構(JICA)ヨルダン事務所長
三井道隆 三菱商事アンマン駐在事務所長
灌漑とインフラへの投資は、中東諸国への日本の援助の中核をなしている。日本は、ヨルダンのような国々に対し、灌漑インフラを改善したり、システムの長期利用を確保するために技術者を育成したり、といった支援を続けている。日本は、漏水や盗水で失われる「無収水」の発生率を低減し、水道網の効率性を高め、安全な飲料水を各地に安定的に供給するためのプロジェクトに投資している。日本はまた、ヨルダンのエネルギー・システムやインフラ開発にも大きく関与している。その投資により、ヨルダンの電力安定性とエネルギー効率は大幅に改善された。産業分野では、日本は民間および公的セクターのパートナーと協力し、ヨルダンの産業発展を維持することに貢献している。開発促進のための日本の努力はヨルダン国外にも及んでおり、パレスチナ、イラク、イエメンの技術専門家との国境を越えた協力に取り組んでいる。また、日本はヨルダンの観光セクターにも関与しており、最近ではペトラ博物館に資金を提供し、地域社会に恩恵をもたらしつつ。観光施設を改善することによる持続可能な開発プログラムを推進している。
同パネルでは、中東の水・エネルギー・産業分野の発展における日本の現在の役割と、この分野における今後の協力の可能性について議論した。
(1) 中東での水とエネルギーの連携(ネクサス)における日本の役割は何か。
(2) 技術専門家間の協力は、地域協力の包括的な目標にどのように貢献するのか。
(3) ヨルダンのような国は、水、エネルギー、産業セクターを支える持続可能なインフラをどのように構築できるか。
(4) 水とインフラのプログラムは、難民のような社会的弱者にどのような影響を与えるのか。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。「水の安全保障」をはじめとする中東の持続的な発展に向け、どのような戦略を構築すべきかで、議論が交わされた。
▽日本は高度に効率化された経済を誇っている。日本の経験に中東も学ぶ必要がある。
▽事業を進める際には、パレスチナもその中に含めて考える必要がある。パレスチナを排除するようなことがあってはならない。
▽難民が増えることによって、水の供給と衛生状態の改善が求められているのが、近年の傾向だ。
▽長期的な視野に立って課題を解決する大型プロジェクトが必要だ。灰色のインフラばかりでなく、緑化の推進や、自然と結びついたインフラの整備も考えなければならない。すでに自治体レベルではそのような試みがあり、将来的に大きなインパクトとなるだろう。
▽ヨルダン川からイスラエルが取水していることが、ヨルダンの水不足の一因だ。こうして盗まれた水がヨルダン側に売られてもいる。
▽イスラエルも水を必要としているが、現在のところイスラエルとヨルダンとの間に信頼関係はない。しかし、もし協議ができれば。これまでより大規模なプロジェクトも可能になる。
【パネル7】日・中東の起業、投資、経済協力進展の展望
モデレーター:シーファ・ザグルール 建築家、日本ヨルダン友好協会副会長
パネリスト:アフマド・アブー・ガザーレ インターナショナル・ウイングズ・グループCEO(ヨルダン)
ハイル・アブー・サイーリーク 下院議員
北村健一郎 国際協力銀行ドバイ首席駐在員
三井道隆 三菱商事アンマン駐在事務所長
中東に対する日本の関心は、この地域の中小企業にも向かうようになっている。人工知能(AI)は、中東の起業家と日本の投資家の間で永続的なパートナーシップを結ぶ可能性を秘めた重要な分野である。日本企業はすでに、エネルギー、食品、ヘルスケアなどさまざまなサブセクターに参入しており、イノベーションの拠点としての中東にも関心を示している。中東の各国政府も、外国投資家の目に魅力的だと映るよう努力しており、企業優遇措置を提供する経済特区も設立している。日本からの投資は、中東の経済発展にとって大きなチャンスである。この地域の若者の雇用機会を創出し、起業家精神を高め、イノベーションを押し進める資金を提供している。
このパネルでは、以下の問いかけを念頭に議論が進められた。
(1) 中東でのAIハブの開発を日本はいかに支援するか。
(2) 中東における日本と中小企業との協力には、どのような機会があるか。
(3) 中東におけるより広範な経済発展の取り組みに、中小企業はどのような形で貢献できるか。
(4) 中東政府は、自国経済へのさらなる投資を促進するために、どのような政策を取るべきか。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。中小企業の役割に焦点を当て、中東で経済成長をいかに実現するかが、議論の中心となった。
▽日本は資源が少なく、加えて広島や長崎の原爆被害に代表されるような戦災を受けたにもかかわらず見事に復興し、世界に名だたる繁栄ぶりを誇るようになった。ヨルダンにも同じことができないわけはない。
▽共存共栄の関係こそが、持続的な経済関係を築くことができる。日本はその点をよく理解している。
▽日本とヨルダンの外交関係は極めて良好だが、経済関係は期待されるレベルにまだ届いていない。1つの理由は、日本がこの地域に大きな経済プロジェクトを持っていないことで、これはヨルダンとドイツとの関係と似ている。その点では、中東と米国などとの関係とは異なっている。
▽日本のビジネス界には、丁寧に鍛えられたガバナンスが存在する。ヨルダンは中東と欧州との間という戦略的な場所に位置している。この2つの特性をいかに結びつけるか。両国間には係争がなく、水面下の課題も見当たらない、長期的に率直な関係を築くことができるだろう。
▽日本とヨルダンとの間で、友好関係を軸に、人と人との結びつき、中小企業同士の結びつきをつくろうとしている。投資の話ばかりでなく、価値観や文化について話し合うのも重要で、そこにアカデミックな研究機関の役割もあるだろう。
▽観光の振興については、両国それぞれのニーズをしっかり把握し、意識のギャップを埋める必要がある。
▽日本はこの地域で、インフラに関する興味深いプロジェクトを進めてきたが、その戦略は常に無難だった。今、ここに中国という新たなプレイヤーが登場し、製造拠点をつくったり、自らのプロジェクトに自ら投資したりと、日本とは異なる戦略を採っている。そうして中国は、少しずつ市場と影響力を確保している。日本は、自らが鍛えられているだけに、あまり鍛えられていない市場に出て行くのは得意でないように見える。
【パネル8】エネルギー転換とクリーンな将来:日本と中東の連携の可能性
モデレーター:ズービ・アッズービ ヨルダン大学学長投資顧問
パネリスト:ハンナ・ザグルール カヴァル・エナジー総裁(ヨルダン)
池内恵 東京大学教授、ROLES代表
豊田耕平 東京大学先端科学技術研究センター連携研究員
気候変動による危機は、石油に依存する経済圏に大きな課題を突きつけている。気候変動に効果的に対処するためには、中東諸国は産業構造を脱炭素化へとシフトさせなければならない。この転換は途方もない事業だが、国際的なパートナーとの協力によって可能となる。日本と中東の協力は、この地域におけるエネルギー転換を成功させる鍵となるだろう。
技術移転は、中東経済の脱炭素化を支援する上で重要な役割を果たす。日本のエネルギー部門は、独自の技術を高率かつ低コストで提供し、化石燃料からの移行を容易にする。日本とUAEはすでに、先端技術部門の協力をうたう「日・UAEイノベーション・パートナーシップ(JUIP)」に合意しており、脱炭素化に向けた協力を進めている。また、サウジアラビアは、太陽光発電分野の開発において日本からの支援を受ける予定だ。これらの合意は、クリーンな未来に向けてそれぞれの強みを発揮するという各国のコミットメントを反映している。
クリーンな未来への移行を成功させるためのさらなる協力と経済協力の可能性を探るため、このパネルは以下の問いかけを念頭に進められた。
(1) 日本と中東の協力は、クリーンで脱炭素の未来のためにどんな貢献をできるか。
(2) 日本の技術移転は中東の将来に向けてどのような役割を果たすか。
(3) 脱炭素化が与える経済的影響とは何か。持続可能な政策はこれらの影響を軽減できるか。
(4) クリーンな未来へのエネルギー転換を成功させるために、日本と中東との外交や政策立案が果たす役割は何か。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。日本の脱炭素化戦略の動向に関心が集まるとともに、中東地域との連携の可能性についても言及があった。
▽日本も、湾岸諸国も、2050年カーボンニュートラルの実現をすでに目標に掲げている。一方で、化石燃料に依然として依存し、この分野の開発への投資もしている。日本も中東も、これからもしばらく化石燃料に頼ると同時にカーボンニュートラルを訴える。すなわち、問題はカーボンか否かではない。2050年という先の目標に、いかに到達するか。そこに協力の余地がある。
▽日本と中東は、エネルギー転換に関して同じ展望を持つことができる。欧州でエネルギー転換というと、迅速でドラマティックな営みと受け止められているが、それは近接した国々があって互いに電気やガスを融通し合えるからだ。日本や中東は、これとは異なる独自の道を探る必要がある。現実的、段階的で包括的なエネルギー転換の展望を、両者は共有できるだろう。
▽鍵となるのは、水素エネルギーの技術と、分離貯留したCO2を利用する「CCUS」の技術だ。この分野で日本は先行しており、いくつかの企業がビジネス機会を探っている。中東と日本で水素のサプライチェーンを構築したり、中東で水素エコシステムを確立したりといった可能性もある。
▽中東最大規模の太陽光発電所のプロジェクトが日本の協力で進んでいる。日本とヨルダンとの協力の典型例だ。
▽中国もエネルギー転換の分野への参入を目指しており、彼らの技術は安上がりだ。
▽中国は確かにEVで先行しているが、中東のエネルギー転換で大きな役割を果たすとは期待されていない。
【特別パネル】ヨルダン・日本関係
モデレーター:ユーセフ・アブダッラート ヨルダン大学教授
パネリスト:サラ・ムワージュデ ヒクマ・ファーマシューティカルズ中東アフリカ顧問(ヨルダン)
イッサ・ムラド ヨルダン上院議員
マエン・ヌスール アラブ・ポタッシュCEO社長
奥山爾朗 駐ヨルダン大使
伊藤政道 日本貿易振興機構(JETRO)ロンドン事務所産業調査員(当時)
ヨルダンと日本の関係には長い歴史がある。外交関係が樹立されたのは、1950年代にさかのぼる。今日、日本はヨルダンの経済発展に深く関与しており、官民両部門に投資し、ヨルダンと中東地域の長期的安定を維持する上で重要な役割を果たしている。ヨルダンが2000年代初頭に経済自由化プロジェクトに着手して以来、日本はヨルダンに知的な支援を提供し、日本自身の経済発展の歴史から学んだ教訓を提供することで貢献してきた。そうすることによって、ヨルダンで中小企業の成長を促進し、ヨルダンの起業家の能力を向上させようとしている。ヨルダンのエネルギーや灌漑分野における日本の援助も同様に、両国間のパートナーシップの定番として機能している。日本とヨルダンは、ヨルダンの電力システムの安定化と再生可能エネルギーの利用促進に多額の投資をする協定に署名している。
日本は近年、中東の安全保障に関しても、より直接的な役割を担うようになっている。ヨルダンが地政学的に重要な位置にあることから、日本は安全保障面での協力を進めるよう期待されている。また、紅海の安全確保においても、大きな責任を担うよう望まれている。
この特別パネルでは、ヨルダンと日本の関係を支える重要事項に焦点を当てる。特に、安全保障、エネルギー、経済統合、人道主義など、様々な側面から両国間の将来的な協力拡大の機会を探る。
討論では、以下のような見解や意見が表明された。多くの経済人が日本とのビジネスの体験を振り返り、その思い出と今後のさらなる関係強化への展望を語った。
▽日本との協力で、45年前は伝染病対策に取り組んだ。その後、状況は改善され、糖尿病や高血圧、がんなどに取り組むようになった。信頼と相互尊重の精神がビジネスを支えてきた。
▽友好的な関係、人と人とのつながりが重要であると強調したい。近く開かれる大阪万博でもその関係を進めたい。
▽ヨルダンは、この地域の安全保障にとって土台となる存在だが、その一番の懸念はパレスチナ情勢だ。パレスチナでよくないことが起きると、ヨルダンだけでなく、中東全体が影響を受ける。パレスチナ問題の解決は、最大の課題。日本はそのことを理解し、積極的に発言してほしい。