コメンタリー

2024 / 05 / 27 (月)

豊田耕平「日本・中東エネルギー協力の未来」(ROLES Commentary No. 22)

【編集部付記】本稿は5月12・13日にヨルダン・アンマンで開催された第1回「日本・中東戦略対話(Japan-Middle East Strategic Dialogue)」への登壇に際して、著者の豊田耕平連携研究員の英語による論考を日本語訳したものです。原文”The Future of Energy Cooperation between Japan and the Middle East"はConference PaperとしてROLESウェブサイトに掲載されていますが、日本の読者のために著者が日本語版も作成しました。豊田連携研究員はパネルVIII 「エネルギートランジションとクリーンな未来:日本と中東の協力機会(Energy Transitions and a Clean Future: Opportunities for Japanese Collaboration with the Middle East)」に登壇して報告し、日本と中東のエネルギー協力に関する議論に参加しました。今回の会議はこの問題に関するただ一つの結論やコンセンサスを打ち出すことを目的としていませんが、本稿で提起された議論として記録しておくことが相応しいと考え、英文の原文に並行し、和文のコメンタリーとして本ウェブサイトに掲載いたします。 
 
 
現実的なエネルギートランジションのための共通ビジョン
 
日本と中東のエネルギー協力にとって最も重要なことは、双方がエネルギートランジションに関する統一的なビジョンを共有できるということです。2020年代以降、湾岸協力会議(GCC)などの中東産油国は、日本を含む先進国とともにネットゼロ目標を掲げ、大幅なエネルギートランジションを目指し始めています。特に欧州を中心にエネルギートランジションを議論する場合には、多くの場合、再生可能エネルギーへの急速かつ劇的なトランジションに焦点が当てられます。ロシアのウクライナ侵攻により、石油・天然ガスの安全保障の重要性が再認識されたとはいえ、太陽光発電や風力発電の大規模開発によるエネルギートランジションを希求する向きは依然として堅調です。例えば、欧州委員会が2022年5月に発表した「リパワーEU」は、エネルギー効率を改善し、再生可能エネルギー容量を大幅に導入することで、ロシアの化石燃料への依存度を減らそうとしています。しかし、このような抜本的なトランジションが可能なのは、広範な電力・ガスインフラを通じて近隣のエネルギー生産国・地域とつながっている欧州だけだと考えられます。したがって、それ以外の地域は独自のビジョンとエネルギートランジションへの道筋を確立する必要があります。
 
日本と中東は、「現実的・漸進的・包括的」なエネルギートランジションのビジョンを共有することができると考えます。このビジョンは、少なくとも短中期的には、石油・天然ガスなどの化石燃料や原子力を含むすべての可能なエネルギー源を包含するものです。日本と中東は、エネルギー市場で対極的な立場にありながら、石油や天然ガスなどの化石燃料に対する共通のニーズを持っています。サウジアラビアやアラブ首長国連邦などの中東諸国は、膨大な石油・天然ガス埋蔵量を有しており、「レンティア国家」メカニズムを維持するためにエネルギー輸出を最大化するインセンティブを持っています。このシステムでは、政府は石油・天然ガス収入を国民に分配し、体制の安定を確保しているのです。逆に日本は、国内のエネルギー源が極めて限られており、エネルギー消費の80%近くを輸入資源に頼っており、その大半は中東からの石油・天然ガスの輸入です。この相互依存関係は、エネルギートランジションの流れが強まっても、近い将来に変わることはないと見込まれます。
 
各国はすでに、エネルギートランジションに向けた独自のビジョンの実現に取り組んでいます。サウジアラビアは、2020年のG20で「サーキュラー・カーボン・エコノミー(循環型炭素経済)」という重要なコンセプトを打ち出すことに成功しました。サーキュラー・カーボン・エコノミーは、炭素に関する「リデュース(削減)、リユース(再利用)、リサイクル(再生利用)、リムーブ(除去)」の四原則を含み、CO2を排出せずに炭化水素を利用する技術的ソリューションを提供するものです。このコンセプトは、ヨーロッパ諸国の脱化石エネルギー移行アプローチに効果的に対抗するものだと評価できます。一方日本は、脱化石燃料に徐々に傾きつつあるG7のメンバーであるにもかかわらず、多様なエネルギートランジションの道筋を受け入れる姿勢をとっています。アジア・ゼロ・エミッション共同体(AZEC)などの枠組みを構築し、石炭から天然ガスへの燃料転換など、東南アジア諸国と協力して技術やノウハウを共有しているのです。
 
共通ビジョンに向けた技術協力
 
エネルギートランジションに向けた取り組みは、日本と中東が協力して国際社会、特に再生可能エネルギーへの大幅なトランジションを主張する欧州諸国にビジョンをアピールすることでその効果を最大限に発揮します。そのために、日本と中東は、この共通のビジョンを具体化する商業プロジェクトを実施する能力を示すべきだと考えます。この協力のカギとなる技術には、水素利用技術と炭素回収・利用・貯蔵(CCUS)技術が含まれます。
 
第一に、日本は世界で最も早く水素利用技術を開発した国のひとつとして知られています。モビリティ分野ではトヨタ自動車や日産自動車、燃料電池ではパナソニック、発電や海運分野ではJERA、川崎重工業、三菱重工業など、さまざまな企業が水素利用の開発に積極的に取り組んでいます。水素利用は、日本と中東の水素サプライチェーンの構築に役立つだけでなく、中東諸国における水素エコシステムの構築にも貢献することが期待されます。世界の水素プロジェクトの多くは、事業者が十分な需要を確保しやすい現地で開始されることが予想されています。中東諸国で計画されている水素輸出プロジェクトは、もし水素が現地でも利用できるようになれば、商業的に成功する可能性が高くなるのです。したがって、この技術は、強力なエネルギー生産国としての中東の地位を高めることになります。
 
第二に、CCUS(炭素の回収・利用・貯蔵)は、化石燃料からCO2排出を最小限に抑えたブルー水素を製造するために不可欠な技術です。すでに中東諸国では、CO2を国土の地下に貯留するCCUSプロジェクトが具体的に検討されています。
他方で、日本企業もCCUSにビジネスチャンスを求めています。例えば、日本の海運会社である川崎汽船は、ノルウェーにおける世界初の商業的CCSプロジェクトである「ノーザン・ライツCCSプロジェクト」にCO2運搬船を提供することを発表しています。また日揮は、CO2分離・回収膜の開発に積極的に取り組んでいます。CO2を排出せずに炭化水素を利用できるこれらの技術は、日本と中東が共有する、現実的で包括的なエネルギートランジションのビジョンを体現していると言えるでしょう。したがって、このような協力は、日本、中東、そして世界にとって実行可能なエネルギートランジションを促進するために、政治的・外交的観点からさらに奨励されるべきなのです。
 
もう一つの重要なポイントは、日本と中東が単なる一方的な技術移転ではなく、対等で互恵的なビジネス協力関係を構築できるというものです。中東諸国は独自の水素・CCUSプロジェクトを開発中であり、すでにこれらの分野でのビジネス経験を蓄積し始めています。ここに日本が関与することで、双方は互いの専門知識から学ぶことができますし、両者は現実的なエネルギートランジションが、さまざまなビジネス関係者を巻き込み利益をもたらす実現可能なビジョンであることを示すことができます。日本と中東は、それぞれのアセットを結びつけることで、現実的かつ包括的なエネルギートランジションが技術的にも商業的にも実現可能であることを国際社会に明確に示すことができます。
 
市場取引から技術・ビジョンに基づくパートナーシップへ
 
エネルギートランジションの時代において、日本と中東のエネルギー協力は構造的な変化を遂げつつあります。従来、日本と中東は長期的な石油・天然ガス取引を通じて「市場相互依存」を形成してきました。中東諸国、特にサウジアラビアとUAEは、日本に石油を供給することで多額のエネルギー収入を確保してきました。しかし、日本の人口減少や経済規模の縮小に伴うエネルギー需要の減少によって、この相互依存関係は徐々に重要性を失いつつあります。
 
しかし、エネルギートランジションという新たな環境においては、両者は「技術相互依存」を強化することができます。中東諸国は、日本企業にビジネスチャンスを提供しながら、クリーンエネルギー分野の技術ノウハウを得ることができます。加えて、日本企業は「現実的・漸進的・包括的」なエネルギートランジションという共通のビジョンに沿った技術を提供することができます。言い換えれば、トランジションに向けた共通のビジョンを、日本と中東は技術協力を通じて具体化することができるのです。このようにエネルギートランジションは、石油・天然ガス市場に基づく取引的関係から、技術と共有ビジョンに立脚したパートナーシップへと、日本と中東の関係を転換させる契機となる可能性があるのです。

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