急速に変化する地政学的状況において、ロシア・ウクライナ戦争は遠大な意味を持つ分水嶺となる出来事であった。物理的な国境線が引き直されただけでなく、欧州内と国際舞台の双方において、政治的・戦略的均衡が大きく変化したのである。本稿では、ロシア・ウクライナ戦争が国際政治に与えた影響及び世界規模の持続可能な平和への影響について考察する。
緊張の高まり、同盟関係の急拡大、その他の国々における亀裂の拡大を特徴とする情勢の中で、この戦争は地政学の再来を如実に物語るものである。長年にわたる同盟関係に疑問を投げかけ、国際機関の有効性を疑い、現代世界における権力の動態を再考するように促している。あらゆるデータや証言、そして政策分析を用いつつ、以下の議論は、様々な政治的転換の契機としてロシア・ウクライナ戦争が果たした役割を明らかにすることを目的とする。
欧州の結束、緊張及び分裂: 所謂「地政学の再来」
西側諸国の結束
ロシア・ウクライナ戦争は、西側諸国の連帯を著しく強化する契機となった。西側諸国は、ロシアに対する制裁を課しつつ、ウクライナ支援のために結集した。この結束は、G7、NATO、欧州連合(EU)において顕著であり、ロシアがこの戦争で当初の目的を達成できなかった大きな要因となっている。西側諸国を結束させている要素は、制裁、財政・軍事支援の提供、ウクライナのEU加盟及び潜在的なウクライナのNATO加盟への支持である。
西側諸国内の緊張と分裂
ウクライナへの軍事支援における積極性の度合いに各国でばらつきがある中で、この戦争は、また、西側諸国内での緊張も生み出した。このため、戦争への対応をめぐって意見が対立し、NATOの将来についても疑問が投げかけられている。分裂を助長している要素としては、制裁の度合いとタイミングをめぐる見解の相違、ハンガリーのケースに代表されるNATO及びEU加盟に関する見解の相違、並びに、フランスのマクロン大統領及びドイツのショルツ首相の中国訪問やモンテネグロの対中債務、ハンブルクの港湾インフラに関する交渉などで浮き彫りになった中国との複雑な関係などがある。
地政学の再来
この戦争は、欧州大陸での地政学の再来における大きな契機となった。このことは、安全保障と国防に再び焦点が当てられ、ロシアとの関係が見直されていることからも明らかである。この戦争はまた、EUがまだ国際舞台において完全に統一されたアクターではないことを示している。現在の傾向としては、安全保障と国防への再注力、NATOの発展に向けた集中的な取組及び対露関係の再評価などが挙げられる。
アフリカにおける政治的経済的脆弱性
戦争の環境と経済への影響
この戦争は世界のエネルギー市場を混乱させ、石油・ガス価格の上昇を招いている。これにより、各国はより環境に有害なエネルギー源に頼らざるを得なくなり、東アフリカの環境に悪影響を及ぼす可能性がある。また、各国がエネルギー需要の充足を模索するため、森林伐採の増加につながる可能性もある。
今次戦争は、世界経済に大きな影響を与え、インフレ率の上昇と成長率の鈍化をもたらした。これは、すでにCOVID-19パンデミックからの回復に苦慮しているアフリカに悪影響を及ぼす可能性がある。
ロシア・ウクライナ戦争の西アフリカの食糧安全保障への影響
西アフリカは、ロシア及びウクライナ産の小麦やその他穀物の主な輸入国である。戦争はこうしたサプライチェーンを寸断し、食料価格の上昇と食料不安につながっている。これは、紛争地域や気候変動の影響を受ける地域など、脆弱な人々に特に壊滅的な影響を与える可能性がある。
ニジェールでは、開戦以来、小麦の価格が40%上昇した。すでに人口の20%が食糧難に陥っているニジェールでは、これにより食糧安全保障の問題が悪化している。
マリでは、この戦争により、避難民への食糧援助が滞っている。これが飢餓と栄養失調の増加につながった。
ナイジェリアでは、この戦争によって農業生産に不可欠な肥料の不足が発生した。このため、農作物の収量が減少し、食料価格が上昇する可能性がある。
戦争の西アフリカの政治的安定性への影響
この戦争は、各国がより不安定に陥りやすい新たな安全保障環境を作り出した。この安全保障環境の変化によって、テロリズムや武器の拡散、経済活動の混乱のリスクが高まっている。西アフリカでは、紛争や暴力の増加、また民主的ガバナンスの低下につながる可能性がある。主なトレンドとしては、ニジェール、ブルキナファソ、マリ、ギニアにおける軍事クーデター、ECOWASの弱体化と崩壊の可能性、ジハード主義運動の台頭などが挙げられる。
「ワグナー」問題
ロシア政府に近いと広く考えられているワグナー・グループは、リビア、スーダン、中央アフリカ共和国といった国々での軍事・治安活動に関与してきた。同グループのプレゼンスとその活動は、天然資源の確保、戦略的パートナーシップの構築、域内における西側の影響力への対抗など、ロシアの地政学的目的と一致することがしばしばある。
エヴゲニー・プリゴジンの死後、「ワグナー」はロシアの軍や特殊機関の組織に統合される可能性が高い。これによって、アフリカ大陸全域でロシアの影響力が強化されるだろう。
ロシアのソフトパワー
ロシアは、アフリカでのソフトパワーの発揮のために多面的なアプローチを採用してきており、それは、ワグナー・グループのような組織を通じた軍事的関与にとどまらず、メディアや宗教組織を通じた影響力にも及んでいる。
国営の国際テレビネットワークであるロシア・トゥデイ(RT)は、アフリカにおけるロシアと国際政治についての認知を形成する上で極めて重要な役割を果たしている。RTは、西側メディアに代わるナラティブを提供することで、世論や政策論争に影響を与えようとし、ロシアのソフトパワーの重要なツールとして機能している。
ロシア正教会はアフリカの様々な国で活動しており、しばしばロシアの外交・文化ミッションと連携している。ロシア正教を広めることで、教会は宗教的な影響圏を拡大するのみならず、ロシアの文化的・倫理的規範を伝える手段としても機能し、ロシアのソフトパワーの影響力に貢献している。
中国の経済的影響力
アフリカにおける中国の経済的影響力は、グローバルな地政学と国際経済に関する言説の焦点となっている。投資、貿易、開発イニシアティブの融合を通じて、中国は急速にアフリカ大陸の最も重要なパートナーのひとつとなった。
中国の「一帯一路」構想は、アフリカとの経済関係の要となっている。この野心的なプロジェクトは、インフラ・プロジェクトのネットワークを通じてアフリカ諸国を繋ぎ、それによって貿易と投資の新たな道を切り開くことを目的としている。「一帯一路」は、中国とアフリカ大陸との関わりに関する中国の長期的な経済ビジョンの現れである。
中国のアフリカへの関与について、より論争を呼ぶ側面のひとつに「債務外交」の問題がある。批判的な立場からは、中国がインフラ・プロジェクトに提供する多額の融資や資金調達手段は、アフリカ諸国にとって持続不可能な債務水準に繋がりかねず、それによって中国への経済的依存度を高めることになると主張されている。
中東と南アジアにおける曖昧さ
戦争の食糧安全保障への影響
ウクライナにおける戦争は、アフリカ以外の世界的な食料サプライチェーンを混乱させ、同じく食料の主要輸入国である中東や南アジアにも影響を及ぼしている。このため、これらの地域では食料価格が上昇し、食糧安全保障に対する懸念が高まっている。
ウクライナは、小麦、トウモロコシ、ヒマワリ油の主要輸出国である。戦争によってこれらの商品が通常の市場に出回ることができなくなり、食料価格の上昇につながっている。
この戦争は、イエメンに深刻な食糧危機をもたらした。同国はウクライナとロシアからの食料輸入に大きく依存しており、食料価格の高騰により、多くの人々にとって食料の入手が困難になっている。
レバノンでも、この戦争はすでに深刻な経済危機を悪化させている。同国はウクライナからの小麦輸入に大きく依存しており、食料価格の高騰により、多くの人々が食料を手に入れることが困難になっている。
戦争の政治的安定性への影響
ウクライナにおける戦争は、国際秩序を不安定化させ、中東や南アジアにも波及している。これら地域では、この戦争によって政治的不安定性が増大し、近隣諸国間の緊張が高まることが懸念されている。
例えば、エジプトでは、この戦争によって政府と野党との間で緊張が高まっている。政府は野党がロシアに同調していると非難し、野党は政府が米国に接近しすぎていると非難している。
インドでは、今回の戦争によってインドとパキスタンの緊張が高まっている。ロシア・ウクライナ戦争の激化によってこの2つの核保有国間の紛争に発展することが懸念されている。
戦争の地域安全保障体制への影響
ウクライナにおける戦争は、中東や南アジアにおける地域安全保障体制の有効性にも疑問を投げかけている。これらの体制は、紛争を抑止し、地域の安定を促進するためのものだが、今回の戦争は、こうした体制が、大国が近隣の小国を侵略するのを防ぐのに有効でない可能性があることを示している。
例えば、湾岸協力会議(GCC)は、サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、オマーンからなる地域安全保障体制である。GCCはロシアのウクライナ侵攻を非難しているが、ロシアのさらなる侵略を抑止するための具体的な措置は講じていない。
また、南アジア地域協力連合(SAARC)は、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、スリランカ、モルディブからなる地域安全保障体制である。SAARCもまたロシアのウクライナ侵攻を非難しているが、ロシアのさらなる侵略を抑止するための具体的な措置は講じていない。
戦争の非国家的アクターの躍進への影響
ウクライナでの戦争は、中東や南アジアにおける非国家的アクターの復活にも繋がっている。これらのアクターは、自らのアジェンダを推進するべく、この戦争によって引き起こされた混乱と不安定を利用している。
例えば、イスラム国(IS)は、ウクライナにおける戦争が始まって以来、中東での多数の攻撃を行った旨主張している。ISはまた、欧州や米国で攻撃を実行するよう支持者に呼びかけている。
パキスタンでは、パキスタン・タリバーン運動(TTP)もウクライナでの戦争開始以来、攻撃を強化している。TTPはパキスタン政府の転覆を狙う過激派組織である。
戦争の東アジアの安全保障動態への影響
ウクライナでの戦争は、この地域の他の国々、特にロシアや中国と国境を接する国々の安全保障に対する懸念を高めている。例えば、日本は防衛費を増額し、新たな兵器システムの導入を検討している。韓国も戦争への懸念を表明し、米国との軍事同盟を強化する措置を執っている。
2022年4月、日本は防衛費をGDPの1%から2%に引き上げる旨発表した。 日本が防衛費を増額するのは10年以上ぶりのことである。2022年5月、韓国はミサイル防衛システムTHAADを追加配備すると発表した。THAADは弾道ミサイル迎撃のための長距離ミサイル防衛システムである。 2022年6月、米国と日本は東シナ海で合同軍事演習を行った。この演習は中国に対する力の誇示と見なされた。 2023年夏、米国は日米韓経済・安全保障サミットを開催した。 2023年8月、日本、米国、オーストラリア、フィリピンは、海軍合同演習を実施。 2022年から2023年にかけて、米、英、豪の間の安全保障活動及び協調が、AUKUS合意の下で強化された。
戦争の東アジア・ロシア経済関係への影響
多くの国々がロシアに制裁を課す中で、この戦争は、東アジアとロシアとの経済関係を混乱させた。これはロシア経済に悪影響を及ぼし、東アジアの一部企業が利益を失う原因にもなっている。
2022年3月、日本はロシア産石油の輸入を禁止することを発表した。これに続き、米国やEUその他の国々からも同様の禁輸措置がとられた。 2022年5月、アジア開発銀行は、ウクライナでの戦争の影響から、東アジアの経済成長予測を下方修正した。
戦争の東アジア諸国の政治的連携への影響
この戦争は、東アジアの国々の政治的連携にも影響を与えた。日本や韓国のように、この戦争を受けて米国との連携を強めた国もある。ベトナムのように、より中立的な立場をとる国もある。
2022年3月、日韓は米国に続いて対ロシア制裁を発動した。これまでロシアに対して強硬な態度を取ることを避けてきた日本の外交政策にとって、これは大きな変化であった。 2022年4月、中国とロシアは首脳会談を行い、友好関係を再確認した。しかしながら中国は、米国やその同盟国によるウクライナ支援を非難しないよう慎重な姿勢も見せている。 2022年5月、ベトナムは米国とその同盟国に加わってロシアに制裁を課すことはないと発表した。これは、ベトナムが米露両国との関係においてバランスを取ろうとしていることの表れと見なされた。
ロシア・ウクライナ戦争の東アジア諸国の内政への影響
今回の戦争は東アジア諸国の国内政治にも影響を与えた。日本のように、この戦争によって与党への支持が高まった国もある。中国のように、この戦争によって検閲が強化され、反対意見が弾圧されるようになった国もある。
日本では、ウクライナにおける戦争が与党・自民党への支持拡大に繋がった。これは、自民党がロシアに対して強硬な姿勢を示していると見なされたからである。 韓国では、ウクライナでの戦争によって、北朝鮮の核の脅威に対する政府の対応への批判が高まっている。これは、政府が北朝鮮に甘すぎるという非難を受けてきたためである。 中国では、ウクライナにおける戦争によって検閲が強化され、反対意見が弾圧されることとなった。中国政府が反戦感情の広がりを懸念しているためである。
まとめ
ロシア・ウクライナ戦争によって悪化した現代の地政学を背景に、政情不安、食糧安全保障、国防といういくつかの重要なトレンドとトピックが特に顕著なものとして浮上している。これらの問題は、特定の地域に限定されることなく、国際舞台全体に波及しており、極めて重要なアクターとして中国への再注目を促している。
現在の安全保障環境において、米中間の緊張の高まりが顕著であり、このダイナミクスが世界の同盟関係を再構築している。米中両国は、それぞれの戦略目標を強化するためのパートナーを積極的に求めており、世界各国に影響を及ぼす動きとなっている。ウクライナに対するG7による安全の保証は、世界中の民主主義国家が支持する「価値観」を反映した一種のコミットメントである。
こうした動向と並行するのが、2023年8月のサミットにおける、BRICSの拡大である。この連合体は、グローバル・ガバナンスの既成の規範にますます挑戦的になっている。そこで生じる疑問は、BRICSを新たな「グローバル・サウス」と定義できるか否かである。サウジアラビアの最近の和平イニシアティブを含め、国際情勢におけるBRICSの影響力の増大は見逃すことができず、学術的に注目されるべきものである。
これらの動向や事例はいずれも、日本とウクライナにとって貴重な示唆をもつものである。独自の地政学的な複雑さと課題を抱える国として、こうした世界的なトレンドを理解することは、外交的・戦略的な行動に向けた道筋を示し得る。G7による安全の保証を活用するにしても、新たな「グローバル・サウス」の力学を理解するにしても、こうした考察は政策決定や同盟関係の形成に役立ち得る。
結論として、ロシア・ウクライナ戦争は、グローバルに起こっている複雑な政治的転換の触媒、またその反映を促している。この戦争が示唆するものと向き合い続ける中で、浮き彫りにされたこれらのトレンドは、現代の地政学の複雑さをナビゲートするロードマップのような役割を果たす。