2023年4月26日、ゼレンスキー大統領と習近平中国国家主席との電話会談が行われた。ウクライナ側の公式発表
[1]によれば、会談は1時間に及ぶ充実したものであり、ゼレンスキー大統領からは「一つの中国」政策への「堅い支持」の姿勢が示され、「ロシアの全面侵攻以前、ウクライナの貿易パートナーとしてナンバーワンであった」中国との関係に強力な推進力を与えるものであることが強調された。双方は、平和の確立に向けた取り組みが重要である点、核による威嚇は許容できない点、また世界の食糧安全保障の観点から黒海穀物イニシアティブの継続が必要である点について合意し、ゼレンスキー大統領は、自身の提唱する所謂「平和フォーミュラ(Peace formula)」の内容を説明した上で、平和の回復に向けた取り組みへの中国側の積極的な参加と「全ての国家が戦争においてロシアへの支援を控えること」の重要性を指摘したとされている。
ウクライナ側は、ロシアの全面侵攻以来、長らく中国側との首脳間の接触を追求していたとされるが、特にその可能性が注目されだしたのは、2月18日に王毅・中国共産党中央外事工作委員会弁公室主任が、ミュンヘン安全保障会議に際し、クレーバ外相に中国側の「和平プラン」と言える「ウクライナ危機の政治的解決に係る中国の立場」の要旨を提示
[2]して以降である。侵攻開始1周年となる2月24日、中国政府はこの「立場」を公式に発表
[3]したが、ウクライナの原則的立場との不一致が見られるにも関わらず、ウクライナ側の反応は比較的抑制的であった。同意できない部分もあるとした上で、むしろ領土一体性や核セキュリティなどの一致点を評価し、またそもそも中国側が今次戦争(中国側の言うところでは、「ウクライナ危機」)に関連して積極的な動きを見せたこと自体を評価するという反応が主であった
[4]。
ウクライナでは、中国はロシア寄りであるとの評価が一般的であり、特に国民からのイメージは悪い。シンクタンクのラズムコフ・センターによる最近の世論調査結果
[5]によれば、中国に対する嫌悪度は、ロシアとベラルーシ、そして自爆型ドローンをロシアに提供しているとされるイランに次いでワースト4位で、大統領はじめ政府関係者の親露的な言動が目立つハンガリーよりも上位に挙がっている。3月21日の岸田総理のウクライナ訪問の際には、同時期に訪露した習主席と対比する形で、日本=ウクライナの味方、中国=ロシアの味方という構図で論じた報道も散見された
[6]。
こうした中で、大統領や外相など、ウクライナ政府の中枢にある人物が、ここ数か月の間、中国に関して抑制的、もしくは寛容とも言える態度を見せている。最近、中国が既にロシアへの兵器供与を水面下で開始している模様であるとの報道が出ていた中、ダニロフ国家安全保障・国防会議書記がこうした事実は確認されていないとして明示的に否定する発言を行っている
[7]ことは興味深い。ウクライナは国際社会において、「国連憲章の遵守」などの至極真っ当で反論の余地のない論拠を柱に、今次の戦争において形式上の「中立」の立場を守ろうとする諸国の取り込みに向け積極的な外交努力を行っているが、直近において中国がその第一優先事項となっている(いた)ことは疑いないだろう。
今回の首脳電話会談において注目すべきは、大きく2点である。まず一つは、冒頭のとおり、ゼレンスキー大統領が「一つの中国」を「堅く支持する」と明言した旨が、ウクライナ大統領府発表で明記されているという点である。確かに、「一つの中国」に対する支持は、これまでもウクライナ政府の公式な立場であった。しかし、これまでウクライナ政府が存在を黙殺し、ウクライナ国民からの知名度もほぼ皆無であった台湾は、ロシアのウクライナ全面侵攻開始以降、国民レベルから政府レベルまでかなり積極的な対ウクライナ支援を行ってきており、ウクライナ社会における認知が高まっている。そのような中で敢えて台湾側からの貴重な支援も無碍にしかねない一文を公式発表に加えた背景としては、ウクライナの独立、主権、領土一体性の尊重を求める以上、これに対応する「一つの中国」への旧来からの支持を改めて確認せざるを得なかったのであろうと考えられる。
これに応じてのものかは定かではないが、4月26日の国連と欧州評議会の協力に関する国連総会決議では、ロシアによるウクライナ及びジョージアに対する侵略に言及した文言が含まれているにもかかわらず、インドやブラジル、カザフスタンなど、これまで今次戦争に関連する票決で主に棄権票を投じてきた国々と共に、賛成票を投じている。このほか、ゼレンスキー大統領は、電話会談直後に、元戦略的産業相のリャビキンを、2021年2月以来空席となっていた駐中国大使に任命している。リャビキンは、戦略的産業相を解任となった当時から駐中国大使への任命が目されていた
[8]が、結局、即座の任命はなされなかった。実際の背景は定かではないが、任命が遅れたのは中国側がアグレマンを出さなかったためではないかとも考えられ、その場合、「一つの中国」がアグレマンの条件となっていた可能性も否定できない。
次に注目すべき点は、ウクライナ側と中国側とでは、和平に向けた方向性について、根本的な点で一致を見なかったであろうということである。確かに、ウクライナの平和フォーミュラと中国の「立場」との間では、核兵器の不使用・不拡散など、一致している点があることも事実である。しかし、そもそも中国の「立場」は、ウクライナ側が停戦交渉の大前提とする「国際的に承認された1991年時点のウクライナ国境内からの露軍の即時撤退」とは全く相容れない性質を孕んでいる。ウクライナ政府側が、主に「会談が行われたという事実自体が重要」との評価を強調している
[9]ことからも、平和フォーミュラ全体に対して中国から好ましい反応が得られることはなかったと見られ、中国は自国の望む形で対話プロセスを主導するべく「立場」を強く推したであろうことが伺える。
また先だって訪中したマクロン大統領が中国側の見解に寄り添うような言動を見せていることからも、中国としては、自国の和平プランに欧州のウクライナのパートナー国を含む諸国からの支持を集めたいものと見られる。中国政府は、今後、ユーラシア事務特別代表として李輝元駐露大使をウクライナ等に派遣して「ウクライナ危機」の政治的解決に関し各方面との意思疎通を行うとしているが、今後、同特別代表がどのような「お土産」を持ってやって来るのか、また、ウクライナ側がこれにどのような態度を見せるのか、目が離せないところである。
[1]«Відбулася телефонна розмова Президента України з Головою КНР», ПРЕЗИДЕНТ УКРАЇНИ, 26 April, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[2]«У Китаї визнали війну Росії проти України та анонсували мирний план для її припинення», РБК-Україна, 18 February, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[3]"China’s Position on the Political Settlement of the Ukraine Crisis", Ministry of Foreign Affairs of the People’s Republic of China, 24 February, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[4]一例として、ゼレンスキー大統領は、「概して言えば、中国がウクライナについて語りはじめたということは、大いに結構なことである。これは、最初のステップであり、悪くない」との評価を行っている:
«Зеленський оцінив появу пропозицій Китаю щодо миру в Україні», РБК-Україна, 23 February, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[5]«Зовнішньополітичні орієнтації громадян України, оцінка зовнішньої політики влади, ставлення до іноземних держав та політиків (лютий–березень 2023р.)», Разумков центр, 4 April, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[6]例として、以下:
«Два візити: як Японія та Китай окреслюють свої наміри і позиції», УКРІНФОРМ, 23 March, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[7]«Данілов: Ми поки не бачимо використання Росією китайської зброї», УКРАЇНСЬКА ПРАВДА, 17 April, 2023. (accessed 27 April, 2023)
[8]«Павла Рябікіна хочуть призначити послом в Китай», INSHE.TV, 23 January, 2023. (accessed 30 April, 2023)
[9]«"Мирний план" і не тільки. Никифоров розкрив деталі розмови Зеленського та Сі Цзіньпіна», РБК-Україна, 26 April, 2023. (accessed 30 April, 2023)