論文

2022 / 01 / 20 (木)

ROLES REPORT No.16 青木まき「タイの国内対立とその対外関係への影響」

はじめに

 タイでは2000年代以来2度のクーデタを含む政治混乱が続き、「民主主義の後退」が危惧されている。選挙で政権が成立すると、その正当性を認めない勢力が激しい反政府運動を展開し、混乱の収拾を名目とした司法や国軍の介入による政権交代が繰り返されてきた。2014年5月には、プラユット・チャンオーチャー陸軍司令官率いる「国家治安維持評議会」(NCPO)がクーデタによって民選政権を倒し、全権を掌握した。NCPO は民政復帰を約束し、新たな憲法を制定して2019年に下院選挙を実施した。しかし、野党に不利に設計された選挙制度の下で行われた選 挙では、NCPO 政権の受け皿として設立された新党が躍進し、NCPO 支持派が議会の過半数を獲得してプラユットを首相に指名した。軍政色を濃く残す「民政」移管を不服とする人々は、2020年以来大規模な反政府運動を展開している。 
 かかる状況を踏まえ、「民主主義の多様性」(Varieties of Democracy)プロジェクトは、2021年報告書で2020年に最も独裁化が進んだ国のひとつとしてタイを挙げている。また同プロジェクトが作成した「民主主義指標」のうち自由民主主義指標をみると、タイは2001年の0.43から2020年の0.17へとスコアを落とし、民主主義の退潮傾向が指摘されている。
 こうした内政の変化は、対外政策にどう影響しているのだろうか。2014年のクーデタ直後、NCPO 首脳は欧米諸国からクーデタを批判されるなかで、中国へ接近する行動をとった。こうした事態を見て、タイ政府が国内体制を批判する欧米諸国から離れ、国内事情に理解を示す中国へ接近することを懸念する議論は少なくない。確かに権威主義化した国が民主主義陣営から離脱し、権威主義陣営に接近するという見方は分かり易い。しかし実際には、現在の中タイ関係はプラユット政権下で急接近したのではない。またタイと民主主義諸国との関係が、継続的かつ一様に悪化しているわけでもない。
 現在起きているのは、権威主義化したタイの「権威主義陣営への接近」や「民主主義陣営からの離脱」といった単純な現象ではなく、タイの権威主義化を、権威主義的とされる国々だけでなく、民主主義諸国も受け入れ、タイもまた相手の体制を問わず「バランス外交」を維持してきたという事態である。以下本稿では、アメリカ、中国、日本、ASEAN といったタイの主要国とタイとの関係を1950年代から概観し、現在のタイ外交課題を整理したうえで、上記のような事態が起きた背景を考察する。

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