論文

2021 / 08 / 13 (金)

ROLES REPORT No.13 高橋慶吉「コロナ・パンデミックとアメリカ政治―分裂の中の危機対応―」

 はじめに
 アメリカで新型コロナウィルスの感染者が初めて確認されたのは2020年1月21日のことである。感染者はワシントン州の住民で、中国・武漢からの帰国者だった。それから1か月後の2月26日には、初の市中感染と見られる事例も確認される。中国への渡航歴も、コロナ患者との接触歴もないカリフォルニア州住民の感染が判明したのである。それ以降、アメリカでは急速に感染が広がっていった。ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、アメリカの感染者数は3月末には8万3507人となり、中国を抜いて世界最多に、死者数も4月12日に1万8860人となり、イタリアを抜いて世界最大となった。
 感染の広がりを抑えるため、アメリカ全土で厳しい経済規制が敷かれた。それにより、大量の失業者が発生し、治安も悪化した。5月には黒人男性、ジョージ・フロイド(George Floyd)が路上で警察官によって押さえつけられ命を落とすという事件が発生し、人種差別に抗議する激しい運動―1960年代の公民権運動以来最大と言われる―が各地で巻き起こる。アメリカで、黒人が警察官の暴行の犠牲になるという事件はそれほど珍しいものではない。5月の事件が大規模な抗議運動へと発展したのは、新型コロナウィルスの蔓延で黒人が不釣り合いに多くの命と職を失っており、人種差別の問題に対する社会的な関心が高まっていたからだった。
 アメリカが多くの悲劇と大きな混乱に見舞われる中、ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニスト、ウィリアム・ガルストン(William A. Galston)は6月のコラムで、2020年を「南北戦争以来、最悪の年」と表現した。ガルストンによれば、コロナ・パンデミックがアメリカを襲うまで、そのように表現されるべき年は1968年だった。その年の4月、アメリカでは公民権運動のリーダーであったマーチン・キング(Martin Luther King, Jr.)牧師が暗殺された。2か月後には大統領予備選挙を戦っていた、ジョン・ケネディ(John F. Kennedy)大統領の弟、ロバート・ケネディ(Robert F. Kennedy)上院議員も暗殺されている。また、全米ではベトナム反戦運動が巻き起こっていた。1968年のアメリカはまさに悲劇と混乱に満ちていたと言える。だが、ガルストンはその年より2020年の状況の方が悪いと見たのである。
 このように評価されるほど深刻な国家的危機に陥ったアメリカに、本ペーパーの筆者はジョージ・ワシントン大学の客員研究員として滞在していた。筆者にとって、アメリカでの長期滞在はフィラデルフィアで学生時代を送って以来、約15年ぶりのことだった。2019年8月にアメリカに渡って以降、久しぶりにフィラデルフィアを訪れたり、滞在先のヴァージニア州アーリントンから国立公文書館に通ったりと、楽しく充実した日々を送っていた。しかし、そうした生活は新型コロナウィルスの蔓延によって一変する。
 コロナ禍のアメリカに滞在していて強く印象に残ったのは、保守とリベラルの間に分裂し、危機下でも一向にまとまることのできないアメリカ人の姿と州知事の役割の大きさだった。だが、従来アメリカでは国家的危機に直面したとき、国民がそれなりに結束し、それを政治的支えに大統領が強力なリーダーシップを取ってきた。今回のコロナ危機では、この従来パターンとはかなり異なる反応、対応が見られたことになる。
 もっとも、100年前にアメリカがインフルエンザ・パンデミックに襲われたときにも、その対応に当たったのは州政府、もしくはそれより下位の地方政府だった。だが、ニューディール前のその時代においては、そもそも連邦政府に公衆衛生の問題への対処を求める考え自体ほとんどなかった。何より、インフルエンザ・パンデミックを国家的危機として捉える認識が弱かった。当時、全国的な関心はかなりのところ第一次世界大戦の方に向けられていた。 
 筆者は、2020年8月に帰国した翌月、「米国・既存秩序の動揺に関する分科会」において、「コロナ・パンデミックとアメリカ―ヴァージニア滞在(2019年8月~2020年8月)の経験から」というタイトルの発表をさせていただいた。本ペーパーはその発表を下敷きに、コロナ危機をめぐるアメリカ政治を見てみようとするものである。第一章ではコロナ禍における政治的分裂状態を概観するとともに、それが危機の中でも解消に向かわなかった要因について考える。そのうえで、第二章においてヴァージニア州の事例を中心に州知事主導の危機対応に注目したい。
 アメリカがコロナ・パンデミックに襲われる前年の10月、ジョンズ・ホプキンズ大学の健康安全保障センター(Center for Health Security)が発表したレポートは、アメリカを世界で最もパンデミックに対する備えができている国と評価していた。だが、同センター所属のある研究員が述べているように、アメリカは世界で「最も水準の高い備えをしながら、最悪の結果」を見た国の1つになってしまったのである。「おわりに」では第一章と第二章の内容を踏まえつつ、「最悪の結果」を招いた政治的要因について簡単な考察を行う。

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