はじめに近代国家において、軍隊は、国家の安全という死活的国益、つまり国家を外敵から守ることを任務とし、唯一の指 揮権の下で統制された暴力組織であるとされる。
ここでは、外敵から守るべきは国民国家であることが想定されており、 軍隊は原理的には(=例外を除き)国内の治安を担当して自らの同胞に銃を向けることは想定されていない。治安維持は警察など法執行部門の役割である。内戦や治安維持のために武力を行使する軍隊は、近代社会では逸脱事例とされる。その場合、彼等はいわゆる「遅れている国家」であり、「遅れている軍隊」であると見なされる。
西欧に起源を有する政治学、特に構造=機能論の立場に立つと、軍は本来対外防衛任務(国防)に特化すべきである。軍が政治を運営したり経済を運営したりするような状況は、軍が本来持つ役割構造の未分化または逸脱を意 味する。
ところが、現実の世界で、役割を国防に限定している軍隊は、必ずしも典型的とは言い切れない。発展途上国において、軍隊の主な役割が、革命、国家建設、体制維持(治安維持)、生産、教育等であることはよく見られる。 現実には、国防軍としての本来の役割からズレ(逸脱)が生じているケースは少なくないのである。
近代国家において、軍隊が忠誠を誓うべき対象は、国家である。ところが、中国人民解放軍(以下、解放軍)は中国共産党(以下、共産党、中共または党)に忠誠を誓う軍隊である。しかし、解放軍の国防軍としての機能はますま す強化されている。これは一見「矛盾」に見える。習近平政権(2012~)は、この問題にどう取り組んでいるのだろうか。
中国には「新たに着任した役人は3本の松明を持っている」(「新官上任三把火」)という言葉がある。新たに着任 した官僚は最初だけ張り切ってやりきれないことをやろうとする(つまり着任後しばらくはやかましく言うが、後になればたいしたことはなくなる)という含意を持つ言葉である。習近平政権は、「中国の夢」、「東シナ海防空識別圏」、「国家安全委員会」、「アジアの安全保障観」、「シルクロード経済帯、21世紀海上シルクロード(一帯一路)」、「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」、「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」2など、新しい印象の構想やスローガンを矢継ぎ早 に打ち出した。
習近平は特に軍事面の改革を優先的に実施した。 軍事改革で、習近平は国家中央軍事委員会主席に就任した全国人民代表大会の場で、解放軍代表に向かって、「中国の夢」を実現させる上で「党の指揮に従い、戦闘に勝利できる、気風の優れた人民の軍隊を建設」するよう呼びかけ、その直後に軍事改革に着手した。明らかに習近平にとって軍事改革の優先順位は高く、他の全ての改 革の基礎であった。そのことは軍権の掌握こそが中国の指導者にとって最重要であったことを意味している。
本稿 は、単なる組織・機能改革ではなく、習近平の権力集中過程および対外積極関与と結びつけて検討することを通じて、 習近平の軍事改革の意義を明らかにする。
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