論文

2024 / 03 / 04 (Mon.)

ROLES REPORT No.30 衛星画像を用いた中国の戦略核戦力増強の現状に関する分析

* 本研究は東京大学先端科学技術研究センターと笹川平和財団が共同で実施したものです。 

 
1.はじめに 

1.1 本研究の問いと研究手法 
本研究は、中国が内陸部で進めている大陸間弾道ミサイル(ICBM)基地建設の状況を分析し、その進捗状況を明らかにするとともに、グローバルな軍事バランスに及ぼす影響について考察したものである。 
米国防総省が発行している報告書『中華人民共和国に関わる政治・軍事的展開』(以下、『中国軍事力報告書』)の 2023年度版は、中国の配備核弾頭数が同年5月時点で500発を越えたとの推定を明らかにした。これは2020年時点における推定値(200発台前半)からの大幅の増加を意味しており、2030年までに1000発を越える可能性が指摘されている。本論文が対象とする中国内陸部におけるICBM基地建設は、米国防総省が予見する核戦力の急速な増加の要因であると考えられ、現在までにおよそ300基の地下発射管(サイロ)が建設されたと見られている。 
そこで本研究では、中国のICBM基地建設作業が2024年初頭までにどれだけ進捗しているのかを中心的な問いとして掲げた。この点については、2023年までにかなりの程度まで建設の進捗が見られたことを先行研究(後 述)が明らかにしているが、本研究ではより突っ込んだ考察を行うことにした。すなわち、それらの基地には実際にICBMを収容するためのサイロが建設されているのか、その一部ないし全部が敵の先制核攻撃を吸収するための欺瞞用囮(ダミー)である可能性はないか、ということである。 
以上の問いに答えるために、本研究では、衛星画像分析を研究手法として採用した。主に使用したのは、国内 衛星画像ベンダーから提供を受けた合成開口レーダー(SAR)画像と、Maxar Technologies社の光学衛星画像 である。前者は電波の反射を用いて観測を行うものであり、中分解能モード(分解能2m)では広域の一覧的な把握を可能とする。また、高分解能モード(分解能1m)では、サイロ建設時に設置されるエアテント(図1)を 透過して内部の作業状況をある程度まで把握することが可能である。他方、後者では可視波長を用いて分解能 50cmの撮像を得ることができるため、建設状況のより詳細な把握に用いた。Maxarの衛星画像が入手できない 時期については、SkyWatch社の光学画像(分解能はやはり50cm)も用いた。
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観測対象は、新疆ウイグル自治区の哈密(Hami)とした。4つのICBM建設地域のうち、哈密では比較的遅くに建設が始まったため、その初期から現在に至るまで比較的豊富な画像アーカイブが存在する。この点に着目して、 筆者らの研究グループは2022年から同地域におけるICBMサイロの観測を継続的に行い、予備的な成果を発表してきた。本研究は、それらの成果に基づいてさらなる考察を加えたものであり、哈密におけるICBM基地建設が2024年初頭までにほぼ完了したと考えられること、その大部分はダミーではなく実際にICBMを収容できるサイロ を備えていることを明らかにした。 
後半では、以上の知見が軍事戦略的環境に及ぼす影響について考察した。中国のICBM基地建設が実態を伴 ったものであり、ほぼ完成に近づいているとするならば、それは中国の核戦略がどのように変化したことを意味するのか。また、米中の核戦力バランスやインド太平洋地域の戦略的安定性にいかなる影響を及ぼすのかがここで の焦点である。 
 
1.2 背景 
前述のように、中国の核戦力増強は速いペースで進んでいる。『中国軍事力報告書』はその詳しい内訳に ついて明らかにしていないが、『核科学者紀要』が過去に公表した5回の報告書を見るに、これまでの増加分 は、DF-26中距離弾道ミサイル(IRBM)と、複数個別再突入体(MIRV)化されたDF-5BやDF-41などの大型 ICBM、そして道路移動式のDF-31AG道路移動型ICBMの増勢によるところが大きいと思われる(表1)。 
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しかし、この間には、従来と異なる形で中国が核戦力の増強を進めようとしているとの指摘が見られるようになっていた。『中国軍事力報告書』の2019年版において、DF-41の新たな配備オプションとして、従来の道路移動型だけでなく鉄道移動型及びサイロ発射型が考慮されていると見られると指摘されたことがその端緒である。さらに同年、米国科学者連合(FAS)のハンス・クリステンセンは、中国内モンゴル自治区の吉蘭泰(Jilantai)の弾道ミサイル部隊訓練場に新たなサイロが建設されていることを衛星画像分析によって明らかにした。これ以前にも、中国がDF-5シリーズの液体燃料ICBM用サイロを20基程度建設して運用していることは確認されていたが、クリステンセンが発見した新たなサイロは、次の点でDF-5シリーズ用サイロとは大きく異なっていた。 

● 従来のように山岳地ではなく砂漠の平地に建設されている。 
● ICBMをクレーンで装填するのではなく、専用の装置(ローダー)を用いて装填するための設備を伴っており、 
より効率的である。 
● サイロの天蓋が水平に開くのではなく、ヒンジによって開く方式が採用されている。装填方式と併せて、ロシ 
ア式の設計により類似する。 
● 従来のサイロに見られた、噴射炎を逃すための排炎口が設けられていない。 
● 従来のサイロの直径が8-9mあったのに対し、新たなものは直径が5-6mと一回り小さい。 

以上を踏まえて、クリステンセンは、この新型サイロが固体燃料式の新型ICBMであるDF-41の配備を想定したものである可能性があるとの推測を示した。さらに2021年には、吉蘭泰において少なくとも16基のサイロが建設中であり、その建設が2016年には早くも始まっていたことが同じくクリステンセンの衛星画像分析によって明らかにされた。その前年の2020年度版『中国軍事力報告』は、中国が「西部の訓練場」でDF-5用のものよりも小 さなサイロを建設しており、ICBMのサイロ運用に向けたコンセプト開発がその目的の一つに含まれているとの見方を示しているが、おそらくはクリステンセンの発見した吉蘭泰のサイロ群を指すものと思われる。 
また、この頃になると、吉蘭泰だけでなく、甘粛省の玉門(Yumen)、新疆ウイグル自治区の哈密、内モンゴル自治区の鄂爾多斯(Ordos)でもこれと同様のサイロ建設の兆候が報告され始め、その数は2022年までに完成した分だけで少なくとも300基に上っていると米国防総省は推測している。
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