論文

2021 / 05 / 26 (Wed.)

ROLES REPORT No.11 山尾 大『岐路に立つイラク ― 人民動員隊の拡大と経済危機、 そして蔓延する不満』

はじめに

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2020年は、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のパンデミックが発生し、あらゆる地域や国の政治・社会・経済に甚大な影響がでた。
本稿で取り上げるイラクも例外ではない。イラクでは、コロナ禍で深刻な経済危機が発生し、 社会が大混乱に陥った。その影響があまりにも大きかったため、重要な政治プロセスがともすれば極端にわかりづ らい状況が続いた。  
だが、みえづらかった政治プロセスにも、非常に重要な変化がいくつも認められる。たとえば、2020年初頭には、 米軍がイラン革命防衛隊ゴドゥス軍(Niru-ye Qods)の司令官ガーセム・ソレイマーニー少将、およびイラクの人民 動員隊(al-Ḥashd al-Shaʻbī, PMU)1のアブー・マフディー・ムハンディス副司令官を、空爆で殺害した。この暗殺事 件は三国の国際関係のみならず、イラクの内政にも大きな影響を与えた(後述)。  
さらに、2019年10月以降、首都バグダード以南を中心に急激に広がった既存の政治体制を批判する街頭行動(い わゆる「10月革命」)の責任をとって、当時のアーディル・アブドゥルマフディー首相が辞任し(2019年11月29日)、同政権が崩壊した。その直後から首班指名をめぐってシーア派イスラーム主義政党を中心とする主要勢力が協議を始めたが、各党の利害調整が進まず、タウフィーク・ムハンマド・アッラーウィー元通信相が首班指名されたのは、2か 月後の2020年2月1日になってからだった。彼は、大物政治家で首相も務めたイヤード・アッラーウィーの親戚であっ たが、本人は閣僚経験も短く、主要なイスラーム主義政党の有力幹部とのコネクションもなかったため、閣僚人事を めぐる困難な調整に失敗した。その結果、3月1日に首相候補を辞任した。
次に首班指名を受けたのが、アドナーン・ ズルフィー元ナジャフ知事であった。ズルフィー自身は大きな影響力と知名度を有する大物政治家で、長らく米国 に滞在しており、米国政府と強いコネクションを有していた。しかしこれが裏目にでた。つまり、イランに近いシーア 派イスラーム主義政党の協力や支持が得られず2、結局組閣人事をまとめることができずに、4月8日に首相候補を 辞任した。
翌4月9日に首班指名されたムスタファー・カーズィミーが、ついに主要なシーア派イスラーム主義政党の協力を得て組閣人事を調整し、一部の閣僚ポストを残して5月6日に新政権の発足を議会に承認させた。カーズィミー首相は、元国家諜報機関(Jihāz al-Mukhābarāt al-Waṭanī al-‘Irāqī)の司令官を務め、同組織の改革にも尽力したといわれている実務家で、いずれの政党にも所属しない独立派であった。このように、任期半ばで首相が辞任し、政権が交代するという事例は2003年のイラク戦後初めてのことであり、言うまでもなく重要な政変であった。だが、コロナ禍でこれらの政治変動がどのような意味や影響を持っているのかについては、これまでほとんど検討されてこなかった。そこで、本稿ではこうした重要な政治プロセスに光を当て、2020年のイラク政治の流れを概観していきたい。

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