論文

2021 / 04 / 15 (木)

ROLES REPORT No.7 日下渉『内政から見るフィリピンの外交 米中間を揺れ動くドゥテルテの目的は何か 』

はじめに
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2016年6月、ロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Duterte)が大統領に就任して以来、フィリピンの外交が伝統的な「親米」 から「親中」に大転換を遂げたとして大きな注目を集めてきた。たしかに、そうした理解に根拠がないわけではない。  アメリカは、自国の独立記念日でもある1946年7月4日に、フィリピンへと独立を付与した後も、軍事的・経済的な 影響力を行使してきた。またフィリピンのエリートには、アメリカとの関係を通じて利権を築いた者や、アメリカ留学 経験者も多い。前ベニグノ・アキノ3世(Benigno Aquino III)政権(2010-2016)は、領土問題で係争中の南シナ海 に進出する中国を、国際仲裁裁判所に訴えたり、アメリカと協働して厳しく牽制する外交方針をとった。それゆえ、ドゥ テルテが、彼の「麻薬戦争」に懸念を示したバラク・オバマ(Barack Obama)米大統領を罵り、中国の習近平国家 主席を讃え、南シナ海における中国との融和を強調したことは、外交方針の大きな変化に思われたのだ。しかし、ドゥ テルテ政権の「反米親中」を強調する理解には、いくつかの留保が必要である。  第一に、アメリカ一辺倒の外交を見直し、対中関係の強化を模索するのは、ドゥテルテに始まったことではなく、 民主化後の大きな流れだ(高木 2017)。コラソン・アキノ(Corazon Aquino)政権期(1986-1992)には、ナショナリ ズムの高まりのなか、上院が米軍基地の撤廃を可決した。フィデル・ラモス(Fidel Ramos)政権(1992-1998)は、 急速な経済成長を遂げたアジア諸国との関係を強化し、投資を呼び込むことで経済を再建しようとした。グロリア・ マカパガル・アロヨ(Gloria Macapagal Arroyo)政権(2001-2010)は、中国資本を自派閥への利益供与に利用し、 中国海洋石油とフィリピン国営石油公社による南シナ海での共同調査も許可している。前アキノ政権も、中国との 対決姿勢を強化したのは、2011年、元駐米大使のアルバート・デルロサリオ(Albert del Rosario)が外務長官に就 任してからであり、それ以前は外交方針が明確化していなかった(高木 ibid)。 
第二に、ドゥテルテ政権の外交にしても、「反米親中」という単純化は正しくない。ドゥテルテは時にアメリカを激 しく罵って軍事同盟の破棄を主張したりしつつも、対米関係を破綻させることは避けてきた。また、中国にすり寄り つつも、中国に不満を表明したり、中国からの要求を無視したりすることもある。そして、対中接近へのリスクヘッジ として、日本を含むアジアとの協調外交も強化してきた(高木 2017: 2020)。  第三に、そもそもフィリピンのような小国が、アメリカや中国といった大国間関係が不安定ななか、どちらか一方 のみに肩入れするのはリスクが高い。米中間をふらつく「コウモリ外交」などと揶揄されることも多いが、両国の競 合を利用して双方から利益を確保し、外交の自律性を高めていく方が現実的だ。すべての主要大国との間で均衡 のとれた関係を模索していくアプローチは、中国への接近度にばらつきこそあれど、他の東南アジア諸国にも共通 する外交戦略である(菊池 2017、鈴木 2018)。  それゆえ、ここで問うべきは、ドゥテルテ政権が「反米親中」なのかではなく、いかなる要因が米中間を揺れ動く「ブレ」 を規定しているのかである。その際、安全保障など純粋に外交的な要因のみに着目しては、ドゥテルテ外交の非一 貫性ばかりが目について、合理的な説明を与えることは難しい。例えば、ドゥテルテ政権は2016年には南シナ海に おける中国の領有権を否定した国際仲裁裁判所の判決を棚上げした一方で、2020年にはその遵守を中国に求め たりしている。本稿は、ドゥテルテ政権の外交を、その「ブレ」も含めて、主に内政の視点から解釈してみたい。そも そもドゥテルテ政権は、「国家安全保障」において、何よりも国内の平和・安定・繁栄を、対外的イシューよりも優先し てきた(伊藤 2020: 224-225)。  結論を先取りして言えば、ドゥテルテ政権最大の目的は、アメリカ植民地期以来フィリピンを支配してきた伝統的 エリートに引導を渡し、近年台頭してきた華人系実業家と中国との関係を軸に、自派閥で新たなエリート層を確立 することにある。中国への接近は、この目的を達成するための一つの手段にすぎない。それゆえ、自派閥の支配に 役立つ資源を最大化するためであれば、米中の間でいくらでも「ブレる」ことは厭わない。一貫しないように見えるドゥ テルテ外交も、その点では一貫しているのである。

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