論文

2025 / 07 / 08 (Tue.)

本田圭「トランプ大統領による湾岸歴訪ー中東秩序再編成に向けた「再接続」とUAEとの多層的な接続」(ROLES REPORT No.42)

第一章 中東秩序再編成に向けた「再接続」
1.はじめに
2025年5月、トランプ米大統領はサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の三カ国を歴訪した(図1参照)。就任以来、同大統領は欧州や東アジアの同盟国に対しては強硬姿勢を示してきた一方で、湾岸諸国に対しては一貫して協調的な態度を維持している。

今回の訪問では、投資契約や技術協力といった「目に見える成果」が前面に打ち出されたが、より重要なのは、米国が湾岸諸国との再接続を通じて、限定的な地域関与を維持しつつ、一定の安定を確保しようとした点にある。これは、対中戦略への資源集中を視野に入れながら、中東における分担型の関与モデルを構築しようとする試みであり、湾岸地域を「柔らかく繋ぎ止める」戦略的関与の一環と見ることができる。
イラン核協議やイスラエル・ガザ情勢、ウクライナ戦争など、国際課題が軒並み不透明な局面にあるなか、湾岸地域は首脳間の信頼関係に基づく「取引型外交」によって、即効性のある成果が得られる数少ない地域である。2026年の米中間選挙を見据え、外交成果の積み上げを急ぐトランプ政権にとって、今回の湾岸歴訪は極めて合理的な選択だったといえるだろう。
加えて、今回の訪問構成そのものが、トランプ政権の外交姿勢の変化を象徴している。第一期政権(2017年)の初外遊では、サウジアラビア、イスラエル、パレスチナ、バチカンという三大宗教の聖地を巡るルートが採用されたが、実際には、サウジとの経済協力、イスラエルとの安全保障連携、パレスチナ問題への限定的関与といった、現実主義的成果が重視されていた。対照的に、2025年の歴訪では、バチカンにおける教皇フランシスコの葬儀参列を起点に、その後は湾岸三カ国に特化した構成が採られた。ガザ戦争の緊張やイスラエル政権の強硬姿勢を避ける意図から、イスラエルやパレスチナを訪問対象から外し、調整可能な現実主義プレーヤーである湾岸諸国に焦点を絞るという戦略的選択がなされたと見ることができる。
 本稿は、この湾岸歴訪を二章構成で分析する。第一章では、トランプ政権の中東政策における再接続戦略と湾岸三カ国が果たす役割に注目し、地域秩序再設計の試みを読み解く。第二章では、とりわけUAE訪問に焦点を絞り、個人的信頼関係を軸としたトランプ外交の特徴と、AI・技術協力、宗教・文化戦略、安全保障パートナーシップといった多層的な協力関係を考察する。
 なお、2025年6月以降の中東情勢の急変を受け、本稿の最後に、湾岸諸国が果たした調整役としての機能と限界、そして今後の展望について補足的に記す。

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