2023年11月末、100歳でヘンリー・キッシンジャー博士が他界した。言うまでもなく、1968年から77年まで米政権の中枢にあって、ヴェトナム戦争、米中国交正常化、米ソデタント、第4次中東戦争などの動乱期の外交を文字通り仕切っていた人物である。それらの時期の前後、当初は学界にあり、その後も世界の指導者と結び、影響は長期にわたって維持された。当然おびただしい数の追悼文が各地で寄せられた。
その多くは、キッシンジャーという論争的な存在を映し出している。とくに彼のリアル・ポリティークを礼賛するものから、その影である戦争犯罪や人権軽視を問題視するものまで、棺を蓋いてなお事が定まらない。ここでは、彼の総合的・包括的な評価とは距離を置く。体系的に彼の人生をカバーし、さまざまな評価を横に並べてできるだけ公平に取り扱おうとする試みとして、ニーアル・ファーガソンなどの伝記を見ればよい(『キッシンジャー 1923-1968 理想主義者I・II』、日経BP社、2019年 [2015])。そうではなく、気楽に書くよう命ぜられているこのエッセイでは、いま彼の表明された思考法から学びうること、また言動の一致・不一致、さらに言わないことを含めて、そこから考えうることを、二、三つ抽出することとしたい。
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