コメンタリー

2023 / 09 / 11 (Mon.)

ROLES Commentary No.10 田中祐真「ウクライナ国防相の人事交代 ―レズニコフ退任とウメロフ就任の背景―」

レズニコフ前国防相(提供:Ukrainian Parliament Press Office/AP/アフロ)

2023年9月3日、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、恒例の国民に向けたビデオメッセージの中で国防相の交代を決定した旨発表した。以前から罷免の可能性が高いと目されていたオレクシー・レズニコフ国防相の解任に対し、ルステム・ウメロフ国有財産基金総裁の国防相への任命はウクライナ国内でも意外な人事として受け止められた。
 
オレクシー・レズニコフはリヴィウ出身の法律家で、兵役ではソ連空軍落下傘降下部隊に所属、法律関係の職を経た後、2008年からキーウ市議会議員やキーウ副市長等を務めた。ゼレンスキー政権下では2019年9月に3者コンタクト・グループ[1]政治問題作業部会のウクライナ代表に任命、2020年3月に副首相兼一時的被占領地域再統合問題担当相として入閣し、2021年11月より国防相を務めていた。弁護士仲間として長らく親交のあったアンドリー・イェルマーク大統領府長官との関係は深いとされ、いわゆる「イェルマークの部下(люди Єрмака/liudy Yermaka)」と見なされている[2]
国防相就任までのレズニコフは、東部紛争の解決に向け、角の立っている点を丸めて全当事者を納得させるような発言に努めてきたことで「調停者(Миротворець/Peacemaker)」とあだ名され、他が触れたがらない事項にもコメントする「避雷針」としての役割を果たしてきた[3]。畑違いである国防相への抜擢は、こうした交渉・調整役としての高い能力を期待されてのものであったと捉えられている。事実、レズニコフはロシアの全面侵攻が始まって以降、ラムシュタイン会議をはじめとするウクライナ防衛コンタクト・グループを通じ、不可能とも思われた西側の戦車・戦闘機・長距離兵器の提供への合意といった成果を上げている。
しかしながら、レズニコフ自身は、在任中、司法相への異動を希望する意向を度々示唆したり[4]、あるインタビューでは、「戦争に勝利すれば辞表を書いて民間セクターに戻れるため、夢のようである」とまで発言していた[5]。辞任直前の8月28日の記者会見においても、「私がこの職を希望したのではないことを、(ゼレンスキー)大統領ははっきりと分かっている。逆に、自分はこの(国防相への)任命をやめるよう彼を説得(dissuade)していたのだ」と語っている[6]
レズニコフ辞任の大きな要因となったのは、国防省における一連のスキャンダルであった。2023年年頭、軍向けの食料品を国防省が不当に吊り上げられた価格で調達していたことが明らかになった。これによって国防省に対する国民・メディアからの視線は厳しいものとなり、レズニコフの引責辞任の可能性が囁かれたが、このときは同事案に直接関わった責任者が摘発され、国防省による調達プロセスの厳格化や透明性確保にかかる措置が講じられるにとどまった。再度国防省に対するスキャンダルが持ち上がったのは8月である。当初は、トルコから調達された夏季戦闘ジャケットがより高額な「冬季戦闘ジャケット」にラベルを変えて輸入されたと報じられた。その後、ジャケットは実際に冬季用であると判明したものの、調達価格に関する疑惑や、ヘンナジー・カサイ与党「国民奉仕者」党議員の甥が所有者の一人である企業がサプライヤであることが明らかになったことで、大きな批判を受けることとなった。
ゼレンスキー大統領発表の翌9月4日、レズニコフは辞表を提出、5日にウクライナ最高会議はこれを承認、同時にウメロフは国有財産基金総裁の職を解かれ、翌6日に正式に国防相に任命された。レズニコフの次なるポストとしては、現在空席の駐英大使就任の噂があるものの、本稿執筆時点で不明である。
 
ウメロフ新国防相(写真:AFP/アフロ)

ルステム・ウメロフは1982年ウズベキスタン(ウズベク・ソビエト社会主義共和国)生まれで、第二次世界大戦時にクリミア半島から中央アジアに強制移住させられたクリミア・タタール人一家の出身である。民間企業勤めを経た後、2010年に投資会社を起業。これと並行してクリミア・タタール民族会議「メジリス」初代議長にしてクリミア・タタール人の指導者とされるムスタファ・ジェミレフ最高会議議員の秘書としての活動を開始し、ロシアによるクリミアの「併合」後は露当局に政治犯として拘束されたクリミア・タタール人の問題に携わる。2019年、野党「声」党からウクライナ最高会議議員に当選し、トルコ及びサウジアラビアとの友好議連の会長や最高会議人権・少数民族委員会の書記を務めたほか、先住民族法をはじめとするクリミア及びクリミア・タタール人の権利・権益保護にかかる重要法案の起案に精力的に関わってきた[7]。2022年9月、国有財産基金総裁に任命。
レズニコフ更迭の確度が高まって以降、ウメロフの名前が出始めるまで、メディア上では後任の国防相候補者として、今次戦争で多大な成果を上げているキリロ・ブダノフ国防省情報総局長はじめ、オレクサンドル・カミシン戦略的産業相、オレクサンドル・クブラコフ復興担当副首相兼地方・国土・インフラ発展相などの「ビッグ・ネーム」が挙がっていた。国民・メディアの間では、ウメロフは現政権の中で比較的影が薄い面があったため、今回の抜擢は驚きをもって受け止められた。
しかしながら実際のところ、ウメロフは、今次戦争において対露を含む重要な対外交渉に多数参加している。侵攻直後の2022年2月28日、対ベラルーシ国境上で開かれたロシア側との交渉にウクライナ側代表団の一員として参加し、同年4月には、大統領令をもって改めてロシアとの交渉にかかる代表団員に任命されたのである。また、イェルマーク大統領府長官は2022年12月の米国及びノルウェーの将軍らとの平和フォーミュラ[8]に関する協議、2023年5月のイブラヒム・カルン・トルコ大統領報道官兼首席顧問(当時)とのビデオ会議にウメロフを同席させているほか、自身が積極的に進める捕虜の解放・交換に携わるチームにも彼を含めている[9]。さらに、表立ってはいないが、ウメロフは開戦当初より重兵器のウクライナへの提供に向けた業務を遂行しており、このため度々訪米していたという[10]
イェルマーク長官との関係性について、ウメロフ自身は、2019年8月、メジリスとの交流に積極的だった当時大統領補佐官のイェルマークと共にゼレンスキーのトルコ訪問[11]の準備を進めたのが始まりであったと語っている[12]。英語のほかトルコ語にも非常に堪能なウメロフ[13]は、その語学力を生かした高い交渉能力、そしてテュルク系でムスリムのクリミア・タタール人としての人脈や経験・知見をイェルマークに見出されたものと見られ、レズニコフ同様、国防相のポストで「交渉者」としての役割を期待されているものと考えられる。米国は対ウクライナ軍事支援において鍵となるアクターであり、またトルコは、ウクライナ経済の生命線の一つである穀物輸出にかかるイニシアティブをはじめ、ウクライナとロシアの仲介において重要な役割を果たしている。さらに、本年8月上旬にはサウジアラビアでウクライナに関する安全保障担当補佐官会合が開催されている。こうした情勢下においてウメロフはまさに適任であると判断されたのだろう。
なお、ウメロフは以前からクリーンで汚職対策に積極的と見なされているようで、反汚職市民団体「Anti-Corruption Action Center(AntAC)」は後任の国防相にウメロフの名前が出始めて即座にこれを支持する旨表明しており[14]、彼の総裁在任中に国有財産基金には「ポジティブな結果」がもたらされたことを指摘[15]している。
 
レズニコフ在任中には西側型戦車や長距離兵器の提供がすでに開始され、また西側諸国からも非常にハードルが高いとの声のあった戦闘機F-16の提供も合意された。戦争の長期化に伴い更に迅速かつ継続的に武器・弾薬を調達する必要性が高まる中で、ウメロフ新国防相が国防省内の問題にいかに対応し、いかなる切り口でその交渉能力を発揮するかが今後の注目点となろう。 


[1]ウクライナ、ロシア、OSCEの三者によるウクライナ情勢の解決に向けた枠組み。2014年6月発足。
[2]«Люди Єрмака. Все більше важливих державних посад займають давні знайомі голови Офісу президента», NV, 22 November, 2022.  (accessed 7 September, 2023)
[3]Рудомський, Руслан, «Миротворець з Банкової: Хто такий Олексій Резніков, який став міністром оборони», depo.ua, 4 November, 2021.  (accessed 6 September, 2023)
[4]Хоменко, Святослав, «Умєров замість Резнікова. Що важливо знати про цю заміну», BBC NEWS УКРАЇНА, 4 September, 2023.  (accessed 5 September, 2023)
[5]«Резніков хоче подати у відставку після перемоги України у війні», РБК-УКРАЇНА, 16 April, 2023.  (accessed 6 September, 2023)
[6]«Міністр без гарантій. Що чекає на Резнікова після нового скандалу із закупівлями в Міноборони», РБК-УКРАЇНА, 31 August, 2023.  (accessed 6 September, 2023)
[7]Черниш, Олег і Хоменко, Святослав «"Перемовник за лаштунками". Хто такий Рустем Умєров», BBC NEWS УКРАЇНА, 6 September, 2023.  (accessed 7 September, 2023)
[8]ゼレンスキー大統領が2022年11月のG20サミットにおいて提唱した、国連憲章及び国際法の原則に基く公正かつ永続的な平和を達成するための10項目の条件。
[9]Вишневський, Юрій, «Перемовник, який багато знає. Навіщо Умєров Зеленському», dsnews.ua, 4 September, 2023.  (accessed 5 September, 2023)
[10]Ibid.
[11]トルコには大規模なクリミア・タタール人ディアスポラが存在する。
[12]Романюк, Роман і Кравець, Роман, «Четвертий міністр оборони Зеленського. Чому президент міняє Резнікова на Умєрова», УКРАЇНСЬКА ПРАВДА, 6 September, 2023. (accessed 7 September, 2023)
[13]Хоменко, op. cit.
[14]Вишневський, op. cit.
[15]«Резніков написав заяву про відставку. Що про нього та Умєрова кажуть на Заході?», Голос Америки, 4 September, 2023. (accessed 6 September, 2023)

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