はじめに
バルト諸国(エストニア、ラトビア、リトアニアのいわゆるバルト三国)は情報安全保障の先進事例に満ちた国々である。ロシア連邦によるディスインフォメーションやインフルエンス・オペレーションが世界的話題になるはるか前から、バルト諸国はそれらを経験し対応してきた(Polyakova 2019)。アメリカ2016年大統領選へのロシア選挙介入疑惑の中心にあったCambridge Analyticaの前身SCL 社が、もっとも初期に選挙介入・世論工作を請け負うようになったのは、ロシアによる影響力工作が盛んなラトビアであった(Baker et al. 2017, LSM 2017)。「世界最初のサイバー戦争」については諸説あるが、2007年のエストニアとロシアのそれがあげられることが多い。バルト諸国は、2004年にEUとNATOに加盟し政治経済並びに安全保障体制において欧米社会の一端となった一方、旧ソ連をデファクトに構成していた国(あるいは被占領国)であり、ロシア連邦との間に様々な緊張関係を有する国際政治秩序の前線に位置している。NATO 側はサイバー防衛協力拠点(CCD)をエストニアに、プロパガンダやディスインフォメーション対策を行う戦略的コミュニケーション拠点(StratCom)をラトビアに設置している。
本稿は、このような認知領域における争いの最前線にあるバルト諸国の経験を概説するものである。諸事例の中には相互の関連性が強いものもあれば弱いものもあるが、具体的事例の紹介を通じて、この問題に関する事例に基づく理解促進に貢献することを企図する。
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